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幻想のエトワール  作者: 傘木咲華
第一章 流れ星の宇宙人
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1-3 家族とエトワール

 あれから、エトワールとすぐに願いを叶えるための行動に出た。


 ……訳ではなく、睡眠を取った。

 こんなにもぐっすりと眠れたのはどれくらい振りだろう。

 午前九時という最近の拓人からしたらありえないほどに遅く起きてしまい、慌てて着替えてリビングへと向かった。別に夏休み中なのだから急ぐ必要はないのだが、自室から出てこないと両親に妙な心配をかけさせてしまうかも知れない。それだけは避けたいと思った。


「……………えっ」


 ピタリ、と拓人の中の時か止まる。

 気のせいだろうか。

 リビングには三人の人影があるように見えた。


「おう拓人、おはよう」


 一人目は父、雪三郎ゆきさぶろう

 職業は漫画家で、ペンネームは『シラユキ。』。背が高く、薄墨色のソフトモヒカンで、瞳は三白眼。左耳にピアスを付けているが服装は基本ジャージだ。おしゃれなのかそうじゃないのか、息子ながら判断に困るところがある……と思っているのは内緒の話である。


「あら拓人。今日は遅かったのね」


 二人目は母、星良せいら

 今は専業主婦だが元コスプレイヤーという経歴を持つ。若葉色のボブカットで、銀縁眼鏡をかけている。たれ目でおっとりとした印象があるが、一度オタクスイッチが入ると早口になる愉快な母親だ。

 ちなみに、コスプレイヤー時代の名前は『セラたん』で、今も『セラたん先生』と呼ばれ慕われているらしい。


 そして――。


「おぉ、おはよう少年」


 さも当然のような顔で、エトワールが白縫家に溶け込んでいた。

 プラチナブロンドの髪に、エメラルドグリーンの瞳。夜中に出会った時とまったく同じ、ミッドナイトブルーのドレス。

 改めて見ると、エトワールの容姿は浮世離れしていた。


 拓人はラフなパーカー姿だし、雪三郎はジャージ。星良もTシャツとジーンズにエプロン姿で、いつも通りの朝だ。

 白を基調としたリビングルームは、星良が掃除好きなのもあり小綺麗な印象がある。しかも星良は料理上手でもあり、今朝も海老とアボカドのホットサンドにかぼちゃのポタージュが添えられていた。

 気分が落ち込みがちな今も、朝食の時間だけはほっとできる。――はずだったのに。そこには確かな違和感が存在していた。


「な……。どうして、エトワールが……」

「ん、私は言ったはずだぞ」

「…………何が」

「『とある夫婦の願い』、と」


 何でもないように呟くエトワールに、拓人の中を渦巻いていた疑問は動きを止めた。いや、もちろん違和感が消えた訳ではない。

 ごくごく普通の家族の朝食シーンに、『流れ星の宇宙人』が紛れ込んでいるのだ。意味がわからないったらありゃしない。

 でも、エトワールがここにいる理由は何となく理解できてしまった。


「父さん、母さん。もしかして」

「エトワールちゃんのことか?」

「もちろん、見えてるわよぉ」


 拓人の訊きたいことを秒で察したらしい両親は、すぐさま返事をしてくる。

 そこに動揺の色はまったくなくて、逆に拓人が戸惑ってしまうほどに落ち着いていた。


「一週間前の流星群の日。私とお父さんも同じ願いをしていたみたいなの。それでエトワールちゃんが願いを叶えに来てくれたんだって」


 言いながら、星良は嬉しそうに頬を押さえながら「きゃー」と照れ笑いを浮かべる。その隣で、雪三郎も満面の笑みを漏らしていた。

 まったくもっていつまで経ってもラブラブな夫婦だ。見ているこっちが恥ずかしくて、ついつい視線を逸らしてしまう。


「ということだ、拓人。俺達はエトワールちゃんから今までの事情を聞いている。エトワールちゃんの使命も、拓人がそれに協力することまで、全部な」

「……そう、なんだ」


 雪三郎の言葉に、拓人はぽつりと呟く。

 驚いたし、恥ずかしい。だけど、心のどこかではほっとする気持ちもあった。エトワールのことも、調のことも、一人で背負い込まなくて良いのだ。

 そう思うと心が軽くなるし、少しずつ前向きになれる気がした。

 だけど、不安な気持ちもある。


(父さんと母さんの願いって、何だろう)


 拓人がエトワールに協力したということは、両親の願いをエトワールとともに叶えなければいけないことになる。そんなこと、自分にできるのだろうか。自分自身のことで精一杯で、両親みたいに明るく振舞うこともできない。

 そんな自分が、どうやって。


「ほら、拓人。拓人の分も焼けたわよ。食べて食べて」


 頭がぐるぐると回りそうになると、星良が綺麗に盛り付けたホットサンドとポタージュを持ってきた。星良と雪三郎はとっくに食べ終わったみたいだが、エトワールの前にはまだ食べかけのホットサンドが残っているようだ。


「エトワール。ええと……口に合わなかった……んですか?」

「少年、敬語じゃなくても良いぞ。家族のように接してくれたらお姉さんも嬉しいからな。あと、このホットサンドは三つ目だ」

「あぁうん、そういうことならわかっ…………み、三つ目ぇっ?」


 拓人は思わず目を剥く。

 ホットサンドは食パン二枚を使って作るものであり、結構ボリュームがある。

 それを三つということは、六枚切りの食パン一袋分ということだ。ありえない胃袋である。


「何……? 胃袋馬鹿なの……?」

「おやおや。凄く褒めてくれるじゃないか」

「いや別に褒めてないけどっ? だいたい『流れ星の宇宙人』の胃袋事情とか全然わからないし、どこから突っ込んで良いのかわからないけどっ?」

「少年はクール見えて意外と突っ込みキャラなんだね」


 ふふっ、とエトワールは怪しく微笑む。

 両親もどこか生温かい目だ。勘弁して欲しい。


「……美味しい」


 逃げるようにしてホットサンドを一口食べる。

 プリプリの海老とクリーミーなアボカドをさっぱりとしたレモン風味のソースが包み込んでいて、いくらでも食べられそうだ。エトワールの三つ目とまでは言わないが、たくさん食べたくなる気持ちもわかってしまった。

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