3 フォーレス医院①
私が住んでいるのは、大陸の西に位置するベルフォン王国だ。
ベルフォン王国の東には、大きな山脈があり隣国のグライカ帝国に行くにはその山脈をぐるっと迂回しなければいけないため、隣国に行くには時間がかかる。
しかし、逆にグライカ帝国からも攻めにくい地形の為、攻めてくることはこの二百年はなく、国境沿いでいざこざはあるものの戦争にはなっていない状態が続いている。
ベルフォン王国の西には入り組んだ海岸が連なっているが、大きな港を整備し、商船による交易も行っている為、他国からの繊維や植物、香辛料なども海を渡って入ってくる。
私が聖女見習いとして、孤児院を離れるにあたり、副院長から聖女について仕事についていくつか知っていることを教えてもらった。
まず、このベルフォン王国には以前はたくさんいた聖女の数が減っており、王都から離れるに連れて聖女の数は少ないという。
確かに、孤児院にいた時も、歯の治療で麻酔を必要とする時には馬車で3時間もかかる場所まで行き、痛みをとる麻酔魔法をかけてもらってから治療したことがある。
孤児院は王都から南東に位置しており、馬車で7~8日ほどかかるというから、聖女は少なかったのだと思う。
王都は人口が多いので、聖女の数も比例して多くなるとは思うのだけれど、実際は騎士団がある駐屯地には多く聖女が配属させるような仕組みになっているので、国境沿いの辺境地にある騎士団にも聖女は多いのだという。
隣国からの小競り合いは今でもあるそうだが、それ以外に山脈や森から魔物が出てくることもあるらしい。
国の要である騎士に回復魔法を施して、少しでも早く復帰してもらい、民を守るという役割があるため、騎士団と聖女は切ってもきれない縁がある。
また騎士団に所属していない聖女は、病気などの疾病を治すために、ある程度人口の集まっている街には必ず配置されているとのことだった。
私は回復魔法が使える特性があるとはいえ、聖女の仕事内容がわからないので王都に近い、ロントクライン公爵領にある小さな医院で研修するのだ。孤児院からは馬車で5日ほどの場所にあり、王都へ続く街道沿いにあるラーチャという街にそのフォーレス医院はあるのだ。
「さて、ラーチャまでは5日かぁ」
そんな遠くまで行ったことないから、移動だけでも楽しみでたまらないわ!
せっかくだから、景色も堪能するわよ! ちょっとお尻はガタガタと揺れて割れてしまいそうだけどね!
私は、街道沿いを通る辻馬車に乗り込み、初めて見る景色や、植物を見ながら予定通り5日目にロントクライン公爵領のラーチャに到着した。途中、入れ替わりで隣に座った人と会話をしたりもしたから、退屈さは感じなかった。同乗者の皆さん、ありがとう!
到着した時。
ラーチャは、もう黄昏時に差しかかっており西の空は紫がかった茜色に染まっている。
「今日は、もう遅いからフォーレス医院の近くの宿に泊まって、明日行ってみましょう。しっかり美味しい物を食べて、英気を養って、旅の疲れをとっておかないとね!!」
そうして、私は長旅の疲れをゆっくりと取ることに専念することにした。
翌朝、私はフォーレス医院が開院時間だという時間の少し前に合わせて、医院を訪れた。
「初めまして! 今日からこちらでお世話になるリアナです!」
扉を開けて声をかけると、奥の方から私よりも少し年上に見える聖女が3名出てきてくれた。
わぁ~、素敵だわ。まず見た目からして癒される。
聖女だと一目でわかる白くて清楚なドレスに、襟元と袖には細い癒しの色である緑色の縁取りがされている。
何というか品も落ち着きもあって、こんな方に回復魔法とか病気を治すのを手伝ってもらえたら、患者は不安も痛みも軽減できて幸せかもしれないわね。
よしよし、私もこのお姉様方を見習って、形から入るわよ!癒し系聖女!
