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2 旅立ち

 魔力特性検査を行ってから、1か月後。

 私はいつも通り、小さな子供たちの着替えを手伝ったり、食べるのを手伝ったりしたあと、院長室へ向かった。

 今日で孤児院を離れるからだ。


 魔力特性検査で回復魔法が使える聖女としての適性があるようだと、司祭もマルク院長もおっしゃって下さり、聖女見習いとして働ける職場をマルク院長が探してきて下さった。


 王都近くの、公爵家が管轄する平民が通いやすい医院があるということで、そこでいろんな患者さんの治療の手伝いをすることになった。


 働きやすい環境を整えている職場を探して、斡旋して下さるなんて、マルク院長には頭があがらない。


 そう思いながら院長室の前に辿り着く。

 すると、私が来ることがわかっていたのか、ノックをするとすぐにマルク院長自ら扉を開けてくれる。


「待っていましたよ、リアナ。今日も元気そうで何よりです」

「おはようございます」


 何人も孤児の成長を見届けた院長であっても、親と変わりはない。我が子の旅たちを複雑な気持ちで見送る表情に見える。


「ついに、この日が来ましたね。リアナの成長が嬉しくもあり、少し寂しく感じます」

 私も嬉しさ半分、寂しさ半分ですよ、院長!と心の中で返事をする。


 そう言いながら、マルク院長は私に椅子に腰かけるように促した。


 ローテーブルの上には、細い竹で丁寧に編んだ両手に収まるくらいの箱がすでに置かれている。

 その箱の蓋の上部には、『リアナ 10歳』と書かれた布が丁寧に四方縫い留められており、蓋もすぐに開けられないように、錠前金具で固定されていた。


「リアナ、これが何だかわかりますか?」


 (何かしら。孤児院に来た時の年齢ということはわかるのだけれど…。さっぱりわからないわね)


 私は、無言で首を横に振る。

 マルク院長は蓋を開けることなく、机の上の箱に両手を添えると、大事な物を扱うかのように、すっと私の目の前まで箱を差し出した。そして、少し眉間に皺を寄せながら、中身について説明を始める。


「この中身は、湖で発見した当時、リアナが身に着けていた衣類、…足を拘束していたロープが入っています」


 私は驚きのあまり、マルク院長の顔を凝視するけれど、私が孤児院に運び込まれた時の状況を思い出すのが辛いのかマルク院長の表情は硬いままだった。

 しばらくの沈黙の後、私は胸の奥に暗くて重りのようなものを感じながら、お礼を述べた。


「6年間も大切に保管してくださり、ありがとうございました」

「リアナ、これはあなたの物だ。持っていくなり、処分するなり好きにしなさい。もちろん、ここで引き続き保管しておいてもいいんだよ」


 私は、そっと割れ物を触るかのように箱を持ち上げて膝の上に置いた。


「この箱は一緒に持って行きます。いつか自分の身元が知りたくなった時に何かの手がかりになるかもしれませんし…」


 何よりも6年間も私の預かり知らぬところで、大切に保管していたマルク院長の気持ちを無下にしたくはなかった。


 いつか、どんなに知りたくないと思っていても、知る必要が出てくる日が来るかもしれないしね。

 でも、今はまだ当時の衣類などを見たいとも思っていないので、すぐには箱の中身を確認することはないでしょうね。

 記憶が戻ることがあれば、蓋を開けることもあるかもしれないけど…。


「当時、着ていた衣類には刺繍がしてあったから、ひょっとしたらそれが手がかりになるかもしれない。あとは以前、話したことがあると思うけれど…ロープの焼き切った痕だろうか。有力な手掛かりにはならないかもしれないけれど、何かわかることもあるかもしれないね」


「ありがとうございます。いつか自分について知りたくなった時に開けたいと思います」


「それがいいかもしれないね。私の勘違いだといいのだが、孤児院に来た時にすでに読み書き、計算など学習が終わっていたことを考えると、リアナはどこかで貴族としての教育を受けていたと考えられる。どういった経緯で湖にいたのかはわからないが、君が生きているとわかればまた命にかかわる危険が及ぶかもしれない。そのことだけは決して忘れないでおくれ」


 私自身は家名を覚えていないのだから、平民だという可能性もあるけれど、記憶がないだけで教育は受けていたようだから、院長がおっしゃっているように貴族であるということも念頭に置いておいたほうがいいかもしれない。身元がわかるということは、事件に巻き込まれたり、また命を狙われる可能性もあるということだから、慎重にならなくちゃいけないわね。


 きっと、院長も同じことを考えていたのだろう。自分が誰なのか知らない方が素敵な未来が待っているかもしれない。


「リアナ、忘れないでおくれ。困ったり、助けが必要な時には成人していても、この孤児院にいつでも帰ってきていいんだからね。ここはリアナの家でもあるのだから」


「また、時々、成長した私の姿を見せに来ますね。とっても美人で優秀な聖女になっているかもしれませんよ! 楽しみにしていてくださいね!」


 マルク院長とのしばしの別れは、優しさと笑顔に溢れていた。


 魔法特性検査での、聖水が緑色だけでなく、金色、黒色に染まってしまったことは、嘘をついてしまったので心苦しいけれど、呪いも解呪してから再びマルク院長に会いに来れば、問題ないでしょう。


 この時の私は、自分の呪いは聖女に会えば簡単に解いてもらえるか、もしくは解き方を自分で学べば大丈夫だと思って、新天地のフォーレス医院に向けて、期待を胸に孤児院を後にした。



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