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元勇者は禍根渦中  作者: 数ビット
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「元7勇者VS元4英雄」

 南国の港町アーティス王国の街を出て小一時間ほどの丘に、元7勇者が組織した山賊集団が拠点を構えていた。


「冒険者として鍛えたスキルも、結局こういった事に生かすのが一番って事だ」


 かつて7勇者のリーダーだったセシルは山賊集団の頭として、簡素なキャンプの中心に座していた。

 勇者を辞めてから約8年の歳月で、セシルは聖騎士と呼ばれた面影も無くなった暗黒騎士に成り下がっていた。不敵な笑みが似合う悪漢の雰囲気が板に付いていた。


「金稼ぎはたくさんお金があるところから頂くのが基本中の基本よね」


 クレリックだったローザは、族の頭となったセシルの妻となっていた。ドラゴンとの戦いでチリチリになったロングヘアーはカットし、人妻らしく手入れの簡単なパーマにしている。


「グハハ! 金を稼ぐには真面目じゃダメだという事を、冒険者時代から知っておきたかったぜ!」


 昔とさほど変わらない容姿のハガーのバーバリアンとしての筋肉はいささか衰えていたが、脂肪がついて一層威圧感のある姿になっていた。


「そうそう、金を持ってないクライアントからクエストを受けても損するばかりさ。金も無いのに仕事を発注する雇い主にこき使われて成功した奴なんていねぇぜ」


 アーチャーのクロビスはそう言って卑屈な笑みを浮かべた。いかにも小悪党といった歪んだ笑顔にギラリと鋭い目が光っていた。


「そもそも雇われ仕事で儲かるワケが無ねのさ。雇われるより雇う側が儲かるように世の中出来ているのさ」


 格闘家のルナーグも達観した口ぶりで呟いた。元々はストイックな修行に勤しむ勤勉な男であったが、ドラゴンとの戦いで努力が無駄と悟ってからは、集めた山賊仲間を取り仕切って偉そうに振舞う怠惰な人間になっていった。


「雇う側・支配する側になって、下々の者共を安くこき使い、軽い嘘を積み重ね脅したり情けをかけたりの飴と鞭で相手を操り、上前をピンハネする。それこそが唯一の勝ち組になるメゾットってもんよ!」


 セシルはそう言って高らかに笑い、そして酒を飲み干した。


「結局冒険者なんてフリーランスは奴隷以下なんだよ! フリーランスを安く買い叩くクライアント側のほうが正義なんだよ! 冒険者なんかに命かけるより、クライアント側さえ支配する山賊稼業のほうが人生シアワセってものよ! ワハハハハ!!」


 かつてアーティスを救った英雄とは思えない堕落っぷりのセシルは、これこそ本当の自分だと言わんばかりに充実した様子だった。




-----


「ちょっと不思議なんだけど……」と、シュナ。

「何か?」とカール。

「なんだか私たちの会話って全年齢向けと思っていたのに、急になにかの運営サイドからR15指定を受けたような気がするの」


 カールは声を振り絞るように言った。


「原因はッ! オ・マ・エ! シュナの他にR15になる原因があるかよ!!」


 熱く怒鳴るカールを、ホリィがたしなめた。


「あの、一応人前ですからあまり興奮なさらないほうが……」


 シュナ達の一行は城下町をてくてく歩いて山賊が拠点とする丘を目指していた。


 貿易港として繁栄しているアーティスの城下町は人々の往来も多く、商人や市民で賑わう活気ある街だった。

 そのアーティスを救った7勇者の活躍は今もなお語り継がれており、今回の件も既に噂として広まっていた。7勇者のうち5人が攻め込もうとしているという噂に落胆する声、残りの2人が再びアーティスを救ってくれる事を願う声が密やかに囁かれていた。


