第十五話 藤咲水紀、けっとばす!
「・・・・・・――――次はこっちにボクシングのポーズお願いします、デミー・ドーン・ジュニア!」
「Hahahaha ! OK ! Let’s show a good fighting pose !!」
「鬼霧関! こちらへ、気合いの入ったお相撲の構えを見せてくれませんか?」
「あんだと、おらぁ! これでいいのかよ、こらぁ! 好きに撮れや。おらぁ!」
今日は、あたしが住む地域のコミュニティセンターで、ちょっとしたイベントが開かれている。
イベントゲストとして、ボクシングの元世界チャンピオンと現役の大相撲力士が来たことで、会場は大騒ぎ。地元のローカル新聞や区役所の広報担当者が、何枚もカメラのシャッターを切っているよ。まるで、格闘技番組の記者会見でもやってるんじゃないかと勘違いしそうなくらいに。
「わっはっは。ミズキちゃん、まるで人形みたいに固まってるねー?」
「え? あ、だって、なんだかスゴイ雰囲気なんですもん・・・・・・」
イノシシ店長は今日、このイベントのために屋台形式で出店している。マチナカカレーは、来場者に大人気。あたしもさっき、食べたばかり。
「ははは。地域イベントとは思えないくらいですね、水紀さん」
「そうですね。あたし、あの元チャンピオンのデミーさん、知ってるんだよなぁ・・・・・・」
「ん? それは、なぜですか?」
「あ、いや、以前ボクシングジムのイベントに参加したとき、ちょっとー・・・・・・」
「ははは、そうだったんですか」
岬副社長は今日、マチナカへ食材を届けに来たついでに、このイベントを見ていくとのこと。
あたしが「とりあえず三ヶ月間岡山へ行ってみたい」という話をしたら、ものすごく喜んでくれた。そんなに人手不足なのだろうか。あたしに、即戦力としてすぐに会社へ入ってもらってもいいなんて言うんだもん。
まだあたしも、いろいろと準備不足だから、もうちょっと時間は欲しいかな。
「水紀さんって、空手やってたくらいだから、格闘技とか興味がけっこうあるんですか?」
「・・・・・・まぁ、嫌いではないですね。でも、品性が無い暴力的なのは、嫌いです」
「そうですか。自分もそうですよ。礼節のない格闘技は、ただの暴力ですからね」
「あのデミーさんも鬼霧関も、すごく良い人です。あたしは、ああいう人は尊敬できるかな」
「どちらも、その道で自己を磨いている、素晴らしい人たちですよね」
爽やかなんだよなぁ、岬副社長。高校も大学も空手道部の主将だったってのも、わかる。こういう人が主将のチームって、どんな雰囲気なのかな。
「そういえば、水紀さんも高校時代、インターハイに出ていたんですね」
「え! どこで知ったんですか?」
「何気なく過去の記録をネットで見ていたら、平成二十六年『南関東インターハイ』の結果がね」
やっぱり、わかる人にはわかっちゃうもんだなぁ。ベスト16って言っても、入賞記録じゃないから、あたしはなるべく言わないようにはしてたんだけど。
「ん? 水紀さん『も』ってことは、岬副社長もインターハイに出ていたんですか?」
「ははは。まぁ、そうですね。おかやま白陽高校で、三年間出てましたよ」
「三年間って、すごいじゃないですか。あたしは高校三年の時しか・・・・・・」
「ま、出られるだけでも素晴らしいですから。高校時代の、貴重な経験ってことで!」
確かにそうだね。高校生しか出られないからこそ、一回出ただけでも貴重な経験なんだもんね。
「岬副社長が三回出たインターハイは、どこの場所で開催されたんですか?」
「一年の時が埼玉県、二年が奈良県、三年の時は沖縄県だったね」
「へぇー。そうだったんですね。あたしが出た時は、南関東開催で、千葉県が会場でした」
「そうか。自分が高校出たあとは、各県開催から各地方開催になったんだっけね」
