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元勇者は禍根渦中  作者: 数ビット
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「招かれざる過去」

 元勇者は言った。


「魔王討伐の後半戦では俺たちパーティは4英雄と言われた。もちろん4人いたからだ。そのうちの1人がアーチャーのカール。彼はメンバーきっての色男で、恋愛系イベントではカールが主役となる事が殆どだった。ちなみに戦力としてはあまり使い物にならず、肝心な時に的を外す使えない弓使いだった……」


 太った中年男は言った。


「おいおい本人を目の前にしてあまり酷い事を言うなよ。女性の前で恥をかかせないでくれ」


 元勇者は、言った。


「誰だよこのオッサン」

「だーかーらー、オレがアーチャーのカールだよ! 勿論ユートには謝らなきゃならない立場だが、まずはオレがカールだと認めてもらわなきゃ話が進まん」

「俺のモノローグを聞いていたか? 特に、カールは4英雄きっての色男だった、ってところ」

「ハハハ、歳月の流れは残酷なものだよなぁ!」

「どんだけ残酷なんだよ。俺の知ってるカールはもっとスマートで端整で、歳月が流れてもせいぜいチョイ悪オヤジになっていると思ったんだが」

「オレも3年でこんなんなっちまうとは思っていなかったよ!」

「まるっきり別キャラになってるじゃねーか。面影が無さ過ぎるぞ」

「まぁオレも色々あったって事よ」

「元アーチャーというより商人っぽいしな。なんていうか……樽ネコ?みたいな」

「あまりギリギリな事を言うなよ! しあわせの箱とか探してねーし!」

「そうか! これ、特殊詐欺だな? 他人に成りすまして通帳とか騙し取る類の」

「詐欺の受け子じゃねーよ! ちょっと太っただけでそこまで疑うなよ」

「……ちょっとってレベルじゃねーだろ。それにどうしてホリィとディアが一緒なんだ?」

「砦の前にいたから、ユートに会いに来たのかって尋ねたら、そうですって言うから連れて来た」


 元勇者は頭を抱えた。この2人を追い返すのにどれほど苦労したかと。

 しかしついてきてしまったものは仕方が無い。一応念の為にとホリィに尋ねた。父のグレッグも4英雄であり、カールの話を聞いている筈だ。


「父が言うには……戦力としてはあまり使い物にならず肝心な時に的を外す使えない弓使いであったと」

「そうだけど! そうだったけどそこはもうちょっとオブラートに包もうよ!」

「あと、女性なら誰でも口説くナンパ男であったと聞いています」

「やっぱ真面目男のグレッグはわかってないなぁ。オレが口説くのは100点満点中75点くらいの女性だけだってのに」


 その微妙な趣味に、元勇者が反応した。


「まさかお前、本当にカールなのか?」

「何故女性の趣味でオレだと気付いてくれるのかと」

「カールは美人や美少女には興味を示さない変わり者だったからなー。ホリィやディアがセクハラ被害に遭っていない事がB専だったカールの証明とも考えられるな」

「ま……まぁ、オレがカールだとわかってくれて嬉しいよ。それにグレッグの娘に会えるとは思ってなかった。奴は元気にしているかい?」

「父は、グレッグは亡くなりました。ちょっと病気を患いまして」


 ホリィはグレッグが贅沢病で死んだ事はオブラートに包んだようだ。


「そうか……魔王討伐なんかに行かなきゃもっと長生きできたかもしれないな。グレッグよ、安らかに眠れ……」

「あー、こいつのキザな口調、やっぱ本当にカールっぽいな。しかしどうしてそんな体型に? デブデブの実でも食べたのか?」

「無ぇよデブデブの実とか。まぁ立ち話もなんだから、何か食いながら話そうぜ」

「なるほど。そりゃー太るか」


