第6話 現場の再現は私のお仕事です・前編
最初に黒薔薇が開花したのは、侯爵家の屋敷だった。
屋敷の執事がすぐさま騎士団と教会に連絡を入れて、屋敷内を完全に封鎖したという。
黒薔薇を含めた黒い花は聖職者や歌姫でなければ、除去できない。それも何回かに分けて儀式を行う必要があり、私も仕事の依頼で受け持ったことがある。
今回の事件は未だに発症条件が不明なため、「自分も同じように黒薔薇が開花するかも」と、ご遺族は気が気じゃないだろう。
(パーティー会場では、黒薔薇の開花に大量の魔力、強制召喚の術式、そして《歪曲》によって顕現していたけれど、今回の連続殺人の被害者は当てはまらない。だから今回は発症条件を特定させるのが私の仕事ね)
一人目の被害者、クリフ・アダムズ侯爵が亡くなったのは書斎で、執事が気付いた時にはうつ伏せに倒れていて、黒い茨が具現化していたという。
「こちらでございます」
儀式後による浄化の後、書斎は空間封印魔法で封じている。
ギィと重々しい扉が開いた。
十五畳ほどの広い部屋で、赤い絨毯にベージュ色の壁紙、調度品の至る所に薔薇のモチーフが使われており、特に白いカーテンは蕾から美しく咲き誇る薔薇の刺繍が目立つ。
焦げ茶色の机に、壁には分厚い本が収まっている。来客用のソファとテーブルもある貴族らしい書斎。
普通の人なら、そういう印象を受けるだろう。
けれど私には──。
(半透明な魚と、クラゲのような何かが浮遊している……)
昔、それをグラート枢機卿に相談したら、『ああ、それは譜面になる前の魔力の残滓ですね。それを紡ぎ譜面を完成させ、なおかつ完璧に歌うことによって、初めて歌魔法は発動するのですよ』と教えてくれた。
普通は教会の作り上げた《聖歌》の中から、事象に該当するものを歌うのだが、私は根本からして違う。
その場で譜面を瞬時に読み解き、歌い上げる。だからこそ国の歌姫として重宝され、異例ではあるものの、こういった事件協力に声が掛かるのだ。
(聖職者による浄化の儀式は終わっているし、事件当時を再現するだけの魔力の残滓もある。《禍歌》を使っても大丈夫そうね)
「当時、侯爵の元を訪れた人はいなかった、と?」
「ええ。主人は家に人を招くのを嫌っていまして」
「私がお仕えした時から、旦那様は屋敷に人を入れることはありませんでしたので。……それとここ数ヵ月は二、三日ほど屋敷に戻らないこともありました」
ロマンスグレーの執事はモノクルをかけていて、毅然とした態度でハキハキと答えているものの、主人の死に憔悴の色が窺えた。老執事の傍には喪服姿の奥様と、黒い服装姿の二人のご子息が佇んでいる。
奥様は黒いベールを被っているので顔はよく見えないが、二十半ばだろうか。結構若い。ご子息はどちらも十歳ぐらいで、母親を守ろうと手を繋いでいて、ちょっとほっこりしてしまった。
(双子なのかな。珍しい)
この国で双子は《忌み子》として嫌われることが多い。国と教会は救済処置として学習院を設立し、双子の片割れを受け入れている。
学習院が設立された背景として一族が双子の片割れを幽閉あるいは、監禁など過激な対応をしたことで、双子の片割れが精神的苦痛により魔力暴走の末、一族皆殺し、あるいは領地を更地にするなどの傷ましい事件の対策らしい。
それほどまでに貴族は自分たちにとって、不都合なことは隠蔽しようとする。
貴族の社交界は魔の巣窟だ。他者を蹴落とし、いつ餌食になるか分からない。
私は──餌食にされた側けれど。
「主人はここ半年前から口数も減って、家に戻ると絵画数点、宝石、薔薇のオルゴールを息子たちの部屋に置き始めて、フウスイ? など方角にいいとか言い出したんです」
(風水……。この世界にもあるんだ……)
「ちなみに普段書斎は、内側から鍵をかけていたと報告書に書かれていましたが、合っていますか?」
「え、ええ?」
「事件当日も?」
「は、はい。予定のお時間になっても、お姿がお見えにならなかったので……」
ナイトメア伯はクロウ子爵を真似るように、老執事に確認する。あまりの圧に困惑しつつも頷き、夫人も「そうですわ」と肯定した。
つまり──。
「これは密室だということですよ、メアリー嬢、バルツアー騎士!」
「は?」
イザークの気持ちは分かる。遺族への配慮のない言動は騎士として許せないのだろう。もっともナイトメア伯は遺族への配慮よりも、越えられない壁の向こうに探偵シリーズと同じ展開で、興奮しているようだ。
空気の読めない発言は続く。
「見てください突然の死、しかも部屋には鍵が掛かっていたのですから、密室殺人だってことになります」
(さすが人でなしと言われるだけのポテンシャルはお持ちのようね。こ、これは止めたほうが良いけれど、気分を害したりしないかな? 人外のブチギレポイントを誰か教えて欲しい)
「報告では黒薔薇の核となるものが、体内から発見されている。問題はそれを『いつ』、『どこで入手したか』または、『口に含んだか』……あるいは『接触した際に魔法術式を付与されて、体内に転移した可能性』もあるだろう」
イザークは『密室』について一切触れず、情報を整理する。ナイトメア伯の話を嗜めるでも、黙らせるでもない言動に、私は心の中でイザークに盛大な拍手を贈った。
(すごいわ!)
「なるほど。いつ体内に取り込んだかによって、密室殺人そのものが崩れるのですね!」
ナイトメア伯は目を輝かせたまま、ミステリー展開を存分に楽しんでいる。
(ちょっと胃が痛くなってきたかも……)
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