岬副社長とそんな話をしているうちに、イベントは「つよいひとにチャレンジ」という催し物になっていた。
ゲームセンターにあるような、威力のポイントで競うパンチングマシンゲームのような機械が置かれ、デミーさんや鬼霧関の衝撃力数値よりも多く出たら、景品がもらえるんだって。
あたし、こういう催し物は嫌いじゃない。やってみようかなぁ。
「わっはっはっは。面白そうな企画だね。ミズキちゃんや岬副社長、やってみたら?」
「ええ? 自分はもう、あんな強そうな人たちとはー・・・・・・」
「あたし、やってみようっと!」
「え! み、水紀さん、やるの?」
「うん。やってみたいんです。・・・・・・デミーさんや鬼霧関の数値が非常に気になりますけど・・・・・・」
だって、景品が豪華なんだもん。「北陸産冷凍ずわいがに三箱」と「新潟県産のお米・二十キロ」だって。これはちょっと燃えるよね。超えられなかったら、ゲストの二人が持ち帰るんだってさ。
会場にいる放送役の人が、まずはデミーさん、そして次に鬼霧関が叩くとアナウンスを入れた。
「Hahaha ! It’s an interesting game ! So let me punch here.」
デミーさんはなんだか楽しそう。軽快なステップを数回踏んだと思ったら、「Hey !!」と叫んで、キレ味鋭い右ストレートを機械に打ち込んだ。
ドガァンッ!
・・・・・・ピピピピピ!
「スゴイ数値が出ました! デミー・ドーン・ジュニアさんの衝撃力記録、498キログラム!」
これには会場もどよめき、あちこちから拍手が沸き起こった。
デミーさんは「まだまだいけるよ」的なことを言って、ニコニコ笑ってる。その横で、閻魔大王のような表情をした鬼霧関が気合いを入れて、機械の前に立った。テレビで見るような回し姿ではなく浴衣姿だけど、大きくて迫力があるね。
お相撲さんだから、パンチじゃなく張り手でやるみたい。
「・・・・・・ふんッ! おらあぁッ!」
バチコォンッ!
・・・・・・ピピピピピ!
鬼霧関は、まるで線香の火を手で消すかのような動きで、機械をひっぱたいた。
「これもまた、スゴイ数値です! 鬼霧関の衝撃力記録、486キログラム!」
「ふん! 軽くひっぱたいただけだぞ、おらぁ! 今日は、イベントだからな」
「Oh ! Sumo-wrestler’s HARITE is as strong as a boxer’s punch !!」
「あんたもすげぇじゃねぇか、おらぁ! パンチ、たまげたぜ!」
デミーさんと鬼霧関が笑顔で握手してる。どう見ても、異種格闘技戦の記者会見だこの光景は。普通に、スポーツ新聞に載ってそうな画だね。
それにしても、500キロ近い衝撃力か。あたし、これはさすがに無理かなぁ。ちょっと、他の人の様子を見てからやってみようかな。
「すごいな、ボクサーも力士も。・・・・・・水紀さん。自分も、やってみようかと思います」
あ、岬副社長、やってみるんだ。何だかんだ言って、空手高段者の血が騒ぐのだろうか。
「ではここから、一般のお客様のチャレンジタイムです。では、最初の方、どうぞ!」
「よろしくお願いします。・・・・・・久々だな、物に対して突き込むのって・・・・・・」
あたしは、岬副社長の空手って見たことない。ちょこっとだけ興味あるな。
ズンッ!
ゆらああぁ・・・・・・
ゆらっ・・・・・・
岬副社長は、機械の前で腰を落として、構えた。
両脚をしっかりと踏ん張り、膝の力を抜いて、上半身がゆらゆらと動いてる。ゆらりゆらりと身体を動かし、無駄な力を抜いているんだろうね。
デミーさんや鬼霧関も、岬副社長の動きをよく見てるわ。普通の一般人じゃないのがわかるんだろうな、やっぱり。
ゆらん ゆらぁり・・・・・・
ゆらっ ゆらああぁぁ・・・・・・
「いぃやああぁいっしゃ!」
ドッゴォンッ!
・・・・・・ピピピピピ!
