2.アウトじゃボケェ!
「で、あるからして、今年度も気を引き締めて、我が校の生徒である事をしっかりと自覚し……」
現在、ここ新群高等学校の体育館では、新学期の始業式が執り行われている。
外に目を向けると、例年よりも少し早く桜の花が散っており、今は疎らに少し花弁を残すのみとなってる。
「あー眠い……」
「大丈夫?昨日も遅くまで起きてたの?」
「まぁな……対戦に熱が入り過ぎてゲーム止めるタイミング逃したんだ」
この有り余る時間を使い、二人の男女が世間話すら始めてしまう。それ程に校長の話は長い。
今もまた少年は欠伸を噛み殺し、横に座る少女が眠気覚ましのガムを渡している。
少年は紺色のブレザーに、二年生である事を証明する赤いネクタイを締めている。その眠そうな態度とは裏腹に、手入れされた綺麗な茶髪をガシガシと掻いている。
その少年に寄り添う少女は、少年と同色の紺色のセーターを緩く着こなし、男子のネクタイに対になるリボンの色は、二年生の赤だ。
まだ肌寒さを感じるはずだが、長期休みで油断した所為か、ロングソックスやタイツなどは穿いておらず、短いスカートから晒された生足の辛さに耐えている。
「ですので、これから一年、問題なく過ごしましょう」
それから程なくして、漸く校長の長く退屈に過ぎる、有り難いスピーチもやっと終わり、各々が自分の新しくなる教室へと返って行く。
まだ慣れない教室と、一年間使っていたのとは違う机に僅かな緊張と期待を持ちながら、クラスの全員がどこかそわそわとした落ち着かなさを持っている。
だがHRまでは少し時間あり、昨年と同じ様に本を読む者や友人と話す者、机に突っ伏して寝る者と、新学期とはいえその個性は引き継がれ様々だ。
そして一人の少年の周りには、早速とばかりに人が集まり始める。
「ちょっと陽介!あんたさっき欠伸してたでしょ!ウチも我慢してるんだからあんたも我慢しなさいよ!」
陽介と呼ばれた少年へ詰め寄るのは、篠原 夕奈。日の光を反射する程輝く金髪を持ち、髪色の明るさに負けない明るい黄色のセーターを着ている。
前髪は大人っぽく緩くセンターで軽く分け、毛先を軽くウェーブさているお洒落ギャルだ。
今はその自慢の髪を暗器の如く伸ばした爪で軽く梳き、隙間からちらりと見える耳には複数のピアスが付いている。今は陽介の隣の空いている席に腰を下ろして、モデルの様に細く長い足を組んでいる。
「そんなこと言って、夕奈ちしっかり寝てたじゃん」
彼女は相川 愛紗。紺色の髪を高めの位置でポニーテールに結い、腕が短い訳でもないはずだが、寒いのか淡い水色のセーターの袖を伸ばして萌え袖にし、黒いタイツを両手で上下に擦って暖をとりながら夕奈に苦言を呈した。
「寝てない」「寝てた」と子供の様に言い合いを繰り広げる両者の間に、一つの影が差し込んだ。
「まぁまぁ、落ち着きたまえよ~。あっそうだ、二人もガム食べる?」
言い合いをする二人の間に立ち、冗談めかした口調で仲裁しながら、先程始業式で陽介へ渡したのと同じガムを差し出すのは、猪原 叶依。苗字が明石である陽介の後ろの席の少女で、黒く長い髪をハーフアップにし、白い大きなリボンで纏めている。
どうやら二人も叶依にはあまり強く言えないのか、それとも貰ったガムを嚙む為にその口を動かしている所為か。今は大人しくなっている。
「そういえば、美弥と碧唯はどこ行ったんだ?」
陽介はいつもならこの輪の中にいる二人の人物の事を思い出し、集まっている少女たちに所在を訪ねる。
「美弥っちなら生徒会がどうとか言ってたよ?|碧っちはトイレだって」
美弥と云う少女は生徒会に所属しているらしく、HRまで戻ってこないらしい。碧唯はいつも気が付くと居ない時があるので、陽介はさして興味も無さげに返事をした。
自由な時間も残り数分だが、陽介の周りに集まった少女たちはそれぞれが新学期が始まったことに対する反応を見せた。
少し昂っている者や緊張している者、何も考えずスマホを見ている者もいた。
「新学期か~あたし達にも遂に後輩が出来るんだ~……」
「叶依っち後輩可愛がったりするの好きそうだもんね?アタシは担任の先生が気になるかな?」
「新学期って言ってもベツにあんま変わんないでしょ」
三者三葉の心持ちで新学期を迎える。一人は後輩が入って来る事に心を躍らせ、一人は担任の教師が変わる事に関心を向け、一人は興味なさげに画面に指をスライドさせる。
「そうそう、そういえば噂では転校生来るらしいよ~女の子らしいけど、可愛いのかな~?」
叶依がおっとりとした口調で、何か含みのある顔と声で話を振る。
言われた当人としては、然程興味が無いのか、「ふーん」という適当な言葉で相槌を返した。
「陽ちん興味ないの?女の子かも知れないよ?」
愛紗が長いポニーテールを揺らし、陽介の顔色を伺いながら質問するが、どうやら本当に興味が無いのか、眠たげな眼で顔を伏せたまま気もそぞろに返事をする。
少女たちは顔を見合わせ、陽介の上の空の態度に少し疑問を覚える。確かに今日は少し寝不足な事もあるだろうが、それにしても様子がおかしかった。
「あいつ、今日来んのかな……」
机に突っ伏した顔は、ある一点にある無人の机を見つめており、どうやら陽介の意識はその人物が遅刻している事に関係しているようだった。
そしてそれに気が付いた少女たちも、三者三葉の反応を見せる。
「あの席って……始業式に遅刻するバカの席じゃない?」
「また遅刻してんの?ウチでも朝起きれたのに」
「いっその事このまま休んでしまえばいいのにね~」
「それは言い過ぎだろ……」
四人は一つの机を見て反応を見せる。その席の人間は、過去に余程彼女たちに迷惑を掛けたのか、酷い言われようだった。
そして無情にもHR開始のチャイムは鳴り響き、新しくこのクラスの担任となる、ゴリラの様な体躯の人物が教室の前側に設置されている扉から入室する。
あぁ、間に合わなかった。そう陽介が思うと同時、教室の後ろ側の扉が勢いよく開かれた。
「セーーーーッフ!」
「アウトじゃボケェ!」
担任の拳が、たった今登校して来た少年の腹に突き刺さった。