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元勇者は禍根渦中  作者: 数ビット
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「過去の禍根」

「まず基本として、勇者ってのはフリーランスだ」と元勇者。

「もちろん出来高制だから魔物の討伐にありつけない時には無収入が続く事になるわ」とシュナ。


 ホリイとディアは世界を救った英雄2人を前に、いきなりしょっぱい話を聞かされて呆然とした。


「武具や装備などの経費は自己負担だし、保険も年金もない」

「そのくせ銀行とカジノだけは擦り寄ってくるのよねぇ。世界を救うために戦っている人から金を巻き上げる事しか考えていないんだから鬼畜よね」

「そして魔王の情報を集める為にあちこちの村を救う事になるんだが、大体の村は救っても報酬をくれない」

「私たちはフリーランスだから、村を救うのも契約書の無い口約束ばかりなの。契約書が無いから殆どのクライアントは村を救った後で報酬を値切ろうとしてくるの」

「俺達がもっと報酬くれと頼むと、平和じゃなく金が目的か!とか、好きで勇者やってるんだからタダでもいいだろ!とか、結構ヒドイ事を言われるんだよな……」

「私たちの魔王討伐の旅が10数年もかかったのは、どうでもいいザコ敵を倒して日銭を稼がなきゃ旅を続けられなかったからだし……そのおかげで私は若さを失って……グギギギギ」

「そもそも魔王を倒す為に必要な武具をメッチャ高い価格設定で売るなよと……グギギギギ」


 ホリィとディアの眉毛がハの字になっていった。

 違う。思ってた勇者と全然違う。


「あ、あの! 私のアーティスでは、なにかご無礼はありませんでしたか?」


 ディアが狼狽しつつ元勇者とシュナに問いかけた。


「アーティスは、まぁ王様の勘違いで序盤からいきなり地下牢に閉じ込められたけど、チビっ子のディアに助けられたし結構面白かったよ」

「そそっかしい王様の他は結構良かったんじゃない? 兵を貸してくれたから大量の魔物たちを一掃する事も出来たから。私たちだけだったら攻略に2ヶ月は余計な時間がかかっていたと思うわ」

「魔物に勝った時にウェーイ!って盛り上がる兵が沢山いたから、普段の地味~な消化イベントより楽しかったなー」

「ここで終わっていたら良かったんだけどねぇ……」


 アーティス王国での戦いまでが概ね「7勇者編」とすれば、以降の「4英雄編」は冒頭イベントがドラゴンとの死闘で7人のうち5人が勇者というフリーランス業を廃業したところから始まる。元勇者とシュナが陰鬱な表情になるのも無理はなかった。


「そ、それでも勇者様たちは世界を救う為に旅を続けられたのですよね」とホリィ。


 元勇者はふぅ、と小さな溜め息をついた。


「あの頃は若かったからまだ義憤とか使命感とかがあったし、なにより俺達より先に皆が勇者やめると言い出したから、やめるにやめられない感じになっちゃったんだ。勇者職から逃げ遅れたからもう少し冒険を続けながら次の転職を考えようと思ってたけど、日銭を稼ぐ為に魔物を倒し続けていたら辞め時を見失っちゃって」


 シュナも溜め息を吐き出しつつ言った。


「勇者って言っても序盤は同業者が沢山いるのよ。だから私たちもそういった沢山いる”魔王討伐を目指す冒険者のうちの1グループ”でしかないから全然モテないし、同業者が脱落するほど残った冒険者に厄介なイベントが押し付けられるし、レベルが上がるほど男は逃げていくようになるし……」

「男漁りのハイレベルソーサラーなんて誰でも逃げるわ、ていうかシュナは冒険の間中常に男を引っ掛ける事しか考えていなかったのかよと」


 はぁ……と元勇者とシュナの溜め息がハモった。

 葬式帰りのような表情の英雄2人に、ホリィが質問した。


「でも、それでも勇者様はおひとりでも魔王を打ち倒し世界に平和をもたらしたのですよね。性格が歪んでヒネて屈折しまくっていたとしても、正義と平和の為に戦い抜いたという事は揺るがないのではないでしょうか?」


