第9話 捜査は順調なようで?
事前に渡された資料には、一人目の被害者から五人目まで共通の接点や接触などの情報は得られず、可能性として闇オークションで出会ったのではないか、という見解だった。
イワクツキの美術品などは表には出回らないので、無法地帯の領域であり、互いに余計な詮索や接触はしないことが多い。
もう一つの収穫は、黒い錠剤の入っている薔薇のオルゴールだ。騎士団のほうで改めて調べて貰うため、持ち帰ることにした。
(もし錠剤を服用し続けることで、黒薔薇の核が発生するなら……自然発生したわけでないと証明できる。それだけでも、大きな成果だわ)
帰り際に、奥様が見送りに玄関先まで来てくれた。
ベール越しでも目元が赤くなっているのが見えて、こういう時遺族に対して気の利いた言葉が出てこない自分が情けなくなる。
「主人は、この子たちの環境を変えようと……考えてくださっていたのですね」
(ええっと……こんな時は……)
「もしかしたら、その気持ちを利用されたかもしれませんし、ご主人が主軸となって動いていた可能性もあります」
(イザーク! なんてスマートかつストレートな返答なの!?)
「……ただ一つ。あの隠し部屋を見て、クリフ侯爵は家族を大切に思う方だったのだと……俺は思いました」
(本当に他人には紳士ね……)
「……っ、ありがとうございます」
奥様は口元に手を当てて、イザークに頭を下げた。私も歌から何か伝えられることがあるなら──。
「旦那様は誰よりも薔薇を好いていて、家族を愛して、運命に抗おうとしていました。そのことだけは本当です。……私の歌った《禍歌》は、この世界に爪痕を残そうとした魔力の残滓からできています。旦那様の悲痛な願いと思いは、自分自身の死ではなく最後までご家族に向いていたかと」
「メアリー嬢の言うとおり、死の間際で部屋の外ではなく、隠し部屋に向かったところを見るに……そう推測ができるかと思います」
私たちの言葉に奥様はまた泣いてしまった。イザークは奥様を宥めつつ、双子を狙った犯行の可能性もあると伝え、騎士の手配をすることなど老執事を交えて説明をしていた。
遺族のことを考えて対策を立てているには、盤面を広くよく見ているからできるのだろう。
(……やっぱり、あの年で騎士団長になるだけはあるのね)
「メアリー嬢、すぐに馬車が来るそうです」
「(ミステリーが絡まないと、紳士に戻るのね)ルーベルト様、馬車の手配ありがとうございます」
「いえいえ。こう探偵みたいで楽しいですし、何より今回の捜査室の設立は人外貴族としても、良い傾向だと思っています」
そう言って涎をハンカチで拭っている。絹で作られたハンカチを口に当てる姿は品があるのだが、人外は欲望に従順だ。理性を働かせようとしても、本能が抑えきれないこともあるのだという。
グラート枢機卿も「だから彼らのことは『人でなし』だと覚えておきなさい。人の形をしているけれど、その思考やモラルは人と逸脱している。友人になれるだろうけれど、彼らは違う存在で、彼ら独自の文化と歴史を持っていることを努々忘れてはいけないよ」と耳にタコができるほど言われたのを思い出す。
ふとルーベルト様の欲望の種類について、尋ねてみたくなった。
「ルーベルト様が涎を垂らすほど、呪いやイワクツキの物は美味しいですか?」
彼は目を細めて、口元を綻ばせた。
「おや? 私にその手の話を聞いてくれた人間は久しぶりですね。……ご存知かもしれませんが、私は夢魔の一族ですから人間の強い感情と言うのが、何よりのご馳走なのですよ。特に私は特異体質だったようで、肉体的に交わるよりも、『呪い』などの強い感情の塊が好物でして……。呪いは醜悪かつ利己的な感情の集合体なのですが、稀に祈りから呪いに転じる物の味がたまらないのです。それに呪いを味わった後だと……人間の感情が少しだけ理解出来たような気分になるんですよ」
ここで「人間」と言う単語を出すルーベルト様は、人間との距離を上手く保ちつつ、人を好意的に見ているのがわかった。
「ルーベルト様は、人間が好きなのですね」
思ったことを口にしただけなのだが、ルーベルト様は目を見開いて驚いている。失礼な発言はしていなかったと思うが。
「同じ言葉をかけてくださったのは、教皇聖下と魔王様ぐらいでしたよ」
「私をそんな雲の上に方々と同列にしないで下さい……恐れ多い」
「そんなことはありません。私はメアリー嬢のことを──」
「おい、次の現場に行くんだ。さっさと馬車に乗れ。……それとも、一人で乗れないのか?」
「む」
イザークは不機嫌そうな声で、私とルーベルト様の間に割って入ってきた。しかもいつになく煽ってくる。
(仕事中、仕事中、仕事中、仕事中、仕事中、仕事中、仕事中、仕事中、私は大人……)
「(またくだらないことを考えているな。……まあ、そんな顔も可愛いから、ついついからかうんだが)……ほら、気をつけて乗れよ」
「え」
紳士に早変わりしたイザークの言動に、私は動けなかった。一瞬、目が腐ってしまったのだろうかと心配しそうになったが、背後に奥様や老執事たちがいるのが見えて「あ、そういう」と納得してしまった。
仕事中に同僚の女性に酷い仕打ちを働けば、噂になってしまう。足下を掬われないための外向きに対応だと気づき、私は鷹揚に頷いて手を取った。
次は二人目の被害者が亡くなった現場と向かう。
その先でとんでもない悲劇が私たちを襲うのだが、そのことに誰も気付いていなかった。
***
数時間後。
からんからん。
私とイザークとルーベルト様は脇目も振らず、一目散に目的のカフェに逃げ込んだ。背後からの追っ手はない──と思う。たぶん。
「ぜいはぁ……。くそっ、あの報告書を書いた奴、覚えていろ……」
「ぐうう、イザーク、ちょっとお腹を押さえすぎっ……気持ち悪い……」
「いやー、あのような趣味の方は実在したのですね」
一人だけ息を切らさずにいるルーベルト様はさすが人外と言ったところだが、その恰好はなんというか、お労しいというか、ちょっと直視できない。
(わ、笑ったら失礼だわ!)
