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第一話 春彦、大地に立つ

 異世界転移。

 それは、小説とかでよくある展開で、行き先は大抵の場合、RPG風の剣と魔法のファンタジーな世界と相場が決まっている。

 もちろん、それはフィクションの世界の話で、現実には異世界転移なんてものは存在しない…と思っていた。つい、三分前までは。



 話は三分前まで遡る。

 昼休み。教室でうたた寝をしていた僕は、自分が見知らぬ空間にいる事を発見した。

 そこは何も無い黒一色の空間で、宇宙のようにも光の届かない深い海の底のようにも見えた。或いは、ただ単に黒いだけなのかもしれない。とにかく、そんな場所だった。

『異世界より来訪せし、転移者(エトランゼ)よ…。貴方に頼みがあります…』

 ふと、誰かの声が聞こえた。

 それは、耳ではなく頭の中に直接語りかけてくるような不思議な感覚だった。辺りを見回すが声の主は何処にもいない。

「頼み?」

『はい。魔王からこの世界、まるでゲームのような異世界バーガンハーを守ってほしいのです…』

「えっ⁉︎君は一体?ていうか、ゲームのような異世界って…?」

『はい。魔王は何処からともなく突然現れました…』

「いや、あの…。僕が聞きたい事は…」

『…です。しかし、心配はありません。貴方にこの力を授けます。さあ、転移者(エトランゼ)よッ!旅立つのですッ!』

「いや、あの待ってッ!ゲームのような異世界って何⁉︎何なんだよーッ!」

 しかし、取り付く島もなく声は途切れ、次に気が付いた時には何故か、石で出来た建物の中にいた。足元にはファンタジーでよく見かける魔法陣。そして、目の前には怪しげなローブを着た人達と一目で姫とわかる可憐な少女。僕はその時、理解した。

 これが異世界転移というものである事を…。



「勇者…様」少女、いや姫と言った方が適切だろうか?彼女は感無量といった感じだった。「勇者様ッ!勇者様ッ。ああ、やっと、成功した…」

「やりましたね。リート王女。やっと人間らしい形に…」

 な、なんですと⁈

 人間らしい形って、どういう事なの?教えてよッ!ねえったらッ!

「勇者様ッ!」

「わっ!」

 リート王女は躊躇なく僕に抱きついてきた。花の様ないい香りが鼻を掠め、大きく柔らかな胸が僕の体に押し当てられる。

(む、胸が…。し、しかもーッ)

 しかし、僕にその感触を楽しむ余裕はなかった。

 間もなく僕の体は凄まじい力によって締め上げられた。まるで万力で締め上げられたかのような凄まじい力で身体中を激痛が駆け巡った。たぶん、骨も折れたのかもしれない。

「ぐえぇぇッ」

 僕はカエルが潰れたような声を上げた。

(な、なんつー馬鹿力…)

 離してほしいと、リート王女の背中を叩くが、何故か力が強まっていく。ああ、ここでこんな華奢で、可愛らしくてスタイルも良い好みの女の子に体をへし折られて僕は死ぬのだ…。しかも、異世界で。

「リート王女、勇者様が死んでしまいますッ」

 周りにいたローブを着た連中や兵士達が慌ててリート王女を僕から引き剥がす。

「勇者様。お怪我は?」

 鎧を着た金髪碧眼の少女がそう言った。腰には長剣。どうやら剣士か騎士のようだった。

 いや、見てわかるでしょうよ。と言いたかったが、体力がなかったのでやめにした。

「ヒール…」

 渋い声と共に身体中に力がみなぎる。

「あ…」

「回復魔法を掛けさせていただきました」

 ふと見ると、ビキニアーマーを着た角刈りで、カイゼル髭を蓄え、濃い眉毛と胸毛が特徴的な屈強な男が跪いていた。

(ていうか、なんつー格好してんだよ。誰もオッさんのビキニアーマー姿なんて望んじゃいないだっての)

 そう思っているとリート王女が僕が体をヒョイっと持ち上げた。

「わわっ…」

「さあ、行きましょう。勇者様」

「え、どこに?」

「父上の所です」

 そう言うとリート王女は俵を担ぐようにして僕を謁見室まで連れていった。


 謁見室は立派な部屋だった。

「おお、異世界からの転移者(エトランゼ)よ。よくぞ、我が娘リートの呼び掛けに答えてくれた…」

 感無量といった感じで王様はそう言った。王様は何故か裸で、頭に被っている王冠がなければ、いや、あっても単なる変態にしか見えなかった。辺りを見回すと兵士はみんなビキニアーマーを着ていた。しかも、男だけ。

