第1話 呪われた歌姫と言われました
「歌姫メアリー、お前が此度の連続殺人の犯人だ! お前が私の恋人の父リチャード・アランディを含めた五人の男をその歌声で殺したのだろう! この第三王子アンブロシウス・レーフクヴィスト・ノベールの目は誤魔化せない!」
「は?」
ちょっとした威圧を込めた一言で、パーティー会場の空気を更に凍らせた。
まさか反論されると思っていなかったのか、第三王子は途端に笑みが崩れたではないか。背後にチワワが見えた気がしたのは幻覚かもしれない。
「い、いやだから……お前が連続殺人犯だと……」
「公開処刑をするおつもりなのなら、アンブロシウス殿下には今回の事件で私が犯人だという確たる証拠を提示してください」
「え、あ……それは」
「ま・さ・か! 何の証拠も無しに、教会公認の歌姫を疑ったのですか? 本当にどうしようもない愚か者が王族にいたなんて……」
「し、証言ならある!」
「証言? それは教会の誓約書を書いた上での証言かしら?」
「それは……ない」
「あら? どうして誓約書を書かなかったのですか? ああ、それとも虚偽申告を行えば、その書面は燃えて消えるのが怖かったのならしょうがありませんね」
「ニーナが嘘を言うはずがない!」
「(誰だ、それは?)お話になりませんわね。……帰らせて頂きますわ。それとこのことは正式な文書で抗議させて頂きます」
「なんだと!?」
感情的に激昂する第三王子に脱力しかない。
ここ歌の国カントゥスでは、王家、教会、貴族――そして人外貴族という四つの権力が絶妙なバランスを保つことで成立している。
派閥争いはもちろん政治的駆け引きなど複雑化したそんな場所で、王族である王子が教会に属する、王都の守護者である聖女の次に地位を持つ歌姫を犯人呼ばわりしたのだ。
(今日は王族主催の、それも王妃の誕生日パーティーだったから、教会経由で仕事として招待されたって言うのに。そんな私にこの馬鹿王子は殺人犯呼ばわりしたのだから、ただですむと思わないで欲しい)
賑やかな雰囲気をぶち壊し、会場がざわめく中、オーケストラの面々は緩やかな曲を変えることで、凍っていた場の空気を緩和させる。
(今日の演奏者は根性あるな。普通ならここで演奏が途切れるというのに……。とりあえずグラート枢機卿とオーナーにキャンセルの連絡をしなきゃ)
美しい曲に、少しだけ冷静になれた。
周囲の視線を感じつつ、私はパーティー会場を後にしようとしたのだが、第三王子はそれを阻む。
「待て! お前の歌は凶器だ。人を不幸にする、呪われた歌姫め!」
「は?」
この馬鹿王子は、何を言い出しているのだろう。
ガチで睨んだら、王子は子犬のように毛を逆立てて怯んだ。どれだけ貧弱なのだろうか。
「──っ、亡くなった五人は体内から真っ黒な薔薇を開花させて死んだと聞く。黒い花は、この地上では咲かない魔界の呪われた花だ。だがお前の歌魔法は、白銀の薔薇を周囲に生み出すものがある。つまり! お前の歌が原因で死んだに間違いない!」
(頭が痛くなってきた……)
周囲もざわつき始めている。
確かに地上で黒い花、特に黒薔薇は咲かない。それもこれも魔王様が人間を庇護下に入れた段階で、人類を滅ぼさない証として行ったものだ。
(前半部分はそうだけれど、後半は意味不明なんだけど)
カントゥス国の歌姫は、聖女に次ぐ最上級の名誉職でもあるのだ。
そもそも歌魔法は、教会の一元管理の元、祝福、浄化、治癒に特化しており、呪いや悪意、殺意と言った歌は禁止されている。また禁止行為を犯せば、歌姫の証である首のチョーカーが反応して声を封じるのだ。
「それだけではない! 未解決事件の捜査で、とても酷い歌を熱唱したと聴いたぞ! その後で何人かの貴族が体調を崩したと報告が入っている!」
どうだ、と言わんばかりのキメ顔が一々癇に障る。もう一発殴って黙らせても、許されそうな気がしてきた。
「あれは捜査協力の一環であり、禍歌という殺人現場を再現するための特別な歌魔法です。呪いでも何でもなければ、この国の大抵の者が知っているかと。第三王子であられる貴方が知らないとは、無知にも程があるのではないのですか?」
「っ!? う、うるさいっ!」
(さて売られた喧嘩は何倍して返すべきか。とりあえず王族から慰謝料を毟り取って、名誉毀損と職務妨害だけでいくら貰えるかしら)
いろいろとツッコミどころしかないのだが、一つ一つ論破していくしかないだろうか。面倒だと思ったのだが、ふとオーケストラの音色が歪んだ。
不協和音に思わず耳を塞ぐ。
(音が外れた? ううん、これは──)
あまりにも酷い音だ。
めちゃくちゃな旋律に耳が痛くなる。
人間が出し得ない音階の音を紡いでいるような気がした。
(これは《禍歌》? のメロディに似ているけれど、違う。……まさか、《歪曲》!?)