 呆れる元勇者の横を「おじゃましまーす」とホリィとディアが通り抜けキッチンに向かった。既に勝手知ったる他人の我が家といった感じだ。


「やれやれ……きょうも落ち着けない一日になりそうだな」




-----


「ねぇねぇ、さっきの聞いてた?」とディア。

「うふふ、ちょっと嬉しいよね」とホリィ。

「勇者様ってワタシ達の事を美少女と思ってくれているって事よね」

「厳しい事ばかり仰るから不安でしたけど、勇者様って本当はお優しいのね」


 ニコニコと機嫌よくお茶の用意をする美少女2人。

 カールが持ち込んだおつまみ系食材を手際よく皿に並べる姿はまるで新妻のようだった。


「支度が済んだら、悪いが俺とカールの2人にしてくれないか? オッサン同士の昔話はホリィやディアは退屈だろうし、楽しくない話になるかもしれない」


 ホリィとディアは「はい」と簡素に返事をした。昨晩は暴走しがちだった少女達も空気を読む事は出来るらしい。ウェイトレスかメイドのようにコーヒーカップをテーブルに並べ、お行儀よくダイニングから出て行った。


 その姿を眺めていたカールは元勇者に話しかけた。


「女には真面目で朴念仁だったユートも遂に身を固める気になったか」

「まさか」

「何がまさかなんだ。男が所帯を持つのは当然だろ。で、どっちを選ぶんだ?」

「どちらも選ばないって」

「おいおい、まさかもう枯れちまったって言うのか?」

「サビついてはいるが、枯れるのはもう少し先だろうな……」

「なら手を出さないって話はないだろう」

「そういえばカールはオレより少し若かったんだっけ。でも俺たちはあの娘達から見れば年寄りだ。年寄りが若者の将来を奪う事は罪だよ」

「随分と真面目だな」

「そういうお前はどうなんだ? いい女を抱かずに魔王と戦って死ねるか!とか言ってたじゃないか」

「あぁ……まぁ因果応報ってやつかな……」


 カールは太った巨体を揺らして溜め息をついた。


「俺が戦いから逃げて故郷に戻った時、両親は介添えが必要なほど身体を悪くしていたんだ。知らずに冒険していれば放置も出来たが、知った以上は面倒を見なきゃならなくて、結局ナンパする暇も無い介護生活を続けていたんだ」

「そりゃぁ、まぁ因果応報って奴だな。介護が嫌なら魔王と戦って死ぬしかないんだから、死ななかったおまえが悪い」

「どんな2択だよ! ……いや、実際そうだったんだよな。死ぬのが怖かったから逃げ出した罰なのかもしれない」


 元勇者は煙管を取り出し火をつけた。


「まぁ親の介護も魔王討伐と同じぐらい大変だっただろうさ。どうせ世間の協力も理解も得られず好き勝手言われ、なのに誰も味方してくれなかったんだろうから」

「ううっ……それを分かってくれるか! 介護ストレスで過食症になって気付いたらこの有様さ!」


 カールはぽろぽろと涙を流した。

 元勇者は(デブのオッサンの泣き顔ほど醜いものはないな)と思ったが口にはしなかった。


「俺たちは魔族軍が本格的に侵攻する前の世代だから世代間人口が多いそうだ。だから同世代のそういった話はしばしば小耳に挟んでいる」

「誰の助けも理解も得られなかった魔王討伐の旅から逃げたのに、親の介護でも誰の助けも理解も得られないなんて、本当に地獄のような苦しみだったんだよぉ」

「まぁ魔王と一騎打ちする羽目になった俺も地獄のような苦しみだったけどな」

「一騎打ち? 戻らなかったのは俺だけじゃなかったのか?」

「誰も戻ってこなかったよ。約束した1週間じゃなく1ヶ月待った。グレッグもシュナも戻ってこなかった」


 ガタンと椅子を弾き飛ばして立ち上がったカールは地面に頭を打ち付けそうな勢いで土下座した。


「本当に済まなかった! 俺は死ぬのが怖かったから、俺のような役立たずは魔王を倒す戦力にはならない、俺がいなくても大丈夫だろうと自分自身に卑怯な言い訳をして逃げ出しちまったんだ!」


