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元勇者は禍根渦中  作者: 数ビット
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「類は友とか敵とかを呼ぶ」

 きゅぴーんきゅぴーん、と謎の効果音と共に辺境の砦のエントランスに設けられた転送用ポータルが稼動し、シュナが姿を現した。


 シュナの視界には、下着姿のアレクと、ビジネススーツを脱いでいる真っ最中のサッちゃん、それを苦笑いで眺める元勇者の姿だった。


 シュナは数秒考えて、言った。


「ユートってジャンケンが強かったのね」


 元勇者は魂の抜けた声で言った。


「野球拳ちゃうわ」


 しかしこんな光景も日常茶飯時、シュナは動じる事も無かった。


「補正下着を着てなければ私も参戦したかったんだけど」

「ほせい……女性は色々と大変そうだが、こんな大乱痴気セクハラブラジャーズに参戦したいというのも意外だ」

「だって女は肌面積が多いほうが人気出るそうじゃない。私はまだ素敵な結婚相手と巡り会う事を諦めてないんだから、少しでも確率を上げる為ならいくらでも脱ぐわ」

「理由はどうであれ、類は友を呼ぶ、と考えれば納得するしかないな」


 サッちゃんとアレクはキャットファイトの如く下着の取り合いのような争いに興じていたが、元勇者は出来るだけそれを視界に入れないようにした。色気もムードも無い肌露出は男の夢や理想を霞ませるような気がした。枯れかけている元勇者だって少しは夢を見ていたい。


 元勇者はシュナに問うた。


「しかし突然シュナが沸いて出るとは思わなかった」

「人をコバエみたいに言わないでくれる? こんな辺境に左遷されて安穏としたヒキニート生活を2ヶ月以上も続けて、老人ボケにでもなったんじゃないかと様子を見に来たのよ」

「いまどきは老人ボケじゃなく痴呆症というらしいぞ……いや認知症だったかな?」

「学が無いのはボケじゃなくてアホだから安心して大丈夫よ」

「なにが大丈夫なのかと。不景気な世の中だと認知症や阿呆は特殊詐欺のカモにされがちだから全然安心できないじゃないか」


 元勇者はカールから聞いた話を織り交ぜた。

 カールの話では元勇者が左遷されてから世の中が不景気になっているそうだし、サッちゃんの話では山賊などの被害も増えているらしい。若かった頃には義憤に燃えて魔王を倒す旅を続けた元勇者にとって関わりたくなくとも気になる状況だった。


「あら、不景気で世間が荒れている事はユートも知っているのね。魔王がいなくなって平和な時代が3年以上続いたワケだけれど、商人達が平和な時に稼いだお金が”希望の暁”に巻き上げられたままだから、経済が廻らなくなってどうにもならなくなっているみたいなのよね」

「”経済が廻らなくなって不景気”かぁ。流れ者の冒険者だった俺にはイマイチ理解できないんだが、山賊セシル達が商人達から巻き上げた金で世の中が不景気になっちゃうものなのか?」


 シュナは息を吸い込んで「ふぅ」と大きなため息を吐いた。


「お買い物をする時にはお金を払うけど、そのお金は買った商品の値段だけかしら?」

「そりゃ、そうだろ?」

「そんなワケないでしょ? 売る側は商品の代金に加えて”利益”を得なきゃならないんだから」

「まぁ原価だけじゃないって事はフンワリ理解しているよ」

「利益は、つまり売った側のお給料になるわけ。酒場でエールを買った代金は、エールの原価のほかに従業員のお給料や酒場の維持費も含まれているのよ」

「あ……あぁ。そうそう。それも一応は理解しているよ」

「たとえばアーティスの酒場の従業員がお給料をアーティス以外の国でお買い物をしたら、アーティスの景気は良くなると思う?」

「えぇっと、ならないな。アーティスの経済は廻らないから」

「そう。買い物って”誰にお給料を支払うのか”って事でもあるの。原価にプラスされた利益なんて微々たるものだけど、それが積み重なってようやくお給料になるわけね。貿易国のアーティスが出荷する商品が売れるほどアーティスの国民の最低賃金は上がっていく」

「さ、さいていちんぎん……」

「経済という事を語るにはもっと色々な要素はあるのだけれど、この世界の経済は未だ原始的ですし、基本は物々交換に毛の生えたようなものだから簡単な話よ。金は天下の回り物と言うし、お金を血に例える比喩もあるけれど、お金が天下を回らなくなると経済が貧血になったり多臓器不全になって、それを一言で言うと”不景気”って事になるの」

「……お、おう」


 シュナは簡単に説明しているようだが、元勇者はしどろもどろになった。人生の多くを魔物との戦いに費やし日銭を稼ぐだけだった元勇者にとって、経済なんて話は異物のように頭の中に入ってこない。


「つ、つまり……どういう事だってばよ」

「ユートの最初の質問に関する答は、山賊セシルが商人から巻き上げた大金のせいで、世の中の経済が貧血になっているって事になるわ。”希望の暁”は商人達からいろいろな手段でお金を巻き上げていながら、そのお金を殆ど使っていない事になるわ」

