「おいでませアーティス」
「という事でちょっと準備するから、キッチンでお茶でも飲んでいてくれ」
とても南国の大国アーティス王国が危機に瀕している事を知った直後とは思えないほど呑気なテンションで元勇者は言った。
ホリィはそそくさとキッチンに向かい、人数分のお茶を出す用意を始めた。
「これって一応、2週目ってことかしら? なんだか久しぶりのイベントって感じよね」
「2週目というよりクリア後イベントってところか。レアアイテムとかゲットしても意味無いタイミングだけど」
シュナとカールも安穏と駄法螺話をしていた。
唯一不安そうにしているのがディアだ。
アーティス国王の末娘で、王位継承権こそないが紛れも無いお姫様だ。
ちなみに長男となる次期王はいまのところうっかり者の王様をサポート(という名目の尻拭い)する事で忙しく、極めて目立たない存在な上に王位を継ぐ前に過労死するのではと噂されている。万が一そうなればディアがアーティス王国を継ぐ事となる。
「あの……こんな事になってしまって本当に申し訳ありません……」
「えっ何が?」
「何が? なんの事?」
ディアの深刻さと全く釣り合わない返事をするシュナとカール。
意味がわからずきょとんとするディア。
「魔王を倒したユートがいるし、私たちも四天王までは倒しているのよ」
「ささいな諍い事については全くなんとも思ってないな」
「それでも一応は7勇者だった、かつての仲間だった方々ではないですか。そんな相手との諍いの仲裁をさせてしまう事が心苦しくて」
「そんなの関係ないわよ。むしろ”冒険者の掟”を知っている相手だから容赦しないで済むから気楽だわ」
「オレは新規メンバーだから全然どうでもいいし」
ホリィが尋ねた。
「冒険者の掟、ってどういったものなんですか?」
「簡単に言えば……死して屍拾うもの無し、って感じかしら」
「魔物との戦いでも山賊との戦いでも、人を助ける為の戦いというのは”どちらかを生かし、どちらかを殺す”という事なんだ。そこには善悪も正義もないし、大体の場合は善悪に関係なく生き残ったほうが正義という事になる」
「……なんとなくですが勇者様が性格が歪んだ理由がよくわかった気がします。ですがどうして勇者様は魔王を倒したのに正義の人とならず、こんな僻地で暮らしていらっしゃるのか……」
へっくし!とクシャミを響かせた後、元勇者がキッチンに顔を出した。
「一応用意できたけど、なんか俺の噂でもしてた?」
「いえ、そういうわけでは……」
「旅の道具は地下室に押し込んで放置してたから、荷物を探すのに手間取っちゃったよ」
「アーティス王国が危機に瀕しているこの状況で、のんびりお茶を飲んで旅支度していて大丈夫なんですか?」
「うん、大丈ブイ」
「古語?」
「俺達も一応は冒険者だったから、冒険に便利なアイテムはそれなりに持っているんだ」
そう言いながら元勇者は小袋から何かを取り出した。
「ピキピキピキーン! ”転移のオーブ”ぅぅぅ!」
「勇者様、どうしてしゃがれ声でアイテム名を効果音付きで掲げたのですか?」
「ユート、それは古いほうだ。もっと若い声で言わないとイマドキじゃないぞ」
「カールさんのツッコミも意味がわからないのですが……」
「とにかくまぁこのアイテムがあれば、過去に訪れた事のある土地に行く事が出来る。最終決戦の前に買い溜めしたままだったから、あと95回分残っている」
「どうしてそんなに大量に買い占めたのですか? ……というかその小袋に95個も転移のオーブが入っているのですか?」
「この小袋には20種類のアイテムが各99個まで入ると思うよ」
「そ、そんなに……。きっと魔法のアイテムなのですね」
元勇者とカールとシュナは(……気付かなかった)と思ったが口には出さなかった。単に便利なアイテムだなぁと思っていたが、よく考えれば荷物の重さも感じないし相当異様なアイテムだ。これほど物理法則を無視したマジックアイテムを、その凄さに気付かぬまま使い続けていたようだ。
