9.行き場のないバーガー
「っぱ学生が放課後来るならバッグドナルドしかないっしょ!」
「いや、何一人で急にテンション上げてんだ?」
分かってないなこの主人公様は。
俺達はサッカー部でのお遊び練習を終え、小腹が空いたと言う事もあってどこかに寄って行くことになった。
そこで学生御用達のファストフード店、バッグドナルド通称バッグに来たのだが、やはり普段から来慣れているのだろう、陽介は特に何を思うでもなく注文カウンターまで淀みなく進む。
一方の俺と言うと確かに何度も来たことはあるが、放課後に友人と部活終わりにバッグに来るなどと言うある種ベタ過ぎる青春を送れている事に心から感動しており、注文も高揚に合わせて増えてしまう。あ、ポテト二つください。
そうして出来上がったセットの乗ったトレイを手に空いている席を探す。店内はそこそこに賑わっており、あまり空席が見つからない。
「あれ、陽ちんと……悠ちんじゃん?」
「本当だ珍しい!」
何故か俺の事は小さめで呼ぶその声に反応し、一つのテーブル席に座っていた人物の顔を見ると、紺色のポニーテールと、黒髪のサイドテールが見えた。
それに俺を知っている口ぶりと声から直ぐに相川と小森だと分かったが、特段話す事がある訳でもないので手を上げて直ぐにその席から離れる。
「ちょっと待ってよ!偶然会ったんだから座って行きなよ!」
何故か素早い動きで俺の前まで来て通せんぼをし、両手を広げて同席を進める小森。ここまでされると流石に周りの目もあり断るのも面倒なので、陽介に確認を取ってから同席することにした。
対面通しで座っていた相川と小森は俺達と同席する為席を移動し、今は奥側に陽介が詰めてその横に俺が座り、対面には小森が座った。
座ってから直ぐに、冷めたポテトを食べるのが嫌いな俺は真っ先に手を付けたが、それを見て三人が何故か微妙な顔で俺を見る。何故だ。
疲れた体に塩分の聞いたジャンクはかなり染み渡り、今の不可解な状況すらもどうでもよくさせる心地よさを感じる。
だがいつまでもその様な幸福は続かないもので、今まで誰一人喋らなかった状況で、相川がまず口を開いた。
「なんか今日、夕奈ちと仲良かったけど、保健室でなんかあったの?」
やはり話題はそこに落ち着く様で、教室に居た時は篠原が隣にいたこともあって中々聞きずらかったのだろう。
とは言ってもなにかあったのかと言われると特に何もない。
軽く適当な会話をし、下着を見てしまったくらいか。あれ、俺これ話したら死ぬのでは?
「いや、特になにもないぞ」
「悠斗くん、食べながら話すのはあんまりお行儀良くないよ!」
うるせえな、お前はトランクス君かよ。
ポテトを摘まみながら適当に答える俺に小森が小言を挟んで来るが、相川はそんな茶番を気にする事なく俺の言葉に何か考え込んでいる様子だった。
「でも夕奈ち今日一日中べったりだったでしょ?陽ちん何か知らない?」
「俺は知らないな。悠斗もそういうの隠すタイプじゃないし、本当に何もないんだと思う」
おお、流石俺の親友。よく分かってらっしゃる。
陽介の言葉も考慮に入れ、それで飯が食えるのかと疑うような萌え袖のまま顎に手を置き、相川は更に何かを考えこんだ。考えるあざと女子だ……!
「じゃあさ!悠斗くんは夕奈ちゃんにくっ付かれてどう思ったの!?」
「どうって言うのは、正直に答えていいのか?」
「もひろん」
「小森さん、食べながら話すのはお行儀がよくないよ」
「悟天ちゃん!?
