第16話 騎士団長イザークの視点
ずっと昔、メアリーと仲は良かったものの、妹のようにしか思えなかった。それが異性として見るようになったのは、彼女の雰囲気が変わったからだ。
今まで何か言いたくても上手く口にできず、親の背中に隠れるような奴が、一変して自己主張してくるようになった。
自分の意見をしっかりと持った心と、昔と変わらないお人好しさ。気付けば目を追っていたし、コイツに吊り合う男になりたいと思った。だから「騎士団長になったら結婚して欲しい」とママゴトのような約束を取り付けた。
侯爵令嬢と、格下の男爵家の三男じゃあ吊り合わない。
「うん、やくそくね!」
あの笑顔があったから、俺は──人外相手でも生き残ってやると、生に執着した。
メアリーの両親が離婚でゴタゴタしていた頃、魔界と地上との境界が一時的に緩み、人外が数名地上に出たと言う報告が入った。
人外貴族の協力で調査を進めるはずだったが、早めに辺境地を調査にやってきた騎士と人外が遭遇。騎士の大半は殺された。たった一人の人外に手も足も出なかった。
(くそっ……)
「演奏魔法が上手く使えないが……まあ、問題ないだろう」
長い黒髪の男。石榴のような瞳で、戦闘を心から楽しんでいた。
植物系の人外は切っても、貫いても超再生を行い、仲間を確実に殺していく。こっちは腕や片足を失ったら、それで勝ち目はゼロになる。俺は片目をやられて、それでも足掻いて、歯を喰いしばって、戦い続けた。
(こんなところで死ねるか!)
『その片目を媒体に契約を結ぶのなら、お前に力をやろう。……だが、この手を取った瞬間、お前はタダの人間ではなくなる。それでも我の手を取るか、人間?』
契約してから知ったことだが、その声の主は眠っているはずの魔王のものだった。魔王は俺以外の人間に力を分け与え、疑似眷族あるいは、器を媒体に憑依することをしていたらしい。
俺は迷わなかった。
だから力を得て生き残ったし、出世も早かった。
(これならメアリーにも早くプロポーズができる)
そこではたと気づく。
自分が普通の人間ではないのに、メアリーに黙ったまま思いを伝えるのは、不義理ではないのか。
いろいろ考えて、それでも気持ちが抑えきれず、数年ぶりにメアリーのいる王都に戻ってきた。副団長に就任して、これで少しはアイツと吊り合うはずだと思っていた。
だが、俺はメアリーの状況や事情を全く理解していなかった。俺の知らない間に、アイツの両親が事業に失敗して他国で離婚したという。そしてこの国に戻らず、全ての負債をメアリーに押しつけた。
(なんで、俺に一言も相談してくれなかったんだ?)
最初は相談してくれなかったメアリーを憎んで、皮肉めいた言葉をぶつけた。メアリーもその頃は余裕がなかったのか、ピリピリして昔の笑顔の面影がない。それが余計、腹が立った。
(そんなに、俺は──頼りにならないのかよ?)
何度かぶつかって、喧嘩腰になって、それでもアイツが辛い目に遭いそうになると、影で動いて面倒事を処理してきた。
幾度目かの季節を繰り返して──今、急激に距離が縮んだ。
***
今、俺の肩に寄りかかって眠っているメアリーを見て思う。
(最高っっ! 生きててよかった。寝ていると時は、少し幼く見えるんだな。ゔぁあ゛あ゛あ゛、可愛すぎないか!)
最近になって、メアリーが俺宛に何通も手紙を送っていたことがわかった。その全てが中央都市で配達が止まっていたことが分かり、配達局の局長が変わったことで、俺に連絡が来たのだ。
俺を頼らなかった訳じゃなかった。それが嬉しかったのに、意地を張って今までの態度を変えられなかった。
お前に甘えて、本音を誤魔化して、団長になるまでは──と頑なで愚かだった。
(華奢な肩、抱き上げた時にすごく軽かった。……なぁ、メアリー。俺は普通の人間じゃなくなったんだ。それでも、お前は……俺との約束を、いや、俺を好いてくれるか?)
