第四話 水紀は巨大なオニギリを見つめて・・・・・・
ドッパアァン! どごぉんっ! どべしゃあっ!
「ぷふぅっ・・・・・・。ぶふー・・・・・・。おらぁッ! 次! 次こいやぁ! おらぁ!」
「ウッス! お願いしやす!」
「ぶふー・・・・・・おらぁ!」
どばしゃあっ! ばちいんっ! どごぉんっ!
すっ、すごすぎ。まるでトラックの正面衝突みたい。人間がぶつかる音じゃないよ、これ。
朝からとんでもないとこに来ちゃったな、あたし。これは何があっても目が覚めるわ。
「ははは。水紀さん。大相撲の稽古を見るのは、初めてですか?」
「はい。・・・・・・凄まじいですね。あたしがやったら、絶対に死ぬだろうな・・・・・・」
何だか知らないけど、岬副社長がマチナカで「相撲部屋の朝稽古を見に行きませんか」なんて誘ってきたから、乗っちゃった。最初はイノシシ店長も誘われたけど、お店を閉められないからってことで、あたしだけになった。
久々に朝から、ちょっと良い服に着替えたよ。でもあたしの服、ここじゃすっごく浮いてるなぁ。岬副社長もラフなジャージ姿だし、親方っぽい人もジャージだし、泥まみれのお相撲さんたちなんか、ほぼ素っ裸同然だもん。
しかも、また女性はあたしだけ。なんか、ボクシングジムの時からこの流れが付きまとってる。
ドッゴォン! ばちんっ! どべしゃあっ!
「ぷふぅっ・・・・・・。おらぁ! 次!」
それにしてもすごい形相だな、あのお相撲さん。
すごく気合い入ってる。
あたしは特に大相撲中継なんか見ないから、何て名前の人か知らないんだけど、とにかくこの中で一番強いんだろうなってのはわかる。
他のモブみたいなお相撲さんとは、動きとパワーが格段に違う。
「水紀さん。あれは、前場所に十両で全勝優勝したことで幕内昇進した、鬼霧関だよ」
「おにぎり関・・・・・・。・・・・・・おにぎり?」
ごめん、岬副社長。「おにぎり」と聞いて、つい、大空寺の住職を思い出しちゃったんだ。
「この佐土ヶ島部屋は、まだできて新しいんだけど、鬼霧関が部屋初の関取なんだって」
「へぇー・・・・・・そうなんだぁ・・・・・・。それにしても、でっかいなぁ・・・・・・」
あたしと岬副社長が座布団に座ってそんな話をしてたら、部屋の親方がいろいろ教えてくれた。
鬼霧関は、本名が鬼島霧之助。だから鬼霧って四股名になったんだって。
しかも、出身はあたしと同じ栃木県。元々ヤンチャ育ちで、口調がそっくりで同じような顔をした姉が地元に二人いるらしい。すごい感じの姉弟だったろうな。あたしんちとは、大違いだ。
身長一八八センチ、体重百八十八キロか。ここ最近、快進撃でスピード昇進した人だそうだ。
とんでもないじゃん、身長と体重が同じってさ。普通はあり得ない体型だと思う。お相撲さんだから許される感じだよね。ってか、あたしが四人いるのと同じ重さだよ。
「水紀さん、ずっと鬼霧関の稽古から目を離さないね? けっこう、ハマった?」
「いや、せっかく来たから、目に焼き付けようかと。・・・・・・一日一日を大切に、だし」
「ははは。・・・・・・珍しいね。他の力士には目もくれず、関取の動きだけを目で追ってるし・・・・・・」
「え? そうですか? ・・・・・・強い人だから、足捌きかに体軸にでもヒントがあんのかなぁって」
あれ。あたし、変なこと言ったかな。親方も、部屋の人らも他のお客さんも、そして岬副社長もぽかんとしてる。なんで。言ったこと、別に変じゃないよね。
「み、水紀さんってさ、何か、やってたのかな?」
何か、って、何だろう。あたしはピアノに空手に合気道しかやってなかったけど、それでいいのかな。普通にそれを言っていいんだろうか。
別に良いよね、あたしがやってたのは事実なんだから。
「あたしは・・・・・・ピアノに、合気道、あとは・・・・・・ずっと空手やってましたけど・・・・・・」
「え! か、空手っ?」
やっぱりね。そう言うよね。あたしみたいに小っこい女が、まさか空手なんかやってるとは思わないだろうからね。
見てよ、親方とかも驚いてる。そんなに驚かなくてもいいじゃん、お相撲さんらの方があたしよりも絶対すごいんだからさぁ。
