第十三話 あたしはあたし。でも、あたしだけじゃない
「〔はぁ! 岡山ぁッ? あんた、いきなり電話してきて、何を言い出すんだい!〕」
「・・・・・・だから電話したくなかったんだよ。・・・・・・一応、筋として、話しとこうと思ったのに」
「〔筋も何も、あんた総務省も勝手に辞めちゃって、今度はいきなり岡山行くかもって・・・・・・〕」
「しょうがないじゃんか。・・・・・・一応、正式な社員としてどうかって話だし・・・・・・」
「〔だからって、なんっでわざわざ、そんな遠くまで! 関東近郊では、仕事探してないの?〕」
「探してるよ! ・・・・・・だけど、なかなかあたし、次の道が・・・・・・」
「〔ほれ見なさい! だいたいあんたさぁ、せっかく国家公務員にまでなったのに・・・・・・〕」
「もういいよ、その話は!」
「〔よく無いでしょうよ。お父さんだってどれほど心配してるか・・・・・・〕」
「あたしは、自分の人生くらい自分で何とかするから! ・・・・・・なんでこーなるかなぁ・・・・・・」
「〔あんた、もう二十八歳だよ? お友達はしっかり働いて、結婚した子だってさ・・・・・・〕」
「だからっ、そういう話はもういいから! だーめだ、話題変えようよ・・・・・・」
久々に、実家の母に電話した。
予想はしていたが、こんな感じでぶつかった。いつもそうだ。
あたしは、今のこの中途半端でどうしたらよいのかわからないループから抜け出したくて、とりあえず岬副社長から提案された話を正式に受ける前に、一度、岡山に行ってみることにした。
一日や二日行っただけでは、だめ。どんなとこか知るために、貯金を切り崩して三ヶ月間行ってみることにした。
地元に帰ってこないなんて一言も言ってないのに、母の反応は「もう娘が二度と地元に戻ってこない」かのような感じ。
そうじゃないってば。
ちょこっと行ってくるだけだから。
まぁ、もし向こうに就職したら、行きっきりにならなくもないんだろうけどさ。でも、今生の別れじゃないし。
「〔岡山なんて、お母さん三回しか行ったことないわ。良いところだけど、あんな遠くへ・・・・・・〕」
え、知らなかった。三回も行ってたなんて。
まぁ、親だと言ったってあたしが知らないこともたくさんある。っていうか、帰ってこないわけじゃ無いって何度言ったらわかるのさ。
「〔水紀? あんたは昔から頑固で我が道を行く娘だったわね。言い出したら聞かないし・・・・・・〕」
「・・・・・・そうだね」
「〔ふぅ・・・・・・。あんたがこうやって、突然言い出すときは、もう、何を言ってもだめなのよね〕」
「まぁ、うん。昔からそうだったね・・・・・・」
「〔岡山ね・・・・・・。美味しいモミジ饅頭あったら、送ってね〕」
「え? ねぇ、それって広島の名物だよ。岡山はきびだんごだと思うけど・・・・・・」
「〔え? あら、そうだったかしら。昔のことすぎて、忘れちゃったわ。まぁ、何でも良いから〕」
何でも良くないよ。あたしはそういうとこが、気になって仕方ないんだ。
母はあたしと違って、変なとこが神経質で変なとこで大雑把。まぁ、よく考えたら、あたしもその種類なのかも。所詮は親子ってことか。
「〔そういえばあんた、蓮斗の結婚式は、戻ってこられるのよね? 優味が気にしてたわよ〕」
「・・・・・・あ! そうだった。兄貴の式には、一度、そっち戻るから心配しないで」
「〔蓮斗も優味も、あんたのこと、心配してるのよ? たまには実家に帰ってきなさいよ〕」
「気が向いたらね。ま、結婚式には帰るよ。・・・・・・優味は相変わらず、公務員試験一辺倒なの?」
「〔市役所の試験も、もうすぐみたいよ。あんたがレクチャーしてくれればいいのにー〕」
「あたしは嫌だ。あれほど優味には、公務員なんか面白くないからって言ったのに」
「〔あの子も、あんたとよく似てる部分があるわ。言い出したら聞かないんだもの〕」
「まぁ、姉妹だからね」
「〔あ、それでちょっと聞いてちょうだい水紀。家の台所に昨日、大きなカメムシが・・・・・・〕」
あたしはそれからしばらくの間、母と取り留めの無い話を続けた。
父が、兄貴の結婚式で着る燕尾服をなぜか嫌がっていること。和服が良いって駄々をこねているみたいだけど、主役は兄貴夫妻なんだから、文句言うなってば。
兄貴の妻になる人、要は義理の姉はA型の人しか友達がいないってこと。残念だったな、あたしはB型なんだよね。ま、別に気にしてないんだけど。
実家の裏庭にでっかいシメジが生えていたこと。そして父がそれをバター炒めにして食べてしまったこと。毒キノコじゃなくて本当に良かったよ。ってか、調べもせずに食べないでよ。
実家近くにある老舗の団子屋「みつやま屋」が閉店したこと。この話は本当にショックだった。あの店のヨモギ団子、昔から大好きだったのにな。店主のおじちゃんが亡くなって、店を継ぐ人がいなくて閉めたそうだ。
大正時代から続いていたあのお団子はもう、食べられないのか。
六つ年下の真面目一辺倒な妹、優味に彼氏ができていたこと。年は優味より一つ上の市役所職員なんだって。なるほど、あたしの忠告も聞かずに公務員を目指すのは、そういうことかい。
あと、実家で飼ってた犬のペロが、亡くなったんだって。みつやま屋が無くなったこと以上にショックだった。
ペロは、あたしが中一のとき、学校帰りに拾ってきた茶色い雑種の子犬だった。人なつっこくて大人しくて、よくあたしが散歩に連れてってあげたっけ。十五歳の高齢犬だったから、犬にしては長生きだったみたい。
今度、実家に帰ったら、お線香をあげてやらなきゃ。なんだか、胸元がじわじわして、勝手に涙が出そう。
「〔まぁ、いろいろあるわねぇ、生きてると。・・・・・・しっかりやりなさいね、水紀?〕」
「・・・・・・うん。わかった・・・・・・」
何だかんだで、あたしは実家のみんなに心配をかけっぱなし。何とかしなきゃ。
あたしの人生は、あたしが歩んでいる。でもその人生は、あたしだけで歩んでるわけじゃない。支えてくれる人の恩に報いるなんて大層なことは言わないで、自然な恩返しができればいいな。