「ではお茶を飲み終わったらさっそく使ってみる事にしよう」
のんびりティータイムを済ませ、ホリイが食器を洗って片付け、元勇者は砦の戸締りを確認した。
そして皆が玄関前のエントランスに集まり、いよいよ転移のオーブを使う事となった。
「少しの間だけ視界が真っ暗になるけど驚かないでね」とシュナ。
「転移の途中で妙な耳鳴りがするかもしれないが、2~3秒で転移が終わるから」とカール。
「では、行くぞ」と元勇者。
キュピーンキュピーン。
視界が薄暗くなって漆黒となり、謎の効果音のような耳鳴りが響いた後、ゆっくりと視界が回復した。
初めての転移魔法を経験したディアとホリィにとっては長い3秒間に感じた。
「こ、ここはアーティス城の城門前!」
ディアは相応の長旅の果てに元勇者の砦に辿り着いている。その長い旅の時間とは無縁の、一瞬の長距離移動にディアは魔法の凄さを感じた。
「この潮の香り、南国アーティス王国に来たって実感するわね。ナンパ男はいないかしら?」
「オレはアーティスは殆ど来た事がないが、賑やかで栄えている国じゃないか」
「私もアーティスに来るのは初めてです。ディアさんはこの国のお姫様なのですね」
「魔族との戦いの時には城下町のほうも被害が出ていたが、その被災の痕跡は殆ど残っていないな」
元7英雄の恫喝を受けているとは思えないアーティス王国の様子に、ディアと一行は安堵した。
「とりあえずまぁ、王様に謁見する事にしよう」
「私が案内します!」
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ディアの「ただいまー!」の声と共に城門が開き、一行はディアと衛兵に導かれてアーティス国王の玉座の間に通された。
「お久しぶりです国王陛下」
元勇者とシュナは跪いて頭を下げた。その後ろでカールとホリィも跪いた。
「おぉ! そなた達は魔族軍からアーティスを救った英雄の……えぇっとユート殿にシュナ殿ではないか! そなた達の事は片時も忘れた事は無いぞ!」
「ちょっと怪しかったけど、まぁいちおー覚えていただいていたようで恐縮にございます」
「ユート殿の後ろの者達は?」
「アーティスでの戦いの後、魔王討伐の為に共に戦った仲間であるカールと、同じく仲間として戦った者の娘ホリィであります」
「ふむ……7勇者だった者達の中にそなたらの姿が無かった事は不幸中の幸いと言えよう。そしてディアの婿となりに挨拶に来てくれた事も」
「おい王様。誰もそんな事言ってねーぞ? っつーか国の命運よりディアの結婚相手の事とか考えてたのかよ」
一応は王様の前で礼節を以って接し続けた元勇者だったが、アーティス国王のうっかり者っぷりは相変わらずのようだった。
「お父様、ディアも頑張りますから初孫をお見せするのはもう少しお待ちください」
「おぉそうかそうか、ディアのように可愛い孫が生まれるであろう。その日が楽しみぞ!」
「……この国王、頭ん中にスポンジケーキでも詰まってるんじゃねーか?」
元勇者では埒があかなそうなので、シュナが変わりに国王に問うた。
「ところで7英雄だった者達がアーティスを恫喝しているという話、真でありましょうか? よろしければ詳しくお聞かせ願いたいのですが」
「うむ……」
7勇者がアーティスを救った頃のリーダーは元勇者ではなく剣士セシルだった。そのセシルが残り4人の仲間と共にアーティス城を訪れ、国王はそれを歓迎し「英雄ご一行歓迎パーティー」を催した。
しかしセシル達はアーティスの復興と繁栄を自分達7勇者がいたからこそだと主張した。その功績は国王も認めたが、セシル達はアーティスの繁栄の対価として貿易や観光などの収益や税収の半分をセシル達に支払うよう求めた。国王は拒もうとしたが、セシルは剣を抜いて国王の喉元に突きつけた。明快なほどの謀反だ。
