71 大事な人からの手紙
ぼくはアーノルド・スラサク・ラーン。ラーン帝国の第三皇子だ。
今もまだ、ベルフォン王国のフォーレス医院のリアナ聖女の身体の中にいる。
「はぁ~。今日も来ていないか」
ぼくは、フォーレス医院の郵便受けの扉を毎日、確認している。
しかも一日三回も欠かさず見るようにしている!!
なぜなら、ライガーンからの返信が届かないからだ。
「いくら何でも遅すぎるよね……」
さすがにラーン帝国から音沙汰がないと心配になってきた。
いつまで回復魔法の使えないリアナ聖女の身代わりをやればいいのだろう。
風魔法しか使えないのに、聖女だと名乗って、ここに滞在し続けても本当にいいのか不安になってくる。
「毎日、リアナ聖女は誰からのお手紙を待っているのかしらね~? うふふ」
肩を落として医院の中に戻ってきたぼくを見て、トッシーナ聖女がずっと気になっていたのか、誰からの手紙が尋ねてくる。
そういえば毎回、ぼくが郵便受けに行く姿を彼女がチラチラ見ているのは、気づいていた。
おい。まだ仕事中だぞ。仕事に集中していなくていいのか? と言いたいけれど、ぼくは新米聖女の中に魂だけ入り込んいるのであり、教えを乞う立場なのでそんなこと先輩聖女には言えない。
逆らって、先輩聖女のご機嫌を損ねると、リアナ聖女がこの身体に戻って来た時に、先輩と不仲になってしまっていたら、申し訳ない。
ぼくの感情は押し殺して、人間関係は良い状態を保つようにしておこう。
「えっと……なんでしたっけ?」
「もう! またはぐらかして!!」
いや、はぐらかしたわけではない。いろいろ考えていたらトッシーナ聖女からの質問を忘れてしまっただけなのだ。
「誰からの手紙を待っているの? うふふふふ」
なぜ、そんなにも楽しそうに郵便物の差出人のことを問うてくるのだ。
「一言で言うならば…大事な人です」
ぼくは、嘘をつかずに答えられる範囲で、質問に答えることにする。
すると、その返事を横で聞いていたタチア聖女も会話に入ってくる。
「え? リアナ聖女に大事な人がいるの?!」
君もなのか。郵便受けを気にしているぼくの姿をチラチラいつも横目で見ているのは気が付いていたぞ。
何か聞きたいのかとは思っていたが……。 何度も言うが、仕事中だぞ! シャーリー聖女に注意されても知らないからな。
「ちなみに……それって、男性?」
タチア聖女も質問に加わってきた。
しょうがない。早く質問を終えて、ぼくを解放して欲しい。
「えぇ、そうですね」
「「キャーーーーーー♡」」
ぼくの返事を聞いた、トッシーナ聖女とタチア聖女が声を揃えて、黄色い声を出す。
いや。性別を答えただけで、何たることか。
相手が女性だと答えていたら、何と叫ぶつもりだったんだ。逆に気になるじゃないか。
トッシーナ聖女とタチア聖女の叫び声を聞いて、医院の奥でカルテを整理していたシャーリー聖女までぼくたちのところまでやってくる。
「シャーリー聖女! 大変です!! リアナ聖女が毎日郵便受けを確認しているのは、男性からのお手紙だと判明しました!」
タチア聖女……。君、騎士団員みたいな報告をしないでくれたまえ。ハキハキ話す姿はなかなか好感が持てるし、かっこいいなと一瞬思ってしまったが。
「え? リアナは男性からの手紙を待っているのね?」
「えぇ、そうです」
なぜ、何度も確認してくるのだ。そんなに重要案件なのか? 男性からの手紙には何かすごい物が仕組まれているのか、この国は。
紙幣か? 櫛か? ま、まさか白い鳩なのか?
「ちなみにだけど……。その男性ってかっこいいの?」
ぼくは、久しく会っていないライガーンの顔を思い浮かべる。
ふむ。客観的に見てみよう。
「えぇ。顔立ちは整っていますね」
「かっこいいってこと? 背はどんな感じ?」
ライガーンのことをそんなにも聞き出して、どうするつもりだ。身長なんて君たちが知ってどうするつもりだ。
はっ? もしかしてカルテに記載する必要があるのか?