 そんな頃合に普段見かけぬ旅人が街の往来の真ん中で大きな声を出したので周囲の注目を集め、すぐにその旅人の一人が噂の7勇者のひとりシュナである事が露呈した。


「7英雄のシュナ様が城から出てきたぞ!」

「シュナ様が再びアーティスを救いに来てくれたのか!」

「太った従者を従えている! さすが英雄の貫禄だ!」


 周囲の声にカールがツッコミを入れた。


「誰が太った従者やねん!」

「あら、アーティスでは私もちょっとは有名人みたいね? これなら伴侶が見つかるかも……。みなさーん! ちょっと雑用を片付けた後、私とワンナイト・ラブしたい精力旺盛な種馬を募集してま~す! モッコリ殿方なら誰でもOK! 私は誰からの求婚も受けて勃つわ! レッツ中出し!」

「だーかーらー! シュナの存在がR15なんだから余計な事を言うなッ!!」


 シュナの来訪に歓喜していた周囲の人々は、シュナの発言で即座に(あ、このひとアーティス国王と同じ人種だ……)と察し、蜘蛛の子を散らすかのように散っていった。アーティスに反旗を翻した元7勇者の5人よりはマシだが、関わらないほうが良い事だけは確かだと誰もが一瞬で理解した。


 気付けばディアもホリィもシュナから離れていた。他人のふりだ。


「どうして皆遠慮するのかしら? さっぱりわからないわ」

「オレも他人のフリしてぇ……。しかし戦力がシュナだけで大丈夫なんだろうか?」

「カールだって一応は4英雄でしょ。しっかり活躍してもらいますからね」


 既に日は傾き始め、空が夕焼けに染まり始めていた。

 元7勇者が街に攻め込んでくる時刻が近付いており、あまり悠長にしている余裕は無かった。


「魔法のほうきならひとっ飛びなんだけど、歩くと時間がかかるわねぇ」

「ほうきだとオレがチャーシュー扱いで縛られて吊るされるだろ。絶対に嫌だ」


 街を出て街道沿いにしばらく歩くと小高い丘が見えた。

 合間の雑木林を抜けると丘の手前で、元7勇者達の従える山賊たちの野営地が間近だった。

 シュナとカールは周辺の様子を確認した。小高い丘からはアーティス城が見え、丘の周辺はまばらな雑木林で、戦闘の不都合になるようなものはなかった。


「物凄いテントの数です! 50人もの山賊相手に私たちだけで大丈夫なんでしょうか?」

「いくらシュナさんでも、この人数を相手にするのは危なくないですか? いまからでもアーティスの兵士を援軍に呼んだほうが……」


 ホリィとディアは不安そうな声で尋ねた。襲撃の時は近いが、多勢に無勢では勝ち目は薄いように思えた。


 シュナはマジックワンドを握り締め、言った。


「さて皆殺しにしましょう」

「物騒だなぁ。絶対に悪役の台詞だと思うんだが……」




-----


 地下牢で暇を持て余す元勇者は、完全に忘れ去られているようだった。


「うーんこの、せっかくヒキニート中年が遠出したというのに即座にヒキコモリ状態になってしまって、一体どうしたものか……」


 元勇者の3年間は孤独の日々だった。魔王の牙城からとぼとぼ帰路に着く道中も孤独であったし、廃棄されていた砦を住居に決めるまでの放浪の日々も孤独だった。もちろん砦での一人暮らしも孤独であったので、トラブルメーカーであってもホリィやディア・シュナやカールの来訪は元勇者にとって孤独の癒される時間だった。


 ホリィやディアという若い少女の求婚を断らなければならないのは元勇者が中高年だからという”元勇者側の問題”であり、カールやシュナが問題多き人物なのも元勇者と共に魔王討伐の旅を続けたからに他ならない。


 元勇者は孤独でいたいから孤独なのではなく、孤独になりたくないのに孤独に生きる他無いのだ。

 性格に問題があると指摘されるのは概ね間違っていない事実だが、まだ若かった頃の冒険者となった時に”孤独では無い幸せな将来”を手放してしまった事に気付かなかった事が大きな過ちだったのだ。魔物と戦う冒険者という危険で収入不安定なフリーランス業を営む人間が普通の結婚をして幸せな家庭が築けるわけがない。


 要領が良ければ結婚も無理ではなかっただろうが、生真面目に世界中の町や村を救い続けて魔王まで倒してしまった元勇者が平凡な幸せに辿り着けるわけがなかった。そしてその決断をしてしまったのは冒険者になった時であり、正しい事をしている筈なのに孤独な末路しか残されていなかった元勇者の性格がヒネクレて歪むのも当然だった。


