第十四話 女三人の、火花散る闘牌!
「・・・・・・なんだろなー。なんだろなー。・・・・・・こいつで、どうじゃっ? 通れっ!」
・・・・・・タァンッ!
どんっ! ぱたん!
「残念でした、賤ヶ岳さん! リーチ、一発、東、發、ドラ二つ! 一万二千点の跳満ね!」
「な、な、な、なーんてこったい! 強いなぁ、お嬢ちゃん!」
「運ですよ、運! まぁ、あとは、確率?」
あたしは今日、息抜きにひっさびさの雀荘へ来てるんだ。
大学生の頃、電車で二駅先のところにあるこの雀荘に、たまに遊びに来てたの。大学の近くだと、何だかんだで変な噂が立つからね。「藤咲水紀は金に困って賭博に走ってる」なんて言われたら嫌だし。
賭けてないから。普通にゲームとして楽しんでるだけだよ。
今日はたまたま、同じ時間帯であの賤ヶ岳さんにこの店で会ったんだ。あとは、初顔な人たちと四人で卓を囲んで、楽しく一局打ってるの。麻雀って結構、頭使うから好き。
「お姉さん、強いね! プロの打ち手みたいだよ」
「本当にね。見た感じかなり若いけど、大学生?」
同じ卓にいるサラリーマン風な男の人たちに、嬉しいことを言われちゃった。やっぱりあたし、まだ大学生でもいける見た目なんだろうか。今日はラフなパーカーとジーンズ姿なんだけどな。
「お嬢ちゃんは、度胸もいいもんだ。ワシもその度胸が、麻雀には欲しいとこだなぁ」
「やめてよ賤ヶ岳さん。あたしは、ただ普通に楽しんで打ってるだけだよー」
小学生から高校生の頃まで、よく家族でファミリー麻雀をやってたんだ。こたつ卓の上で、父、母、兄貴とともに、楽しくジャラジャラやったっけなぁ。優味は「興味ない」とか言って、パソコンでオンラインゲームをやってたなぁ。
あたし、昔からカードゲームやボードゲームなどが好きなんだけど、その中でもチェスや将棋、そして麻雀が大好きなんだ。だって面白いんだもん。
じゃらじゃらじゃらじゃらら ぱちんぱちんぱちん たんたんたんっ!
「・・・・・・じゃあ、こいつで、どうだっ! 今度は、通ってくれぇ!」
・・・・・・タァンッ!
どんっ! ぱたん!
「ごめん、賤ヶ岳さん! 一気通貫、混一色! はい、満貫ーっ! 八千点ちょうだいっ!」
「あっらまぁ! なーんだろな、なんだろな! お嬢ちゃんの牌読み、鋭すぎるよぉ」
あれ、ちょっと勝ちすぎたかな。賤ヶ岳さんや男の人らが、苦笑いしてるよ。
「じゃ、じゃあ、我々はこの辺で・・・・・・」
「そ、そうだなっ・・・・・・。では、すみませんがー・・・・・・」
あ、あらら。これはまずい。あたし、ちょっと調子に乗り過ぎちゃったな。男の人ら、そそくさと帰っちゃったよ。どうしよう。賤ヶ岳さんと、二人麻雀ってのもなぁ。
からんからぁーん がらがらがらー
「お? 誰か女性が来たぞい? この卓空いてるから、こっちへ呼ぼうか?」
「そうですねー・・・・・・って! ん!」
今入ってきたお客さん、あたし、知ってる顔だぞ。
「あっらぁ? ミズキちゃんじゃないの! え? 麻雀、やるんだぁ!」
「は、はい。一応、ちょこっとは・・・・・・。川熊さんこそ、今日ってジム休みでしたっけ?」
「そうそう。オーナーが不在だから、今日は臨時で休みなんだ」
驚いたな。こんなとこで、ボクシングジムの川熊さんに会うなんて。賤ヶ岳さんに、あたしに、川熊さん、か。あと一人いれば、場が立つんだけどなぁ。
・・・・・・からんからぁーん がらがらがらー
「お! また、女性が一人来たぞい。こっちへ呼ぼうかや」
「ん? んんん?」
申し合わせたかのようなタイミングで、もう一人お客さんが入ってきた。あたし、その顔もまた、知ってるぞ。
「あ、ミズキさん! その節はありがとうございマシタ! オチャヅケ、美味しかったデス!」
「ど、どうも、チェンさん。・・・・・・麻雀、やるんだ?」
「はい。ワタシ、テーブルゲーム大好きなんです。マージャン、面白いですカラ」
なんだかすごく変わった面子が揃ってしまった。
賤ヶ岳さんが「これで揃ったね」って笑顔になってる。さっきまであたしに振り込みまくった点数を一回チャラにして、ゼロから始め直すからだろうか。まぁいいや。あたしも、今日はたくさん楽しんで帰りたいし。
「じゃあ、やろっか。人数も揃ったことだしさ。あたし、ちょっと楽しみだな」
東西南北の牌を引き合って仮席を決めた。東席になった賤ヶ岳さんがその後にサイコロを振ったら、五の目が出たので、親は賤ヶ岳さんからスタート。
なんだか、本当に麻雀日記みたいになってきたけど気にしないでね。
〔東〕ウクレレ漫談師 賤ヶ岳鐘楼
〔南〕ボクシングコーチ 川熊愛子
〔西〕あたし 藤咲水紀
〔北〕御湯ノ水女子大留学生 チェン・メイヤン
あたしは賭け麻雀などはやらないけど、なんだか、雰囲気はみんな真剣そのものだ。普通にゲームとしての麻雀を仲良くやるはずなんだけどな。三人とも、真剣勝負に挑む勝負師の目だよ。
数分間やってわかったけど、さっきまで入ってたサラリーマン風の男の人たちとは、川熊さんもチェンさんも手つきが違う。慣れすぎている。
これは確かに、面白い勝負になりそうだ。
「なんだろなー。なんだろなー。・・・・・・えい! 通ってくれぇ!」
・・・・・・タァンッ!
