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1.罅割れ始める心

ラブコメは初挑戦

 この身から溢れ出た想いや心は、誰かに受け入れられなければ一体どこに行くのか。








「あの子が迷惑がってるので、帰ってもらっていいですか?」


 桜の蕾が芽吹く前、春の始まりの季節。二人の男女。いや、少年と少女が、閑静な空き地で向かい合っていた。


 六年学んだ場所からの卒業を間近に控えたこの時期に、少年はある決意を固めた。それは、真実の……運命の定めた愛と言える程の代物ではないかもしれない、たった十と数年積み重ねただけの幼い気持ちでしかなかったが、確かに自分の内にあるこの気持ちを、数年間培い続けたこの想いを、真っ直ぐ相手に伝える決意だった。


 当初少年は、卒業式に告白をするなどと云う、如何にもありふれた青春漫画の一コマの様な大それたことをする気は全くなかった。

 だが、たった数日前に聞かされた少女の遠方への引っ越しの話は到底無視できるはずも無く、考える間も無くこうして予定にすら無かった告白を実行しようと、残り少ない時間を葛藤という行為で無駄にしながらも、話があるから放課後に空き地に来て欲しいと約束を取り付けた。


「それってどう言う……?そもそもなんでこの場所の事知って……?」


「ハァ……だから、あの子が迷惑だって私に言ってたの。大人しく帰ってくれません?」


 だがそこに、件の片思いの相手である少女は現れなかった。


 代わりに来たのは、少女と一番仲のいい友人である長身の少女で、少年と知らぬ仲ではなかった。気の強そうな目はいつもよりも幾分か鋭さを増し、今までに見せたことの無い煩わし気な溜め息を見せ付ける様に吐き出し、まるで仇敵でも見るかの様な眼光で少年を見ている。


 何か、間違いでもあったのかと、少年は突然の事態に付いて行けぬ頭を冷静になれと必死に回転させ、事態の把握を試みる。

 だが、少年の思いとは裏腹に、思考と呼吸は大きく乱れるばかり。心臓が大きく跳ね回り、当初想定していたものとは真逆の意味で激しい動悸を刻む。


「あと、もう私達に関わらないでくださいね。キモいんで」


 それは、トドメだった。


 沈殿していく思考で最後に聞いた少女の言葉は、本人からではないはずだが、まるで想い人に目の前で言われているかの如き衝撃を少年に与えた。


 何故こうなったのか。自分に何か粗相があったのか。考えれば考える程少年の頭は真っ白に融けて思考は泥の様に重くなるばかり。口から出る言葉はもはやただの荒い呼吸音と吐息だけとなる。

 それを一瞥した少女は、もはやここにいる事すら苦痛だとでも言いたげに、胸を押さえ跪く少年を置いて、空き地から淀みない足取りで立ち去る。


 そして少女が立ち去り、空の色に赤が差し始めた頃、一人の少年の咆哮が住宅街に響き木霊した。その声は悲痛に塗れ、喉を潰す程に力強かったが、少年が自らから溢れる想いを乗せたそれは、まるで心に罅が入る音の様に感じていた。




 ―――――――――――――――――――――――




 日が沈んでから数時間。深夜のとある家屋を、いつもの様に少年は慣れた足取りで玄関を通り、気慣れた友人の家の二階への階段を昇る。

 この家の大人たちは皆、夜は仕事で居なくなるので、遊びに来る時には勝手に上がるよう、暗黙のルールが敷かれている。


 その友人の部屋には、これまたいつもと同じ顔が並んでおり、皆この猛暑の季節に合わせた薄着でだらけ、色とりどりに髪を染めた三人の少年と一人の少女が、誰が決めたわけでもない場所に座っていた。


 少年は階段を昇り切り、このいつも通り過ぎる日常に少しだけ刺激を加えようと、元来から持つ何事も楽しみたい気質も加わり、扉を僅かだけ開きそっと中を覗いた。慎重に部屋の様子を伺い、皆が最も驚くタイミングで勢い良くドアを開け放とうとしたのだ。


「あいつおせーなー。まだ来ねぇの?」


 僅かに開いたドアの隙間から見えるベッドの縁に、だらしなく足を投げ出しながら、髪を青く染めた、やや幼さの残る少年が時計を見ながら言った。彼はじっとしているのが苦手なタイプなので、早く全員と合流して出かけたいのだろう。


「そう焦んなって。お前より早くあいつに会いたがってるやつもいるんだからよォ」


 真っ赤な短髪のこの家の住人の少年が、今はもう本来の用途では使われていない事が察せる勉強机に付属の椅子に深くもたれ掛け、威圧している訳でもないがいつもの鋭い目付きで、見なくとも分かるにやけ顔を浮かべながら、長い金髪の少女を見る。

 言われた少女は、中の様子を伺う少年から顔は見えなかったが、強い言葉で赤髪の少年の言葉を否定している。


「いや別に早く会いたいとか、寂しいとかウチ一言も言ってナイし?それお前らの勘違いだから」


 その少女の言葉で、更に面白そうだと煽る緑髪の少年に、少女は本気で苛立っている様で、緑髪の少年の元まで詰め寄り、「いい加減にしろシ」と軽く頭を叩いた。その一連の行動を見て皆慣れた様に笑い、更にそれを見て少女は疲れた様にため息を吐く。