 もはや元勇者の性格に重大な欠陥がある事は関係者にとって共通認識となっているようだ。

 口をつぐんだ元勇者はしばらく石のように微動だにしなかったが、感情の無い声で言った。


「まぁ、平和とか正義は守らなきゃならないものだからな」


 勇者としてのテンプレートのような返答にホリイとディアは一応は納得しつつも、何か言い含んでいるようにも感じた。ヒネた元勇者の言う事にしては普通すぎる気がしたのだ。


 話が盛り下がったタイミングで、シュナは言った。


「ところで特濃ザー○ンの件なんだけど」

「死ね。間髪入れずに死んでくれ」

「いいじゃない、別に減るものじゃ無し」

「俺のメンタルが底まで減るわ」

「なんだったらあなたのお嫁さんにしてもいいのよ。ホムンクルスのままだと人間と同じとは言えないから、あなたが私の作った娘と結婚して毎夜ハメまくって中出しキメまくってくれれば、そのス○ルマを糧として完全な人間になるから」

「日常会話でレーティングを上げるな! 歩く18禁ソーサラーめ!」


 困惑し狼狽し心底嫌そうな表情の元勇者は、とても魔王を倒した者とは思えぬ情けなさだった。


「……シュナさんの作ったホムンクルスまでが勇者様のお嫁さん候補に?」と眉をしかめるホリィ。

「……私たちのライバルが、また増えちゃうの?」とディア。


 ホリィもディアも一応は元勇者の元に嫁ぎに来たようなものだ。なのに元勇者と長年の付き合いであるシュナが現れ、そのシュナが作ったホムンクルスまでもが元勇者の嫁さん候補に挙げられ、2人の少女は危機感が高まった。