狼藉者である事を隠さぬセシル達はアーティス城に蓄えられているであろう財宝も半分よこせと恫喝した。セシルが国王に手をかけなかったのは、王国としての機能が無くなれば税収などの金を奪う事も難しくなり、城に隠されている財宝を探し出す手間もかかるからであろう。
そしてセシル達「元7勇者」は国王に金品を用意する期限を伝え、その期限を過ぎた時にはセシル達が組織した約50人の山賊集団が街に火を放つと脅迫し、去っていった。
「つまり”みかじめ料”を取る魂胆か。ニセ勇者という噂も半分は嘘じゃなかったのもイヤな話だ……。それで、その期限というのは何日後ですか?」
「きょうの日没じゃ」
「数時間後じゃねーか! 呑気に孫の話をしている場合じゃねーだろ!!」
「ユート殿のツッコミは相変わらずじゃのう」
「怒られてるのにツッコミと解釈するプラス思考はさすがアーティス国王。脳味噌以外は元気そうで何よりです」
「ところでユート殿……」
「あ、失礼が過ぎましたか?」
アーティス国王は元勇者の顔をしげしげと眺めた。
「そなた、ユート殿のニセモノであろう!」
「ぅおっ?! ついに呆けましたか? ボケツッコミのボケじゃなく痴呆症のほうの!」
「いいや、ワシはボケておらん! ユート殿の顔にそのような中二病っぽい刀傷は無かった筈! そして片目のみ瞳の色が違っておるではないか! この中二病の偽者め!!」
「いやいやいや! 案外記憶力良くてビックリだけど、アーティス攻防戦から何年たってると思ってるんだよ! 顔の傷と瞳の色は魔王と戦った時に攻撃を防ぎきれなくてこーなったんだよ! 名誉の負傷なの! 中二病じゃないの!」
「そなたが魔王を倒したという証拠がどこにある! 勇者に成りすますニセモノを地下牢に放り込め!」
「えっ、ちょっ、マジで……?」
元勇者は衛兵に取り囲まれ、あれよあれよという間に連行されていった。
「おいおいおい、ユートが連れられていったぞ……」
「アーティス国王も相変わらずねぇ。なんとな~くこうなる気はしていたわ……」
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元勇者不在となり、シュナとカール、そしてディアとホリィの4人となった。
ディアはアーティス国王に問いかけた。
「お父様は元7勇者から街を守る策があるのでしょうか?」
「勿論じゃ。アーティスが誇る勇猛果敢な兵士を総動員して迎え撃つのじゃ!」
カールが小さく手を挙げた。
「失礼ながら国王様、相手が街に火を放ち戦闘とは無縁の人々を狙っているとすれば、アーティスの兵士がどれほど優れていても町民を守りながらでは、元7勇者が引き連れる50人の山賊のほうが有利と言わざるを得ません」
シュナも王に意見した。
「既に昔の事とはいえセシル達7勇者は相応にレベルの高い戦士でした。現在どれほどの強さかは会ってみない事にはわかりませんが、防衛任務が基本のアーティス兵士より格段にレベルが高い事は確実です」
アーティス国王は、言った。
「そりゃぁ困ったのう」
「困ったのはオレ達もなんだけど。まさか魔王を倒したユートが戦闘前に戦闘不能になるとは」
「私達だけでも対処はできるでしょうけど、もしセシル達が想像以上にレベルアップしていたなら危ないかもしれないわね」
ディアが国王にすがりついた。
「お父様、どうか勇者様を開放してください!」
「……わからぬか娘よ、かつてこの国を救った勇者達さえ手のひらを返して攻め込もうとしておる。かつての7勇者が恩義に付け込んで恫喝しているのじゃ。その渦中にユート殿のニセモノが現れれば信用出来よう筈が無い。きっと蛮族と成り果てた元7勇者の謀略であろう」
「違いますお父様! 勇者ユート様はアーティス王国の危機に困窮した私の為に、無理をして来てくださったのです! それを疑うなんて酷すぎます!」
「たとえディアの言う事が真実であったとしても、元7勇者を信用したが為にこのような事になったのも事実。たとえ人民に被害が出ようとも、アーティスの問題はアーティスが解決せねばならんのだ」