「あー、やっぱこの話題面白れェわ。いつもはスカしてんのに動揺してよォ。でも実際、お前ら良い感じだろォ?そこんとこどうなんだァ?」


 その質問には、残った二人の青と緑の少年も気になるところではあったのか、いつものおちゃらけた雰囲気を努めて抑えて聞いている。


 少女は暫し無言で、右耳に付けたピンク色の宝石型のピアスを無意識に一撫でし、数度の深呼吸を挟んでから何か飲み物を一気に煽った後、ゆっくりと静かに語り始めた。


「なんかさー、あいつ顔も格好いいワケでもなくてパッとしないし、優柔不断だしなんか時々暗い時あるし、何考えてるのか分かんないんだよねー」


 語り出しは、少年への悪口だった。


 その言葉を聞き、期待していた言葉とは違ったのか部屋に居た少年たちはズコッと転げ、恨めし気に少女を見やる。


 それに対して少女は特に気にした様子も無く、少年たちの抗議の声も耳に入らぬ程溜まった想いがあるのか、尚もその口は語り続ける。


「いっつも素っ気ない態度だしウチが近付いても反応ないし、男としてそれはどーなんって感じだし……」


 もはや誰も聞いていない、というより聞こえない、独り言の様な声量で語り続けるが、もう少女に向いている視線は一つも無い。少年たちはつまらなげに各々で話し始める始末だ。


 部屋の外に居た少年は、その様子を見て静かに扉を閉めた。これ以上聞きたくないと、もしかしたら自分と彼女は両想いなのかもしれないという勘違いと共に、扉と自分の心もパタリと閉じた。


 目を閉じると浮かんでくるのは少女と初めて出会ってからこれまでの光景だ。ノリが良く自分よりも活発的な彼女に、いつも振り回されていた過去の記憶。

 

 これまで少女と少年は良好な関係を築けていたはずだ。出会いは劇的で、過ごした日々はどれもまぶしいものだった。少女が少年に恋心を抱くには充分な動機もあった。だが現実は違う。

 少女は少年を拒絶し、一瞬たりとも想い人として想った事は無かったのだ。


 少年は目を開け家を出る。金輪際彼女には関わらないでおこうと。この心にあった恋心など彼女には一切が届いていなかったのだと。繋がっていたはずの心は、ただのまやかしだったのだと。そんな事を思いながら。




 ―――――――――――――――――――――――




「俺と、付き合ってくれ」


 とある中学校の屋上。見下ろす木々は紅葉の色を存分に見せ、肌寒さを感じ始め冬服へと衣替えをして間もない時期であり修学旅行の前日。二人の男女が向かい合い、まさに青春を掛けた一大事を迎えていた。

 

 少年と少女はそれ程長い付き合いではないが、この数か月間は受験という難所を誰よりも近くに居て支え合った仲だ。恋愛感情が芽生えても何ら不思議はない。


 そしてこの辛い時期に、誰よりも傍で自分の事を支え続けてくれた少女を、今度は恋人として更に近くで支えたいと思い、少年は意を決し一線を越えたのだ。

 

 少女と過ごした日々は刺激という面では少し足りなかったが、頭が良く器用で様々な知識を持っている少女と過ごす日々は楽しかった。

 少年の知らない事を知っていて、出来ないことが出来る。だか世間知らずな面もあり、そこが愛嬌として収まる不思議な雰囲気を持った少女だ。


 辛い日々を共に支え合い、耐え抜いた少女も、きっと自分と同じ思いでいるのだろうと、最も近くに居た少年はそう思っていた。


「えっ、は?いや無理なんだけど」


 右手を少女へ伸ばし、頭を直角に下げた体勢で居た少年は、一瞬何が起こったのか……何を言われたのか理解できず固まる。


 だがそんな事は知った事かとばかりに、少年の手は無慈悲に打ち払われ、少女は一部の隙すら与えず、追い縋る事すら許さないと言わんばかりの雰囲気で拒絶を口にした。


「……本当に……本っ当にあり得ないんだけどっ!」


 キッと強く少年を睨めつけ、はっきりとした口調で言い切ると、後ろ暗い事など何も無いと言わんばかりに屋上を後にした。

 少女の出て行った屋上の出入り口を呆然と眺め、この数か月間少女と共にした思い出を無意識に振り返る。


 それはどれも楽しいものばかりで、偶に喧嘩とも言えぬ微細な言い争いはあったが、それすら良き思い出だと感じていた。

 図書室で共に勉強をした。息抜きにと映画館に行った。頭を使うのには糖分を摂るのが効率がいいと、こじつけた理由でスイーツを奢らされた。そのどれもが幸せで、大切な時間だった。


 だがそれは自分だけだったのか、少年は現にこうして手を払われ、気持ちを粉々になるまで踏み付けられた。


 一体なぜ自分ばかりがこんな思いをしなければならないのか。少年にはもう、僅かばかりの恋愛感情など残ってはいなかった。

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