「ここは……申し訳ないけれど、シュナさんに早々にお引取り願ったほうが良いように思います」

「どうするのホリィ?」


 ホリィは元勇者とシュナの話に割り込んだ。


「あの、ご提案なのですが」

「なんだ、ホリィ?」

「話も平行線のようですし、ここは勇者様がトクノーザー○ンというものをシュナさんにお出しするのが一番ではないかと」

「ンガングッ?!」

「シュナさんはトクノーザー○ンをお求めのようですし、それさえお出しすれば用事も済むようですから勇者様のご心労も減るのではないかと」

「あ~、う~、その~」


 シュナも平然とホリィの提案に賛同した。


「そうよユート、特濃ザー○ンを出してくれれば万事解決なの。いまここで出してくれれば私もすぐに帰れるわ」

「勇者様、いまここで出せますか?」

「ユートも案外、ホリィちゃんが手伝ってくれれば沢山出せるんじゃないの?」

「私がお手伝いすれば出せるものなのですね? 私、勇者様がトクノーザー○ン沢山出せるよう頑張ります!」

「……あqwせdrftgyふじこ」


 言語中枢が麻痺しかけた元勇者だったが、コホンと咳払いをひとつ。

 そしてホリィに言った。


「さてホリィ、ここでディアの表情を見てみましょう」


 言われるがままホリィはディアのほうを見た。

 赤色灯のように顔を真っ赤にして硬直しているディアの姿があった。文字通りの「赤面」だ。


「ほっ!ほっ! ホリィちゃん! ちょっとコッチ来てっ!」

「はい? なんでしょうか……?」


 ディアはホリィの耳元でなにかを説明し続けた。

 ごにょごにょごにょ。

 色恋沙汰の知識の乏しいホリィの表情は次第に、そして発光信号のように眩しい赤色に染まっていった。


 1分ほどの長い耳打ちが終わると同時に、ホリィは「しつれいしますっっっ!」と脱兎の如く逃げ出していった。ディアもホリィを追うように駆け足で退席した。


「あら私なにか変な事を言ったかしら?」

「むしろ何かマトモな事を言った事があるのかを知りたい」


 シュナは2人の娘の気配がなくなった事を確認してから言った。


「それにしても随分な嘘を平気で言えるのね」

「何の話だ?」

「”平和とか正義は守らなきゃならない”なんて、笑うのを我慢するのが大変だったわ」

「あー、まぁ、ねぇ」

「そんなものの為に命を捨てる覚悟がある人がいたら、ただの莫迦よ」

「全くだ。でも、それを若者に教えたところで理解は出来ないし、知らないまま一生を送れるほうが幸せだろう」

「そうね、そうよね……。私たちも莫迦だったからこんな事になっちゃったんだし、知らないままのほうが後悔も少なくて済んだでしょうね」

「ところで……」

「何かしら?」

「俺の平和を脅かしているシュナはいつになったら帰ってくれるのかな?」

「平和なんて自分で強引に勝ち取るものよ。だからさっさと射精なさい」

「シュナがいたら立つものも立たんわ」




-----


 女遊びを好む色男のカールさえ女性恐怖症に陥らせるシュナは、ようやくこのままでは埒が明かないという事を察して帰り支度を始めた。シュナは飛行魔法を扱えるので移動は簡単だ。


「そういえば、本当にあなたがひとりで魔王を倒したの? ちょっと信じられないんだけど」

「すっげぇ根本的なところを疑われるとは」

「だって四天王の最後の一人コンドラを倒すのに、4人がかりで体力も魔力もギリギリだったじゃない。カールの当たらない矢さえ少し足りなければ私たち全員死んでいたわ。そのコンドラより強い魔王をたった一人で倒すなんて、どう考えても無理よ」

「まぁ無理だったねー。だから無理をした」

「……それって、もう、ほとんど……自殺よね?」

「そうかもね。いや、特に何も考えて無かったよ。後先の事を考えて勝てる相手じゃなかったし、勝てたのも偶然というか、ただの結果だよ。膝も痛めちゃったし」

「足がもげていないだけマシよ」

「ともあれ結果的には魔王を倒せたよ。もし仕損じていたなら残りの3人で魔王と戦う事になっていたかもしれないから、まぁ良かったじゃないか」

「……大量の敵を血祭りに上げる事には自信あるけど、単体の敵への攻撃力はそれほどでもないから私ひとりじゃ無理だったわ」

「ていうか俺とシュナの2人がかりなら膝を痛めずに魔王を倒せたかもしれないんだから、半年も放置した事を謝れ。ジャンピング土下座しつつ徹底的に謝れ」

「ひとりで勝手に魔王に突っ込んでいったあなたが悪いのよ」

「そーゆー事を言うか? 一応は仲間として冒険してきたのに、そこらのモブキャラのように冒険者の苦労は自己責任だというのか?」

「まぁ、魔王を倒した事については感謝してるわ」

「うむぅ……」


 そこで会話は途切れた。

 英雄の武勇伝を伝え聞くだけの村人には絶対に「魔王を倒す事の苦労」は理解できない。その強さを察すれば魔王を倒そうと考えるだけでも足がすくむ恐怖だ。それでも尚戦おうとするには命を落とす覚悟を決めなければならない。そしてその恐怖と絶望を身を以って経験した者が、他の誰も助けてはくれない状況でごく僅かな可能性に過ぎない「希望」という妄想の為に恐怖を跳ね除け命をかける覚悟を決めなければ魔王と戦い始める事さえ出来ないのだ。


 その恐怖に屈した3人のうちの1人ではあるが、魔王と戦う苦労を知るシュナが「感謝する」と言っているのだ。元勇者がひとりで魔王に挑んだ事を蛮勇と知りながらも、その蛮勇で命を落とす事なく結果を出した事の価値を知る者の感謝は、3年の時を虚無感だけで生き続けた元勇者ユートにとって僅かながら心の救いとなる言葉だった。


「ところでシュナ、お前が帰る時にはついでにホリィとディアも連れて行ってくれないか?」

「あら、てっきりこれから種付けするのかと思っていたのだけれど」

「お前はもう何も思うな」

「転移のオーブとかのアイテムを使えばいいじゃない」

「俺はどうも追い返すのが下手なようで、ちょっと手を焼いていたんだ。街の宿屋にでも送り届ければ、あとはカールがどうにかしてくれるだろう」

「あら、カールは宿屋にいるのね。ちょっと挨拶しに行こうかしら」


 元勇者は(シュナに居所を教えてしまったのはマズかったかな?)と思ったが、探知スキルでシュナの来襲を察知して逃げ出したカールにも嫌~な気分を味あわせたくもあった。仲間は喜びを半分にし苦痛を2倍にすると言うではないか。苦楽は共有すべきだ。