「魔王を倒した俺がこんなしょーもない顛末なんだから、適当なところでフリーランス辞めて山賊家業という新規事業を始めたセシル達のほうが結構正しいんだよなぁ……」


 冒険者の収入は出来高制で、単価はとても低い。クライアントからの収入が見込めない時には倒した魔物が持っていた金品を漁って稼ぎにしなければならない。冒険者とか勇者とか言われても魔物の死体漁りで生活費を賄うスカベンジャーでしかない。

 クライアントから依頼を受ける事が出来たとしても、大抵は足元を見られた報酬しか得られない。クライアントはトラブルの対処を冒険者に委託しているだけで、殆どの場合はクエストの成功でクライアント側が利益を得る。冒険者は外注業者に過ぎず、冒険者は沢山いるので安い報酬でも引き受ける者が現れる。よって冒険者というフリーランス業の相場は低水準が当たり前だった。


「いっそ俺もセシル達のメンバーに加えてもらおうかなぁ」


 元勇者は心にも無い事を冗談で考えてみたが、考えてみると案外良いのでは?と錯覚しそうになった。

 まず山賊はアウトローなので世間の常識に従う必要が無い。中高年だから老害にならぬよう若者の将来を考えて……などと気を使う必要は無く、他人に迷惑をかける事であっても自分の欲望の実現に勤しむ事が出来る。少女を妻に迎える事も、いっそ妾を託っても山賊ならば問題は無いだろう。


 ……しかし山賊に身を落とした元勇者の元にホリィやディアのような美少女が寄り添ってくれるとは到底思えないし、元勇者も性欲が枯れたわけではないが絶倫には程遠い。そもそも元勇者は欲望というものが薄かった。

 ”魔王を倒す”という前人未到の快挙をたった一人で成し遂げている勇者がそれ以上に望む事があるだろうか。他に何を望むというのか。


 そもそもセシル達元7勇者の山賊集団は、快活な少女ディアの笑顔を奪う悪党集団である。

 ”汚い金でも蔵は建つ”と言うが、”悪銭身につかず”とも言う。元勇者がセシル側に付いたとしても慣れない山賊稼業をする自信はないが、悪党を叩きのめす事なら元勇者の得意芸だ。

 手軽にチャチャっと悪党と化したセシル達を叩きのめし、ディアに感謝されつつささやかなラッキースケベ展開を期待するほうが、元勇者にとって孤独の寂しさをひと時でも忘れられる選択だろう。


「とか要らん事を考えてみたところで、一体いつになったらこの地下牢から出していただけるのかと」


 地下牢は静寂に満ちていた。

 アーティスの南国の晴れやかな気候も、地下牢では石壁を濡らす湿気でしかない。


「あのー、トイレ休憩いいっすかー?」


 地下牢に元勇者の声が響いたが、誰の返事も無かった。




-----


 前衛にシュナとカール、その後ろに隠れるようにディアとホリィという編成で、元7勇者の宿営地に近付いた。


「さて、どうやって血祭りに上げようかしら?」

「どう考えてもシュナのほうが悪役だよな~」

「戦いに善悪なんて無いわよ。勝って生き残ったほうが正義、それが掟よ」

「そうなんだけどね。正しい者でも殺されれば悪人のほうが正しかったと事実を捻じ曲げられて修正する事は出来ないし、世の歴史はそういった捻じ曲がった事実の積み重ねだという事を魔王討伐の長い旅で散々見てきたからなぁ」

「だから、くだらない事を気にする必要は無いわよ」

「そのデリカシーの無さも男が逃げる原因のひとつかもよ。もう魔物の姿もめっきり見なくなった平和な世の中になってるし、オレ達の後ろには若い世代がいるんだ。あまり殺伐としたバトルは別のレーティングが上がるぞ」

「まだ魔物は完全にいなくなったわけじゃないし、魔物が減っても世の中は平和に程遠いからこんな事になっているんでしょう。それに私はデリカシーとか細かい事を気にしない大らかで性欲旺盛なヤリチンがタイプなの」