「いらしゃ──ぶふっ、オーナー、それにお二人様もぶふふっ、いやその素敵なリボンやドレスはどうしたんですか……くくっ」
奧からコックコートを着込んだ青年がやってきた瞬間、たまらず噴き出して笑っている。うん、そりゃあ、私だって他人事なら笑いたい。
「リボンやフリル大好きな、オネエ系BARのオーナーから逃げてきた所だよ」
(途中までは頑張って事情聴取で耐えていたけれど、イザークが途中でギブアップしたのよね。まあ、衣服を脱がそうとしたら……うん、しょうがない)
こんな姿を見せられないと、ルーベルト様が転移魔法を行使してくれたので、カフェに入る一瞬だけですんだ。
私の髪は可愛いピンクのリボンでツインテールにされている。服もフリルたっぷりのピンクのドレス姿だ。前世の知識で言えばゴスロリに近い。
(私が似合う顔立ちなら、まだ受け入れられたけれど……)
この姿は抵抗したのだが「事情聴取のためだ」と、イザークに押しつけられた敗北者の証だ。
そのイザークは髪に白のリボンがいくつも着けられているので、「ざまあ」とちょっと思った。若干騎士服が緩んでおり、鎖骨が見えそうだったのだが、何とかドレスを着ることを回避したようだ。ずるい。
ルーベルト様は私と同じくフリルたっぷりの水入れのドレスを着こなしており、長い髪をポニーテルには、水色のリボンで結ってある。
よく見ると化粧もされており、不本意ながら可愛いと思ってしまった。正直、私よりも似合っているではないか。
「とりあえず、個室で休憩しつつ、状況の整理をしましょう。ノノ、悪いがお茶の準備と、軽食で構わないから準備をしてくれ」
「はい、オーナー。ぶふっ」
「…………ノノ」
人懐っこそうなオレンジ色の明るい髪の青年に、ルーベルト様が振り返った。次の瞬間、青年は顔を青ざめているではないか。
(一体、何を見たのだろう?)
「さあー張り切って飲み物を準備しますぅー」
青年は脱兎の如く厨房へと駆け込んでいった。ルーベルト様はニッコリと笑みを浮かべながら「こっちです」と個室に案内してくれた。
私はツインテールのリボンを外すだけで終わりなのだが、ルーベルト様とイザークは着替えると言い、部屋を出て行った。
一人になって「ふへぇ」とソファに座る。
(疲れたぁああ。まさか四人目の被害者の遺族が、オネエ系の女装専用BARのオーナーだったなんて思わなかったし……。しかも三人目の被害者が女装用の衣服を手がけるのが趣味で、四人目の被害者の衣服を作るデザイナーとクライアントだったとか初耳なんだけれど! まあ、人に知られたくない趣味だったからこそ、専用部屋を見つけるまでは分からなかったのよね)
足を運んで事件現場の再現と、遺族の調査で被害者五人の接点が見えてきた。
特に今回は二人目の被害者──ダニエル神父が参加していた、ミステリーツアーや脱出ゲーム関係で、新しい情報をゲットしたのだ。
(そのせいで竹藪の中や廃校や廃墟巡りをする羽目になり、服が汚れてしまったのも誤算だったわ。三人目の被害者の商人の遺族はいなかったから、四人目の遺族には後日日を改めるって言いに行っただけなのに……オーナーの暴走でこんなことになるとは、思わなかったな)
途中で自分の記憶から、ファッションショーのことを抹消することにした。とりあえずルーベルト様とイザークが女装趣味に目覚めないことを祈るばかりだった。
(はぁー、濃い半日だった)
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次回更新は明日の朝の予定です。