「まぁ宜しく頼むよ」

「次に来る時には娘も連れてくるわ。あなたにも一応ハメハメしたい相手の好みがあるでしょうし」

「うーむ、頭を強打とかすれば少しはマトモになったりしないのだろうか? ちょっと試してくれないか?」

「何? 私なにか変な事を言ったかしら?」


-----


 当然の如くホリィとディアは帰る事に抵抗しようとしたが、シュナの扱う飛行魔術”レビテーション”による空中浮遊を初体験した2人は驚きと興奮に歓喜し、シュナのコントロールによって空を飛ぶほうきでの街までのフライトとなった。


 台風一過、騒々しい日々は案外あっさりと幕を閉じ、元勇者に静かで寂しい平穏な日常が戻ってきた。


(……またすぐに戻ってこないだろうな?)


 しばらく元勇者は招かぬ客の突然の来訪または来襲に警戒し、気を抜けなかった。


 部屋や庭の掃除をしながら用心し続けたが、これまでの騒々しい時間の反動で誰もいない砦が耳鳴りがする程の静寂に包まれている事に落ち着かない気分となった。


(この静寂を感じるのも久しぶりだな)


 魔王を倒し、ふらふらと旅をして、この砦に辿り着いた頃、元勇者のメンタルはいま以上に荒んでいた。


 10数年に及ぶ魔王討伐の長い旅では色々と性格が歪み精神が磨り減ったが、孤独や寂しさというものとは無縁だった。むしろ若かった頃は孤独や寂しさを欲してさえいた。孤独とか寂しさなんて耐えられない筈がないものだと思い込んでいた。その程度の事はどうにでもなると信じて疑わなかった。


 だが旅を終えて完全にひとりになってから何ヶ月もの長い間、なかなか孤独に慣れる事が出来なかった。

 自分の周りにあるものは静寂だけで、他には何も無かった。


 他には何も無いので嫌でも自分と向き合う事となると、自分自身には魔物を倒す事の他には何も無いという現実しかなく、魔物は世の中から姿を消しているので自分自身にも何も無いという事を思い知らされるばかりだった。


 勇者業から転職し他の業種で働こうと思ったが、魔物討伐ばかりやっていた元勇者には何の資格も無かった。資格無しで働けるような仕事は身体のあちこちを痛めている元勇者よりも若く健康な者が雇われ、人生をやり直すタイミングさえ失っている事を痛感した。


 そして孤独とか寂しさが平気だったのは若かったからで、いまの元勇者は若ささえ失っているという事を思い知らされる事となった。歳を取ると、寂しさに耐えられなくなるのだ。


 しばらくは寂しさを紛らわせる為に街に出かけ店でお茶を飲んで時間を潰したが、定職に付いていない仕事を失ったフリーランスが昼間からくつろぐのも居心地が悪く、また魔王討伐での幾多の傷痕はまるで無法者のように見られ、街にも居場所がないという事に気付く事となった。


 結局誰もいない静寂の砦にひとりきりで篭り続けるしかなく、その静寂にしばしば気が狂いそうになった。魔王を打ち倒した元勇者なのに、静寂に負けそうになった。

 しかし何日経ってもひとりきりの寂しさと静寂は消える事がなく、元勇者の気分に関係なく寂しさと静寂は常に元勇者を包み込んでいた。抗おうと拒もうと、ひとりきりでは孤独を打ち消す事は出来ないのだ。


 フリーランス業の仕事も失い若さも失っている元勇者は、孤独を打ち消す事を諦め、慣れようと努力した。

 一時的には寂しさが平気に思える時もあったし、孤独でも大丈夫なように思える時もあったが、押しては帰す波のように急に孤独や寂しさに耐えられなくなったり、なんとか平常心を取り戻したりを繰り返した。