シュナは「さすが王様ね」と口を出した。「ディアちゃん、王様の言う事は確かに正しいわ。たしかに昔の7勇者は善意でアーティスを救ったけれど、セシル達の善意は悪意に変わってしまった。もし昔にアーティスが自力で魔族軍と戦っていたら、そりゃぁ大きな被害になった事でしょうけど、こんな事態にもならなかった筈よ」
ディアの脳裏に元勇者が言った「問題というものは解決できても出来なくても自力で対処しなければならないもの」という言葉が浮かんだ。きっと元勇者は数多くの問題を解決する為に命をかけ、しかし新たな問題を生んでしまったという経験を重ねてきたのだろうと思った。性格が歪んで屈折しているのも幾分わかる気がした。
「でも……でも!」
若いディアには感情的に納得が出来なかった。
元7勇者の要求は全くの言いがかりで、その要求に屈する事も、拒んで戦いとなり被害が出る事も全く納得が出来なかった。ディアも一応は王族の娘であり、アーティス王国の平和と繁栄こそ王族の勤めであると信じてきた。
無力さに悔し涙を浮かべるディアの頭を撫でながら、シュナは言った。
「ところで王様、この問題はアーティス王国の問題であると同時に、私たち元7勇者の問題とも言えます。随分昔に袂を分かったとはいえ、かつて仲間と信じた者達による裏切りに等しい行為です」
「ふむ、人々の為に魔族と戦ってこその冒険者であり勇者であったのに、人々を相手に武力を用いるのでは勇者ではなく蛮族と言えよう。そのような者達がかつての仲間であった事はシュナ殿の名誉に傷のつく事でもあろう」
シュナは内心(さっさと処女を捨ててキズモノになりたいんだけどねー)と思ったが、口には出さなかった。一応シュナにもお下劣な事を言わないようにするTPOというものがあるらしい。
「なのでアーティス軍が迎え撃つより先に、私たちが先にセシル達元7勇者と戦うご許可を頂けないでしょうか?」
「それは有難い提案じゃが……そなた達は戦いで得るものは何も無いではないか」
「ま、ちょっとしたフィットネスと思えば大した事ないし」
カールはツッコまずにはいられなかった。
「おいおい、昔仲間だった相手で、しかも一応は7勇者だった連中だろう? そんな奴らを食後の運動みたいな気分で相手できるのかよ?」
「うーん……接近戦にならなければ余裕じゃないかしら? セシルは剣士だし、ハガーもバーバリアン、ルナーグは格闘家だから主戦力はぜんぶ近接戦闘になるわ。あとはクレリックのローザと、アーチャーのクロビスだけど、あなたも一応アーチャーだから対等以上に戦えると思うわ」
「オレ、7勇者とは全く関係ないんだけどなぁ。当たらない弓矢で構わないなら別に構わないけど。オレもダイエットしなきゃと思っていたところだし」
ホリィも話に加わった。
「私、一応ですが中級レベルの回復魔法を扱う事が出来ます! 少しでも皆さんのお役に立てるのであれば、私も戦いに参加します!」
「いや駄目だ。戦闘となれば無傷でいられる保証なんてないんだし、死ぬ危険もある」
「あらカールが守ってあげればいいじゃない。ホリィちゃんは立派な肉の壁に隠れていればいいのよ」
話を聞いていた国王は再び尋ねた。
「そなた達は得るものも無いのに命をかける戦いの場に出向くというのか?」
「そうねぇ……元7勇者の陣取っている地域をペンペン草も生えない荒地にしても構わないという許可を頂けると助かるんだけど。王様的には土地が荒れるのイヤでしょけど」
「うむ、その程度であれば構わぬ。むしろ安いものじゃ」
無力さに固く拳を握り締めていたディアも、声を上げた。
「お父様! 私も戦いに出ます!」
「なんと!そんな危険な事を認めるわけには……」
「私たちが元7英雄を追い払う事が出来たら、私のお願いを聞いてください!」
ディアの気迫にアーティス国王は圧倒された。目にいれても痛くないほど可愛がっていたディアが、これほど必死に国王に懇願するのは初めての事だった。
「……で、願いとは何ぞ?」