「初めまして。私はシャーリー、この黒髪の女性はトッシーナ、その隣の金髪の女性はタチアよ。みんな貴族の令嬢だけど、ここでは家名は名乗らないの。だから遠慮せずに名前で呼んでね。でないと、家名を名乗ると平民の方は畏まってしまって、治療を受けること自体の敷居が高くなってしまうからね。ちなみにこれは、このフォーレス医院を管轄しているとロントクライン公爵家からの指示によるものだから、気兼ねしなくていいわよ。規則だから、しっかり守ってね」
「かしこまりました。では、恐れ多いですが皆様をお名前でお呼びさせていただきますね。私のことは、どうぞリアナとお呼び下さい」
話を聞くと、このロントクライン公爵は貴族という権力を無尽蔵に振りかざすタイプではなく、平民の立場もよく考えられて、気持ちよく領民が過ごせるように配慮する取り組みを行ってくださる方なのね。
そんな素敵な取り組みを行って、それを実践しているフォーレス医院で働くことができるなんて、私は本当に幸せ者ね!医院を紹介して縁を繋いで下さった皆さんに感謝だわ!!!
「リアナは、孤児院出身なのでしょ? 私、孤児の方と接する機会に恵まれておりませんでしたので、是非、どんな生活をされているのか教えていただきたいですわ」
あれ? これは、あまり歓迎されていないのでは?
なんとなく敬遠されているような…棘のあるような…。
黒髪を右肩で一つに括り、胸の前に長い髪を流した女性…えっと、トッシーナ聖女ね。
この方は聖女であっても、やはり身分をわきまえなさいということを遠回しにおっしゃっているのかしら。
まぁ、孤児はどこに行っても、後ろ盾がないから肩身が狭く虐めの対象になるのは仕方がないわよね。
私は、これまでも孤児ということで意地悪や言葉の暴力を受けたり、石を投げられるということは度々あったので、トッシーナ聖女の遠回しな発言内容で好意を持たれていないということはすぐに感じることができた。
トッシーナ聖女は、公爵家の行っているやり方でフォーレス医院が運営されていることを、よく思っていないのかもしれないわね。どちらかというと、聖女として崇め奉って欲しいタイプかもしれない。
「リアナは、孤児だから文字は読めないのよね? 書くこともできないのかしら?」
トッシーナ聖女は、孤児が教育に恵まれることがなく読み書きできないことを、良くは思っていないようだ。
「いいえ、トッシーナ。リアナは読み書きはできると公爵様からのお手紙に書いてありましたわ」
すかさず、シャーリー聖女がフォローをしてくれる。やはり読み書きができないと症状を記録に残せないから仕事上必要なことなのかもしれない。
「はい。院長に少しずつ教えていただいていたので、精度は皆さまには遠く及ばないと思いますが、伝えたいことや報告書は書けるようにと一通り学習はしました」
「あら、そうなのね」
トッシーナ聖女は、孤児でも読み書きできるとわかると意外そうな顔をしている。さすがに報告書の書き方などを教わっていたとは考えていなかったようだ。
本当は孤児院に来る前、つまり湖で記憶を失う前に、文字の読み書きは習得していたようで、ある程度はできる状態で孤児院に来た。
だから10歳以降に必要と思われる知識は院長と副院長、そして先日、魔力特性検査を行ってくれた教会の人たちが時間を作って6年間教えてくれていたという経緯がある。
孤児院に来たばかりの頃も、近くの学校に通う機会があったけれど、一通りの読み書きができたことと孤児に対する風当たりも強く虐めもあったので、学校には通わずに孤児院で教えてもらっていた。
他の子も学校に一度は通うけれどどうしても肩身を狭い思いをするらしい。
イジメ、ダメ。絶対。許すまじ。
そんなこともあって、孤児院内で勉強する子の方が多いのが実情だ。
年上の者が年下の者に勉強を教えるという時間が毎日夕食後にあったので、それでマルク院長の孤児院での識字率はとても高い。
「さぁ、リアナのお話はまた休憩の時に聞くとして、そろそろ開院の準備をしましょうか」
シャーリー聖女は、てきぱきと窓を開け、朝の爽やかな空気を取り込んでくれる。
私もシャーリー聖女のように、てきぱきできる聖女になりたいわ! あれこそ、私は目指す聖女よね。
先輩聖女から医院のこと、聖女のことをたくさん学ばないとね!!
張り切りすぎた私は、慣れない仕事でクタクタになりながらも無事に初日を終えることができた。