 そうした日々が続くと「どうしてこんな事になったんだろう?」という疑念が湧き、後悔へと変わった。

 理由は簡単。勇者なんてやっていたからだ。


 寂しくない中高年になる為には、若い頃からしっかりと人生設計しておかなければならなかった。

 魔物と戦いで命を落とさなくても、人はいずれ老いて死ぬ。死ねば何も残らない。なので人生を無駄にしないためには子孫という世継ぎを作る必要がある。子供を作るには伴侶が必要で、概ねアラサー世代までに結婚しておかなければならない。その為には20代のうちに結婚する準備をしておかなければならなかった。


 元勇者の村が魔物に襲われ冒険者になったのは20代後半の頃だったが、結婚する準備をしていなかったので冒険者になったようにも思えてくる。もしこの頃に結婚前提の交際相手がいれば呑気に冒険者などやっていなかっただろう。


 冒険者として活躍し魔王を倒せば素晴らしい伴侶と結婚する事も出来るかも……という甘い夢を見ていた事も事実だ。正しい事をしていれば何かの形で報われる筈、悪い事の分だけ良い事が起こる筈、なんて事も思いこんでいた。しかしそれは少女が白馬の王子様に憧れるような夢のような幻想でしかなく、歳を取って世の中を知り様々な経験を重ねていくうちに願望は願望でしかないという事を悟っていく。


(考えてみればシュナの焦りは真っ当なものなんだよな。俺だって奥さん見つけて幸せな結婚生活をしていれば魔王を倒す事より断然幸せな人生だっただろうと思うし)


 もちろん即座に(シュナほど発情バーサーカーになるつもりはないけど)と思ったが、結婚もせず世界中を放蕩して魔物と戦ったり魔王を殺したりしていた元勇者より、街で見かける子供連れの若夫婦のほうが人の人生として正しい事は確かだと思えた。


 元勇者にとってはホリィやディアの登場も遅すぎた。もう少し年齢差が少なければ真剣に検討する事が出来たが、50手前の元勇者に10代の少女では歳の差30年だ。ましてやホリィは元勇者と同世代の仲間の娘であり、ディアは王族なので元勇者が婿入りするか王族を庶民の嫁にするかといったオオゴトとなる。年齢差がなくとも元フリーランスの無職には荷が重過ぎる。


(結局フリーランスの専門職より、そのフリーランスを安く雇う側のほうが偉いんだよな……)


 これも冒険の行く先々で痛感させられた事で、口約束の末に報酬を値切られたり、勇者なんだからタダで村を救うのが当たり前といった態度の村人のほうが、いまとなっては正しいように思えた。安く買って高く売るのが商売の基本と言われるが、ならばフリーランス冒険者を安く雇って危険な仕事を丸投げする事こそ正しい。


 元勇者もフリーランス業と割り切って、生真面目に魔王を打ち倒したりせず、手を抜いて程々のイベントを消化していれば小金持ちになれただろう。しかし若い頃には「魔族の恐怖から人々を救うのだ!」と義憤に駆られ、歳を取ってベテラン冒険者になっていくほど手を抜きにくくなっていった。


(いかんいかん、あまりこーいった事を考えていると鬱が悪化してしまう……)


 静寂に寂しさを感じてしまうから欝な事ばかり考えてしまい、寂しさを感じてしまうのは騒々しかった時間の反動だった。塩対応に徹していたとはいえ、元勇者にとってホリィやディアの来訪やカールやシュナとの再会は、幸せとさえ言えるほど楽しい時間だった。ただ勇者は静寂の中で孤独に生きる事を続けているうちに楽しいという感情をどのように受け入れればよいのか忘れてしまったのだ。


(とりあえず、ラッキースケベ展開だけは確実に良い素晴らしいひと時であった。その後に登場したシュナによって台無しになった感があるが、悪い事は思い出さないようにしよう……)


 元勇者は「楽しい事もあったし、寂しい事が当たり前なのだ」と自分に言い聞かせながら1日を過ごし、眠りについた。




-----


 翌日、元勇者は二度寝したり庭の掃除をしたりと以前と変わらぬ生活に務めようとした。

 自分しかいない広い砦は静寂に包まれており、静寂に寂しさを感じてしまうとネガティブな事ばかり考えてしまいそうになるので、できるだけ何も考えないように努力した。


 昼下がりになると、遠くに人の気配を感じた。

 窓から外を見ると空を飛んでくる何かが見え、一応は「やれやれ、またか」と呟いてみるが、寂しさが消えていく事に喜びに似た感情も感じた。誰からも必要とされないより少しでも求められるほうが幸せだ……それに付け込んで中高年を狙う詐欺師もいる世の中なので油断は出来ないが。出資金詐欺とか健康食品のセールスとか。