「処女を売りにしている女の台詞とは思えないイカレっぷりだな」

「あら、私なにか変なこと言った?」


 ディアが前衛2人に声をかけた。


「あの、あの! 山賊グループの方々に気付かれたたようですよ!」

「あら随分と索敵能力が低いのね。もっと早くに気付いてくれると思っていたんだけど」

「まったくだ。よほど無能なのか、よほど自信があるのか」

「50人の手下共はせいぜい駆け出し冒険者レベルって感じね。あとはセシル達がどれほど経験値を稼いできたかだけど」

「山賊稼業で強い魔物と戦ってきたとは思えないし、弱い魔物と戦ったところで経験値も無いしレベルも上がらない。強い魔物と戦っていた冒険者達の間でセシル達の噂は聞かなかったから、まぁたいした事は無いだろうな」


 ホリィが不安そうな声で尋ねた。


「でも真正面から堂々と山賊のアジトに近付いて大丈夫なんですか?」

「私とカールは全く問題ないけれど、ホリィちゃんとディアちゃんはまだ戦闘ヴァージンだから、戦闘が始まったら出来るだけ後ろに下がって伏せていてね。でないと初体験で痛い思いをしちゃうわよ」

「もうちょっと品のある言い方は出来ないのかね。オレ達はこれでも戦闘のプロだから雑兵相手に命を落とす事はないけれど、お譲ちゃん達は冒険者でさえない一般人レベルだ。かすり傷さえ危険な事になるから戦いが始まったら来た道を引き返して身を隠し、終わるまで出てこないほうがいい」


 ホリィは頷いたが、ディアは複雑な表情だ。


「でも私はこれでもアーティスの姫です。民を守る戦いの場において私が逃げるような事は出来ません……」

「覚悟は立派だけど、戦う前から足が震えているようじゃ話にならないわ。それに民の上に立つ者がその身を危険に晒すものでも無いわ」

「そうそう。総大将はうしろのほうで見物しているのが仕事なんだから、何も遠慮する事は無いのさ」


 ディアは口を固く結んで黙り込み、一言「わかりました」と絞り出すように声を出した。

 普段は明るく活発な少女であるディアも、アーティス王国の一族としての名誉と誇りを持ち合わせており、また若さゆえの正義感も強く持ち合わせていた。少しでも助力になればと山賊退治に加わったが、黙って身を引く事で仲間の足を引っ張らずに済むのであればそうする他なかった。


 一方、山賊たちは宿営地に張ったテントを出たり入ったり、武器や防具を手にとって臨戦態勢を整え始めていた。

 まるでハイキングに来た登山客のように安穏とやってきた謎の4人組を警戒しないほど無用心ではなかった。たとえ無関係の旅人であっても金品を奪い取るのが山賊の日々の仕事でもある。


「貴様達、何者だァ!」


 見張り役と思われる山賊の一人が声を上げた。


「メテオ・ストライク!」


 ちゅど~ん!


 魔法による巨大な火球が山賊の宿営地の中央に落ちて爆発し、設営されたテントと、近くにいた山賊の数名が吹き飛んだ。


「ちょっとあなた達のリーダーのセシルに挨拶に来た者よ!」

「挨拶代わりに火の玉落とすなよ」


 呆れつつカールは小袋からレザーシールドを2つ取り出した。革張りの盾は剣を受け止めるには役不足だが遠距離攻撃を防ぐには丁度良く、軽いので初心者でも扱いやすい。


「お譲ちゃん達は後ろに下がって、弓矢が飛んできたらこの盾で防ぐんだ。距離があるからまず当たりはしないし、見て避けられる程度だろうが、戦闘初心者は案外思ったように動けないものだから、その時は無理せず盾で受け止めるんだ」

「あの、いま、盾を小袋から取り出しませんでした?」

「そうだけど、それが何か?」

「小さな袋から大きな盾が……その、いえ、なんでもありません」

「この袋は20種類のアイテムがそれぞれ99個まで入るから冒険者の必須アイテムなんだ」

「で、ですよね~……」


 ディアとホリィは「深く考えたらダメだ」と思いつつ、カールの指示通りに後ろに下がって距離を取った。


 突然の魔法攻撃を受けた山賊たちは慌てふためきながらも攻撃の構えを取った。


「お頭ァ! 敵襲だァー!!」


 山賊とシュナ達の距離は10数メートル離れており近接戦闘にはまだ早い。

 だがシュナもカールも遠距離戦闘を得意とする。戦闘経験値が高すぎる2人なので雑兵の攻撃を数十回受けても命を落とす事はないが、雑兵相手に手傷を負うような事態は避けたかった。


