第21話 一難去ってまた一難
(に、逃げ切った!)
イザークからのキスの雨に耐えきれず、シャワー室に逃げ込んでしまった。恋人になった途端、ブレーキが壊れてしまったのだろうか。心臓の音がバクバクして停まらない。
(ああああああああああああーーーー、展開が、展開が早すぎるっ!!!)
今日一日で色んなことがありすぎて、目まぐるしく状況が変わっていくメリーゴーランド、いやジェットコースターのようだ。
服をサクッと脱ぎ、蛇口捻った。
シャワーの温度もちょうど良くて、少しだけ気持ちが落ち着く。
(イ、イザークがキス魔だったとは、知らなかったわ。キスマークもたくさん付けられたし……。これタートルネックっぽい服じゃないと目立つわね……)
服のコーデがめんどくさいな、と思う反面、イザークに好かれていると言う事実が、この上なく嬉しかった。
白のタートルネックに、黒紺色の膝下までの厚手にスカート、少ししっかりめのベルトを装着する。今後転んだりする可能性も考慮して、黒のストッキングも履いておこう。焦茶のブーツは問題なさそうなので引き続き使うことにした。
(……に、してもこの腕輪の宝石が、魔界で採れた魔鉱石の最高級品だったなんて……人外には紺色に見えるけど、人間には紅色に見えるって言うのだから不思議だわ)
キスの合間に腕輪のことを聞いたら、イザークはかなり動揺していた。普段はそんなふうに見えないのに、腕輪に関しては自分の髪の色にそっくりだと吐露していたのだ。
(思っていた以上に、イザークって、私に猛アピールしていた!?)
そう思ったが、それは本当にここ最近──と言うか、特別捜査室設立からだ。
イザークの元に私の手紙が届かなかったのは、私の口座が凍結したせいで郵送代が基本料のみになってしまい、当人への追跡料が不足していたからだと言う。この世界では郵送は家ではなく、個々人宛て届くように申請している人が多い。基本想定料金よりもやや高めになることはもちろん、追跡料もかかるが確実に届けたい場合はこの方法を取るのだ。
ただ私の場合は、その料金が途中で止まってしまった。借金のせいで口座の凍結、差し押さえ物に、手紙の配達料まで入っていたのだから驚きだ。その結果、中途半端な所で差し戻すこともできず、全局長が保管していたとか。
今回、新局長のおかげで未配達制度が改善され、その事実が明るみに出たのだとか。
そんな中央都市が、現在第三レベルの魔法結界を発動していると一報が入った。
それは朝日が昇りかけた午前三時半だった。
「どう言うことですか!?」
通信から少しノイズの入った声が答える。
『王都での連続殺人、黒薔薇の発現も全てはブラフ。呪われた歌姫を狙う《代理戦争》ですら囮に使って、中央都市及び聖都を黒薔薇で埋め尽くそうと画策していたのだから、相当に質が悪いですね』
『聖都では現在、黒薔薇の発現者は八十人を超えている。黒薔薇の増殖スピードがかなり速い上に、教会本部を中心に広がっているそうだ。対処しているが、数が多い。教皇聖下の体調も芳しくないと言う時に……』
グラート枢機卿と叔父様は、無事に聖都の周辺にまで辿り着いたらしいが、状況は良くないと言う。そんな危険な場所に、私は行かなければならない。
「しかしシンフォニアが使えないとなると、馬車か船で迂回しかないか……」
「そうですね。この状態で転移魔法を使えば、罠に飛び込むようなものです」
「こう言う時、空路が使えないと不便ですね……」
残念ながら飛行機のようなものは、この世界にはない。その分転移魔法が発達したのだ。飛行船などもありはするが、速度が圧倒的に足りない。
「龍人族に頼めばいいだろウ。知り合いガいる」
唐突な解決方法に、私は思わずテンションが上がってしまった。
「龍!? 確か極東の国に住んでいるのよね!?」
「ええ、その手がありましたか」
「……人間が乗っても平気なのか?」
「大丈夫。宝玉に入って持ち運びすることができル。あと、歌姫のファン」
「まあ! 嬉しいわ!」
「あー、なるほど」
「それならすぐに来て貰えそうですね」
あれよあれよという間に話は進み、二人乗りを特別に三人一緒に乗せてもらうことになった。
アベル様は高所恐怖症らしいので、地上から地龍の友人と共に向かってくれるらしい。私のダミー人形を抱えて囮役まで買って出てくれるなんて、良い人過ぎる。
