第5話 同僚のナイトメア伯爵は変人です
一人目の被害者、クリフ・アダムズ侯爵。
自他共に認める薔薇好きで薔薇庭園はもちろん、屋敷内にも薔薇をモチーフにした調度品やら絨毯、カーテンなどを取り揃えていたという有名な薔薇マニア。
(クリフ侯爵は寡黙で仕事人間。工場や雑貨店などのオーナーで、領地経営も悪くなかった。ただ三ヵ月前から家族に何も言わずにフラッと出かける時があったという。侯爵が戻ると屋敷に物が増えている……か。家族が気付いたのだけでも絵画数点、宝石、薔薇のオルゴール……)
どれもイワクツキの品々らしい。呪われた絵画だとか、悪魔の棲む宝石だとか、オルゴールもアンティークなど。
一人目から五人目の被害者はイワクツキの物を蒐集する人たちだったらしく、彼らの接点は闇オークションでなないのかという可能性があるとも書かれていた。
(とは言っても、この国の人たちって、基本的に芸術関係のへの関心が強いから、五人の共通と言うには弱い気がする……。薔薇マニアとか、呪われた絵画蒐集家とかもたくさんいるし……もっとマニアックなものだったらなぁ)
ページを捲ると、黒髪のヴァイオリニストの新情報が記載されていた。
第三王子の恋人のニーナが同時に付き合っていた彼氏の一人と言うところだろうか。
七年前にニーナと出会い、恋人関係だったとか。詳細はロバート様たち王都騎士団が調査中だと書かれていた。
これらの資料に目を通して、《呪い食い》と呼ばれた──ナイトメア伯爵を騎士団特別室のメンバーに入れた理由がわかった。
間違いなく彼の得意分野で、管轄だ。
「着いたな、ほら」
「あ」
イザークは分厚い資料や本を別空間に移動させる。空間魔法を応用とした魔導具がチラリと見えた。しかしそちらに意識するより、もう片方の手を私に差し出したことに固まる。
自然にエスコートしてくれたことに驚き、素直に手を掴んだ。
お互いに無言なまま、馬車を降りて屋敷の前に立つ。もし一言でも口を開けば、手を繋いでいる時間が終わってしまうだろう。だから彼が何か言うまでは、気付かないフリをする。
「(イザークは私が黙っている時は、突っかかってこないのよね。それって昔のメアリーとのことを思い出しているから?)はぁ……(もしそうだったら凹むな)」
「(あー、クソッ、なんでコイツの前だと上手く本音が話せないんだ? 気の利いたことも言えずに皮肉めいたことばかりだから、いつまで幼馴染みなんだろうが)はぁ……」
私とイザークは同時に大きめな溜息が出て、ふと視線がぶつかる。
「……なによ?」
「……なんだよ」
一瞬で険悪な空気になりかけるも、馬車が私たちの傍で停まったことで、言い争いになることはなかった。
馬車から一人の青年が姿を見せる。
「メアリー嬢、バルツアー騎士、ご無沙汰しております」
「ナイトメア伯、夜会以来ですね」
「ああ、ナイトメア伯爵も元気なようで」
ルーベルト・ナイトメア伯爵。
魔王から地上で活動を許された人外貴族の一人だ。
外見は二十代に見えるが、人外なので実年齢は不明。紫色の瞳に泣きぼくろ、そして白銀の美しい髪を三つ編みにまとめている姿が印象的だった。白いシャツに黒のウェストコートにメスジャケット、ズボンとこれから夜会に参加できそうな装いである。
ちなみに彼は社交界でもかなり有名人なのだが、眉目秀麗で儚げな好青年──というのではなく、パーティー会場の絵画や調度品を見ながら一人で話しかける、あるいはよだれを垂らしている重度の変態、いや変人という意味で、だ。
(話し方は柔らかいし、黙っていればいい男なのだけれど……。まあ人外貴族の考えは人とは違うらしいから、変人なのはある意味しょうがないのかも)
人外貴族は、魔王に忠誠を近い、魔王が地上での活動を許可した人外を指す。
魔王は人間を庇護下に置いた後、今後の魔界の人外が好き勝手地上に現れないようにするため、魔界と地上を結ぶ門の中間を封じてから眠りについた。
現在、魔界と地上の行き来は、人外貴族の許可が必要なのだとか。稀に境界が緩むこともあるので、魔界の野良人外などの対応をするのも人外貴族の管轄となる。
(あのパーティー会場に現れた黒髪のヴァイオリニストが人外の可能性は高い今、人外貴族の助けは必須! にしても、同僚として接するのはちょっと緊張するかも)
「未解決事件専門を扱う騎士団特別捜査室の一員に選ばれたことを誇りに思います。そして今話題沸騰のミステリィ、名探偵クロウシリーズと同じようなシチュエーションに感動しています」
「タンテイ? ミステリィ?」
イザークが怪訝そうな顔をするので、私が簡単に説明をする。
「ミステリィ、あるいはミステリー。小説の話よ。作中で何らかの謎や事件が起こって、物語の進行と共に解決していくストーリーのことを言うわ。その中でも名探偵クロウシリーズは騎士や領主に依頼されて、クロウ子爵が謎や事件を華麗に解決していくの。主人公のクロウという宝石鳥族の生き残りの設定はもちろん、ちょっと仄暗い過去があって、片目が宝石になっている感じがいいのよ。ちなみに私も最新巻まで読んでいるわ!」
「……ふうん(コイツにそんな趣味があったとは……いや昔から恋愛小説や童話、寝物語とか好きだったな)」
「メアリー嬢はクロウが好きなのですね。私は相方として普段は中央図書館の司書をしているルーシーが好きです。瞬間記憶能力という特殊なスキルでクロウを助けているところや、クロウを好きなのに今の関係を崩したくなくて、葛藤する所なんて『さっさとくっつけ』って思いますよね」
ナイトメア伯爵の発言に、同じミステリーファンとしてテンションが上がる。
「わかります! 彼に想いを伝えたいけれど関係が壊れてしまう怖さ、心情の描写がすごくよくって……(クロウとルーシーの関係って私とイザークみたいでちょっと感情移入しちゃうのよね)」
「来月の最新刊はその二人に進展があるらしいですよ」
「え、本当ですか!?」
思わず声を上げた。淑女らしからぬ大きな声に「おい」と、いつになく低い声でイザークが窘めた。ムッとしたが、悪いのは私だ。
頭を振って仕事モードに戻る。
「……失礼しました」
「ったく、これは遊びじゃない。仕事なんだからな」
「わかって──すみません」
「バルツアー騎士、私が話題を振ったのです。申し訳ありません」
「まったく。遊び感覚でいるのは、ここまでにしてくれ」
そう言ってイザークは屋敷の門に近づき、ベルを鳴らした。
ぐぬぬ、と思いながらも浮かれていた自分に少し凹む。しょんぼりしているとナイトメア伯が「後でお茶でもしながら、ミステリィの話をしましょう」とフォローを入れてくれた。
その仕草はとても紳士らしくて、思わずドキリとしてしまう。
(何となくナイトメア伯が変わり者の人外だったとしても、貴族令嬢たちに人気がある理由が分かった気がする。こういうフォローは凹んでいる時に効果絶大だもの)
イザークなら絶対にしないフォローに少し複雑に思いながらも、気持ちを引き締める。そう、ここに遊びに来たわけでないのだから。
楽しんで頂けたなら幸いです( *・ㅅ・)*_ _))
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