 ちなみに僕は未だにリート王女に担がれている状態だった。いったい、なんなんだよ。この国は。

「この国、いや、このゲームのような異世界バーガンハーは、魔王の軍勢により存亡の危機にある。まさに風前の灯火ッ!」王様は威厳に満ちた声でそう言った。裸で無ければもっと威厳があったんだろな。王妃様。よく平気だな。ていうか、何で日本のことわざ知ってんの?しかも、ゲームのような異世界って…。「魔王四将軍(まおうししょうぐん)が一人、邪竜騎士(じゃりゅうきし)アポカリプスが我が娘リートの獅子奮迅の活躍によって倒されたとはいえ、まだ、魔王軍には…」

 は?リート王女どんだけ強いんだよ。ていうか、僕、要らなくね?

「…がおり、しかも魔王自身は、この世界のありとあらゆる攻撃が効かない存在…」

 なるほど、それで僕が呼ばれたって訳か。

「…である。もし、魔王を討伐した暁には我が姫リートとの結婚を許そうぞっ!」

 冗談じゃないっ!

「へ、陛下。リート王女との結婚は出来ません」

 僕がそう言うとあたりの空気が変わる。

「なにッ⁉︎リートは絶世の美女と誉高き美女ぞ。理由を申してみよ…」

 いや、死ぬからッ!

「リ、リート王女の意見を無視してそのような事を決めるのは如何なものかと…」

「なんとッ!見返りも求めずに魔王を討伐すると申すか⁉︎」

 いや、そんな事、一言も言ってないから。

「余は感動したッ!」

 王様は大粒の涙を流しながらそう言った。

「へ、陛下。僕、いえ、私は…」

「よい。皆まで申すな。余はわかっておる」

 いや、わかってないから。人の話を聞けッ!

「勇者様、私は勇者様を好いております故、心配は無用でございますよ?」

 リート王女は顔を赤らめながらそう言った。

 ちっがーうッ!心配なのはあんたの怪力なんだよッ!

「陛下。此奴に魔王討伐ができるものでしょうか?」

 後ろから声がした。振り向くと、返り血を浴びて角の生えた男の生首を持った赤い長髪の女性が立っていた。

 かなりの美人で、豊かな胸元を強調する様な鎧を着ていた。わかりやすく言えば、クールビューティーでスタイルの良い女騎士、といった感じだった。

「マルタリーザ。よくぞ、戻った」

「陛下。このマルタリーザ、宣言通りに魔王四将軍(まおうししょうぐん)が一人、邪悪導師(じゃあくどうし)ベルゼブの首を討って参りました」

 そう言うとマルタリーザは、王様の前に跪くと手にしていた首を掲げた。

「なんと…。あの中を一人で」

「陛下、このような貧弱な男に魔王討伐は務まりません。代わりにこのマルタリーザが魔王を血祭りにあげ、その首を陛下に献上致しましょうぞ」

「しかし、マルタリーザよ。魔王にこの世界の攻撃は効かぬ。最強の聖騎士であるお前でも流石に無理というものじゃ…」

 いや、聖騎士だったのかよ。あんた。

「と、いうわけだ。貴様、この私と勝負しろッ!」

「えっ⁉︎」

 いや、どういうわけだよッ!意味わかんねえよッ!

「貴様がこの世界の命運を託すにふさわしい者か、そして、リート王女の夫としてふさわしい者かどうか、この神速の剣姫マルタリーザが見てやるッ!」マルタリーザはそう言うと腰に差した剣を抜いた。「ただし、もし、貴様がふさわしくない者とわかったらその首を容赦なく撥ね飛ばし、体を八つ裂きにしてやるからな…覚悟しろッ!」

 マルタリーザはそう言うと剣を構えた。

 あんた、ほんとに聖騎士か?

「望むところですわっ!」

 リートがそう言った。

 いや、なんで?ていうか、王様ッ!アンタ、なんで止めないんだよッ!

「こちらをお使いください」若い男の兵士がそう言って自分の剣を僕に渡した。重っ!「勇者様、我々の代わりにあの女の鼻っ柱をへし折ってくださいよッ!」

 知るかッ!