(まあ、ジーン様を個人的な理由で離脱させて《護衛者》に収まろうとした言動は、あれだけれど……)
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そんなこんなで、夜空の旅ができるなんて──と、その時は呑気に考えていた。
ちなみにシンフォニアは時速三百キロで、中央都市から聖都まで一日の距離だ。そして今回、高度一万メートルの青空を駆ける龍の時速千二百キロ。
うんまあ音速の領域です。はい。
龍の手に持つ宝玉の中に入れば、空気抵抗やら諸々の肉体的負荷が掛からないらしい。本来この宝玉は庇護下の子供や君主のためにあるのだとか。
私は魔王様の庇護化にあたる歌姫らしいので、いいんだとか。飛行機に乗った気持ちで、空に旅を楽しもうと思ったのだが──そんな展開はなく……。
「せ、狭い! 暗い!」
「だから三人など無理だと言ったんだ!」
「ぎゃ、イザーク動かないで! 潰れる」
「仕方ありませんね。私は自分の影に移るので、これでスペースを確保でき……あれ? 移動できない? 灯りぐらいなら何とか」
「ルーベルト様!?」
「くそっ、やっぱ出発前にもっと確認すべきだった!」
ぎゅうぎゅうな満員電車のような感じに近い。忘れていたが、イザークやルーベルト様は長身で体つきもしっかりしていたのだ。
「あ! ルーベルト様、影に避難できないなら、小さな子供になれますか!?」
「あ、それなら」
ボンという音と共に、ルーベルト様は六歳ぐらいの子供に変わった。これで座るぐらいのスペースができたので、彼を抱っこしようと思ったら、イザークに抱き寄せられて私が彼の膝の上に座る羽目に。
「私がルーベルト様を抱っこすれば、スペースが空くのでは?」
「お前、外見が変わっても伯爵は伯爵だからな」
「でも小さくて可愛いですよ?」
「俺で我慢しておけ」
「イザークも幼くなってくれ──」
「そんな訳ないだろうが。この状況で襲われたら速攻で全滅だろうが」
「「そうでした」」
まあ、ここまではよかった。ルーベルト様はミステリー小説を夢中で読んでおり、私とイザークは会話が続かず、そわそわしてしまう。
奇跡的な再会によって恐怖や興奮、心拍数が上がっていた中での告白だったので、かなり舞い上がっていたと思う。今頃冷静になって羞恥心で死にそう。
(勢いで告白にキスっ……、こんな急に好感度が爆上がりするのは吊り橋効果の影響もあるんじゃ? ……でもそれって雰囲気とか気分酔い、勘違いみたいなもので、非常事態を抜け出したら急に冷めるんじゃ?)
イザークがいつものように突っかかってこないのも、非常事態だからだと思えばあり得なくはない。もし勘違いやら気の迷いだったら……凹むかも。
(会話からイザークの本心を読み取れば──)
「メアリー、式はいつ頃にする? いや、唐突か、まずは婚約を結ぶためにも両親に挨拶からか」
「(あれぇえええ!? 思っていた以上にイザークが浮かれすぎている! と言うか真っ先に結婚式って、段階をすっ飛ばしすぎてない!?)ふぁ」
本心でなおも語るイザークに、私は頬に熱が集まるのを感じた。
「次の休みに俺の両親に会えないか?」
「そ、それは……いささか急なような?」
思いのほかぐいぐいとくるイザークに、心臓の音がバクバクと鳴りっぱなしだ。
「俺としてはできるだけ早く籍を入れたい(……と言うか、部下の一人が急なアクシデントで親密になったが、その後はパッとしないとかで振られたと言っていたな。『あの時に、婚約までしていれば……』と何十回も酒の席で聞かされたのだ。俺は同じ轍は踏まない!)」
イザークの頑なな決意に気圧されつつも、予想以上の猛アプローチに舞い上がってしまう。今までの噛みつく感じや皮肉がなくなったのは、私としても嬉しい。
「そ、それなら、結婚を前提とした婚約……なら……いいけれど(吊り橋効果がキッカケだったとしても、本物になれば……)」
「決まりだ。約束だぞ」
こつん、と額を合わせてくるイザークの声は、何処までも甘くて、優しい。どうやら私も彼も相当に浮かれているようだ。
そしてイチャイチャ、ほのぼのタイムはここで唐突に終了する。




