86 魔力植物調査 初日夜③
「……アーノルド殿下は、今日はどこも怪我などはしておりませんでしょうか?」
あ! もしかして私の風魔法が至らないことを知っているマヤゴン魔術騎士団長のことだから、私が怪我をしたんじゃないかと思ってわざわざ天幕まで訪ねてきてくれたに違いないわ。
彼は、見ていないようでよく気が付く人だ。ライガーンと仲が良いのも頷けるものね。
「はい。どこも怪我はしておりません。今日は魔力草を中心に確認していました。……ところで、第四皇子はどうですか? 初めてだから、やはり長い道のりに疲れてしまっているんじゃないかと思っているのですが」
「そうですね。体力的にもきつかったようで、馬車が通れない道は魔術騎士団の副団長の馬に一緒に騎乗されていたのですが、慣れない移動でお疲れのようでもう眠りについております」
そうよね。まだ八歳だったら疲れてしまうわよね。もともとアーノルド殿下は四人の皇子の中では一番魔力が多いとのことだから、体力もつけていただろうし、今なんて、中身は16歳のリアナだから遅くまで起きていられるしね。
「今日の移動中は、何も……違和感を感じるようなことはございませんでしたか?」
私は、マヤゴン魔術騎士団長の質問の意味がわからなくて、首をかしげる。
どういうことかしら? 危機感のない私は、疎いようでマヤゴン魔術騎士団長の次の言葉を聞くまで何を聞かれているのか状況が掴めていなかった。
「例えば……誰かの視線を感じるとか、不審者を目撃されていたりはしていないでしょうか」
「あぁ……」
そういうことね。魔物というよりも、人間の悪意について問うているのね。私は、やっとマヤゴン魔術騎士団長が何に警戒しているのか理解することができた。
「違和感はありませんでした。気が付いていないだけかもしれませんが、不審者も見ていません」
私は正直に自分の感じたことを述べる。
マヤゴン魔術騎士団長は顎に手を当てて、しばし考える。
「アーノルド殿下。恐れ入りますが、念の為、おまじないをしておいても良いでしょうか」
「……おまじない……」
おまじないって何かしら。 無事に二泊三日の公務が終わりますように。とかそんな感じかしら?
きっとアーノルド殿下の身を案じているのだから、魔術騎士団長として何か祈ってくれるに違いないわね。
「はい。こちらこそ、宜しくお願い致します」
私だって、アーノルド殿下の身体を拝借しているから、無事に怪我無く帰城することが第一目標だ。了承する旨を殿下として答えると、マヤゴン魔術騎士団長は椅子から立ち上がり、座っている私の目の前に立つ。
何が始まるのかしら? と思って上目遣いで背丈のあるマヤゴン魔術騎士団長の顔を見上げる。
「失礼致します」
そういうとマヤゴン魔術騎士団長の精悍なお顔が私の顔に近づいてくる。
私は、ドキッとして思わず目をつぶる。男性に免疫のない私には、殿方のお顔が近づいてくるだけでも心拍数が上がってしまうもの。
「ぴゃっ」
再び、情けない驚きの声が出てしまう。
だって、だって、だって……いきなり顎を掴まれたかと思うと彼の吐息が私の左の首元にかかるんだもの!
生温かい息がかかって、私は思わず目を開いた瞬間。
首すじに柔らかくて温かい感触が触れ、身体がビクンと跳ね上がってしまう。
何をされたのかすぐには理解できずに、身体を硬直させているとマヤゴン魔術騎士団長の髪が私の頬に触ってくすぐったい感触を残したまま離れていく。
「終わりました、殿下」
「……」
私は、突然のことに驚いて硬直状態が解けずに動けないでいた。
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