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幻想のエトワール  作者: 傘木咲華
第二章 とある姉弟の願い
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2-2 幻想

 戻って来た深月に、再びエトワールについての経緯を説明する。

 結衣子とは違って深月はエトワールに興味津々の様子だ。だからきっと、少しはすんなりと信じてくれるだろうという自信はあった。


「す……すっげぇ! 何だよそれ、アニメみたいじゃん!」


 しかし、深月の反応は想像を遥かに超えたものだった。

 声を弾ませ、琥珀色の瞳を輝かせ、それから遠慮なくエトワールに近付く。自ら握手を求めると、あのエトワールですら唖然とした様子で手を差し出していた。


「すげぇ、冷てぇ! 本当に未確認生物みたいですね!」

「みたいじゃなくて、本当に『流れ星の宇宙人』なんだぞ? キミだって、一週間前の流星群を見たのだろう?」

「見ました! 願いごともしました! それで、エトワールさんは俺達の願いを叶えるために来てくれたってことですか?」

「そういうことだ」


 ふふん、と嬉しそうに微笑むエトワール。

 エトワールもまさか、こんなにもすんなりと信じてくれるとは思っていなかったのだろう。深月の理解力の高さに驚きを隠せない。拓人なんか、エトワールの手を握っただけで腰を抜かしてしまったのに。


「…………う」


 思い返すと恥ずかしくなってきて、拓人は思わず渋い顔になる。

 その時、不意に結衣子と目が合った。「弟が騒がしくてごめん」なのか、「あたし達の反応が普通だから大丈夫」と励ましてくれているのか。

 正確にはわからないが、結衣子の瞳は優しい色をしていた。


(そっか、やっぱり結衣ちゃんは結衣ちゃんだ)


 きっと、優しい部分は何も変わっていない。

 そんな予感がして、拓人は一人で勝手に嬉しくなる。しかしそれが表情に出てしまったのか、結衣子はすぐにそっぽを向いてしまった。


「あのー……」


 すると、恐る恐るといった様子で深月が手を挙げた。

 少しだけ冷静になったのか、深月はまっすぐエトワールを見つめる。


「俺、一つだけ理解できないことがあって」

「ん、何かな深月くん?」


 深月には『少年』じゃなくて『深月くん』なんだ。

 という謎の感情を抱きながら、拓人は深月の発言に注目する。


「『幻想』っていうのだけ、いまいちピンと来なくて」


 ――あぁ、なるほど。


 深月の言葉に、拓人はすぐに納得してしまう。

 確かに『幻想』というものがあるとエトワールから説明されていた。

 本人の記憶に強く残っている思い出や、「今こういう行動をすれば未来はこうなる」といった可能性など、映像として本人に見せること。それが『幻想』。


 ……と、言われましても。


 正直、拓人達には上手く想像ができないのが現実だ。

 エトワールの存在だって、星型のUFOや、拓人達の願いごとを知っているから受け入れられている部分が多い。『幻想』も一度見れば理解できるかも知れないが、言葉だけではよくわからないのだ。


「ほほう、なるほど」

「何か見本みたいなのってないのかなーって思うんですけど」

「ふむ、そうだな」


 再び興味津々な様子になっている深月を横目で見てから、エトワールは何故か拓人と視線を合わせてくる。


「少年で試してみようか」

「……はあ」


 嫌です、と言っても多分「調ちゃんの願いを叶えたいから、私に協力してくれるのだろう?」とでも言われそうだ。

 抵抗は無駄だと判断し、拓人は素直に頷くことにした。


「まぁ、良いけど。僕も『幻想』がどういうものか気になるし」

「じゃあ決まりだね。ところで、少年と結衣子ちゃんは幼馴染だったね?」

「う、うん。幼稚園の頃だけだけど」

「だったらその頃の記憶にしようか」


 ――え?


 と聞き返す暇もなく、エトワールのノリノリな笑顔が暗闇に消える。

 というよりも、辺り一面が真っ暗になってしまった。壁も天井もわからない……どころか、床すらもなくてふわふわと宙を漂っている感覚。少なからずカーテンを閉めて暗くなったとか、そんな簡単な状況ではないのはすぐにわかってしまった。


「ねぇ、エトワール。これってどういう……」


 痺れを切らして訊ねようとすると、ようやく辺りが明るくなった。

 エトワールも結衣子も深月も、拓人と同じように宙を浮いている。しかし、本当に驚くべきはそこではなかった。


(ここは……幼稚園……?)


 拓人達が見ている光景は、通っていた幼稚園の運動場だった。

 滑り台に鉄棒、ブランコに雲梯うんてい……。あの頃とまったく変わらない遊具達。でも、拓人が一番記憶に残っているのは砂場だった。


(いた……)


 そして、拓人は発見する。

 白い短髪の男の子と、小豆色の外ハネショートヘアーの女の子が砂場で遊んでいるのを。


『見て見て結衣ちゃん! 昨日よりでっかいお山ができたよ!』

『わぁホントだ。凄いねたっくん! えらいえらい~』

『えへへ、ありがとう結衣ちゃん』


 その二人は『たっくん』『結衣ちゃん』と呼び合い、まるで園児版バカップルとでも言いたくなるようなやり取りをしている。

 距離も妙に近くて、砂場で遊ぶ園児は他にいるはずなのに二人だけの空間ができているようだった。


(あ、あ、あぁ……)


 正直、この時点で勘弁して欲しいと思ってしまった。

 だいたい、もう『幻想』がどういうものなのかは理解できたのだ。

 今いる空間自体に映像を流すことができて、その映像に関与しない形で眺めることができる。言ってしまえばVRバーチャル・リアリティのようなものだ。

 もうわかったから、早くこの恥ずかしい映像を止めて欲しい。


「ほお。少年も結衣子ちゃんも可愛いじゃないか」

「ねぇ、もう止めよう?」

「いやっ、もうちょっと! もうちょっとだけ見ようじゃないか」

「エトワールが楽しいだけになってるよねっ?」


 ウキウキしながら園児の頃の二人を見つめるエトワールに、拓人はもはやため息すら吐けなくなった。

 拓人はすべてを諦めたように黙り込み、せめて映像を見ないように瞳を閉じる。


『はぁ……』

『どうしたのたっくん?』

『明日のかけっこ、嫌だなぁって思って』


 しかし、どうしても聞こえてきてしまう二人の会話についつい反応してしまう。

 拓人は運動が苦手な完全なるインドア派だが、それは当時から何も変わっていなかったのだと気付いてしまった。


(いや、最近は散歩もしてるし……散歩……お爺ちゃんみたいだけど、はは)


 一人で自虐的に笑いながら、拓人は諦めて瞳を開ける。

 当時の自分の言動を見るのは嫌だけど、結衣子の姿は見ていたいと思ってしまう自分がそこにはいた。

 だって、


『大丈夫だよ、結衣子が応援してあげる! 頑張って、たっくん!』


 拓人はその笑顔に惹かれていたのだから。

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