18 あれは・・間諜ではない 【side ライガーン】
俺は今、殿下と一緒に剣術の稽古をしている広場に向かっている。
稽古場はいくつかあるのだが、今日は普段騎士団が使用している広い広場ではなくて、殿下の執務室からほど近くにある、比較的小さい場所だ。日光がよく当たり、冬場でも暖かく、時間帯によっては日陰もできるので、陽射しの厳しい時期にも適している。
ふと、隣を歩く殿下を見ながら、最近の家庭教師からの報告を思い出していた。
家庭教師からの報告で、殿下の中身は女性で間違いないと確信している。マナー講習の時に、それはそれは綺麗なカーテシーを見せてくれたそうだ。
「身体が覚えている動作があるからやってみてもいいですか?」
と発言してから、見せたらしい!
おい! サラサラの黒髪で金色の瞳を俯かしながら殿下がカーテシーしているところなんて、俺も拝見してみたかった!! 不敬だが、二度と見る事はないだろう。
さすがの家庭教師も、殿下の行動に驚いて頭がフリーズしたらしく、真顔で
「殿下、素晴らしい物を見せていただきありがとうございます。しかしながら、それは女性が目上の相手に行う動作ですので、殿下が習得されなくても構わないとは思いますが、習得されているとは恐れ入りました」
と、殿下の行動を正してくれたらしい。相手の気分を害することなく対応して、導いてこそ家庭教師の役割ということなのだろう。さすがだ!
謁見の間など大勢の前で、カーテシーをお披露目することにならなくて、本当に良かった。未来に起こり得る危険因子の一つは取り除くことに成功しただろう。
その殿下の報告を聞いて、殿下の中身が女性で間違いないと確信することができた。あと、間諜ならば、剣術の腕前を見ておかないと、俺よりも凄腕の手練れなら厄介だ。護衛の配置換えも検討する必要が出てくる。
そう思い、今日は殿下と共に剣術稽古に参加することになっている。表向きは、殿下の体調は問題なさそうだが、伏せていた期間が長いので念のため、殿下の側近が付き添っているということにしている。
今日の剣術指導は第三騎士団のベン騎士団長だった。彼は平民からのし上がってきた実力者で、少し粗野なところもある反面、とても面倒見が良いと言われている男だ。彼ならば、少々、殿下の言葉遣いがおかしくなろうが、気にせず対応してくれるだろうという、希望を抱いて今日は参加を決定した。
「アーノルド殿下、ご無沙汰しております。その後、お身体の調子はいかがでしょうか」
この体格の良い中年男性が、ベン騎士団長だ。予め、今日の担当指導官をアーノルド殿下に伝えておいて良かったと胸をなで下ろす。
「ベン騎士団長。ご心配おかけ致しました。お気遣いどうもありがとうございます。もう身体は動かせるので、本日はどうぞご指導宜しくお願い致します」
「そうですが。ではいつも通り、素振りから始めましょうか」
そう言うと、ベン騎士団長は木刀を殿下に手渡した。素振りだから、さすがに危なくはないだろう。木刀を構えて振ればいいのだから。そう思って、俺は殿下の動きをよく見ていた。間諜であれば、どんなに下手なふりをいて演技をしても、太刀筋が素人のそれとは異なるからだ。
さぁ、殿下よ。振ってみてくれたまえ!
今日こそ、間諜なのかどうか見極めてやる!!
俺が心の中で、そう叫ぶと、殿下はゆっくりとベン騎士団長を見てから、真似をするように木刀を構えてみた。
その姿を横で見ていた俺は、あることに気がつき目を見開く。構えるだけで、大きな間違いをしているじゃないか!!
どこに問題があるのか、俺が指摘してしてもいいものやら・・・と戸惑っていると、ベン騎士団長も気が付いたようで、素振りをしている手をとめた。
「殿下。いつから利き手が変わったのですか?」
「え?」
その言葉を聞いて、アーノルド殿下の視線が宙を泳いでいる。殿下の中にいるあいつは、いつも文字を書く時は右手で書いているけれど、もともとは左利きだったのだろう。意識をしていないことになると左利きになってしまうようだった。
ベン騎士団長に指摘された殿下は、そそくさと右手が前になるように木刀を持ち替える。
よし。それでいい。
いつの間にか俺は保護者目線で殿下の稽古を見守ってしまっている。
するとどうだろう。今度は木刀をなでなでしているではないか!
きっと、右利きにしても身体が馴染んでしまうから違和感を感じているのだろう。
そうだ。アーノルド殿下は右利きだから、そちらの持ち方の方が身体に馴染んでいるはずなんだ!
俺は心の中で実況中継をして、殿下の素振りをそのまま見学させてもらう。
百回の素振りを見せてもらった。
・・・こいつは手練れではない!
明かに初心者のような素振りだった。下手な演技をしているわけでもなさそうだ。
これで、俺の結論は出た。
アーノルド殿下の中にいるのは、間諜ではない! と。
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