 元勇者は煙管を吸い、ふわりと紫煙を吐いた。


「もうどうでもいいよ、そんな事は」


 元勇者にとってカールの謝罪は本当にどうでもいい事だった。一番協力し助け合わなければならない状況で仲間と思っていた連中が全員逃げ出したのだ。それはつまり元勇者には仲間などいなかったという現実だった。カールは旅を共にした友人だが仲間ではないのだ。友人だったが裏切り者だとも言える。若い頃なら許せなかったであろう事だが、寂しい中高年となった元勇者に怒りの感情が湧き上がって来る事はなく、介護の苦労でイケメンの面影も無いメタボ体型になった旧友の姿にザマァミロという気分も湧かなかった。

 元勇者の心は魔王と戦う前に仲間に裏切られて死んでいた。死んだ心は蘇る事はなかった。心が死んでも身体が生きている限り余生を続ける他なかった。元勇者は惰性で生きているに過ぎなかった。いくら謝罪されても死んだ心は生き返らない。


「本当に済まなかった!」


 一向に土下座を止めないカールに元勇者は次第にウンザリした気分になった。どうせカールは元勇者への謝罪の気持ちより、謝罪している自分が救われる事を望んでいるのだ。


「その踏ん付けられたガマガエルのような格好を止めろよ」


 まるで感情の抑揚の無い声で元勇者は言葉を続けた。


「俺は一番肝心な時に逃げ出したお前達を許すつもりはない。しかし逃げ出すのが当たり前だし、もう何年も昔の事だから今更責めるつもりも無い。もう本当にどうでもいい事なんだよ」


 許されもせず責められもしないカールは困惑して元勇者を見つめた。


「俺の住処の床にへばりつく事が目的でわざわざやって来たのか?」

「い、いや、もちろんユートに謝る事は一番大切な目的だったが、もうひとつ……いや幾つも話しておきたい事があるんだ」

「良い話から聞こうか」


 カールは申し訳無さそうに言った。


「……それじゃ話し始められないんだ」

「全部が悪い話かよ!」


---


 旧友との再会の喜びの気分は既に失せ、とっとと帰ってほしい気分がMAXだった。

 元勇者はテーブルに用意されたコーヒーと軽食に手を伸ばし、カールにも勧めた。何の役にも立たない土下座謝罪の空気をリセットしたかった。


「まぁ食えよデブ」

「デブだけどデブって言うな!」

「俺は正直者なんだよ」

「くそ……よく見てろ!」


 そう言うとカールは腹に力をこめて身体を引き締めた。腹がへこみ、そして全身がキュッと引き締まった。


「うぉお!? 昔のカールの姿に変身した!?」


 かつての面影の残っていない肥満体型の弛みきった姿が引き締まり、3年前の魔王討伐の旅を共にした頃のイケメン姿になった。

 しかし数秒後にはぷるぷると震え出し、ボヨヨンと元の姿に戻った。

 物陰から「きゃっ!」という小さな声が聞こえたのでホリィとディアはこの様子を見ていたようだ。


「……ぷはっ! ど、どうだ! 俺だって元々は痩せていたんだよ!」

「すっげぇ一発芸だ。その奇人変人スキルはカールの固有アビリティだな。5秒も持たなかったけど」

「はぁ、はぁ。これをやると汗だくになるから、やりたくなかったんだ……」

「一瞬でもカールと再会できて良かったよ」

「さっきからずっと再会しているんだけどな」

「じゃぁ用も済んだし、お帰りはアチラになります」

「いやいや、話があるって言わなかったっけ」

「聞かなかった事にするよ」

「するなよ!」

「え~。だって全部悪い話なんだろ?」


 心底嫌な顔をしている元勇者を無視して、カールは話を始めた。


「まずは軽いものから。魔族が復活するかもしれない兆候があるらしい」

「いきなり最悪じゃねーか!」

「まぁまぁ。ユートは魔王を倒して封印したんだよな?」

「勿論。魔界と現世を繋ぐゲートを破壊し、魔王をフルボッコにして倒した。ゲートを壊して魔界からのエネルギーが途絶えたら魔王の城も崩壊した。ゲートが無いから魔王が復活する為のエネルギー供給源も無いし、もし魔王が復活しても瓦礫の山から這い出てくるのに100年はかかるだろう」