《歪曲》とは人間の精神を崩壊させる恐れがあるとして、禁忌演奏曲に指定された曲だ。
ヴァイオリンの演奏者は漆黒の燕尾服を着こなし、嬉々として演奏を続ける。癖のある黒髪に、柘榴色の瞳の青年は、口元に歪めた笑みを浮かべながら、自身の演奏に酔いしれ浮かれているようにも見えた。
「自分の演奏こそ至高だ」と言わんばかりの傲慢さが、音色にも現れる。そして黒薔薇の茨がヴァイオリンの演奏者の体から生じた直後、目を疑ってしまった。
(え……?)
両腕に黒い茨と、墨汁を垂らしたような漆黒の薔薇が咲きつつある。
「ぎゃあああああああああ!」
第三王子は黒薔薇に気付き、パーティー会場を一目散に逃げ出すではないか。
そこからは阿鼻叫喚の嵐だった。ヴァイオリンの演奏者──ヴァイオリニストの音色のせいで、避難しようにも体が動かない紳士淑女が何人もいる。
このまま何もしなければ、パーティー会場客全員が黒薔薇の苗床になってしまう。
もっとも何もしなければ、だ。
(黒薔薇の発生条件は不明だけれど、成長を促しているのがあの曲だというのなら、なんとかなるわね)
ヴァイオリンの音の質を変化させるべく──すう、と息を吸い、歌魔法を発動させる。
「Το τραγο◇◇ μου ◇◇◇ είναι αφιερωμένο σ◇◇◇.」
子守唄のように優しく、そして包み込むような愛情を込めて、教会の聖歌の一つ休息を歌う。
「(なめらかで、時に繊細で流れるように、どこまでも丁寧に)Με◇◇◇◇νη κα◇◇ευχές, επι◇◇ου να ανοί◇◇◇◇πύλες των◇◇εύσπ◇◇◇◇λογ◇◇◇◇σας εδώ.」
この歌魔法は祈りそのもので、《禍歌》とは相反する音階で紡がれる《神歌》だ。高音で難しく、歌姫でも歌うのが難しいとされている。
私の足下に白銀の蔓が生じ、硝子のように美しい白百合が花開く。
白銀の蝶が羽ばたき、ヴァイオリンの音の質を変えたことで、黒薔薇は灰となって崩れ去る。
「◇◇όμορφος κή◇◇σου. ◇◇◇◇γαπημ◇◇υ παιδί, π◇◇◇◇πάθησες ν◇◇◇◇στατεύσει◇◇◇◇σεύχεται.」
「……チッ、あの音階まで……本当に人間か?」
「(聞こえているのだけれど! これで仕上げよ!)◇Ανοίξτε◇◇◇◇ ς πύλες,◇◇◇οίξτε τις π◇◇◇」
パーティー会場を一時的に聖域化することで、呪いそのものを払う。白亜の光の残滓が残る中、私は歌い終える。
拍手喝采があってもいいのだが、さすがに現状では難しいだろう。
(あの演奏者は?!?)
ヴァイオリニストと対峙するかと思ったが、男の姿はなかった。
その後は、本当に大変だった。
慌ただしくも王国騎士たちが飛び込んで来て、当然パーティーは中断。国王、王妃、王太子が入場する前だったことが、不幸中の幸いだっただろう。
現場検証やら事情聴取をとる形で、あっという間に一日が終わった。
本来であれば、あの場を収めた歌姫である私には謝礼ぐらいあってもいいのだが、なぜか容疑者扱いで貴族用収容施設に身柄を拘束されることに。
(何故……!)
さらに運悪く、それが外部に漏れてしまい、何がどう歪曲されたのか不明だが、第三王子の言い放った『メアリーは《呪われた歌姫》』という噂が方々に拡散。一夜にして私は不名誉な二つ名を得ることになったのだ。
思えばこの時から、私の巻きこまれる体質は、発揮されていたのかもしれない。
新作です(*,,ÒㅅÓ,,)وグッ!
楽しんで頂けたなら幸いです。
下記にある【☆☆☆☆☆】の評価・ブクマもありがとうございます。
感想・レビューも励みになります。ありがとうございます(ノ*>∀<)ノ♡
次回更新は20時過ぎ
最終話まで毎日更新予定です( *・ㅅ・)*_ _))