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10.ママですよー

「おはよう、渡海さん」


「おはよう、悠斗」


 昨日は色々とあったが、何とか俺はいつも通りの朝を迎えて渡海さんと合流した。

 流石にそろそろ一人でも登校できる位に道は覚えたはずなんだが、まだ言葉が怪しい渡海さんの方からその話題を持ち出すのは難しいだろうし、俺も毎朝起きられるのでなんだかんだと共に登校している。


「それじゃ行こうか」


「大丈夫?」


 大丈夫とは、これまた何のことだろうか。


 俺は特に思い当る節も無く、ただただ疑問符を頭に浮かべる。


 心当たりを探る為、俺が立ち止まって思考に耽っていると、渡海さんは俺の目の前までぴょんと飛び出し、行く手を遮った。


 一体何なのかと、更に疑惑の念を深めていると、渡海さんは少し背伸びをして鞄を持っていない手を俺の頬に添えて、優しげな手付きで撫でた。


 彼女に添えられた頬には、先程までは気付きもしなかったが僅かに熱を持っており、触れられた感触から恐らく少し腫れていることを漸く察した。


 だが特に酷い痛みがある訳でもなく、感覚的に大した怪我でもないので、よく見なければ気付かない程度のものだろう。


 俺は渡海さんの手を極力優しく下ろし、何でもないと言う思いを込めて微笑んだ。


「大した怪我じゃないから、食って寝てれば直ぐ治るよ」


「?」


 言った言葉の意味は分からないだろうが、なんとなくの空気を察し、渡海さんも少しだけ安心した様に肩を下ろした。

 その時の表情は分からないけど、何となく呆れ笑いをしていた気がする。



 ―――――――――――――――――――――――



 それから何事も無く登校し、俺達は教室に入る。

 だが鞄を置く暇も無く、教室に備え付けられたスピーカーから聞き覚えのある野太い声が校内中に響いた。


『2年1組の渡海と環は指導室に来い』


 まだ俺達が登校しているかも分からない時間に呼び出しとは、やはりゴリ塚の脳はバナナで出来ている様だ。


「悠斗……また何かやらかしたのかい?」


「誤解よ!だからそんな目で見ないで!」


 登校早々ゴリ塚から呼び出しだ。


 特に思い当る節も無いが、とりあえず行けば用件だけは分かる。俺は渡海さんに呼ばれた事を説明して、共に指導室まで行く。


 教室から然程離れていない位置にある指導室へは直ぐに着き、軽くノックをしてから軽い調子で入室する。


「失礼しゃーす」


「し、しつれいしゃーす?」


「おい、渡海が真似するだろ。挨拶はちゃんとしろ」


 いや俺は保護者か何かか?でも学内で面倒を見るならあながち間違いでもないか。ママですよー。


 ゴリ塚はやれやれと頭を振ってから、俺達に対面で座れるようになっているソファに並んで座るよう促した。

 少し待つと、湯気を立ち昇らせるカップを持ったゴリ塚が俺達の対面に座り、一人分しか用意されていないコーヒーに口を付けてから口を開いた。


「どうだ、上手くやれてるか?」


「……大丈夫です」


「らしいです」


「そうか。もう行っていいぞ」


 こいつ舐めてんのか?何の為に朝イチで呼んだんだよ。


「せめてほら、もうちょっとなんかないんすか?具体的には物とかで」


「無い。早く教室帰れ」


 こいつ殺してやろうか。


 湧き上がる殺意をなんとか抑え込んで、俺は渡海さんを連れたって指導室から出ようとすると、何故か俺だけがゴリラに呼び止められた。

 

 もしかすると気が変わって報酬でもくれるのだろうか。


「あーその、どうだ?調子は」


 めんどくさっ!好きな子に話し掛けられない中高生かよ。


「どうと言われても、抽象的過ぎて分からないんですケド」


 まずい、意図が分からな過ぎて篠原みたいになってしまった。自分で自分が気持ち悪い。


「ほらあれだ、女子と上手くやってるか?」


 ああ、その話しか。


 俺のこの特殊な体質の事は、一部の教員には知られている。昨年の担任は当然のこと、今年度のゴリ塚にも話しは行っているのだろう。


 だが上手くやれているかという質問には上手く答えられない。別に女子に対して嫌悪感を感じるだとか、近付くと離せなくなるとかでもない。ただ顔が分からないだけなんだから。


「少し変わったやつと居ればちっとはマシになるかと思ったが、あんま効果なしか……」


 驚いた。このゴリラ科のゴリラゴリラも一応、教師としての考えを持っていたんだな。


 俺は少し見直す気持ちで指導室を後にすると、外で待ってくれていた渡海さんと共に教室へと戻った。


 それから何事も無く教室に帰ると、俺達二人に複数の視線が突き刺さった。


 その視線の正体は猪原を始めとしたヒロインズで、その後ろには陽介や碧唯の姿も見えた。


「渡海さ~ん、何か困ったことがあったら言ってね~?私達も協力することにしたから~」


 一歩前に出た猪原が、困惑している渡海さんの手を両手で優しく握りしめ、自分たちも身の回りの世話をすると言い出した。


 どういう事かと思い、背後に居た碧唯に説明を求めると、どうやらヒロインズは俺一人が渡海さんの面倒を見るのは不安(一部は不快)な様で、色々と自分たちなりにサポートすることにしたらしい。


「あの……」」


「あー、えーっとだな……」


 俺は先程碧唯から貰った説明を掻い摘んで、身振り手振りを加えて説明し、渡海さんの反応を伺う。


「……!」


 どうやらその心遣いが嬉しかったようで、言葉には出来ないながら、この場にいる誰が見ても喜びと感謝の気持ちを持っている事を、その雰囲気と表情だけで伝えた。


 それを見てヒロインズも喜んでるようで、自分達の担当すら話し合い始めてしまった。


 あれ、これもう俺要らなくね。


「なに言ってんの!綾華ちゃんのお世話は基本的に君がするんだよ!」


 俺がひっそりと自由の身になった解放感を味わう前に、小森によって釘を刺されてしまった。


 確かにゴリ塚から頼まれたのは俺ではあるが、別に誰が変わろうと関係は無いはずだ。やりたい奴がやればいい。俺に責任感などありはしないのだよ。ガハハ。


「アンタさぁ、もうちょい顔には出さない様にしな?」


「悠斗も悪気は無いんだろうけど、なんだかなぁ……」


 その心境を悟ったのか、ヒロインズと碧唯の視線が痛い。助けて!陽介えもん!


 だが俺のSOSは届く事無く、渡海さんを囲んだまま皆は別の席へと離れて行ってしまった。陽介は置いて行けよ。

 今は一番国語力の高い小森が中心となって、日本語をひらがなから教えている。


 そっと机を覗くと簡単なひらがなの単語などがノートにびっしりと書かれており、渡海さんの面倒を見る話は恐らく昨日の内から決めていた様だ。


 これでよりよい暮らしを送れるようになると良いな。


 そんな他人事で居た俺は、輪に加わる事無く、遠くからその光景を見つめているだけだった。

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