肩越しに伝わってくる熱が心地よい。
絶対に奪われたくない。奪われてなるものか。
『縺昴◇≧縺ィ繧ゅ■■、当然だ。我も贔屓にしている歌姫に死なれるのは困る』
そう囁くのは、俺の目を通して見ている魔王だ。しかし話しかけてくるのは珍しい。
(そう思うのなら、いざという時はアンタの力を遠慮なく使わせて貰おう)
魔王の気配は消えたようだ。去り際に「フッ」と笑った気がした。
普段はグラート枢機卿の器を使っているくせに、できるだけメアリーの傍にいたいらしい。本当にコイツは少しでも目を離すと誰かに好かれている。
ナイトメア伯だってそうだ。地上で活動を許された人外貴族。人間らしい振る舞いをしているが人外は人外と思っていたのに、メアリーにかかるとただの人間と接しているように錯覚してしまう。
メアリーにとっては、人間も人外もさほど変わらないのかもしれない。
自分にとって有害か無害か。それで判断しているような冷淡さがある。それは両親の行方不明から始まり、離婚によって借金を背負わされたトラウマがあるからだろう。
(あの時の後悔ならもう充分した。お前がこの先、辛いことや悲しいこと、悲劇が待ち受けていたとしても、お前を一人にはさせない。絶対に……)
規則正しい寝息を立てるメアリーに誓った。このまま寝かせていても体は休まらないだろうと、ナイトメア伯と相談して隣の寝室へと運んだ。
この車両そのものに認識阻害の魔導具が備え付けられているので、外から中の様子は見えない。
午後二十時過ぎ。
すでに魔導列車が出発して、三時間は経っていた。車内にはナイトメア伯の影や部下を控えているらしいが、そろそろ敵側も主戦力を送り込んでくる頃だろう。
「私が行きましょう。メアリー嬢の傍にいるのは、貴方のほうがいいのでしょうから」
「だといいんだがな」
苦笑交じりに答えると、ナイトメア伯は少し意外そうに目を見開いた。
「人間とは本当によくわからない。好き合っているのに、何を躊躇っているのか分かりません」
「な……!?」
まさか踏み込んだことを言われるとは思わず、絶句してしまった。
「大事なことはしっかり伝えなければ、いつまで経っても進展しませんよ。まあ、なので私はじれじれの展開は『早くくっつけ』って思ってしまいます。だからこそ、ドタバタしつつも超展開があるミステリィが好きなんですけれどね。この機会に関係を進めることをお勧めします」
「……余計なお世話だ」
「みたいですね」
ナイトメア伯は、自分の影の中に落ちるようにして消えていった。いつ見ても人外の移動手段は予備動作が少なくて困る。
夜は人外が活動しやすい魔の時間。中央都市で一時停止する際が、最も気をつけなければならない。
「……っ、ぐぐ……」
ふと苦悶の声を上げるメアリーを見ると、眉間に皺を寄せて苦しそうに唸る。
「メアリーっ」
右手が何かを探しているのが見え、慌てて華奢な手を両手で掴んだ。予想以上に柔らかくて、小さな手にドキリと心臓が跳ねた。
(しまっ……つい手を……)
「んん……」
手の温もりにメアリーの表情が和らぐ。そんな姿も可愛らしいと、気持ちが浮き立つ。
(可愛すぎるだろうが……。他の男に、こんな無防備な顔を見せてないだろうな?)
この際、メアリーを溺愛しているメアリーの叔父と、グラート枢機卿は数に入れないことにした。
ふと、魔王の眼で黒いモヤがメアリーの中に入ろうとしたのが見えた。
「コイツの安眠の邪魔をするな」
反射的に魔王の魔力を纏った手でモヤを鷲掴みにしたのち、握り潰した。
「ぎゃ」とか「ぐへっ」などにしゃがれた声が聞こえたがどうでもいい。
メアリーに視線を向けると、顔色も悪くないし、悪夢に囚われた様子もない。
念の為と額にキスをして、祝福魔法をかけておく。
唇に触れたい衝動に耐えながら、「ふう」と息を吐いた。一つ欲が満たされれば、次から次に出てくる。自分の傲慢さに苦笑した。
(……ああ、本当に)
本当に自分の気持ちを伝えないと、まずいな、改めて覚悟を決めるのだった。