「地下牢の勇者様を本物の勇者と認めて解放する事、そして……」
「そして?」
「勇者ユート様の為に”魔王討伐おめでとうパーティ”を催してくださいませ!」
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「アーティ~ス~いい~と~こぉ~、いちーどーはーおいで~、はーこりゃこりゃ」
誰もいない地下牢で、声にエコーがかかる事を堪能しつつ暇を持て余している中高年。
「転移のオーブでアーティスに着いて、すぐに王座の間に通されて、ちょっと挨拶した後に地下牢行き決定したから……アーティスに着いて10分くらいで収監されたわけかー。観光するヒマもなく」
暗くて狭くて怖い雰囲気の地下牢は昔と変わりなかったが、大昔に捕らえられた事がある地下牢を懐かしむのも微妙な気分だった。
「昔は通風孔を通ってチビスケだったディアが鍵を持って助けに来てくれたが、色々成長したいまのディアが通風孔を通ってくるのは無理だろうなぁ」
魔王を倒したレベルMAXの元勇者にとって地下牢の脱出は容易い。ちょっと戦闘モードで近接攻撃の技を繰り出せば鉄格子程度は簡単に破壊できるであろう。
むしろ強くない技で破壊しかねれば元勇者自身に被害が及びかねない。うっかり地面ごと切り裂く必殺技・アースブレイクなどを繰り出せば地下牢は瓦解し、石造りの城の一部もろとも大量の瓦礫や土砂で地下に埋め立てられてしまうだろう。
また実のところ元勇者が慌てて地下牢を出る必要も無かった。
元7勇者の騒動も、四天王を共に倒したシュナとカールがいれば大丈夫であろう。たぶん。性格や体脂肪率に問題はあれどレベルほぼMAXの2人が、長い冒険の中盤で経験値稼ぎをやめた元7勇者に負けるはずが無いのだ。ハイレベルの特殊スキルはレベル中盤以降でゲットできる事は世の常なのだ。
「それにしても……退屈だ。転移のオーブでおうちに帰っちゃおうかなぁ」
地下牢に入れられる時に荷物検査や没収という事は無かった。そもそも元勇者は剣などの武器を持ってこなかった。高級マジックアイテムの”転移のオーブ”も元勇者にとって宝の持ち腐れ状態なので、本当にこのまま帰ってしまう事も出来る。
転移のオーブも買う時は高かったが売るとなると未使用品であっても半値での買い取りなので、不要と思っても売れば損するという気持ちが大きかったのでそのまま所持し続けていたに過ぎない。金銭に困った時に個人売買で処分しようと思っていた程度なので、ここで無駄に使ってしまっても問題は無かった。
とはいえ元勇者もディアの為にアーティスまで来たので、そのディアに挨拶もなしに黙って帰るわけにもいかなかった。
一応アーティスは過去の大戦から復興している様子だし、アーティス王もそそっかしいところを含め昔と変わらぬ様子だった。来る前には一応だがシュナとカールに厄介事は押し付けるつもりである事は伝えている。元勇者がいなくとも然したる問題は無いはずだった。
一応はディアも押しかけ女房というか押しかけ小娘なので元勇者がそれに付き合う必要は無く、わざわざディアにお伺いを立てなければならないという事でもない筈だ。
ただ、困っている人を見捨てて平気な性格であれば、元勇者も魔王を倒す事にもならなかった。もう少し独善的に生きられる性格ならば元勇者の性格もここまでヒネクレる事にはならなかっただろう。善人と言えるほど善人でもないのに、困っている人がいたならば気になってしょうがないのだ。
「アーティス王との話し合いは一体どうなっているのだろう? というか俺は誤解で囚われたまま放置プレイなのだろうか?」
そろそろ誰かが様子を見に来たり、大丈夫ですか勇者様!とか、大変失礼仕ったアーティスを救った勇者殿よ!とかのチヤホヤされる展開にならないのか? ……と元勇者は思った。
