16 探り合い②
私は、早速資料を読み漁る予定だった。だった……というのは、読みたくても読めない状態に陥ったからだ。
「あれ? 文字が違うの? どういうこと??」
驚いたことに、話す言葉は同じで会話は成立するのに書く文字が異なっていることに気がつく。というこは、ここはベルフォン王国ではないということだ。
じゃあ、ここは何て国なのかしら。話し言葉が同じでも文字にすると異なる表記になる国があると遥か昔に学んだ記憶がある。それこそ、孤児院に来る前に習った記憶だ。どこの国だったか……。
困ったわねぇ。話す分には問題なさそうだけど、文字が読めないのなら、一から学ばないといけない。文字から学習を始めていたら、資料を探すのも時間がかかりそうだ。
よし、困った時のライガーンだ。
私は、心の中で勝手にお助けマンとして一方的に位置付けをしたライガーンに頼ることにした。
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殿下の執務室から、またしても俺にお呼びがかかっていると連絡がくる。
次は何だ! どうしたいんだ、殿下の中のアイツは!
悲願だった殿下のくしゃっとした笑顔を引き出して、俺にだけにそれを見せられても、動じないからな。
絶対に!
「殿下、お呼びでしょうか?」
俺は、先ほどの資料を広げたまま、情けない顔をしている殿下が目に入る。
(なんだ、その情けない顔は! 眉尻を下げるなんて高等なテクニックが殿下の表情筋にも、まだ残っていたのか!)
新たな発見をした嬉しさは、顔に出さずに殿下が何に手を焼いているのか判断するために机に近づく。
「ねぇ……ライガーン殿。お願いがあるんだけれど……」
「お困りごとでしょうか」
「あ、頭をぶつけたせいかさ、文字が読めなくて困っているんだよね」
俺は、心の中で最初から読めないんだろうと悪態をつくが、敬愛しているアーノルド殿下の顔で言われると助けてあげたい気持ちの方が勝ってしまう。
(逆にこの状況を逆手にとって、殿下に張り付き、何の情報を集めようとしているのかこちらにとっても、殿下になりすました者の思惑を読み取ることができるな。案外、情報操作もやりやすくなるから、その方が野放しにしておくよりも目が行き届いていていいかもしれない)
「アーノルド殿下。私で宜しければ、お側でずっと代わりに文字を読み上げて、お手伝いできますがそれで対応しても宜しいでしょうか?」
「え!! いいの!? ライガーン殿はめちゃくちゃ忙しいって聞いているのに、本当にごめんね。ありがとう! いや、ありがとうございます!」
以前のアーノルド殿下と言葉遣いが違うと先ほど指摘したせいか、子供らしい発言をやめて、丁寧な言葉に変えようとしているようだ。まぁ、中身は本物の殿下ではないのだから、どんな言葉遣いでも気にはならないのだが。
「あのね、ベルフォン王国って、この国のどっちにあるの?」
なんと、素直な諜報員なんだ。大丈夫か、こいつ。さすがの俺でも心配になってくるほど、直球できたな。
俺は、机に地図を広げて一緒に指を差して教えていく。
「ベルフォン王国ですね。我が国、ラーン帝国はここです」
俺は、幼子に説明するかのように一から教えることにする。
「え! ここってラーン帝国なの??」
これが何もしらないですよという演技だとしたら、大した間諜だ。新手のスパイ活動で行われている手口なのかもしれない。
でも、俺は何となく、こいつは本当に無知の状態でアーノルド殿下の中に入り込んだように感じた。
断定してしまうと、危険なので結論付けはできないが、悪意がないのにアーノルド殿下に入ってしまった人を想像すると、その人も被害者のように思えてきてしまう。
「続けます。この大陸には二大帝国があるのですが、ラーン帝国の西にグライカ帝国があり、山脈を隔ててその西にベルフォン王国があります。先ほど、書物をご所望いただきましたロントクライン公爵領はベルフォン王国のこの辺りになります」
「それじゃあ、もしここからベルフォン王国に行こうと思うとどれくらい日数がかかるの?」
「そうですねぇ。私も訪問したことがないので、わかりかねますが、山脈を迂回して行くとしたら馬車で五十日ほどでしょうか」
「……そんなに遠いのか……。予想以上に離れていて、驚いたよ……」
残念そうにつぶやくと、今日の調べ物はお終いにして、ラーン帝国文字をひたすら書いて覚えるという内容に切り替えた。
一心不乱に没頭している殿下の姿に、なぜか俺は皇后陛下を亡くされた直後の殿下の背中を思い出し、胸が苦しくなった。
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