「じゃぁ問題はないな。噂されている魔族の復活の気配というのは非常に微細なもので、魔王や四天王レベルの強敵ではないらしいんだが、一応はユートの耳にも入れておいたほうがいいかなと思って」

「何者かはわからないが、ザコ敵なら俺達でなくても、そこらの兵士で相手出来るだろうよ」


 元勇者はフゥ……と大きく安堵の溜め息を吐いた。


「2つ目はあまり気分の良い話じゃない。魔王を倒した勇者を自称する輩が好き勝手やっているらしい」

「うーむ。ニセ黄門様みたいな感じか。確かに気分は良くないなぁ」

「世間的には魔王はいつのまにか倒されていたみたいな感じになっているからな。俺もグレッグもシュナも逃げ出してしまって、表向きは最終決戦前の最後の帰郷をしている時に魔族軍が壊滅したんだから」

「魔王を倒した瞬間とか、当事者の俺しか見てないからなー」


 ハハハと自重気味に笑う元勇者にカールは再び「すまなかった」と謝った。しかし元勇者の気持ちの部分には遠く届かなかった。元勇者にもカールにも過去の傷跡はどうにも出来ないものだった。


「放置していーんじゃないか? 俺、ニセ勇者とかに関わりあいたくないもん」

「ユートがそう言うのならそれで構わないが……。しかし世界を救った勇者と言い張って好き放題やって罪の無い人々に迷惑をかけているらしい」

「罪のない人々? そんな奴はいないという事を俺達は4英雄時代に散々思い知ったじゃないか」

「……まぁ、な。しかしイナゴのようにあちこちの村を襲いながら移動しているらしいから、いつか出くわす事もあるかもしれないぞ」

「俺はこの砦に引き篭もっているから大丈夫」

「まぁ俺が何かを頼める立場じゃないし、無理に関わる事でも無いだろうが……とにかく伝えたからな」

「どうせなら悪い話ばかりじゃなく楽しい話を持って来いっての」

「最後にもうひとつ悪い話があるんだが」

「あーあーあー、聞きたくない」

「それがなぁ……シュナがユートを探しているらしい」


 元勇者は冗談を言う余裕も無く「ヒッ!」と短い悲鳴を上げた。

 青ざめて言葉を失った元勇者に、カールは話を続けた。


「どうやら何かの実験台としてユートを探しているらしいんだ」

「し……シュナが、俺を?」

「詳しくはわからないが、四天王との戦いの頃には相当ブッ壊れていたシュナがまともになったとは思えない。むしろ色々こじらせて一層ヤバくなっているかもしれない」


 昔の事を思い出そうとして元勇者の目が傍目にわかるほど生気が失われていった。


---


 シュナと言えば7人の勇者時代から魔王討伐の旅に参加していた古参メンバーだ。

 7人の英雄時代には女性メンバーはウィザードのシュナの他にクレリックのローザがいた。癒し系美人のローザに対して、シュナはクールビューティ系の美人だった。知的で博識なクールビューティのシュナは、7人の英雄メンバーの5人が辞めていった時も魔王討伐を諦めなかった強い女性だった。


 しかしその強さは4英雄時代になって崩れ始めていった。

 一番鮮烈な記憶として残っているのはシュナの39歳の誕生日の時だ。サプライズで用意したバースデーケーキを目にした瞬間シュナはそのロウソクに向けて最高位魔法ティルトウェイトを放ち、宿屋もろともケーキを爆発四散させたのだ。幸いにも死傷者はいなかったが、ユート・グレッグ・カールは何が起きたのかもわからぬまま爆風に吹き飛ばされ意識を失った。