 魔法攻撃での爆煙の向こう側から一人の男が姿を現した。

 かつては聖騎士とまで言われながらも山賊に身を落としたセシルだ。


「どうせアーティス国王が差し向けた傭兵だろう。平和に呆けた愚民の長に雇われる傭兵などたかが知れている。野郎共、返り討ちにしてやれ!」

「おおーッ!」


 セシルの声に雄たけびを上げる山賊達。

 シュナは「やれやれ、私がいる事に気付いていないのかしら?」と呟いた。


「カール、ちょっと露払いしてくれないかしら?」

「久しぶりだから上手くいくかどうか……」


 カールは弓を構えて弦を引いた。弦を引くとカールの身体が引き締まり昔のイケメン姿に戻った。


「とりあえず矢は5本でいいかな。では……”レイン・アロー”!!」


 5本同時に放たれた矢は魔法の輝きできらめいた後10本に分裂した。合計50本の矢が山賊達に降り注いだ。


 ドガドガドガ!! と猛烈な勢いの矢が山賊達の周囲に土煙を上げた。


「ウワァァァっ!?」


 一斉に山賊達の悲鳴が轟いた。

 ……しかし山賊達の誰一人としてダメージを受けていなかった。


「どっ、どういう事だぁ?」


 山賊たちはそれぞれ状況を理解しようとした。


 カールが放った矢は魔法の力を携え、ブォン!という空気を切り裂く物凄い音を響かせて山賊の身体に……かすりもしなかった。

 矢は山賊の頭や手足を僅かにズレたところをかすめただけだったが、外れた矢が地面に突き刺さった衝撃波で深い穴が開いていた。あと数cmズレていれば、地面に深い穴を開けるほどの衝撃波で山賊達の手足や頭が粉々に吹き飛んでいたであろう。


「うーん、やっぱり当たらないなぁ。もう一回チャレンジさせて。レイン・アロー!!」


 弓の弦を引いてイケメン姿になったカールは、矢を放つと同時に太った体型にボヨヨンと戻った。

 その愉快な奇人変人ぶりとは裏腹に、山賊達は再度の”当たらない矢”に恐怖した。

 50本の矢は50人の山賊それぞれを正確に捕らえながら、50本の矢を放って1本も当たらないという事が恐怖だった。もし運悪く当たったならば肉も骨も砕けて飛び散る威力だという事は”外れたからこそわかる”事だった。もし当たっていれば考える暇もなく絶命していただろう。


「すいませーん! もう1発いいっすかー?」


 気軽に尋ねたカールだったが、山賊達は身動きが取れなかった。

 下手に動いて”当たらない矢に自ら当たりに行ってしまえば確実に死ぬ”のだ。


 役に立たなくなった手下共に痺れを切らした首領セシルは、動けない手下を押しのけて前列に歩み出てきた。


「たかがソーサラーとアーチャー2人に、50人がかりで太刀打ちできない筈がなかろう!」

「やっと前に出てきたわねセシル。お久しぶりね」

「貴様は……もしやシュナか? まだ冒険者稼業などという下らぬ事をやっているのか」

「嫌ねぇ、魔王もいないのに冒険者やっててもしょうがないでしょう」

「確かに魔王は倒されたという噂だが、ならば何故ここにいる? あの俗物アーティス王の差し金か」

「ちょっと挨拶に来ただけよ。冒険者仲間から逃げ出したヘタレがセコイ悪さしてないかって」

「……貴様は本当にシュナなのか? 昔とは雰囲気が随分変わったように感じるぞ」

「昔より若く見えるという意味なのか、その逆の意味かで私の対応も変わるから用心なさいね」


 セシルがシュナと別れたのは、シュナが30代前半の頃だった。その頃のシュナは真面目なインテリで、クールビューティーという雰囲気の女性だった。セシルは”4英雄編”での冒険の苦労も、シュナが年齢を重ねる毎に色に狂っていった事も知らなかった。


