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第22話 ラストステージ

「酷い目にあった」

「まさか高度一万メートルから落ちるなんて、思わなかった……」

「ちょ、本当に、転移魔法で何とかなりましたが、……思いのほか魔力消費が凄まじいですね」


 イザークは青ざめた顔をしつつも、私をしっかりと抱き上げており、ルーベルト様は肩で息をしながら呟いた。


 午前四時半、夜明け前のもっとも位時間だ。

 現在、私たちは()()()()()()()()()()()()()()。そして遙か上空でぶつかり合う白銀と漆黒の龍の戦いを眺めながら「あそこから落ちてきたのかー」と達観していた。


 なぜこんな場所に着地しているかというと、数刻前に白銀の龍と競うように漆黒の龍が姿を見せて、「フフン」と鼻で笑って追い抜かしていったのだ。

 最初は白龍も我慢していたのだが、いつの間にか互いにどちらが速いかを競うようになり、最終的には武力抗争に出たのだ。何て迷惑な。


(今じゃなくて後にして欲しかった……)


 そんな訳で戦闘になった瞬間、白銀の龍は宝玉を放り投げたので、さあ大変。私たちは高度一万メートルから落とされて今に至る。


「ルーベルト様がいなかったら、危なかったです」

「だな」

「そう言って頂けるのは嬉しいですが、できればここに辿り着くまでに、もう少し魔力を温存しておきたかったですね」


 そうぼやくルーベルト様の気持ちは分かる。


(確かに……聖都の現状を見たら、私だってそう思う)


 聖都は教会本部を中心に円状に広がっている。その中枢である教会本部が黒薔薇で満ちていると聞いていたので、地下から緊急ルートを使って、一気に教皇聖下の元に向かう計画が崩れてしまったのだ。


 白を基調とした教会本部の建物は黒い茨が巻き付いて、なんとも禍々しい。まるでゲームのラスボスに出てくる魔王城のような雰囲気ではないか。


 騎士や聖職者が戦っている剣戟や爆音も聞こえるが、圧倒的不利な状況な気がしてならない。本来、敵の侵入を許せるような緩い警備システムではないのだから。


(教皇聖下の体調が悪いって言うのも原因? 確かに高齢だけれど)

「黒薔薇はこの際スルーして、あくまでもメアリー嬢を謁見の間に通せば、私たちの勝ちです」

「だな。俺たちは、この状況を救いに来たわけじゃない。メアリーを届けることを第一に考える。俺たちのどちらかが動けなくなったとしても、お前は絶対に振り返らずに目的地に辿りつくんだぞ」

「……わかっている」


 そう決意を口にするが実際にそうなった時に、私は体が勝手に動いてしまう気がした。そのぐらいルーベルト様は大切な同僚で、イザークはやっと恋人になれた大切な人だ。


(私にできることをやろう)



 ***



 そこから謁見の間に最短距離で向かった。黒薔薇の茨が束になって津波のように襲いかかる。


「貎ー繧後m■■◇◇」

肉体強化(ブースト)


 ルーベルト様の影と、イザークの脚力で回避する。

 私はイザークに抱きかかえられて、守られているばかりではない。


「閨↑区ュ悟*◇■■◇サ縺帙h■◇■!」


 攻撃範囲を絞って歌魔法で茨を浄化していく。広範囲を浄化するなら長い歌がいいのだが、移動しながらなので、危うい時にのみ使うようにしている。


 機動力としてイザークの脚力、ルーベルト様の影を使った防御力、私の攻撃と牽制。この絶妙なバランスによって順調に進んでいたが、均衡は一瞬で崩れ去る。


「……ここまでのようですね」


 ばしゃん、と今まで盾となっていた影が液体のように地面に広がっていく。


「ルーベルト様!?」

「伯爵?」


 立ち止まったルーベルト様は眉をハの字にして、困ったという風に笑った。


「メアリー嬢、バルツァー騎士。私のことは気にせず進んでください。……これ以上は()()()姿()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「ルーベルト様」


 最初に決めていた通り、私とイザークは先を進む。そのことに異論はない。


「これを持ってて下さい」


 私はある物を腕輪から出して、ルーベルト様に投げてよこした。


「これって……まさか」

「名探偵クロウシリーズの最新巻、初回限定特典付きの引き換えの鍵です。……全部終わったら返しに来てください!」

「……!」


 受け取ったルーベルト様は目を見開き、固まっているではないか。次に瞬間、いつもの作りめいた笑顔ではなく、心から溢れ出た柔らかな笑みで頷いたのだ。


「ええ、終わったら必ず……」


 そう言って背を向ける彼を見て、これなら大丈夫だと安心した。私はアニメやゲームでこうやって、仲間が時間を稼いで別れるシーンが嫌いだ。

 大抵は死亡フラグになるから。確かに好きなキャラが活躍するのは嬉しい。でも──死んでほしくない。



 ***



 バルツァー騎士がメアリー嬢を抱えて先に言ってくれてよかったと、そう心から安堵した。

 あのお二人には、私の本当の姿を見せたくなかったから。

 形のない醜悪な存在。


 襲い来る茨を前に、口元が綻んだ。今の動きは、人間らしい動きだと思えた。


「──鬢■■(餌が)繧上■■上*(わざわざ)■碑協蜉エ(ご苦労様)


 舌なめずりをしつつ、私は人型を維持するのをやめた。後は腹が満たされるまで貪るだけ。


(ああ、やっぱり複雑な人間社会も大好きだけれど、食うか食われるかのシンプルな世界も嫌いじゃないな)



 ***



「お前……ほんと……そういう所あるよな」

「唐突に何よ!?」

「無自覚かよ? いいか誰かまわず、さっきみたいなことはするなよ!?」

「親しくもない人にはしないわよ! 名探偵クロウシリーズの最新巻で限定版は本当に特別なんだから!!」

「あー、そうか。そうだな」


 どこか諦めたあるいは達観した面持ちのイザークに、私はなんだかイラッとした。


「俺のことも潔く諦めてくれるなよ?」

「イザークのこと? 昔から好きでやっと恋人になれたんだもの諦める訳ないじゃない」

「!」


 ガクンと腕の力が緩んだのか、私は慌ててイザークにしがみつく。茨が肉薄するも、イザークは雷魔法で阻んだ。


「……お前。ここでその台詞を言うと、どうなるかわかっているのか?」

「なんか変だった?」

「人をやる気にさせる天才だってことだ。……腹立たしいけれどな」

「ひゃ」


 イザークは速度を上げて、教会の広々とした回廊を駆ける。茨が鞭のように襲いかかって来るが、私の歌魔法で灰にするか、イザークが召喚した無数の白亜の盾が茨を押し上げて道を開く。


「──っ、あと少しだ」


 イザークの額から汗が流れ落ち、呼吸が荒くなったがなんとか謁見の間に辿り着いた。

 本来ならここで《代理戦争》は終了となるのだが、謁見の間の惨状に私とイザークは絶句する。


 私たちの前に灰色の彫刻──いや石化した聖職者と騎士が数十人と佇んでいた。


「ああ、遅かったようだな《呪われた歌姫》。この通り、謁見するはずだった教皇聖下は石化して……もうすぐ黒薔薇を開花させる苗床となる」

「!?」

「その声は……」


 そして教皇の座る玉座には、同じく石化した初老の聖職者──教皇聖下がいたのだ。八十を越えるお姿は見間違えるはずもない。聖下から黒い茨が生じているのが見えた。


「チェックメイトだ」


 そう不遜に見える玉座の傍で笑っていた黒い燕尾服の男は、パーティー会場にいたヴァイオリニストだった。


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