60 空中での出来事
マヤゴン魔術騎士団長は、私の手、正確にはアーノルド殿下の手を優しくだけど、しっかりと握ってくれる。
彼は、顔を上げているアーノルド殿下の中にいる、私の瞳の中を覗き込んで、こう言った。
「さぁ、殿下。準備はいいですか?」
「あ、はい。えっと、足の裏から風をゆっくり出すんですよね?」
「そうです。早速、やってみましょう。いつでも支えておりますので、始めていただいて構いませんよ」
う~ん。
そうは、言われてみても……。手から風魔法を出すのは孤児院にいる時から洗濯物を乾かしたりで、やったことがあったけれど、足の裏から風魔法を出したこと……無いのよね。
いまいち、感覚が解らない。
私は自分の足元に視線を向けてみる。
風魔法が出ている感じがないんだもの。
そうしていると、マヤゴン魔術騎士団長が、私と向かい合って両手を繋いだまま、アーノルド殿下の顎をクイッと上に向かせた。
「下を向いていると、バランスが取れません。ほら、前を向いて。私を見て」
マヤゴン魔術騎士団長が、目の前にいるから、集中できないんじゃないの?!
下も向けずに正面から彼と見つめ合っていたら、顔が真っ赤になるだけじゃないの!!
実際には、身長差があるから、マヤゴンの腰しか見えないのだが。
私ってば、ダメね。異性を意識しすぎね。
と、思った瞬間。
プッシューーーーーーーーーーーーーー。
足の裏から急に風魔法が出力される。
あれ? あれれれれれ?
「うぅっわーーーーーーーーーーーー」
キャーと言わなかっただけ、褒めてもらいたい。
いきなり初めて空中に身体が放り出されたから、バランスが取れず、しかも地面から少し浮いたどころの話ではない。
しまった! なかなか風魔法が出ていないからと思って、出力を多く出し過ぎた!
私は、マヤゴン魔術騎士団長の両手をぎゅっと握り、あらぬ方向に飛んで行きそうになる。
それをマヤゴン魔術騎士団長が彼の風魔法で相殺してくれることにより、何とか木や地面にぶつからずに済んでいる。
あまりに右往左往と縦横無尽に空中を移動する私を見かねたマヤゴン魔術騎士団長が、空中で申し出る。
「殿下。お身体に触れますが、お許し下さい」
私は、身体が振られるので精一杯でコクコクと首を縦に振る事しかできない。
すると、マヤゴン魔術騎士団長がギュッと殿下の身体を丸ごと抱きしめてくれる。
「殿下。足からの風魔法を止めていただけますでしょうか?」
そうは言っても、勝手に出力されたものの、止め方がわからず右足だけ出力が止まったりして、身体が上下逆さまに回転しそうになったりする。
「殿下。私に身体を全て預けて力を抜いて下さい」
そういうと、マヤゴン魔術騎士団長は一層、殿下の身体を強く抱きしめる。
返事も出来ずに、彼に身体を預けることにした私は、ふっと全ての力を抜いてみる。
プスプスプスススススス……
空気が抜けていくような感じで、足から出ていた風魔法が消えていく。
「良くできました。それで結構です」
そういうと、マヤゴン魔術騎士団長は、ゆっくりゆっくり元の訓練場に向かって移動しつつ、下降してくれる。
「随分、遠くまで来てしまいましたね」
マヤゴン魔術騎士団長は、そう言いながらも殿下を責めたりはしない。
でも、私はそれどころでは無かった!!
「うぷっ……」
しまった……酔ってしまった……。
空中酔いとでも言うのかしら。
どこかの魔術の本に記載があった気がする……。
「酔ったのですか? リアナ?」
私は、マヤゴン魔術騎士団長の質問に静かに頷く。
だって、口を開けば吐いてしまいそうなんだもの。
「リアナ。もうすぐ着きますからね」
マヤゴン魔術騎士団長が殿下である私の身体を抱きしめ、大丈夫かと顔を覗き込んでくるその心配そうな声が、特に優しく聞こえる。
その言葉にも、コクコクと頷くことしかできなかった。
私は、自分がアーノルド殿下の中にいるという事を忘れて、必死に抱きしめてくれているマヤゴン魔術騎士団長の胸元に吐かないようにするだけで精一杯で、呼ばれた自分の本当の名前に反応してしまっていたとは、気が付いていなかった。
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