 元勇者は煙管を吸いながら玄関先で来訪者を待ち構えた。

 一服吸い終る頃に空からの来訪者が砦の玄関先に到着した。シュナとホリィとディア、そしてカールの4人だ。


「これはこれは、お揃いで」


 安穏と出迎えた元勇者に反し、4人の表情は少し険しいものだった。

 特に縄で縛られてほうきにぶら下げられて運ばれたカールは非常に険しい表情をしていた。


「なんでオレだけこんな扱いなんだよ!」とカール。

「しかたがないでしょ、ほうきの上に載るには積載量オーバーなんだから」とシュナ。


「俺はハムのデリバリーを頼んだ覚えは無いんだがなぁ」

「オレが太ってるからってハム扱いするなよ! 気合を入れれば痩せて元に戻れるけど、空中で縄が緩んだら落ちてしまうから我慢するしかなかったんだよ!」

「さすが元4英雄のメンバーが揃うと、秒で性格が歪んでいくなー」

「なにを呑気な事を言っているの。あなたも縛られたいの? 亀甲縛りとか菱縛りとか」

「シュナはなんで縛り方を知ってるんだよ」


 グダグダな会話をしているうちにホリィとディアもほうきを降りて服の乱れを整え、元勇者に会釈した。若いのに元4英雄と違って礼儀がしっかりしているなぁと感心した。


「で用件は? 温泉のご利用でしたらお一人様450Gになります。」

「あの勇者様……お風呂を借りに来たのではなく、アーティス王国に問題が起きたのです」


 普段の明るさが曇っているディアの表情からも何かシリアスな事が起きたのだろうという事は察する事が出来た。


「しかしアーティスの王様はうっかり屋さんだから問題は毎日起きているんじゃないかと思うんだ」

「確かにそのとおりなのですが……」

「あ、そのとおりなんだ」

「わが父上のそそっかしさとは別の問題が起きてしまったのです」


 ディアの説明はそこで途切れた。少し言いにくそうにしているように見える。

 代わってシュナが説明を続けた。


「簡単に言うと、アーティス王国が侵略を受けそうなの」

「魔王を倒しても乱世は終わらないか……まぁ問題と言えば問題だな、どちらかと言えば」

「随分と他人事ね? ディアちゃんの前でそういう言い方はちょっと冷たくない?」

「だってアーティス王国は、王様はともあれ兵士は勇猛果敢でしっかり者揃いだ。俺達と一緒に魔族軍を打ち倒した精鋭だし少々の敵なら何も問題はない筈だ」

「たしかにそうだけど、相手は7勇者の5人なのよ」

「……ほほう」


 元勇者は昔の事を思い出した。

 7英雄時代のメンバーと言えば、当時はリーダーを務めていた剣士セシル、クレリックのローザ、バーバリアンのハガー、アーチャーのクロビス、格闘家のルナーグ、それに元勇者とシュナだ。


 彼らはアーティス防衛戦の後に遭遇した巨大なドラゴンとの戦いで冒険を続ける事に挫折し、去っていった。


「彼らは私たちと別れた後、数年ほど姿を隠した後に山賊に身を落とし、徒党を組んで組織を大きくして、魔王が倒され魔物が減ってからは自分達が魔王を倒した英雄だと名乗って各地を荒らしまわっているようなの」


 カールが説明を続けた。


「その初期メンバー達がアーティスを救った事は事実らしいからアーティス国王も無闇に手が出せないようだが、初期メンバー達は国王に財宝や食料など国家運営資金の半分をよこせと恫喝しているそうだ」