(いや、別に期待なんてしてないよ? チヤホヤされたからって別に嬉しくないし。そりゃー俺だってシニカルな事ばかり言っちゃうところは良くないけどさ、それでもいちおー魔王倒してるんだし。なんやかんやできちんとディアをアーティスまで連れてきてるんだし……)
心の中でブツクサ言いながら、元勇者は退屈を持て余していた。
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カールは太った身体を揺らしながら、言った。
「賊と化した元7勇者達の街への侵攻が日没と共に始まるとすれば、その前に賊が拠点とする場所に行って対処しなければならない。もう昼下がりだから、すぐに出発してギリギリの時間だ」
シュナはのほほんとした様子だった。
「ギリギリも何も、行って皆殺しにすればいいだけじゃないの。ほんの2ターンで済むわ」
「オレは関わりが無いから構わないけど、かつて仲間だった連中だろ? 問答無用で皆殺しにするのはどうかと思うんだが……」
「でもそれが”戦いのルール”ってものでしょ。相手の事情や情けをかけていたら戦い始められないし、相手がこちらの事情や情けを考えていればアーティス国王からみかじめ料を取ろうなんて恫喝もしていないわ」
「久しぶりの再会にイベント発生で長い回想シーンとかが無いのならオレも気軽に戦えるけど、かつて仲間だった連中が相手でもドライな扱いなんだな」
「それはユートにとっての私たちと同じでしょ。そういうものよ」
「オレ達、ユートの信用を裏切ったようなものだからな……」
シュナとカールは、仲間に裏切られたユートの事を思い、その苦悩と葛藤、絶望と失望を抱きながら、たったひとり孤独に魔王と戦った胸の内を考えt……
「ま、余計な事は考えないようにしましょ」
「あ、考えないんだ」
シュナとカールは、考える事をやめた。
「とりあえず賊を皆殺しにしてから考えましょ」
「時間もないし、そうするか」
極めて物騒な会話を平然とする2人に、アーティス国王が尋ねた。
「しかし4英雄と言えど、元7英雄と山賊50人では多勢に無勢ではないか? そなたらの名誉に傷がつかないのなら我が軍の精鋭を何十人か預けても構わぬのだぞ」
「これは私たちの個人的な争い事であって、アーティスの事情とは何ら関わりの無い事。もしアーティスの問題がなかったとしてもいずれは相まみえて戦う事になっていた事でしょうから」
「オレは差し支えなければ弓矢を貸していただければ有難いなーと」
「その商人は弓も扱うのか」
「王様までオレを商人扱いって! そりゃ見た目はソロバン似合いそうな体型だけど!」
「一般兵の扱う弓でよければ好きに使うが良い。他に必要なものはあるか?」
「地下牢に捉えられている中二病のオッサンがいれば助かるんだけど」
「ダメじゃ」
「あ、助からないんだ。ユート、安らかに眠れ……」
「元英雄を名乗る者に騙された渦中ではニセモノ疑惑のある元勇者を信用するワケにはいかぬ。アーティスを治める余であっても2連続で特殊詐欺にひっかかれば国民の怒りを買うであろうからな」
「1回目では怒らないんだアーティス国民。この王様のうっかりに鍛えられてるなー」
シュナは装備の確認を済ませていた。
「そろそろ行きましょう。街に攻め込む準備が始まって賊が散らばったら相手をするのも面倒だから、拠点にまとまっているうちに皆殺しにしないと」
「そうだな。オレも弓を扱うのは3年ぶりだから当たるかどうか……」
「3年前も当たらなかったでしょ、見事なほど」
「そうだけど、腕がなまって逆に当たるようになってても怖いなーって思うし」
「まぁカールは”当たらなくても使えるアーチャー”として活躍した4英雄の一人なんだから、役に立つなら弓の腕はどうでもいいわ」
「この3年間、介護職としての苦労ばかり鍛えられていたから、役立つかどうかも自信が無いよオレ……」
「ディアちゃんとホリィちゃんは、おデブのオジサンの後ろに隠れているのよ」
『はーい』
「デブだけど、デブって言うな!」
アーティス国王は、言った。
「コイツら、大丈夫かのう?」