いつでも彼がフォーレス医院に来てもいいように? 何かあった時のために薬を準備してくれるつもりなのか?
なかなか先輩聖女の皆様、優しいじゃないか。
「そうですね。身長はかなり高いですよ。 そこの扉の枠をくぐるなら、頭を下げないとぶつけてしまいますね」
「すごい! 高身長なのね!!」
「すみません。細かい高さは不明です」
ぼくは、詳細がわからずに謝っておく。
「いいのよ、気にしないで。そっか~そうなのね……」
「女性にモテていたりするのかしら?」
ん? どういることだ? モテるとはどういう意味なんだ?
先日の『一目惚れ』の次に、知らない単語が出てきたぞ。
モテる? 持てる? 持つことが可能か?
「持てないですね。多分」
ライガーンは背も高いし、書類仕事ばかりだが、彼は剣術も相当な腕前だ。さすがナタディー公爵家の嫡男だけのことはある。
きっと、体格が良いから女性が彼を持ちあげるのは不可能だろう。
「あら……意外ねぇ。モテると思ったのだけど」
シャーリー聖女もいつの間にか会話に加わっている。
先輩聖女三人が仕事を放り出して、会話に加わってきているのなら、この会話は彼女たちにとって仕事と同じくらい重要な案件なのだろう。
「女性五人くらいいたのなら……持てますかね」
ぼくは、女性が五人いればライガーンを持てるだろうと返事しておく。頭で一人、左右の腕で二人、左右の足二人で持てるだろう。
この情報いるのか? 救助する時の重さが必要なのか?
「え? すごいじゃない! モテるのね!」
「そうですね。持てますね」
トッシーナ聖女の鼻息が荒くなってくる。落ち着きたまえ。救助が可能だとわかると聖女はこんなにも喜ぶのものなのか。
「人気なんでしょう?」
「えっと……どうでしょう?」
侍従も侍女も騎士団員も彼の執務室に会いに来ている。どこまでの仕事をこなしているのか詳細は把握していないが。
「入れ替わり立ち代わり、人が会いに来るくらいでしょうか」
「大変じゃない! それは大変よ!!」
そうだな。彼は多忙を極めている。大変なのは間違いない。
ライガーンが過労死しないか心配してくれているのか? 相変わらずこの先輩聖女の三人は優しいな。
「えぇ、大変でしょうね」
ぼくは、あくせくと働くライガーンを懐かしんで、懐かしさを覚える。
「ライバルはどうなの?」
「え? ライバルですか?」
ライガーンにライバル? 次期宰相の座を狙っている他の人がいるかってことかな? それとも、仕えているアーノルド殿下にライバルがいるかということかな? 皇太子は決まっていないから、いるといえばいるのかな。身元がばれる可能性があるから、この質問はオブラートに包んで答えておいた方が良さそうだ。
「う~ん。高位貴族の中で狙っている方はたくさんいるかもしれないですね」
「え? 貴族に人気なの? そんな相手からの手紙をリアナ聖女は毎日待っているの?」
急に三人とも可哀そうな子を見るような悲壮感あふれる目で、リアナ聖女の外見をしているぼくを見つめる。
君たち、情緒不安定なのか? 感情が豊かすぎて大変そうだな。
「えぇ。そうですよ。大事な人ですから、彼の手紙が届いていないかは毎日確認したいですね」
「あら……そう」
「……いつか届くといいわね……」
「……届かなくても気にしてはいけないわよ」
急に先輩聖女の三人はぼくのもとを離れていった。
なんだったんだ。
なぜ、いつの間にかぼくを慰めているんだ。
はっ?! まさか、彼女たちは未来の予知魔法が使えて、手紙が届くことはないと知っているのか? そうなのか?
手紙が届かないなら、ぼくは別の方法を考えて、ラーン帝国に戻らなければならないな。
先輩聖女の皆様、ありがとう。遠回しに、手紙が届かないことを示唆してくれて。
この時のぼくの勘違いは、本当のこととなり、ライガーンから手紙が届くことはなかった。
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ありがとうございます!!!
アーノルド殿下と先輩聖女の噛み合っているようで、不思議な会話が成立している話を楽しんでいただけたら嬉しいです。