「なるほど、そりゃぁ確かに問題だ」


 元勇者は困り顔で言葉を続けた。


「でも、俺にはもう関係のない事だよ」


 ディアの表情が一層暗いものになった。元勇者が薄情な事を言ったからではなく、その薄情な言葉は事実だからだ。元勇者はアーティスを救った恩人だが、その恩人の善意をアテにするのは厚かましい事だ。またディアはその気はなくとも元勇者に少々ご迷惑をおかけしているし、王族としては易々と部外者に国家の命運を預けるわけにもいかない。


「ユートも冷たい男になったものだ。ディアが可哀相とは思わないのかい?」

「可哀相とは思うけど、俺達は部外者だ。それに人助けがどれほど無駄で無益な事かは魔王討伐の旅を何年も続けてきた俺達は骨身に染みて知っている事じゃないか。ディアの話でなければ聞かずに追い払っているよ」

「確かに問題というものは自分でどうにかしなきゃ解決しないものだし、誰かに助けてもらっても根本的な問題は残ったままになるものですからね。例えば婚活とか」

「シュナの言う通りだ、最後は余計だけど」

「でもどうせユートの事だからツンデレなんでしょ? グチグチ言いながらディアちゃんの手助けする気がないわけじゃないんでしょ?」


 元勇者がちらりとディアに目をやると、ディアは泣きそうな瞳で元勇者を見つめていた。


「うーん、別にディアを虐めたいわけじゃないし、アーティスが戦争状態になればディアも帰りにくいだろうし、気になる問題ではあるな」


 ホリィも元勇者を説得しようとした。


「私の故郷もアーティスに程近い場所にありますから、もし戦争になれば被害を受けるやも知れませんし、略奪などの心配も生じます。村は老人も多いので逃げようも無いでしょから、もし諍いを止める事ができるのであればお力添え願いたいのですが……」


 元勇者がシュナを見ると、シュナは目をそらした。

 そしてカールを見ると、カールも目をそらした。

 元勇者は大きく溜め息をついた。


「嫌な事が2つある」


 元勇者の声には怒りの感情が込められていた。


「ひとつはシュナやカールも同じ考えだろうが、問題というものは解決できても出来なくても自力で対処しなければならないものなんだ。失敗しても命を落としても自分で問題に立ち向かわなければ何の意味も無い。俺達は幾度となく町や村を救い続けたが、俺達がいない時に同じ問題が起きても解決する事は出来ないだろう。本当の問題解決を少しばかり先延ばしするだけだ。そんな事の為に俺が命をかける意味や理由は何処にあるんだ?」


 ディアもホリィも元勇者のお説教じみた言葉を黙って聞き耐えていた。


 10余年に及んで人々を救い続けた結果として性格が歪み鬱で怠惰なヒキニートになってしまった元勇者ユート・ニィツを間近で接したディアとホリィは、その性格が歪んだ原因が世界を救った為である事を知っている。アーティスの危機であっても容易く助力を求められない事は察していた。


 若者である2人にとって元勇者の言う事はあまり素直に理解できるものではないだろう。たとえ真実の言葉であったとしても他の可能性があると信じたがる年頃だ。しかし2人とも深刻な表情で一生懸命理解しようとしているように見えた。


「そしてもうひとつ嫌な事は、元7英雄の連中のやっている事でディアやホリィのような若者が迷惑しているという事だ。若者は未来まで生きればいいし、老人は天寿まで生きて死ねばいい。その間の大人の世代が若者の人生の邪魔をするような事は最低で最悪の事だ」

「あらあら、やっぱりユートはツンデレね」

「ツンデレ言うな。シュナだって若い世継ぎの大切さを理解したからホムンクルスなんて作ろうとしたんだろう?」


 シュナは返事をしなかったが、的外れでは無い様子だった。


「あの、勇者様……つまり、その……いいんですか?」


 ディアらしくない遠慮がちな口調だった。元勇者は気まずそうに頭を掻いた。


「まぁ正直まだよくわからない事もあるから、久しぶりにアーティスの様子を見るのも悪くないかなって思ってる」


 沈んでいたディアの表情が一気に明るい笑顔となった。


「それに俺が戦わなくてもカールとシュナがいるから、全部任せようと思ってる」


 カールとシュナの表情が、ディアとは対照的にモヤッとしたものになっていった。



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