どうだったと言われても、正直迷惑だとしか思わないな。
休み時間にずっと傍に居られると、健全な男子高校生としてはストレスが溜まる。だって教室の後ろでキャッチボールできないし。やった事ないけど。
だがまぁ正直に答えろと言う事だし、そのまま伝えるか。
「かなり迷惑だった。出来る事なら関わるのすら勘弁願いたい」
「「「……は?」」」
何故か質問をして来た小森だけでなくその隣の相川も、果ては陽介まで俺を信じられないものを見る目で見てきた。なんでや正直に言えっていうたやろがい。
「ちょ、悠斗お前それは……」
「最っ低……!」
「それはほんとありえないかも?」
何故か全員に非難の目を向けられ、前に座る女子二人からは俺の知らない罵詈雑言まで飛び出している。
そんな状況でも俺は特に気にする事なくまだ手を付けていなかったバーガーの包みを開こうとしたが、場の空気を読んだ陽介が別の席に移る事を提案してきた。
「ちょっとほんと今きみの顔見たくないかも!」
「陽ちん、そいつにちゃんと言って聞かせといて?」
なんて言われようだ。ただ俺はありのままの事を伝えただけだし、いつも俺に暴言の一斉掃射を仕掛ける篠原が突然くっ付いてきたら誰でも恐怖を感じるだろうに。
俺はそんな少し納得のいかない心持ちのまま陽介に引っ張られて少し離れたテーブル席に座り、少し冷えてしまったバーガーの包みを開いた。
「悠斗お前……なんであんな事言ったんだよ……」
その声には珍しく怒りの色が見えており、俺は益々訳が分からなくなった。
ああ、そういう事か。
確かに自分のヒロインの一人を、ある意味貶したとも取れる言い方をすればそりゃ主人公様は怒るだろう。
これは俺の過失かも知れないな。そう思い俺は握っていたまだ手を付けていないバーガーを手元に置き、深々と頭を下げた。
「確かにあんな言い方するのは間違ってた。ごめん」
「おう、分かってくれたならもういいよ。明日から夕奈にも優しくしろよ?」
うん?まぁそうだな。確かに大事なヒロイン達に舞台装置でしかない俺がストレスを与える訳にもいかないしな。これからは更に物語を輝かせる端役として精進しよう。
「その顔絶対分かってないよな……ん?」
再びバーガーを手に取り、今度こそと食べ始めようとした俺の背後に視線をやり、何かを睨むように見つめる陽介。
俺は早くバーガーを食べたいが、ここまで視線を鋭くして何かを見る陽介が珍しく、仕方なく振り向いて同じ所を見る。
その視線の先は、先程まで俺達が座っていた、つまり相川と小森が座っているテーブル席だった。
座っている位置は先程と変わっておらず、唯一変わっているとしたら、先程まで俺達が座っていた位置に知らない男が二人座っているという所だけだった。
「あれもしかして、二人とも困ってないか?」
「そうか?偶々知り合いがいて同席してるだけじゃない?」
意見は割れた。
だが女子の表情が分からない俺よりも陽介の方が的確な意見を持っているので、この場合は陽介の言い分が正しいのだろう。
俺はまだ一口も食べていないバーガーを強く握りしめて、答えを予想できる質問をする。
「どうすんの?」
「助けるだろ普通に」
「……あい」
バーガーをそっと包みに戻し、俺と陽介は席を立つ。
そのまま先程まで居た席に近付くと、奥側に髪を金色に脱色した大学生くらいの男が座り、通路側にそれと同じ程の歳の黒髪をオールバックにしたグラサンが二人をナンパしていた。
「別いいじゃんねー?カラオケ奢るって言ってんじゃん」
「カラオケ嫌なら俺んちでもいいべ?帰りにコンビニでゴム買って行くけどな!ギャハハハ!」
うっわ、うっわ!今どきここまでコテコテのゲスチャラ居る!?
