第十二話 グッドコミュニケーションじゃけぇ
「えっ・・・・・・? ええっ! そ、それ、本当なんですか!」
「わっはっは。やっぱり、ミズキちゃんは予想通りの顔で驚いてくれたなぁ、岬副社長」
「だ、だって! あたし、すっごくファンなんですよ! えええええ?」
数日後、あたしはマチナカに出直したの。そのとき、イノシシ店長がさらりととんでもないことを言ったんだ。もう、あたしは一瞬、固まっちゃったよ。
「ま、まぁ、そういうことなんです。時々、会ったりもしますよ? 普通に法事とかも来ますし」
「えええええ!」
「わっはっは。ミズキちゃん、いきなりでかい声出しちゃ、岬副社長も驚いちゃうぞー」
おっと、失礼。つい、大きな声が出ちゃった。びっくりさせてごめんね、岬副社長。
あたしが何に驚いてるかっていうと、中学時代からずっとファンだった超有名なロック歌手「C’z」のボーカルであるイナダ・ケージさんと、いま目の前にいる岬副社長が近い親戚なんだってさ。
イナダさんは岡山出身。岬副社長も岡山出身。だからって、そんな偶然ってあるんかな。でも、事実だと言うんだから、スゴイの一言しか出ないよ。
「あたし、C‘zは一番大好きなアーティストです。昔、後輩にもゴリ押しで勧めたくらいで!」
「ありがとう、水紀さん。なんだか、自分のことのように嬉しいですよ」
「み、岬副社長って具体的に、イナダさんとどういう関係の親戚なんですか?」
「母は旧姓『稲田』で、兄が二人いるんです。C‘zのイナダさんは、その下の方の兄なんです」
世間って、狭いな。じゃあ、あたしが大ファンのイナダさんは、岬副社長の伯父さんじゃん。そう言われれば、どことなく、面影があるようなないような。
「どうでしょう、水紀さん? 今度、伯父さんを直接、紹介しましょうか?」
や、やめて岬副社長。あたしは今、頭の中がしっちゃかめっちゃかなんだ。ちゃんと気持ちがまとまってない状態で、提案しないでぇ。まともな返答ができなくなっちゃうの必至だよ。
「わっはっは。岬副社長、ミズキちゃんの頭から煙が出てるみたいだぞぉー」
「え! あっ、す、すみません。唐突にこんな話をしてしまったせいで・・・・・・」
いいの、いいの。あたしの思考回路が追いついていないだけだから。
イナダさんを直接目の前にしたら、あたしはどういう感じになるんだろう。いや、絶対に緊張しまくって、挨拶すら噛みまくりで恥ずかしいことになるに違いない。でも、正直、会ってみたい。
「あ、あのー、あたし・・・・・・」
「すみません、水紀さん。じゃあ、いつか岡山に来た際に、チャンスがあればってことで・・・・・・」
「ま、まぁ・・・・・・それでいいです。はい」
うん、まぁ、あたしの口から今出た言葉のとおりだ。岬副社長と交流があるうちは、会えるチャンスはとんでもなく高いってことだもんね。
それにしてもびっくりした。最近、マチナカではいろんなことが起こりすぎ。あたしの静かな窓際席は、どこへ行ったのやら。
「ところで、水紀さん。あの話、あれから考えていただけましたか?」
「え・・・・・・? あ、あー・・・・・・。ちょっと、まだ、悩んでてー・・・・・・」
「そうですか。・・・・・・やっぱり、不安の方が大きいですかね?」
「ま、まぁ、そういうわけじゃないんだろうけど・・・・・・。どうしようかなぁって・・・・・・」
本当にどうしよう。あたしはこの先、どうすべきなんだろう。
岬副社長の誘いを受けて岡山の会社へ行くのか、まだこのまま東京に残るのか、不本意だけど地元栃木に帰るのか。先のことだから、どれを取ってもきっと正解でもあり不正解でもある。いや、正解も不正解も無いって方が正しいか。
「岡山、いいところですよ。海あり、山あり、歴史ありで。自然も豊かですしね」
「・・・・・・すみません。あたし、あまり岡山について知らなくて・・・・・・」
「ははは、いいんです。大丈夫ですよ。良さはいつか、わかっていただければ」
上手いなぁ、岬副社長。グイグイ押さず、かといって、さっさと退かず。この絶妙なコミュニケーション力がきっと、そのまま仕事でも活かされてるんだろうな。
「でも水紀さん。やはり、一度は岡山を見に来てもらえたら、嬉しいですけどねっ。ははは!」
あたしもこの大きさと爽やかさ、真似したいわ。これなら確かに、人がついてくるよね。
「岬副社長って、本社の岡山県に戻ったときとかは、現地の方言で話したりするんですか?」
「ああ、そうですね。東京では標準語だけど、地元の岡山では岡山弁で話していますよ」
そうなんだ。あたしは、岬副社長って初対面の時から標準語で話してるイメージだから、お国言葉で話すイメージが全然湧かない。
イノシシ店長は、「岡山弁は懐かしいな」なんて横で笑ってるけど、あたし的にはイノシシ店長も岡山出身だって知ったの最近なんだけどさ。
「わっはっは。どれ、岬副社長。ここはひとつ、ミズキちゃんに岡山弁を聞かせてみるかぁ?」
「ええっ? そ、そういうことでしたら、まぁ、自分は大丈夫ですけど・・・・・・」
なにこれ。いきなりあたしの前で、岬副社長とイノシシ店長の岡山弁寸劇が始まろうとしてる。
「わっはっは。岬副社長、いつもええ(良い)食材を、ありがとうのぉ。ぼっけぇ(とっても)ええ品じゃけぇの!」
「どういたしまして。品質にゃあ、でぇれぇ(すごく)自信があるんじゃけぇ。ありがてぇのぉ」
「ところでの、黄ニラは今度、いつになるんじゃろぉか? 評判ええんじゃぞぉ!」
「そうけぇ。来週入りよるけぇのぉ。楽しみに待ってつかぁせぇ! 必ず持ってくるけぇのぉ!」
待って、待って、待って。あたしの頭が混乱してる。目の前にいるのは岬副社長とイノシシ店長なのに、極道映画みたいな迫力ある言葉が飛び交ってる。二人は笑顔なのに、会話のインパクトがすごすぎる。もし岡山行って馴染んたら、あたしもこんな言葉遣いになっちゃうんだろうか。
でも、岡山弁で話す岬副社長はいつもより自然な感じに見えた。爽やかさが数段、増してたよ。