5.うーんめんどくさい
明日から一話ずつ投稿です
「あのー、渡海さん……ですよね?」
「?……はい。おはようございます」
おずおずと悠斗が声を掛けると、まるで初対面の人に話し掛けるようなよそよそしさに、綾華は困惑しつつも、挨拶を返した。
悠斗が担任の窪塚から、渡海 綾華の面倒を押し付けられた翌日、二人は学校の近くで合流していた。
連絡先は昨日既に交換しており、翻訳を使ったと思われる拙い日本語で道が分からないかもしれないと言われたので、お互いに分かる場所に集合したのだ。
無事に合流は出来た二人だが、例によって女子の顔を覚えられない悠斗は、今目の前に居る少女が本当に待ち人であるか確認していた。
綾華は、悠斗の事情を知らない故に、顔を見ながら本人確認をする悠斗を不審に思い小首を傾げている。
その際に、長い銀の髪がさらりと肩から流れ、暖かい春の風によってふわりと広がる。
だが、悠斗はそれに気付くことは無い。その目は綾華を見ておらず、目が合っている様に見えても悠斗の瞳の中には居ないのだ。
「それじゃ行こうか。レッツゴー」
「い、いえーす」
無理矢理にテンションを上げ、面倒な気持ちを押し流す様にして悠斗が歩き出すと、やや困惑しながらも分かる単語を聞き取った綾華も、元々大きな瞳を困惑の色を残しつつ活力のあるものにし、悠斗の謎のテンションに同調しようと意気込みながら歩き出した。
だがそれは長くは続かなかった。
突如二人の後ろから、猛スピードで何かが駆け抜けて来た。
「ちょっと!悠斗その子誰!」
「あ?あー小森か。誰と言われても俺もよく知らん。渡海って名前らしい」
二人を追い抜き、先程のスピードからよく止まれたと思える急停止を見せ、悠斗の前までずいっと詰め寄るのは、今年度から悠斗と同じクラスになった、生徒会副会長、小森 美弥だった。
美弥は小さな身長を目一杯に伸ばして悠斗と出来るだけ目線を合わせ、顔を目と鼻の先間で近付けて、見慣れぬ少女の存在について言及した。
走った事と謎の怒りを持って、左側に結った黒く艶のあるサイドテールが、やや乱れた呼吸とその感情に動かされる様にピコピコと動いている。
因みに女子の顔を覚えられない悠斗が美弥を直ぐに認識できたのは、美弥が一番悠斗に絡んで来るからだ。
そして現在もがん詰めされている悠斗も、綾華の事を良く知らないのは事実であり、自分と話すのを嫌う美弥に長々と経緯を説明するのは面倒だった。
「まさか、ナンパしたの~?」
美弥に少女の存在と顔の距離を詰められながら、後ろから掛けられた声に振り向いて声の主を伺うと、それは昨日悠斗に一番暴言を吐いていた叶依だった。
叶依はそのまま二人を通り過ぎると美弥の隣に立ち、更に言葉を続けた。
「こ~んな可愛い子、君の知り合いには居ないよね~?赤いリボンって事は私達と同級生だよね~?でも私も美弥ちゃんも知らないって事は噂の転校生だよね~?あんまり強く言え無さそうな子だし、困ってるところに付け込んだりしてないよね~?」
170センチの身長を持つ叶依は、ほとんど身長が変わらない悠斗と自然と目線が合う。普段からおっとりとした話し方をする叶依だが、今はその雰囲気は静かな怒気に満ちており、更にその長身も相まって、傍から見ればいつもと変わらぬ雰囲気のはずだが、その顔と言葉にはかなりの迫力があり、その場の空気が重くなり始める。
先程までは普通だった悠斗の雰囲気も、謂れの無い中傷に腹が立ち、少しずつ目が座り始める。そして美弥と叶依がその悠斗の態度を見て、更に言葉を紡ごうとした時。
「違う、怒る悠斗違う」
その空気を払拭したのは、先程まで空気となっていた綾華本人だった。
状況はいまいち理解していないはずだが、客観的に見て、悠斗が自分といる事で二人の女子に詰め寄られている険悪な雰囲気は察している様で、知っている単語が少ないなりに必死に悠斗を擁護していた。
目尻には薄く涙を溜め、必死に頭を振って悠斗の潔白を訴える。それを見た二人は困惑の色を顔に浮かべ、悠斗から一歩離れて顔を見合わせている。
「うーんめんどくさい。逃げるか!」
「えっ?」