「ふふふ……そんな事はどうでもいい。シュナよ、我々の仲間に入らないか? お前の魔術があれば我が”狼煙獅子団”は一層強くなるだろう。アーティス王のような俗物から金を巻き上げ、愚衆を支配しようではないか!」

「うっわ……ろーえんしし団とかダッサ。金とか支配とか、くっだらな」

「随分な言いようだな? シュナも冒険者という名の奴隷として扱われた苦労を覚えているだろう。命を懸けるに値しない事に安い報酬でこき使われた苦労と屈辱を。あのドラゴンとの戦いでの恐怖を」

「あぁドラゴンね。あの頃は死にかけて大変だったわよね。でも四天王コンドラはもっと大変だったわよ」

「四天王コンドラ? あの魔王に使えるという伝説の魔物の事か?」

「私たちが倒した他にも四天王コンドラがいるのかは知らないけど、他にいたら四天王の数字が合わないじゃない」

「まさか。シュナがコンドラを倒したとでも言うのか。随分な冗談を言うようになったものだ」

「あなた達、えぇっと”ろーえんしし団”だっけ? 魔王を倒したって嘯いて町や村を脅しているって噂じゃない。そーゆー嘘って困るのよねぇ。四天王は私たちが倒したし、魔王はユートがひとりで倒しちゃったから」

「ユート? あぁ、あの7勇者のナンバー2か! いたなぁそんな奴! 地味で目立たず、しかし都合の良い奴だったよ。てっきり俺達が冒険者なんて下らない事をやめた後でユートも廃業したものとばかり思っていたよ」


 セシルはユートの事を思い出し、嘲笑した。明らかに見下した者を嘲笑う笑い声だった。


「ユートのような奴も狼煙獅子団の仲間になれば、またナンバー2として役立ってもらうのだがな。そのユートが魔王を倒した? ハハハ! 何の冗談だ! どうせとっくにのたれ死んでいるのだろう?」

「まぁ、随分と悪役面が板に付いているようね」

「当たり前だ。冒険者としての屈辱の日々から行く年月、我が狼煙獅子団を組織し力をつけ育て上げるのにどれほどの苦労をしたと思っている。我々が魔王を倒したと村人に言ったところで戦わなかった者共には真偽がわかる筈もない。冒険者として失ったものを山賊として取り返す事の何が悪い!」


 セシルの表情は遠き過去の苦労を思い返して浸っているようだった。

 

 カールがシュナに囁いた。


「あのセシルって男、きっと悪党のくせに主人公気取りなんだぜ。魔王討伐から逃げ出したくせにそれを美化し正当化しようと、盗賊団で悪さを重ねた事を努力とか苦労として脳内変換してサクセスストーリーのように思っているのさ」

「殆どの悪人は自分の事を本当の悪人と思っていないものですからねぇ。悪い事をしても世間が悪い境遇が悪いと自分以外の何かに責任転嫁して、悪い事をしたのはしょうがない成り行きなんだ自分は悪くないんだと考えるから反省も出来ない。それこそが本当の悪なのに」


 シュナは深い溜め息をついた。

 それはセシルに呆れての溜め息であり、かつて共に戦った仲間が救いようのない悪党になってしまった事への溜め息だった。




-----


「さて、もう一度だけ問う。シュナよ、俺達の仲間にならないか」

「ならないわ」

「どうしてだ? 偽善に満ちた冒険者稼業で散々苦労しただろう。世の中の誰もが自分の事しか考えていない身勝手な奴らばかりだ。助けを求める村人が、自分が助かる為に何をした? 冒険者に任せっきりで何もしなかったじゃないか! 弱者である事を盾にして冒険者に厄介事を押し付ける無責任な奴らばかりだったじゃないか!」

「身勝手はあなたでしょうセシル。リーダーだったのに逃げ出して私やユートを裏切ったあなたの仲間には二度とならないわ。どうせろーえんしし団とかいうのも、何か危なくなったらセシルが真っ先に逃げ出すんでしょう?」

