14 エミール -文化祭-
今日はラザフェスト王立学院の文化祭だ。教員としての僕は、生徒がハメを外しすぎないように見回りしなくてはならない。しかし臨時教師なので、それほど大した役目ではない。
文化祭へは、生徒の二親等まで入場が許される。周りを見ていると、生徒の親のみならず祖父母まで参加している人が多い。
入場するとタイムスケジュールと模擬店のマップが書かれたパンフレットを貰う。
男爵令嬢が出る例の発表は、午後より真ん中のステージで行われるらしい。
歌だけではなく、5分の時間の中で出来るパフォーマンスなら、何でもアリらしい。
他には、パントマイムや小演劇等があった。
人気投票で出場者の順位を決めるらしく、優勝した者はカフェテリアの無料券が貰える。
僕でないと、優勝出来ないと言っていたのはこれか。
そんなにも無料券が欲しかったのか? うーん……。
とりあえず、見回りがてら殿下と側近子息が出るものを見に行くか……と移動していると、あちこちから声がかけられ動けない状態になってしまった。
主に女子生徒から、模擬店の食べ物を渡されて連れて行こうとされる。そのうち、ヒートアップして女子生徒同士が争い始めた。
これは収拾つかないぞ……と思ったその時、颯爽と金髪の縦ロールを靡かせた人物がパンパンと手を叩く。
「皆さま方! 先生が困っていましてよ。淑女なら、強引な客引きはしないのではなくて?」
ジロリとメアリーさんが周りを見渡すと、周りを囲んでいた女生徒達が引いていく。
「ふぅ……、エミール先生ものほほんと歩いていたら絶好のカモですわよ。自衛なさって?」
「ありがとう、助かりました。メアリーさん」
「私達、これから生徒会の模擬店に行きますの。よろしければ、先生もいかが?」
メアリーさんがいなくなれば、また同じ状況になるかもしれないと危惧した僕は、二つ返事で一緒に向かうことにした。
学院の真ん中ステージから、少し下がった横に生徒会が出店する店があった。人通りが激しく、良い場所である。生徒会は『タコ焼き屋』なるものを出店していた。
殿下と男爵令嬢はおらず、サイモン君が無心で頭にタオルを巻いて、何かを焼いていた。かなり素早く丸い焼き物を転がしていて、かなり手慣れている。練習したのだろうか?
基本、この学院に通うような貴族は料理は料理人にさせるし、他の出店でも学生が連れてきた料理人に指示するだけである。一種のパフォーマンス込みの出店にしたのだろうか。
サイモン君も相当見た目が良いので、パフォーマンスを見ながら女子生徒がキャーキャー言いながら並んでいる。僕たちもその後に並ぶ。
「……ナサニエル様は、いらっしゃいませんの……」
メアリーさんが、目に見えて落ち込む。
「サイモン様に聞いてみましょうよ。担当時間帯がありますもの」
メアリーさんのお友達のシャーロットさんとフランソワーズさんが、口々に慰める。
「ここは、僕が皆さんの分を買ってあげましょう。だから、落ち込まないでください」
「まぁ……先生ったら、優しいのね。良かったですわ! メアリー様、ね?」
「他の生徒には内緒ですよ? さっき助けて貰いましたし」
「ふふ……ありがとうございます」
元々出すつもりではあったが、特別扱いは出来ないので言い訳には丁度良かった。
少しメアリーさんが元気になると、案外早く順番が回って来た。
僕が注文ついでに、ナサニエル君の担当時間帯を質問すると
「在籍の時間帯は教えるな……と言われてる」
サイモン君は顔も上げず、バッサリと切り捨てた。メアリーさんは目も合わせないサイモン君を見据えて、一歩前に出る。
「私、メアリー・ダウニングと申します。ナサニエル様の婚約者ですの。それでも、教えていただけませんの?」
サイモン君は、手早くタコ焼きを4つ用意すると渡してきた。
「ナサニエルが教えたいのなら、教えられているハズでは……? そうじゃないなら、教えたくないのだろう」
「まぁ! なんて、酷い物言いですの! メアリー様!」
友人方がカッとなって抗議すると、メアリーさんはそれを片手で制して
「お忙しい所、申し訳ございませんでしたわ」
キッチリ礼をしてその場を去った。
近くの空いているテーブルに座って先程買ったタコ焼きを広げるが、誰も手をつけないでメアリーさんを見ている。
「メアリー様……」
「あら、ごめんなさい。大丈夫ですわ。予定を知らされないなんて、今に始まった事ではありませんわよ。この『タコ焼き』というものを食べてみましょう、ね?」
「そ、そうですわね……しかし、これはどうやって頂くのでしょうか? フォークとナイフがありませんわ?」
買ったものには、小さい木の棒が一つ刺さっているだけ。僕にも食べ方がわからない。
近くを通った会場用臨時使用人に、フォークとナイフを頼む。
「先生、ありがとうございますわ」
ニコリとご令嬢方は微笑んで用意されたナイフとフォークで『タコ焼き』を食する。
「あつっ! 中身は熱いんですのね」
「しっかり冷ませば美味しいですわ。このソースが何とも言えませんわね」
「殿下が考案なさったのでしょうか? それともナサニエル様が?」
「きっとナサニエル様よ!」
友人のご令嬢方が場を明るくしようと話をするが、メアリーさんは微笑んだまま咀嚼している。
「メアリーさん……」
「皆様に心配おかけして……、私ちょっとお化粧直しに行って来ますわね」
メアリーさんは、立ち上がると化粧室に向かって行ってしまった。
「メアリー様……! 先生、私達はこれで」
「大丈夫ですよ。メアリーさんが心配ですからご友人方の力が必要でしょう」
バタバタと追いかける二人を見送った後、僕は近くの使用人にテーブルを片付けるよう申しつけて、学院が見渡せる屋上へと向かった。
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屋上に来ると、勿論人影は無くほっと一息つく。下手に動くと、生徒達から絡まれるからピンポイントで動いた方がいい。
少し詠唱して、望遠の魔法を起動させる。
順に見渡して行くと、少し学院の外れでピンク色が目に入った。珍しい髪色をしていてくれて助かる。横には、多分ナサニエル君と思われる人物がいる。
集音の魔法も起動させてみたが、遠すぎて流石に聞こえない。
慌てて階段を降り、目撃した方へ向かう。
そこには、ナサニエル君と男爵令嬢、そしてメアリーさん達がかちあわせていた……。