驚きとまるでニホンオオカミでも見た様な物珍しい心地で近付くと、小森が先に俺達の存在に気付いた。
「あっこの二人と一緒なんで!行けないです!」
その声に下を向いていた相川も俺達に気付き、慣れていないのか恐怖の色を浮かべながらも何とか頷いている。
だがその表情はみるみるうちにいつもの色を取り戻し、今では何故か嬉しそうにすら見える表情で二人の男と俺達を交互に見ている。
「あー連れ?邪魔だから帰っていいぜ。俺達これから遊びに行くんだからよ。な?そうだよな?」
金髪の男が軽い調子のままだが圧を増して女子二人に話し掛け、有無を言わさぬ工程を強要する。
恐らく俺達が年下で弱そうだとでも判断したのだろう。馬鹿め。今お前が相手にしているのは天下の主人公、陽介だぞ。
「だからさーマジ邪魔だからどっか行けって。しっし」
グラサンの男が俺達を煩わしそうに手で追い払う仕草をして、既に興味はないばかりに視線を女子二人に戻す。だがその行動は悪手でしかなく、陽介に思い切り握手をされた。
「いででででで!このガキなんて力してやがる!」
「油断するからこうなるんだよ、ばーかばーか!」
煩わしそうに払っていた手を思い切り握り、ギギギと言う擬音が聞こえそうな程の力で締め付け、グラサンの行動を完全に征する。こうなってしまえば取れる行動はかなり限られる。ついでに煽っておいた。
グラサンは椅子から崩れ落ちて膝を付き、何とか痛みから逃れようと開いている方の手で陽介の腕を剥がしにかかる。
だがその程度で離れる程陽介は甘くない。いよいよ手の痛みに耐えかね、残った手段の内最も悪手を選ぶ。
「い、いい加減にしやがれ!このガキが!」
陽介の腕を掴んでいた手を離し、硬く拳を握り我武者羅に振り下ろそうとした時、金髪の男が動いた。
「バカ、店ん中で暴れる気かよ。もう帰るぞ」
振り上げたグラサンの腕を後ろから掴み、何とか最悪の事態を回避する。
それを見て陽介も握る力を緩めてグラサンを解放する。
グラサンは先程まで握られていた手を見つめながら開閉し、支障がない事を確かめると、忌々し気に陽介を睨めつけて、退店していった。
「結局俺なんもしてないけど」
「わぁー凄いね陽介!めっちゃ格好良かった!
「陽ちん強いね?流石って感じ?」
ヒロインズの二人に褒められ、当たり前の事をしただけだと言う陽介は、やっぱり主人公だ。
これが謙遜ではなく本心から言っているのがポイントだろう。俺が言っても寒くなるだけだし。
そのまま今日はもう女子は帰った方がいいと陽介が言い、家の近いヒロインズを家まで送る事となった陽介が。
俺は結局一口も食べていないバーガーを包装が剝がれないよう丁寧に鞄に仕舞い、寂しく一人で帰路に就く。寂しくなんかないやい(寂しい)
だが俺は気付いていた。店を出てからずっと付けてきている気配に。
「よぉクソガキの金魚の糞。ちょっと話そうや」
「え、嫌だけど」
「拒否権ある訳ねぇだろボケ。まぁいいや、ここでやっちまうか」
うわーなんでこっち来たんだよめんどくせぇ。
まあ大方何もしてないうえ陽介より一回り身長も低い俺になら勝てると思って八つ当たりついでに陽介への嫌がらせ程度の考えだろうが。結局お前らの所為でバーガー食えなかったんだぞ!
「こいつボコったらあのクソガキもちっとは俺達に絡んだこと後悔すんだろ!」
あ、全部教えてくれるんですね。
「ついでに仇討に来てくれりゃあ準備してやり返せるしな」
「そん時はさっきの女も見つけ出して回せるしな!」
あーなるほどね。
俺はその言葉に反応し、上に来ていたブレザーを脱ぎ、鞄を地面に置いた。
「お、何だこのガキやる気じゃん。ヤッちまっていいか?」
「殺すなよ。ムショは勘弁だわ」
その言葉を聞きつつ、まだ猶予があると踏んだのでついでにシャツの袖もまくり、ネクタイも解いておく。
「いやーもう俺達に関わらないならどうでもよかったんだけどねー」
ゆっくりと歩み寄る。
「陽介に危害加えるとか、あいつら回すとまで言われるとねー」
ゆっくりと歩み寄る。
「ちょっと待て、そいつ見覚えが」
ゆっくりと歩み寄る。
「死ねオラァ!」
ゆっくりと歩み寄る。
「待て!そいつに手出すな!」
ゆっくりと、歩み寄る。