どどんっ! ぱたん!
「ロンっ! 大当たり! タンヤオ、一盃口、三色同順、ドラ! 満貫ですよ!」
「どひゃ! やっちまったぁ。そんな待ち方だったんかいなぁー」
賤ヶ岳さん、さっそく川熊さんに振り込んじゃったね。ってか、大丈夫かなぁ。賤ヶ岳さん、さっきからめっちゃ負けまくりだけど。ま、気持ち切り替えて、次だね。
「むー。むー。なーんだろなー。・・・・・・でい! 通ってくれぃ!」
・・・・・・タァンッ!
どだんっ! ぱたん!
「ローンっ! あはは。当たっちゃいマシタ。対々和、ドラ三。ワタシも、満貫ですね」
「うひゃあ、勘弁してちょうだいよー。おじさん、点棒なくなっちゃうぞー・・・・・・」
チェンさん、全然揃ってないようなポーカーフェイスだったのに、満貫になる手で静かに待ってたなんて。あたし、読めなかったな。こりゃ、相当やり込んでる感じだね。シンガポールでも雀荘ってあるのかどうかが気になる。
さてさて、あたしもうかうかしてられないや。面白い勝負だからこそ、こっちもマジになって楽しまなきゃね。さてと、次はどういう手でいこうかな。
「(・・・・・・うーん。・・・・・・これは危険牌。でも、行けるかナ? よし、これを切ろう!)」
・・・・・・タァンッ!
どんっ! ぱたん!
「ロン! 大当たりっ! 清一色、ドラ! 跳満だねーっ」
「あっ! まさか、跳満手で待ってたなんテ。やりますね、ミズキさん」
チェンさんを直撃して、これであたしが逆転したよ。川熊さんが「ほぉー」と笑ってる。対面の賤ヶ岳さんは「危なかった」って汗を拭いてるよ。
やっぱり、こういう真剣勝負は悪くない。楽しいね。さて、次だ次。
「女は度胸! 麻雀もボクシングも、勝負の鉄則は同じはずっ! 気負けしたらダメだよね!」
・・・・・・タァンッ!
どんっ! ぱたん!
「ロン! 二盃口、ドラ二つ! 満貫だよ! 八千点ちょうだいっ」
「うわ! ミズキちゃん、そっちの手で待ってたのか! くっ、逆読みだったー・・・・・・」
よぉし、これであたしも、なんとか食らいついていけるよ。チェンさんと川熊さんそれぞれに直撃して点数をもらったから、このまま安い点数の手で上がれば、勝てるはず。
さぁて、次はオーラスだ。ここを乗り切って、あたし、トップ勝利しちゃおうっと。
「・・・・・・ん? ありゃ? ・・・・・・んんん? ありゃりゃ?」
「どうしたの、賤ヶ岳さん? 親なんだから、早く切って始めようよ」
「目がかすむ、とかではありませんよネ?」
「さっきまでは普通に牌を並べてたのにね。どうしたんだろね、ミズキちゃん?」
「さぁ? 賤ヶ岳さん、どうしたのさ?」
「あ、あがっちゃってる・・・・・・ねぇ、こりゃ。しかも、とんでもねぇ手で・・・・・・」
「「「 ・・・・・・えっ? 」」」
ずどんっ! ぱたん!
「ダ、ダブル役満・・・・・・じゃ! 天和、緑一色! 親のダブル役満で、全員三万二千点なりー」
「「「 ええええ! 」」」
あたしの目の前で、とんでもないことが起きた。牌を引いて並べた段階であがってる場合の、役満の「天和」と、緑色の牌だけで構成された役満「緑一色」を、賤ヶ岳さんがやってのけた。
同時に二つの役満によって、あたしも、チェンさんも、川熊さんも、一気に点数がゼロの通称「ハコテン」になってしまった。こんなことってあるのかな。あるんだろうね。今、目の前で起きたんだし。
「し、信じらんないな。あたし、ダブル役満なんて初めて見た。しかも天和なんて・・・・・・」
「ほ、本当にね。ミズキちゃんやこちらの女の子も強いとは思ったけど、ラストでこれは・・・・・・」
「ワタシ、日本に来てけっこうマージャンやりましたケド、こんなのって初めてデス」
本当にそうだよね。賤ヶ岳さん、今日、雀荘に来ないで宝くじでも買った方が良かったんじゃないのかな。天和で運を使っちゃ、今後、当たるもんも当たらなくなっちゃいそう。
「いやぁ、愉快だわ。これは気分が良い勝ち方だぁね。なんだろなー、なんだろなー♪」
先のことって、本当にわからないもんだよね。こんな予測できない未来、嫌いじゃないけどさ。
つい数分前まではあたしが一位、川熊さんが二位、チェンさんが三位、だいぶ離れて賤ヶ岳さんが最下位だったのにさ。一気に大逆転されたよ。でも、楽しいゲームだったからいいか。
それにしても、緑一色、か。可愛がってた後輩の顔が、なんだか急に頭に浮かんできたな。
あれからどうしただろうか。総務省への出向、行く気になったのかなぁ。あとで電話してみるか。