「……随分と舐めた口を利く。どうやらお前にかける情けは不要のようだな。ルナーグ、ハガー、この生意気な魔女を嬲り殺してしまえ!」


 満を持してといった面持ちで、格闘家のルナーグとバーバリアンのハガーが姿を現し、突進してきた。


「たかが魔法使い、近距離戦ではどうにもならないだろう!」

「かつての仲間とて、女だからとて容赦せぬぞ!」


「どうする? オレの矢は当たらないぞ?」

「ま~どうって事ないけど、どうしましょうかね?」


 高速で突っ込んでくるルナーグの動きは格闘家らしい俊敏さだったが、所詮はミドルクラスの冒険者といったところだった。


「レビテーション!」


 シュナが片手を上げるとルナーグの足は地面を空回りし、すぐに上空高くに持ち上げられていた。”レビテーション”はシュナがほうきで空を飛ぶ時に使っている魔法だ。


「じゃぁオレも……”ソニック・シュート”!」


 カールが放った矢はハガーには当たらなかったが、その足元の地面を吹き飛ばし、爆音と共に膨大な土煙が立ち上った。火薬でも使いましたか?というほどの大爆発だ。ハガーは地面に開いた大穴に落下し、その上から大量の土砂が降り注いだ。


「クソッ! 近距離での攻撃は迂闊だったか! ならばクロビス、お前の腕を見せ付けてやれ!」

「お、おうッ!」


 アーチャーのクロビスは盗品であろう立派な弓を引き、矢を放った。


「食らえッ! ”クリティカル・アロー”!」


 クリビスの技は精密射撃だ。命中率100%で当たり、更に高い確率で敵を即死させる。


 しかしシュナは眉ひとつ動かさず呪文を唱えた。


「”ファイア・ウォール”」


 一瞬にして業火の壁がクロビスの矢を灰にした。


「オレもオレも! ソニックシュート! ソニックシュート! ソニックシュート!」


 カールがイケメン姿になったり太った身体に戻ったりを繰り返しながら、連続で矢を放った。しかしそれぞれルナーグ・ハガー・クロビスの頭の上1cmを衝撃波だけ残して飛び去っただけだった。周囲に爆音が鳴り響き、地面には大穴が開いた。


「……やっぱり当たらないなぁ。0.5%の確立で当たる筈なんだけど」

「当たったらSSRって感じね。でも当てたら結構グロい事になるから、当たらないくらいで丁度良いのよ」


 圧倒的なレベル差だった。

 狼煙獅子団を名乗るセシル達の攻撃はシュナやカールに届く見込みは無かった。

 手下の山賊達は人間離れした攻撃力を目の当たりにして恐怖で動けず、頼みの綱の筈のルナーグやハガー・クロビスも子供扱いだった。


 セシルに向かってシュナが声をかけた。


「勘違いで襲わないで欲しいわ。私はちょっと昔なじみの様子を見に来ただけよ。でも戦いたいなら私も本気を出したいんだけど構わないかしら? ストレスは美容の敵だから、たまには本気で魔法をブッ放したいわ」


 にっこりと微笑むシュナに、山賊達は青ざめ、震える足を無理矢理動かしてじりじりとセシルを盾にするよう後方に下がった。

 かつて7勇者と言われたルナーグ・ハガー・クロビスも実力差に慌てふためいてセシルの元に逃げ戻った。


「ど、どうします統領?」

「思った以上にヤバイ連中ですぜ!」


 セシルの表情も強張っていた。シュナが四天王を倒したという話も、ナンバー2のユートが魔王を倒したという話も到底信じ難い作り話と思っていたが、アーティス攻防戦まではトップクラスの冒険者だった”7勇者”が全く歯が立たない状況が信じられなかった。


(本当に魔王を倒した連中がこんなところにいるわけがない……)


