26 辻馬車に乗って
(こ、これがあの辻馬車か!)
ぼくの心は、見るだけではなく本当に市井の者の体験ができることに興奮してしまう。
(うわ~、めちゃくちゃお尻痛いんだけど)
痛くてたまらないのに、なぜか笑ってしまう。
こんな座席、初めて座った。
いつもいかに豪華な柔らかい椅子に座っていたか、生まれた時から高級品ばかりの中で生活してきていて気が付いていなかった。
隣の小さな子連れのふくよかなご婦人と肩が触れあうような、狭い感覚も初めて味わう。
(人と人って、こんなにも距離が近いものなんだな)
いつもは、人とは一定の距離を保っているから、こんなに自然と人と接近することはなかった。
何より、三年ほど前に母上が亡くなってからは、どうやって笑っていいかも忘れていた。
誰を信じていいのか、わからなくなっていた。
(外には、こんな広い世界が広がっていたんだな・・・)
息苦しい皇城の中で、限られた人との接触ばかりだったから、道すがらすれ違う人に挨拶することも
政治や派閥を考えることなく、店先にぶら下がっている物の話や、どこの果物が美味しかったとか、
そんな会話さえ、乾いていた心を潤してくれる気がする。
(リアナは・・・災害という大変な目にあったのに、ぼくと入れ替わっていて、アーノルド殿下としてあの身体の中にいるとしたら・・申し訳ないな)
早く、入れ替わりを解消してあげたいとも思うが、どういう魔術か全く見当もつかない。
ライガーンが、原因と解消法を見つけて、アーノルド殿下として中にいるリアナの魔術を解いてくれたら元に戻れるのかもしれないが。
ひとまず、今はリアナとして外の世界を楽しませてもらおう。
それがいつか、為政者として民の心に寄り添うのに必要になってくるだろう。
こんなに素晴らしい体験を、変装をすることもなく、身分が違うからと煙たがれることもなく思いのまま生きられるなんて
思ってもみなかった。
ある意味、この入れ替わり現象は、皇族アーノルドとしても必要なことだったから、彼女が入れ替わってくれたのかもしれない。
理由はわからないけど、感謝の気持ちでいっぱいだ。
辻馬車に揺られている間に、フォーレス医院という場所に辿りついた。
今朝、鏡を見た時にリアナの左手首に聖女の魔道具がついているのに気が付いた。
リアナは聖女として、シャーリー聖女とともにここで働いているらしい。
辻馬車の中で会話をしていると、リアナは最近、見習いを終了してEランク聖女として働き始めたということがわかった。
よし、リアナ。君の身体のことはしっかり健康管理して、大事にするから任せてくれたまえ!
ひとまず、君も風魔法が使えるようだから、ぼくがその才能を伸ばしておくから!!