「何流の空手?」
「え? ・・・・・・わ、和合流・・・・・・」
「和合流! で、段位は?」
「え? 段? さ、三段・・・・・・ですけど」
なんだろう、やけに岬副社長が食いついてくるな。お相撲を見ようよ。あたしを見てもしょうがないじゃんか。
「いやぁ、驚いた! 実はね、自分もずっと空手をやっててね。しばらく動いてないんだけどさ」
「・・・・・・え? 岬副社長、も?」
「おかやま白陽高校と白陽学院大学で、空手道部主将。段位も、実は和合流の四段を持ってる」
なるほど。初めてあたしが岬副社長を見た時、やけにスポーツ系なオーラを感じたわけだ。そういうことだったか。ふうん、そっか。どっちもすごく強い名門校じゃん。しかも、同じ流派かい。
あたし、柏沼高校や御湯ノ水女子大の空手道部では主将に推薦されたけど、なんだか面倒そうだから辞退したんだよな。当時推薦してくれた人たちには、ちょっと悪かった気もする。
「武道や格闘技を知らない人からは、足捌きだの体軸だのなんて言葉、出ないだろうね」
そうなのかな。まぁ、何でもいいや。岬副社長も、あたしと同じ世界にいたことは、わかった。
そんな雑談をしているうちに、朝稽古が終わっちゃったよ。すごかったな。迫力満点だった。あたしもロングスカートなんかじゃなく、ジャージで来れば良かったんだろうか。
「水紀さん。このあと、部屋の皆さんからお振る舞いがあるそうだ。楽しみだね」
「え? お振る舞いって、何?」
「簡単に言えば食事だよ。鬼霧関たちと卓を一緒に囲んで、力士のご飯を食べられるんだ」
お相撲さんと食事か。絶対にちゃんこ鍋は出てくるだろうな。って言ってる側から出てきたよ。すっごく大きなちゃんこ鍋に、すっごく大きな皿に乗ったおにぎりが。
野菜サラダもポリバケツに入るような量じゃん。こんなに食べるから、あんなにでっかくなれるんだろうな。
「・・・・・・ぶふー・・・・・・。どぉらっしょぉ!」
うわ、あたしの目の前に鬼霧関が座った。でかっ。座るだけであたしの方まで揺れたよ。マグニチュード発生だ。あたしが四人同時に座ったって、たぶんこんなに揺れない。力士マジックだわね。
あ、お相撲さんたちが、見学に来たお客さんへ料理をよそってくれてる。あんなに気合いマックスで稽古してたのに、みんな優しい顔になってる。ま、そんなもんか。食べる時まで気合い入れてたら、わけわかんないもんね。
「・・・・・・ちっす! 鶏団子ちゃんこ! おらぁ! 食べな、お姉ちゃん!」
鬼霧関だけは、稽古の時そのままじゃん。なんでよ。ライオンも逃げ出しそうな恐い顔。しかも、口調が暴力団みたい。あたし今、顔が引きつってるかも。深呼吸、深呼吸。平常心だ平常心。
「おらぁ! 熱いうちがうめぇすよ! 遠慮せず食べな、お姉ちゃんよ!」
顔もでかいし声もでかい。身体もでかく手もでかい。そんな鬼霧関だけど、あたしは今、わかったことがある。この人、心根はすごく優しいんだろうな。言葉遣いと顔で誤解されるタイプか。
「じゃあ、いただこうか水紀さん。この部屋のちゃんこは、すごく美味しいんだ」
岬副社長が言うとおり、本当に美味しい。身体の底からパワーが湧いてくるような、不思議な感じだ。相撲部屋で、お相撲さんたちと食べるからかな。
朝食はトマトサラダとシリアルフレークだけの軽めだったから、お腹も減ってたの。じゃ、学生時代のように、遠慮無く食べちゃおうかな。
もしゃもしゃ ばくばくばく もしゃもしゃもしゃ!
あ、あれ。みんな食べないのかな。それとも、あたしが早く食べ過ぎとかかな。
「み、水紀さん、けっこうガッツリ食べるんだね。ちゃんこもおにぎりも、一気に消えた・・・・・・」
え。あたし、なんかやらかした。お腹減ってたし、鬼霧関の勧めもあって食べちゃったけどさ。
「す、すげぇ。・・・・・・お、おらぁ! お姉ちゃんに負けんな! 食うぞ、おらぁ!」
「「「「「 ウ、ウーッス! 」」」」」
ちょっと、やめてよ。あたしとお相撲さんの大食い大会みたいになってる。
それにしても、あたしの知らない世界って、多いな。ちゃんこも初めて食べて、いい経験できた。ごっちゃんでした。