67 暗雲立ち込める公務①
私が初めての空中酔いを経験して、しばらく経った頃。
ライガーンが殿下の執務室まで、やってきた。
あら? なんだか、眉間に皺が寄っているわね。
それなのに、様になってしまうのはなぜかしら。
私は、いつものようにさらさらとした美しい銀髪を後ろで一つくくりにしているライガーンを見て、疲れていても美丈夫だとかっこよく見えるのだと一人納得する。
「殿下……」
「はい」
「殿下にお話しするべき事案があります」
「はい」
珍しくなかなか話を進めないわね。そんなにも口に出すのが憚られる内容なのかしら。
「ライガーン、どうぞ。遠慮なく!」
殿下の中にいる私は、勢いよく威勢よくライガーンが話やすいように促してもみる。
「殿下……。そんなに元気いっぱいの笑顔のところ、非常に申し訳ありませんが、皇帝陛下から春先の魔物の動向調査を騎士団と共に行うように、ご下命を賜っております」
ふむふむ。それで?
私はいまいち状況が飲み込んでいない。それを補足するようにライガーンが言葉を続ける。
「第一皇子から第四皇子まで、全ての皇子が参加し調査するように……とのことです」
「うん。わかった」
私がそう答えると、ライガーンは眉間の皺に人差し指を添えて、更なる言葉を続ける。
「アーノルド殿下は、お忘れかもしれませんが、現在、誰が皇太子になるのか決まっておりませんよね?」
「そうだね……まさか!」
鈍感な私でもさすがにピンッと来た。これは派閥による落とし合いになることを。
「そうです。そのまさかでございます。細心の注意を持って、取り組まなければ痛い目に合う可能性があるということです」
あっちゃ~。ついに動き出したのか。
リアナである私には直接関係なくても、外見はアーノルド殿下なのだから、私がきちんと公務を行わなければ本当のアーノルド殿下がこの身に戻って来られた時に、迷惑をかけてしまう。
う~ん。困ったわね。嫌だな、そういうの。苦手だわ~。
でも、私がこの身体にいる以上、逃げるということは、アールド殿下がゆくゆく皇太子候補からも外れてしまうということを意味している。
今までのライガーンやベン騎士団長、マヤゴン魔術騎士団長の話から察するに、きっと、日々、アーノルド殿下は研鑽を積んでいたようだから、いずれ皇太子となるべき日に備えて、努力を重ねられていたに違いない。
私の一つのミスで足を引っ張るわけにはいかないってことね。
ようやく理解できたわ。なぜ、ライガーンが言い渋っていたかもね!
「ライガーン、安心して! 頑張るからさ! 何とかやってみるから色々教えてよ!」
そう答えたのに、ライガーンの表情は曇ったままだ。
もう! 少しは信用してくれてもいいのに。
「まぁ、そうですね。どれだけ嫌がっても避けることは難しいと思われますしね……逃げるわけにはいかないのでしょうね……。やるしかないということは私も重々承知しているのですが……。殿下が頭をぶつけられてから、初めての公務になりますので私も精一杯、お助けできればと思っております」
まだライガーンは歯切れが悪いようだけれど、そう言いながらも腹を括ったようだわ。
この時の私は、とても気楽に考えていたけれど、ラーン帝国における皇太子争いは本当に苛烈なのだと後の私は知ることになる。
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