「さあ、抜けッ」

「いや、なんていうかさ…」

 ていうか、無理だから。重いんだよッ!剣がッ!

「なるほど、私など剣を使わずとも倒せると言いたいのだな?」いや、違うからッ!ていうか、なんで怒ってんの⁉︎「これほどの侮辱を受けたのは、生まれて初めてだッ!」

「いや、違うから…」

「もう遅いッ!死ねッ!」

 マルタリーザはそう言うと僕に斬りかかってきた。ああ、死ぬのか。死ぬ時、周りがスローモーションに見えるって爺ちゃんが言ってたっけ。ああ、本当にスローモーションに見えるや……。

 いや、待て。これなら余裕で躱せるぞ?

 僕はそう思ってマルタリーザの攻撃を歩いて躱した。同時に、ガチンと金属音が聞こえる。

「ば、バカな…。私の剣を…。私よりも早く避けるだ、と…」マルタリーザは僕の方をキッと睨みつける。「フ、ハハハ…。流石は勇者だ。何が起きたのかも分からずに死んでいったベルゼブやその配下の一万もの軍勢よりは楽しめそうだ」

 どんだけ強いんだよ。あんた。もう、あんたとリート王女で魔王倒しに行けよ。

「では、私も本気でいかせてもらうッ!」

 マルタリーザは、地を蹴り素早く僕に斬り込んで……来てるのか?確かにさっきよりは速いけど…。ぜんぜん余裕で躱せるんだよなぁ…。ちょっと、攻撃してみるかな。僕はマルタリーザの背後に回り込むと背中を軽く叩いてみた。

「なっ、貴様…」

 しかし、マルタリーザが驚くだけで何も起きなかった。

 じゃあ、魔法を。えーと…。

「ファイヤ?」

 そう呟く。しかし、何も起きない。えっ、待って。まさか、俺って相手の攻撃がスローモーションみたく見えるだけなの?

「おい、おまえ」マルタリーザが声を掛けてきた。彼女の体は震えていた。やばい、かなり怒っている…。「私の背中を叩いたな?」

「はい。すみま…」そう言いかけるとマルタリーザが抱きついてきた。血と汗の匂いがした。「えっ、ちょ、ちょっと?」

「決闘の最中に背中を叩く事は求婚の証なのですよ。勇者様」

 リート王女がそう言う。

 いや、なんだよ。それ。

「不本意だが、お前の第二夫人になってやる。ありがたく思え」

 マルタリーザは僕を睨みつけながらそう言った。

「さあ、勇者様。寝所に参りましょう」

「えっ、いや、ちょっと…」

 リート王女、いや、リートでいいや…。

 リートは有無を言わさず僕を抱えるとマルタリーザと共に寝所へと向かった。

 寝所の中央にはヨーロッパの宮殿にありそうな豪華なベッドが置かれていた。シーツは純白で、僕はそこに放り投げられた。

「さあ、勇者様。明日は私達と共に魔王を倒す旅に出ましょうね?」

 リートはそう言うと僕の隣に横になった。

 なんで?

「おい、もしも王女様に無体を働くようならその時は容赦なく斬り捨てるからそのつもりでいろッ!」

 そう言うとマルタリーザも鎧を脱ぎ捨てて僕の隣に横になった。

 なんで?

 僕は逃げたくなって起きあがろうとした。

「どちらに行かれるのですか?勇者様…」リートは満面の笑みを浮かべながらそう言うと強い力で僕をベッドに押し倒して逃げられないように片足を僕の腹の上に置き、さらに僕の左腕をぎゅうっと抱きしめた。「うふ。逃しませんよ?」

 リートはそう言って笑った。その目に光はなかった。怖ッ!

「貴様、なんともうらやま…い、いや、とにかく、どうかしているぞッ!」

 いや、どうかしているのはあんたの目だよ…。

 ていうか、鼻血、鼻血出てるからッ!

「ふふ、勇者様と旅できるなんて夢みたい…」

(ちょっと、待ってよ…コイツらと一緒って…。不安だ)

 僕は不安になりながらもそのままズブズブと深い深い底へと落ちていくように感じた。そして、いつのまにか深い眠りの中へと落ちていった。


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[良い点] ストレスなくさくさく読めました。 謎の疾走感も良いですね。 [気になる点] ただ、失踪しすぎている感があります。 [一言] 大風呂敷を広げすぎない方がいいと思います。
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