第十一話 エキセントリックなキャンディ
「・・・・・・――――それで、あれからどうしたんだい、ミズキちゃん?」
「まだ答えが出てないんです。・・・・・・はぁ、どうしよう。早く返事した方がいいんだろうけどさ」
「まっ、これでも食べて、ゆっくりしていきな。なーに、まだ考える時間はあるだろうさ」
今日もあたしは、マチナカの気に入った席で、外を眺めながら溜め息をついている。
あたしの前には、イノシシ店長が置いたカレーが一皿。サラダが一皿。そしてなぜか、注文してない真っ青なクリームソーダが一杯。ありがとう、イノシシ店長。
岬副社長が誘ってくれた件、受けてみようかな。どうしようかな。他にやりたいことも特にはないし、かといって、何でもいいかと言ったらそういうわけでもない。
優柔不断で不安ばかりが先立つあたし。いつからこんなに決断力に乏しくなったんだろう。
小学校では児童会長、中学校でも生徒会長だった。
高校時代も、生徒会議長を務めた。栃木県高体連の優秀選手にも選ばれた。学校代表で高校生フォーラムの場に立って、県庁職員と真っ向から議論をしたこともあった。
昔のあたしは、今とは全然違うあたしだった。
またやってる。だめだってば。過去のことを言ったってしょうがない。あたしは先へ進まなきゃならないんだから。
でも、どうしようかと迷ってしまっている。これまで、迷い道の岐路に何回立っただろうか。その度に、選んだ道は間違ってなかったと思いたい。結局、どっちに行ったって、躓くときは躓くし、上手くいくときは上手くいく。
カランカラァン リンリリン
「はい、いらっしゃいませ。お好きな席へどうぞー」
入口のベルチャイムが揺れる音だ。イノシシ店長の声が、あたしの左耳から入って右耳へ抜けてゆく。あたしは窓の外を眺め、店内のスパイスの香りをぼんやりと感じながら、座ってるだけ。
「あーっ! 藤咲さんじゃなぁーい! えー。こんなとこで会うなんて、奇遇ーっ!」
ちょっと待って。なんでそうなるのさ。あたしが独りでぼんやりできる、大好きなこのマチナカの空間に、なんで原本ゆかりが踏み込んでくるのよ。
まぁ、そうは言っても、お店に来るのは誰でも平等の権利だから仕方ない。仕方ないんだけど、ここでこいつに絡まれるのだけは勘弁だよ。
「ねーねー、藤咲さんも、ここのカレーを食べに来たってことだよね? ねぇ、そうだよね!」
「わっはっは。なんだい、ミズキちゃん。こちらのお客さん、お知り合いだったのかい?」
「え。・・・・・・ま、まぁ、そうです・・・・・・ね。・・・・・・知り合いっちゃ、知り合い・・・・・・かな」
「店長さん! 私、藤咲さんの高校時代からの大親友なんです! よろしく!」
ちょっと待て。何言ってんの。いつあたしが、こいつと大親友になったってのよ。ってか、何勝手にあたしの対面席に座ってんのさ。
この図々しさというか無神経さというか自己中さが、あたしは本当に嫌だ。何かもう、疲れる。
「あ、それ! ネットで話題の『マチカレー』だよね! 美味しそう! ねぇ、美味しいよね?」
マチカレーって何だよ。マチナカカレーだよ。どこの情報だか知らないけど、適当なこと言わないでよね。
美味しいよ、マチナカカレーは。そんな押しつけがましく言われずとも、美味しいの。
「クリームソーダまで頼んだなんて、藤咲さんって案外、子供っぽいんだねーっ!」
なんでそうなる。クリームソーダを頼むとなぜ子供っぽいんだか教えてくれ。ってか、あたし、頼んでないもん。イノシシ店長のサービスだし。
「あ、そうだー。藤咲さん、試験ダメだったんでしょぉ? これ、あげる! 元気出して!」
ここでそんな話題出さないでよ。
あたしはもう、気持ちを切り替えて別な方へ進むんだ。前を見なきゃならないんだって時に、気持ちを過去に戻すようなことしないでちょうだい。
「・・・・・・え? なに、これ?」
原本ゆかり、あたしにいったい何を渡したんだ。アメ・・・・・・みたいだけど、全部外国語で書いてあるな。「Het is geen lekker snoepje,dus wees voorzichtig als je heteet !」とは書いてあるものの、意味がわからない。
オランダ語か北欧系の言語だってのは、何となくわかるけど。
「キャンディだよ。食べてみて? 食べると、とにかく、わかるんだー」
元気が出るってことなのかな。こいつ、あたしは自分で合わないと思っているから避けがちだけど、実はいいとこがいっぱいある人間なんじゃないだろうか。
関わり方や絡み方がわけわかんないだけで、あたしに対して何か嫌がらせをするわけでもないし、明らかなマイナス態度を取るわけでも無い。
むしろ、こっちが逃げてもどんどん迫ってくるくらいだから、敵意はないのかもしれない。
あたし、いつの間にかこいつに対して、勝手なレッテルを自分の中で貼って拒否してたのかもしれない。
見方を変えれば、誰にだって良い面はあると多くの人は言う。あたしも、それは否定しない。
ここはひとつ、原本ゆかりへの見方を変えて、このアメを食べてみるとするかな。
「・・・・・・じゃ、じゃあ、せっかくだから、いただくね」
何か色も匂いも怪しいけど、食べればわかるっていうんだから、美味しいんだろう。どれどれ。
「あ、食べてくれたー。どう? どうかなー? ね? 藤咲さんはさー・・・・・・」
まぁ、待ってよ。焦るなってば。あたし、今口に入れたばっかなんだからさ。って・・・・・・なんだこの味。あたしの口に合わない。どういうアメなんだ。鰹節と黒酢と焼酎を合わせたような味だよ。
「・・・・・・んんっ! んんん? ・・・・・・んんー・・・・・・。・・・・・・。・・・・・・けほっ・・・・・・」
「あ、やっぱりそういう顔になるよね。あはは! そのキャンディ、すっごく不味いんだよねー」
何てことしやがるんだ。不味いのを知っててあたしに渡したのか。前言撤回。やっぱりあたし、こいつの良いところはわからない。つーか、イノシシ店長まで笑ってる。笑い事じゃない味なんだってば。
だめだ、マチナカカレーとクリームソーダで口を浄化して、今日はとっとと帰ろうっと。