3-3 中途半端な無自覚
雨夜姉弟の願いを叶えて、少しは羽を伸ばしたらとエトワールに言われて、深月のグランプリを祝うパーティーをすることになった。
エトワールと出会ってから、目まぐるしく動いていた日々が少しだけ休まる瞬間――だと思っていたのだが。
「あー、悪いな拓人。父さん、明後日から仕事に復帰するんだよ。これ以上休載するのも心苦しいからな」
「そっか」
夕食後にその話題を口にすると、雪三郎がわかりやすく眉根を寄せる。
雪三郎の言葉に、思った以上に早く日常が戻ってきていることに気付いてしまった。調を亡くしてから一週間以上が経ち、拓人だって夏休み中でなかったら学校に行っていたことだろう。本来だったらパーティーなんてしている心の余裕はなかったのかも知れない。
「…………明日は、駄目かな?」
恐る恐る、拓人は訊ねる。
ただ深月のためのパーティーを開きたいなら、別に拓人の家じゃなくても良いし、雪三郎と星良を誘う必要もない。
だけど、拓人はどうしても皆で過ごしたいと思った。深月と、結衣子と、両親と、エトワールと、それから。どこかで見ているかも知れない調と一緒に。
「拓人」
ミシンをカタカタ鳴らしながら、星良は拓人の名前を呼ぶ。ミシンで縫っている布の色は、エトワールのミッドナイトブルーのドレスに近い色をしていた。つまりはエトワールのコスプレ衣装を作っているということだろう。
星良は手先が器用で、衣装やアクセサリーをよく作っている。この光景を見るのも久しぶりな気がした。
「私達に聞くより、結衣子ちゃんと深月くんに聞いた方が良いんじゃない? 私達に用事がなくても、肝心の二人が駄目だったら意味ないわよ?」
ふとミシンから顔を上げて、優しい笑みを見せる星良。
暗に「私達は何も問題はないけどね」と言ってくれているようで、拓人の心は静かに解けていく。雪三郎も同じような笑顔を浮かべていて、逆に訊ねたこちらが恥ずかしくなってくるくらいだ。
「じゃあ、ちょっと聞いてくるよ」
拓人はそそくさと席を立ち、自室へと向かう。
結衣子も深月も、最初の反応は「え、明日?」だった。そりゃあそうだろう。また今度が明日になるなんて、急にもほどがある話だ。でもエトワールの姿が見られる皆で過ごしたいのだと本音を告げると、すぐに賛成してくれた。
こうして、慌ただしいまま翌日になった。
パーティーが始まるのは正午。「せめてケーキはあたしに用意させて」と結衣子に言われたため、拓人はデザート以外の料理を担当することになった。
メニューはどうしようかと悩みに悩んだ結果、お祝いには寿司だろうということで手まり寿司。もう一つのメインに深月の好物だという鶏のからあげも作り、初めての揚げものに四苦八苦した。
エトワールからは「料理もたくさん出てくるのかっ?」と期待されてしまっていたが、別に拓人は料理好きな訳でも器用な性格な訳でもない。メイン料理二品以外はスーパーで買ったサラダと即席の吸い物になってしまった。
でも、
「うおおっ、からあげ! しかも寿司もめっちゃ綺麗じゃん、すげー!」
雨夜姉弟がリビングに入った瞬間、深月のテンションが爆上がりになる。
拓人はそっと胸を撫で下ろし、二人を席に案内する。もちろん今回の主役である深月は、上座のお誕生日席に腰かけてもらった。
「結衣子さんも、今日は来てくれてありがとう」
「まさか、昨日の今日でまた会うとは思わなかったけど」
「はは……」
結衣子に合わせて苦笑しながらも、拓人はひっそりと胸が高鳴るのを感じる。
今日の服装はモノクロのドット柄ワンピースで、いつもの三つ編みハーフアップも大きめのリボンで彩られていた。
「あぁっと、そのリボン……可愛いね」
「えっ、あ……ありが、とう」
中途半端に褒めてしまい、微妙な空気が流れる。
リボンだけじゃないだろう。服装もだろう。何なら結衣子そのものが可愛いだろう。――なんてもちろん言えるはずもなく、目を泳がせる。
「あのー……。一応今日のメインは俺だったはずなんだけど?」
「あぁごめん、お腹空いたよね。僕も席に着かなきゃね」
「そういうことじゃねぇんだよなぁ……」
「え?」
「あぁそうか、無自覚で人の姉ちゃん口説いてんのかぁ……」
渋い顔でこちらを見る深月。
流石に「人の姉ちゃん口説いてる」と堂々と言われて首を傾げるほど鈍感ではなく、拓人の笑顔は一気に引きつった。「いや全然口説ききれてないから」と言いたくなるけれど、結衣子を目の前にして言えるはずがない。
「深月くん、あのさ。色々察してくれないかな?」
「それはつまりあれか? 姉ちゃんの前に俺を攻略しておこうっていう魂胆か? このパーティーも実はそのためなのか?」
「深月くん……っ」
声にならない声で拓人は叫ぶ。
深月は冗談だと言わんばかりにクックックッと笑った。そういえば、深月には「大きくなったら結衣ちゃんと結婚する!」と言った時の姿を『幻想』で見られているのだ。思い返すと恥ずかしいったらありゃしない。
「…………」
しかし、ふと拓人は思う。
弟としての心境はどうなのだろうと。
少なくとも「姉ちゃんはやらないぞ!」という気持ちがあるなら、本人を目の前にしてニヤニヤなんてしないだろう。もしかしたら、キューピッド的な存在になってくれるかも知れない。
姉ちゃんの前に俺を攻略しておこう。そんな深月の発言も、あながち間違っていないのかも知れないな、と。拓人はひっそりと思うのであった。