 意識を取り戻した元勇者が耳にしたシュナの言葉は魔法で仲間を吹き飛ばした事への謝罪ではなく「次にこんな事をしたら脳天に魔法をブチ込むわよ」という呪いの言葉だった。

 シュナの言葉の意味がわからずガクブル震えるばかりの3人だったが、後々のシュナの言動から「年齢に焦りを感じている」という事が察せられた。クールビューティにも結婚願望はあり、いくら若作りしても魔法で年齢を止める事はできなかった。シュナは4英雄全員が抱え込んでいた魔王討伐ストレスの他に、女性特有の焦りも抱えていたのだ。


 次第にシュナはクールビューティからクールダーティと化していった。一刻も早く魔王を始末して元の生活に戻って、本来の知的で博識なクールビューティとして結婚相手を見つけ出さなければならなかったからだ。


 4英雄のパーティメンバーは特に社内恋愛禁止というルールは無かったが、3人の男子達は誰もシュナを恋愛対象と思っていなかった。

 なにしろ何年にも及ぶ長い旅を続けている間柄であり、仲間の嫌な部分もしばしば目にする関係でもあった。特にシュナは見た目がインテリ美人であるだけに嫌な部分を見せつけられた時の精神的ダメージが大きく、しかしシュナはどんどん開けっ広げになっていった。平気で放屁するし、乳房のあせもをボリボリ掻き毟り、生理用品を無造作に投げ捨て放置した。若い女性には敵意むきだしの視線を向けるようになり、しばしば「どうせ羊水の腐った年増女ですから」と投げやりになった。幾度も逆ナンパで既成事実を作って結婚に持ち込もうとしていたが、攻撃力は高くとも女子力は低いシュナに引っかかる男性はおらず、婚活と魔族軍との戦いの両立は難しく上手く行く事は無かった。


 魔王との最終決戦を前にシュナが戻ってこなかったのも死を恐れての事ではなく、女としての寿命が尽きる事を恐れての事だろう。


 シュナには男が見たくない女性の一面を散々見せつけられた事で3人の男子達には大きなトラウマが残った。

 ある意味でシュナは魔族軍より恐ろしい存在だった。


---


「あああ、思い出したくない事を思い出してしまった……」


 元勇者は土人形のような顔色になったまま硬直した。カールも葬式に参列しているかのような沈痛な面持ちとなっていた。


「まぁそういう事だ……」


 しばしの沈黙の後、元勇者は言った。


「どういう事だよ」 


 元勇者とカールは頭を抱えた。

 もちろんシュナに恋愛感情のようなものがあって元勇者を探している筈はなかった。長い旅を共にしながら間違いのひとつも起きなかったほど、お互いに対象外の存在だった。


「兎にも角にも、シュナがお前を何かの目的で狙っている事は伝えたからな。俺は巻き添えを食らいたくないから暫くこの周辺国でも旅して歩く事にするよ」

「どうして俺が狙われてるんだってばよ……」

「俺やグレッグの娘がユートの居所に辿り着いたんだから、シュナがこの場所に気付くのも時間の問題かもしれないぞ」

「お、俺も旅に出ようかなぁ……」


 世界を救った勇者なのに夜逃げの旅に出るのは釈然としないが、婚期を逃したショックで本当に危険人物になっている危険性のあるシュナに狙われるのは生きた心地がしなかった。夜逃げというのも本気で考えなければならない状況だった。


「いっそ俺もカールの故郷に身を隠そうかな。故郷には戻らないのか?」


 カールは気まずそうな表情となった。


「実は親の介護が一段落ついて、つまり葬儀も終えた後になってから、親父の妾だったという奴が現れたんだ。親は認知症が進んでいたし、俺も一応4英雄だったからあまり騒ぎにしたくなくて、世間体を気にして遺産の殆どを妾に取られちまったんだ」


 訃報を狙う詐欺師というものがいるらしく、人の不幸を伝え聞くと関係者に成りすまして近付いて様々な嘘をつき金目のものを狙うのだそうだ。遺族は葬儀で忙しいし騒動に対処する余裕もないので、そういった詐欺師の被害者は結構多いらしい。


「踏んだり蹴ったりだな。介護トラブルや相続トラブルの話はしばしば耳にするが、かなりヘビーな被害だなぁ。たぶん4英雄の親族なら金があると思われて狙われてたんじゃないか?」

