48 【挿話】一目ぼれ
ぼくは、アーノルド。ラーン帝国の第三皇子だけれど、今はリアナ聖女の中に入り込んでしまっている。
土砂災害から救出されて、一週間の休みをもらい、今朝からフォーレス医院にリアナ聖女として、職場復帰したばかりだ。
出勤と同時に、ぼくは回復魔法が使えなくなった話を思い切って先輩聖女に打ち明けたけれど、仕事を解雇されるわけでもなく安堵する。
『案ずるより産むがやすし』って、どこかの国のことわざを以前、教えてもらったことがあるけれど、こういう時に使うのかと、リアナ聖女の失業を回避できて、心底安心している。
その日の昼食後、お茶を飲んで休憩している時に、疑問に思っていたことを先輩聖女の三人に聞いてみた。
「あの……質問がありまして、今、お時間宜しいですか?」
そう呼びかけると、三人の表情が少し硬くなるのが伝わった。
(今は……質問しては、いけないタイミングだったのか?!)
「リアナ聖女~。何度も言うけれど、話言葉が丁寧すぎるわ」
「そうね。土砂災害に遭ってから、人が変わったようにかしこまった言葉を使うのは、なぜかしら? 私の回復魔法のかけ方に問題があったかもしれないわね」
ぼくは、慌てて、そうではない! と心の中で否定しておく。そもそも中身がリアナ聖女本人ではないから、どうしようもない。
「それで、何が聞きたいの?」
なんだ。どうやらぼくの話し方が以前のリアナ聖女と異なっているから、違和感を感じているだけで、質問しても良かったようだ。
そこで、今朝の会話の中に入り混じっていた言葉の意味について、質問してみた。
「あのですね……。今朝、会話の中で『一目惚れして医院を辞めるかと思った』っておっしゃっていましたよね? その……『一目惚れ』というのは何ですか?」
ぼくの中身はまだ十歳なのだ。知らない単語があれば知っておきたい。城の中での会話では耳にしたことがなかったから、よく理解できていなかった。
しばらく、沈黙の後……。
「うふふふふ」
「へぇ~、リアナ聖女は色恋には疎い方なのかしら」
「まだ恋を知らないのかもしれないわよ。ふふふ」
先輩聖女の三人が口々に、頬が赤く染まり、気分が高揚してきているみたいに見える。
「えっと……その『一目惚れ』とは恋愛に用いる言葉なのですか?」
ぼくは、先ほどの会話から読み取った部分を、再度聞き返す。
「ええ、そうよ。リアナは一目惚れを知らないということは、経験したことがないということね?」
シャーリー聖女がほほ笑みながら、ぼくに聞いてくる。
「そうですね。経験したことはないと思いますが、どんな感じのことを意味するのでしょうか?」
すると、トッシーナ聖女が『一目惚れ』について解説を始めた。
「それはね。相手の殿方を見たら、この人だ!と思って瞬間的に恋に落ちてしまうってことよ~」
一瞬で、恋に落ちるなんて恐ろしい。魅了を使った魔術じゃないのか、それは。
「恋に落ちる時は、自分でそれを感じとることができるということですか?」
「そうよ。すぐにわかるわ!!」
トッシーナ聖女は頬に手を添えて、過去の一目惚れ体験を振り返っているようだ。
「それは、どんな感じだったのか参考までに教えていただけますでしょうか?」
「え? 聞きたい? そうねぇ。雷に打たれた感じで、ビビビッってくるからすぐわかるわよ」
雷に打たれた感じ? 危険じゃないか。感電した経験があるのか、トッシーナ聖女は。
もしくは、その殿方が雷魔法を使用した可能性は考慮しなくていいのだろうか?
「ちなみに、私の場合はねぇ……その男の人に後光が差して眩しくて目が開けられなかったわ」
タチア聖女も一目惚れの経験があるらしい。
後光が差していたというのは、目くらましの光魔法を使われたのではないのか? 目が開けられないほどの眩しさなんてかなり高い魔力をぶつけられていそうだが、大丈夫なのか?
「私の場合はねぇ~。心臓がキュンとして、ドキドキが止まらなくなるの。それで、気が付くの」
シャーリー聖女も一目惚れ経験者だったのか……。
心臓がキュンとするなら、病気に違いない。脈が速いというのは、高い緊張状態の中にいるのだから血圧も計測した方がいいかもしれないな。まぁ、彼女はCランクの聖女なのだから、自分の脈拍くらいコントロールできるのかもしれない。
「そうなのか……。『一目惚れ』というのが、かなり危険な状態に陥るということは理解できました。お三方の貴重な体験談、ありがとうございます」
ぼくは、それを確認すると午後の仕事の準備に取りかかった。
そのぼくの後ろ姿を見ていた先輩聖女の三人に、「リアナ聖女はまだ恋を知らないのね」と言われていたことに、ぼくは気が付かなかった。
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