その隙を見逃さず、悠斗は綾華の手を取りその場から走って逃走した。後ろを振り返ると二人はぽかんとした顔を浮かべるだけで、追いかけて来る気配は無かった。
そこから暫く走り、体力に少し自信のある悠斗は女子を自分と同じ基準で走らせてしまった事に今更ながら気付き、謝罪をしようと後ろを振り返った。
「ん?」
そこには息一つ乱れず、走ったことを疑いたくなる程普通な顔をした綾華が小首を傾げて立っていた。
少し息が切れている自分が恥ずかしくなり、悠斗は何も言わずに歩き始める。それを見て更に疑問符を頭に増やした綾華が、やや遅れて悠斗の隣へと並んで歩き始めた。
…………
「て事がさっきあってさーマジで疲れたわぁ」
「第一声にて事があってさと言われても何も伝わらないぞ……?」
俺は登校し教室に入ってから、渡海さんを席に案内してステイして貰ってから、親友の陽介の元まで犬の様に走り、先程の出来事を回想しながら挨拶した。
どうやら口に出した言葉と脳内の言葉が混在していた様だが、そんなの親友ならなんとなくのフィーリングで感じ取ってくれよ。
俺は今朝の意趣返しも込みで、今朝登校中に、完全な冤罪を吹っ掛けられて、小森と猪原に絡まれた事を陽介にチクった。
陽介のヒロインズの二人は、惚れている男にそんな悪行がばれるのは痛手のはずだ。やーいざまぁ見ろバァーカバァーカ!
「大変だったねぇ。とは言っても、ちゃんと弁明しない悠斗もどうかと思うけど」
高めなハスキーンヴォイスで今喋ったのは、俺のもう一人の友人の岡前 碧唯だ。昨日は会話に参加していなかったが、普通に教室には居た。
そしてこの碧唯という人物、男子の制服を着てこそいるが、身長は小さいし全体的な線が細い。顔は少しツリ目がちだが大きな目でかなり整っててどう見ても女子だし、なんかいい匂いまでする……。俺は男装した女子だと睨んでいる。去年も同じクラスだったが、顔覚えるのにかなり時間かかったし。
だが本人は隠しているつもりなのか、かなり男っぽい口調と常にクールな態度で、女子らしい仕草や疑惑を持たせない。あと意外と女子にモテる。今の時代はこういうのがええんやなって。
「でもあいつら俺の話なんか聞かねぇしなぁ。何より面倒くさい」
その俺の言葉に、陽介と碧唯は何とも言えない顔で苦笑いしていたが、そんなこと言うならもう少し俺を手助けしてくれてもいい気がする。責められててもお前ら基本無視するじゃんか!
そうして男(?)三人で話していると、目の前から歩いてくる集団を視界に捉えた。
その集団は勿論陽介のヒロインズで、どうやら今は俺に要件があるらしい。まぁ心当たりはあるけど。
「ねぇアンタさ、転校生ナンパしたってマヂ?ふつうにキショいんだけど」
この話し方と魔族並みの爪を持ってるのは篠原だな。嫌だなー。こいつ猪原程ではないけど俺とあんまり身長変わらないから詰められると怖いんだよなー。
だが俺の気持ちなど容易く打ち砕かれ、どうやら今回俺を責める筆頭は篠原みたいで、あまり変わらない視点の高さから俺を睨んでいる。多分。
そうして俺を睨みながら一番前に立つ篠原が声を掛けてから、とりあえず後ろの全員が、聞いてくれるかは分からないが俺の返答を待っている。
ぱっとメンツを確認した所、どうやら陽介のハーレムメンバーは全員そろっている様で、ギャルの篠原 夕奈を筆頭に、ヒロインズの中で一番背の小さい萌え袖小動物女子の相川 愛紗が俺を睨めつけている。
その後ろで今朝登校中に絡んできたさっぱりしたという印象を俺は感じた事が無い小森 美弥と、俺とほぼ同じ身長の(俺にだけ)毒舌系の猪原 叶依。
全員が全員、高校に入った時から何故か俺を目の敵にしているが、俺に心当たりは無い。会話の内容から何かヒントが掴めるかと思った事もあったが、残念ながら高校に入学して以来、まともな会話は成立したことがほぼない。
そうして俺は学んだのだ。彼女たちが結託し、俺の元に来るという事は、俺を潰しに来たという事。つまり俺の行動は既に決まっている。
意を決して立ち上がり、彼女達の、今は音頭を取っている猪原の前まで歩くと、俺は真っ直ぐに顔を見て(認識は出来ない)少し語気を強め確と言った。
「お腹痛いから、トイレ行きゅ」
面倒くさいからね。逃げるのが一番だよね。