「まぁ僅かな遺産と土地や固定資産が無くなっただけだし、親の介護で故郷に良い思い出も無くなった。そのストレスでの過食でちょっと太って昔のように女を口説く事も出来ないから、いっそ他所の土地に移住しようかなぁと思っていたんだ」

「その変わりようでちょっとと言い張るか。まぁ俺もカールも結局は似たような苦労を背負い込む事になっちまったんだなぁ」

「世界を救う代償って一体なんなんだろうなぁ」


 2人は深い溜め息をついた。

 正しい事に人生を費やした筈なのに、2人とも幸せには程遠い余生となってしまったからだ。


 暗く思い沈黙が続いたが、その空気を読まずにディアが割り込んできた。


「勇者様、ちょっと聞こえちゃったんですけれど、4英雄のシュナさんって何か恐ろしい人だったんですか?」

「そうそう……いやいや、別に恐ろしい人間だったワケじゃないよ。冷静沈着で博識で聡明で美人だった。だからこそシュナは僕以上に性格が歪んでしまった」

「ふぅん……勇者様も御自身の性格が歪んでいる事は理解していたのですね!」

「そこかよ!」

「だって昨晩はワタシとホリィが……」

「おいおいカールの前で変な事を言うんじゃないぞ。とにかくシュナは俺達より真面目な女性だったから、魔王討伐の旅の過酷さには俺達以上に苦しんでいたんだ」


 カールが更に説明の言葉を加えた。


「世界を救う苦しみが、世界を壊す衝動になってもおかしくはなかったって事さ。そしてシュナは凄腕のウィザードだ。逆鱗に触れれば世界の半分くらいは余裕で焼き尽すかもしれない程だ」

「そしてシュナは俺達とは比べ物にならないほど賢こかった。いま何を考えて何をしようとしているのかは想像も出来ない」


 ひょっこりとホリィも話に割り込んできた。


「父の宗派での教えでは、わからないものが一番恐ろしい、のだそうです。見えているものやわかっている事は恐ろしいものであっても対処する方法を考える事が出来ますが、見えないものやわからない事はどれほど恐ろしいものなのかもわからず、対処方法も考える事が出来ないので、一層恐ろしく感じるのだそうです」


 カールはその言葉に深く頷いた。


「そういえば四天王のラウバとの戦いの時にグレッグがそういった事を言っていたな。”恐怖は思考力を奪う”と」

「ラウバの幻術から抜け出せたのもグレッグのおかげだったしな。あいつの数少な……いやいつも奮闘して活躍していたが一番の活躍が対ラウバ戦だった」


 仲間内の冗談も相手が故人となってしまっては、ましてやその身内の前では配慮も不可欠だった。そして四天王ラウバを倒せたのはグレッグのおかげというのは紛れもない事実だった。

 幻術で人を惑わし妄言で心を迷わすラウバは戦闘力こそ中ボス程度だったが、4英雄をサポートしていた革命軍はラウバの謀略によって簡単に崩壊した。4英雄も戦う意味を見失いかけ戦意を失いかけたが、グレッグだけがラウバの幻術に惑わされなかったのだ。


「父が皆様のお役に立てたのであれば光栄に思います」

「まーグレッグは4英雄唯一のクレリックだから必要不可欠だったよ。もしグレッグが生前にホリィに反省のような事を言っていたのならそれは間違いだ。グレッグは常に役に立っていたんだから」

「あぁ。しばしばグレッグ様と呼んだほどにね」とカール。イジリすぎてグレッグがキレた時には「様」をつけないと回復魔法を使ってくれなかった事を根に持っての言葉だったが、元勇者はその内輪ネタを敢えて無視した。


「昔の話さ」と元勇者は逸れた話を区切った。

「問題はシュナが何を考えているのかってところだ」


「ワタシはそんなに悪い人のようには思えないんだけどなー。だって4英雄だった人でしょ?」

「私もシュナさんには何か考えがあるのではと思います。わからない事に不安を感じるのは当然ですが、いっそシュナさんと一度お会いしてみるのも良いのではないかと」


 元勇者は(昨晩お風呂で美少女2人の艶姿を目の前にして我慢できたのはシュナのせいで女性恐怖症になりかけたトラウマの影響も大きいんだがなぁ)と思ったが、口にはしなかった。


