表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

フェレットのうーたん

クリスマスの終わりに 〜 カセットテープから流れるような温かい音で 〜

 イルミネーションはまだ残っていた。

 しかし人の姿はもう疎らで、たまに見かける人達も地味な服装で家路を急いでいる。

 赤と緑色の何かのチラシが寒風に乗って、足元を舞って行った。


 俺もようやく仕事を終え、1人のアパートに帰るところだった。

 フェレットのうー太くんが帰りを待っていることだろう。早く帰って構ってやらなきゃな。


 スーパーに寄ると、まだ半額のケーキとローストチキンレッグがいくつか売れ残っていた。中年男の俺が1人で楽しむ用には半額でも贅沢だという気がしたが、クリスマスの気分だけでも味わおうかと両方買った。

 フェレットのうー太くんは白くて甘いものが大好きだ。身体によくはないので本当はあまり与えないほうがいいのだが、今日ぐらいはいいか。一緒に生クリームを舐めて笑顔になりたい。


 俺と同じく仕事帰りらしい人達が、反対側の歩道を数人、距離をとってすれ違って行った。

 みんな、きっと俺よりはましだろう。もうすぐ日の変わる時間だが、帰ったら温かい家族が笑顔で迎えてくれるのだろう。理由もなく、そう思った。


 あるいは俺が一番ましなのかもしれない。うー太くんが待っている俺とは違って、彼らは帰りたくもない家に帰るところなのかもしれない。見たくもない妻の顔、反抗的なだけの息子の姿。知りもしない気の滅入るような他人の家庭事情を想像し、気楽な自分を申し訳なく思った。


 それとも何か孤独なゲームのような楽しみが彼らを待っているのだろうか。


 コートのポケットに片手を突っ込み、スーパーの買い物袋とビジネスバッグをもう片方の手に提げて、白い息を浮かべて歩く。


 俺は今、ここにいる。若い頃に夢見たような自分はどこにもいなかった。可愛い嫁も、華やかな仕事も、欲したものは何もない。思い出の中にさえ、今日に似合うような光景は、1つもなかった。


 角を曲がるとカフェの明かりがあった。疎らだが窓の中には数人の客の姿が見えた。みんな1人客で、ただ暇な時間を潰すためにそこにいるように、つまらなそうな顔でコーヒーを啜っていた。


 生きて行かなきゃな。

 いつかいいこともあるさ。


 そう思うと俺は、無理矢理のように顔を笑わせた。


 どこからか、カセットテープから流れるような温かい音で、1984年の洋楽のヒット曲、バンドエイドの『Do They Know It's Christmas?』が聞こえていた。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 誰かがポイ捨てしたチラシが、風に待ってる描写が何とも言えない…… 猫とか熱帯魚とかじゃなく、フェレット。 付かず離れずな関係かな? [一言] クリスマスはもちろんのこと、仕事帰りに浴衣…
[良い点] 盛り上がっていたらしいイベントが終わったあとの、裏寂しい感じ。 そしてそれが他人事に感じる透明な壁と距離感。 抱えた虚無感が少し色濃くなりながらも、周囲を冷静に見渡す目や、失望や絶望に陥…
[一言] しいな ここみ 様 しみじみとした 大人な雰囲気の しかし やけっぱちでもない 思ったよりステキな人生でもないが フェレットのうー太君のまつ家へ ケーキとローストチキンレッグを購入して…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