 そう思いたかったが、魔法も弓も普通の冒険者のレベルとは桁違いだ。

 しかしセシルは万策尽きたわけではなく、易々と負けを認めるつもりもなかった。

 負けを認めればこれまで育て上げてきた”狼煙獅子団”を失い、冒険者稼業を辞めて山賊として生きた苦労が無駄になる。


「……様子を見に来ただけだと? ならば見ての通りさ。お互い元気そうで良かったじゃないか」


 セシルにとってシュナ達は山賊稼業を続ける上で邪魔な存在である事は明白だった。山賊として邪魔者は排除したいが力量さは歴然だ。


「お互いそれぞれの道を歩んでいる、という事でいいじゃないか」

「そうね。その道の先が私の前を立ち塞がないのなら」

「アーティスの事を言っているのならシュナこそ道を譲るべきだろう。俺達やシュナにとってアーティスは冒険の通り道でしかなかった。その無関係のアーティスが俺達7勇者の働きで繁栄しているのだから、分け前を頂くのは当然の事だろう」

「途中で逃げ出したセシルにとってはそうなのかもしれないけど、最後のほうまで冒険を続けた私たちにとっては違うのよ。良いクライアントのご機嫌を損ねるのはフリーランス失格ってものよ」

「ではどうしろと言うのだ? 俺達に金蔓を目の前にして手を引けとでも言うのか?」

「ついでに山賊稼業も畳んでほしいわね。私のかつての仕事仲間が山賊だなんて世間に広まったら、私の婚期に致命的ダメージが付くわ」

「嫌だと言ったらどうする?」

「冒険者のルールを忘れたわけじゃないわよね?」

「戦いでは”相手を殺す”事が冒険者のルールだが、それは山賊も同じだ。生きるか死ぬかの戦いの場で情や躊躇いがあれば殺されるのは自分だからな」

「覚えているなら結構。昔の仲間でも、いえ仲間だったからこそ、道を間違えたあなた達をしっかり殺してあげるわ」

「それはどうかな? 俺達は戦いでも善人ぶるつもりは無いからな」


 背後で「きゃっ!」という短い悲鳴が響いた。

 シュナとカールが振り返ると、ホリィの喉元に短剣を突きつける中年女性がいた。

 元クレリックのローザだ。


「さて善人気取りのシュナよ、この状況をどうする?」

「ローザって随分老け込んだわね。クレリックならもう少し美容と健康に気を使ったら? 同世代がオバチャンになっていたら私も気が滅入るわ」


 ローザはシュナの余計な言葉には反応する事なく、返事を返した。


「クレリックだけではこの稼業やってられないわ。いまの私はシーフとしてのスキルのほうが高いのよ。”インビジブル”であなたたちの目を盗んで背後を取れる程度には」


「油断していてすみません、私に構わず戦ってください!」とホリィ。


 シュナとカールは顔を見合わせた。

 そしてカールは弓を、シュナはマジックワンドを手放した。


「人質を取るなんて、見事な悪党っぷりね」

「魔物はこんな卑怯な手は使わないからなー」


 セシルは再び高笑いした。


「何が四天王を倒した、だ! この程度の事で武器を手放すとはシュナも随分老け込んだものだ!」


 ”老け込んだ”という言葉に反応してシュナの額にピキッと皺が寄った。自分が言うのは構わないが、言われるのは許せない言葉だった。


「セシルに2つ教えたい事があるわ」

「なんだ、命乞いか?」

「ひとつは、どうせ人質を取るならホリィちゃんじゃなく、その隣の子のディアちゃんのほうが正解だったという事。アーティス王国のお姫様が誰かも知らずに国王を脅迫している元7勇者リーダーなんて、恥ずかしいにも程があるわ」

「そんな些細な事などどうでもいいわ。生意気な口ばかり利くようになったシュナなどもう仲間にする気は無い。人質の娘の代わりにシュナから先に殺してやる」

「……あら、私たちが武器を手放したのが負けを認めたからだと思っているの?」

「武器もなしにどうやって我々と戦うつもりだ」

「もう私達が戦う必要が無くなったって事よ。気付かないの?」

「何がだ?」

「このどす黒い気配を」


 セシルは何かのハッタリであろうと思ったが、人質を取っており余裕のある状況だ。念のために周囲の気配を感じようとしてみたが、セシルには何もわからなかった。


「この気配は、アレだよな」

「そうよね、この黒々とした気配は」

「なんだ? 何の気配だというのか?」

「セシルはわからないの? このジメジメ陰鬱すぎてどす黒~い鬱な気配を」

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