不思議な動きだなぁと思った矢先、岬副社長は機械に向かってノーモーションで空手の正拳突きを打ち込んでいた。え、いつ動いたの。あたし、見えなかったよ。すごっ。
「なんと! 一般のお客様がスゴイ数値を出しました! 451キログラム! あぁ、惜しい!」
すごいじゃん、岬副社長。でも惜しかったね。もうちょっとで、カニとお米がもらえたのに。
「いたた。久々すぎて、ちょっと、思ったよりも拳に衝撃が来ちゃいましたね。ははは」
岬副社長の拳、真っ赤だ。でも、本当にすごいよ。見て、その後に続いてチャレンジしてる一般の人たちはみんな、90キロとかだよ。体格の良い人でも、頑張って100キロくらいだもん。
「わっはっは。どらどら、僕もせっかくだから、やってみようかなぁ」
「え! イノシシ店長もっ! えええ? もしかして昔、何かやってたの?」
「わっはっは。こう見えても昔はでっかい和太鼓を叩いてたんだ。和太鼓部の部長だったんだー」
イノシシ店長も謎多き人だ。一流本格シェフってこと以外に岡山出身だと知ったのも最近だし、今度は和太鼓部の元部長だって。あたし、太鼓はゲーセンでしか叩いたことないや。
「どらどらっ? でいさっ!」
どが!
・・・・・・ピピピピピ!
「カレー屋さんのシェフ、そこそこスゴイ数値です! 277キログラム! すごいですね!」
「He’s a chef with a great punch ! I’m sure his cooking also packs a punch !!」
放送役の人やデミーさんも驚いてるけど、あたしもこれには驚いてるよ。イノシシ店長、普通にゲンコツをくれるような叩き方で、この衝撃力。
きっと、太鼓を叩くときのスナップの使い方とか、鍋を振る動きとかが活かされているんだろうか。
さて、そろそろ、あたしもやってみようっと。でも、さすがにパンチ力であの数値を超えるとなると、かなり無理があるなぁ。蹴っちゃダメなのかな。
「女性の方は、蹴ってもいいですよ。ケガしないようにだけは気をつけて下さいねー?」
え、いいの。蹴りもアリなんだ。それはありがたいや。じゃあ、遠慮無く蹴ってやるぞ。
「・・・・・・ふぅ。じゃあ、やるか! よし!」
「がんばれ、ミズキちゃん! わっはっは!」
「頑張って下さい、水紀さん」
ありがとうね、イノシシ店長に岬副社長。膝に力を溜めて、バネを活かして全力で体重を乗せ、思いっきり踏み込んで蹴ってやる。
あのカニとお米、絶対欲しいんだから。
ぐっ! ぐぐぐ・・・・・・
タタァーンッ!
「はああぁぁーいっ!」
ズバドガァンッ!
・・・・・・ピピピピピ!
「な、なんだと、おらぁ! すげぇぜ、お姉ちゃん! おらぁ!」
「She kicks great !! That’s incredible power ! Is it a KARATE or TAEKWONDO !?」
「はぁ・・・・・・はぁ・・・・・・。ど、どうかな?」
「こっ、これはスゴすぎます! スゴイ! なんと、667キログラム! 新記録ですーっ!」
やったぁ。カニとお米、いただき。あたし、女の子でよかったぁ。パンチ勝負だったら、さすがにかなわなかっただろうしさ。あたしの全体重を乗せた横蹴り様、景品をありがとう。
「やりましたよー、イノシシ店長! 岬副社長!」
「す、すごいじゃないかミズキちゃん! 野生の熊も倒せそうな感じだったよ?」
「本当にすごいですよ。良い蹴りでした。見事です! おめでとうございます!」
会場中からあたしに拍手が降り注いでいる。デミーさんと鬼霧関も、あたしの両側から笑顔で讃えてくれている。あたしは二人に両腕を掴まれ、強制的にバンザイさせられちゃったよ。
さて、困ったことがただ一つ。このカニとお米、どうやって持ち帰ろうか。帰りが大変だなぁ。