「俺にはシュナに用事はないし、わざわざ火中の栗を拾うような事をする理由も無い。カールの言う事が間違いかもしれないし、わざわざ会う必要はないだろう。うん。ない筈だ。きっとない」

「オレは巻き込まれたくないから、そろそろ失礼するよ。それにオレは若いお嬢さん達の楽しい時間の邪魔をするほど無粋な男じゃない」

「太ってるのに女心がわかるのねー」

「見た目のとおり恰幅の良い人ですね」

「オレの見た目で勝手な人物像を語るな! みてろォ……」


 カールはふん!と全身に力を込めた。カールの丸々とした体型は一瞬でスレンダーな色男へと変貌した。しかし息を止めている数秒の後、ボヨヨンと元の体型に戻った。


「ど、どうだ……オレだって元々はイケメンだったんだ」

「……近くで変化を見ると、ちょっと気持ち悪いかも」

「ギャップが大きすぎて脳がうまく認識できないようです……」


 せっかく気合を入れてイケメン姿になったのに女性陣の反応が微妙だったことにカールは深く傷付いた。


「カール、その変身時間をもう少し長く出来ないか? 変装スキルとしては見事なものだぞ」

「日常で変装の必要性なんてねーよ!」


-----


 ホリィやディナとは対照的にそそくさと帰り支度を済ませたカールは玄関で元勇者に言った。


「オレはしばらくは近くの宿で過ごす事にするよ。どうせ行くアテもないし、ユートにはまだ何も罪滅ぼしできていないからな。何かオレに出来る事があれば宿屋に連絡してくれ」


 元勇者はカールが何か焦っているように感じた。


「何か急用でもあるのか?」

「い、いや……な、なんでもないよ。ただお邪魔かな~と思って。ははっ」

「なんか怪しいな?」

「なんでもない、なんでもないって! 魔王を一人で倒した勇者が一体何を怪しんでいるんだ?」

「お前だよお前。急にアタフタしているように見えるのだが?」


 カールは演技かかった口調で語り始めた。


「確かに俺は一番大事な時に逃げだした裏切り者だ。何を疑われても仕方がない。俺のような役立たずはいつだって邪魔者なのさ」

「まぁ別に引き留める用事もないから、とっとと帰っていいんだけど……」

「お、おう。名残惜しいがきょうはもう帰る事にするぜ! 何か用事がある時は呼び出してくれ。何か危ない要件の時には呼び出さないでくれ。じゃぁな!」


 そう言うとカールは露骨に慌てた様子で玄関を飛び出し駆け出して行った。


 カールの様子がおかしかった事は気になるが、考えてもしょうがない事のようにも思えた。

 元勇者はしばし立ち尽くし、ふと呟いた。


「それにしても魔王を倒した俺も、魔王と戦う前に逃げ出した皆も、誰も幸せな余生が送れなかったんだな……。せめてカールだけでも幸せになっていれば俺は存分にお前を恨む事が出来たんだがな」


 辛い冒険が終わって3年の月日が流れたが、報われる事もなく不満のはけ口もない。これが魔族軍のいなくなった平和な世界の日常なのだ。全てを賭して得たものが失意だけが残った平和だけだった。


「これでようやく落ち着いた日常に戻るかな……」


 もちろんそのような希望的観測は当たる筈がなかった。


「そういえば、カールは何に慌ててたんだろう?」


 ふとカールには敵や罠の探知スキルがあった事を思い出した。危険を事前に察知して罠を回避したり敵に先制攻撃したりするのに役立った。


 元勇者はカールの後姿を見ようと玄関を出た。まだ1分も経っていないので遠目に姿が見える筈だ。


 しかし砦から出た元勇者の視界に飛び込んできたのは、巨大な火球が元勇者めがけて飛んでくる光景だった。


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