「それは……それは、つまり……」


 元勇者は知恵を振り絞って、なにか賢い事を言おうと考えた。


「つまりセシル達は金儲けのためじゃなく……金を巻き上げる事そのものが目的だったという事か?」


 少々自信のない口調での発言だったが、シュナは大きく頷いた。


「いまのところ、そうとしか考えられないわね。山賊セシルは不景気にする為・世相を乱す為に荒稼ぎを続けていた可能性が高いわ」

「ふ、ふむ……そういう事だろうと思っていたよ」

「本当にわかってる?」

「ももも勿論だとも」


 つい元勇者はシュナから目を逸らしたが、その先に見えるのはサッちゃんとアレクがはしたない格好で絡まっている姿だった。


「なにはともあれ、まずは場所を変えよう。シュナもわざわざ俺に経済のお勉強を教えに来たわけじゃないんだろう?」




-----


 元勇者とシュナの2人はエントランス隣の食堂スペースに場所を移した。


「さて……シュナがわざわざ辺境の砦までやってきた理由を聞こうか。まぁどうせ楽しい話じゃないんだろうけど」

「あら察しが良いわね」

「悪い予感ばかり当たるのもイヤだなぁ」


 シュナは手に持った本を取り出して元勇者に差し出した。


「これはカールが”希望の暁”から拝借してきた、山賊セシルのデスノートじゃないか」

「別にデスノートじゃないようですけどね。試しに余白にユートの名前を書いてみたけれど、あなた元気そうだし」

「試すな。そして俺の名を書くな」

「せっかく”世界を救った事で消滅”って、英雄っぽい死因にしてあげたのに」

「世界ならもう救ったし、その結果が英雄には程遠い僻地への左遷だし、消滅したのは貴重な青春の日々と将来の希望だけっつーね……。はぁ……」

「鬱になってると老け込んで見えるわよ。とにかく山賊セシルのノートに書かれていた謎の魔法の術式について、ある程度わかったから伝えにきたのよ」

「ほーん」


 元勇者のリアクションの薄さにシュナは呆れ顔でため息をついた。


「山賊セシルが作り出そうとしていた魔術の術式は、何かのエネルギーの正負を反転し続ける永久機関のような魔法よ。そのエネルギーを吸収すれば無限のパワーを持つ事になるわけね」


 元勇者は真顔で言った。


「なるほど。さっぱりわからん」


 シュナはこめかみを押さえた。いまでは婚期に執着するポンコツ処女ビッチだが、元々は生真面目で理知的な才女だった。その理知的なところをフル稼働して謎の術式を読み解いたというのに、話した相手が理解しようとしてくれないのでは話にならない。


「お馬鹿さんにもわかるように例えると、その何かのエネルギーが熱だった場合、熱いものが冷たいものに変換されてしまう感じね。運動エネルギーだった場合なら……動いているものが全て止まってしまうでしょうね」

「ほーん」

「なによ、これだけ簡単に説明してもまだわからないの?」

「俺がわからないのは、山賊セシルは何のエネルギーを反転させようとしているか?ってところだよ。例えばマイナスの温度を反転して高温のエネルギーを得れば物凄い炎の剣とかが作れるだろうが、そんな武器を作れたとしても熱くて持てない」

「熱とかのエネルギーは例えばの話であって、そうと決まったワケじゃないわよ」

「じゃあ一体なんのエネルギーを逆にするつもりなんだ? 山賊セシルは何をプラスをマイナスに、またはマイナスをプラスにすれば”新世界の神”になれると思い込んでいるんだ?」


 あまり理解していない様子だった元勇者の指摘が案外と的確だった為、シュナは困った表情となった。


「それは……よくわからないのよね。この魔法の術式はまだ未完成のものだし、発動するには相当膨大な代償が必要だと思うし」

「大きな代償?」

「セシルが何のプラスとマイナスを逆転させようとしているのかはわからないけれど、その魔法が発動すれば永久に発動し続けるから、つまりは”自然の摂理がなにかひとつ変わってしまう”ようなものと言えるわ」

「宇宙の法則が乱れる!みたいな?」

「宇宙がどうなるかは知らないけれど、世の中の法則が永久に変わってしまうとしたら……魔王軍が人間界を侵略した頃とは比較にならない事になるでしょうね」

「そもそもこの術式は完成しないんじゃないか? 山賊セシルが……いやどんな人間であろうとも自然の摂理を変えてしまうなんて事が現実に出来るとは思えない」

「そうね……そうだと良いんだけれど」


 シュナは深呼吸して話を続けた。


「自然の摂理を変えてしまう魔法が永久機関のように発動し続けるとしたら、その発動のトリガーには相当強いエネルギーが必要になる筈なの。ユートはいつも吸っている煙管の火では肉は焼けないけれど、藁や紙なら燃やせるでしょうし、その火を小枝や薪などに燃え移していけばステーキも焼ける炎になる。でも世界を焼き尽くす炎を魔法で生み出そうとしたら煙管の小さな種火からではいつまで経っても世界は焼けないわ」

「じゃあ安心じゃないか。実現しない魔法の術式なんて恐れる必要は無いだろう」

「そうね、魔法の発動に必要な最初の種火でさえ術者の命を代償にしても足りないぐらいのエネルギーが必要な筈だから、永久に発動し続ける魔法なんて有り得ない筈なのよね。でもそうだとしても……ユートは安心できるの?」

「えっ? えぇっと……どうだろう?」

「なによ、やっぱり安心は出来ないんでしょう?」


 元勇者は暫く黙り込んだ。

 そして少し重い口ぶりで話し始めた。


「実のところ山賊となったセシルの気持ちは結構理解できちゃうんだ。正義のためであれ富と名声のためであれセシルが魔王討伐の為に命がけで戦い続けた事は事実だ。セシルは途中で、俺は魔王と戦う頃に心が折れた。命がけで全力で戦う事に何年もの長い人生を費やした挙句に無駄な事だと思い知った。頑張り続けた人生が無駄だったと認める事は本当に辛いし、それで性格が歪んでしまうのも当然の事だと理解できる」

「あらユートは自分の性格が酷く歪んでいる事は自覚しているのね」

「まぁね。自覚してるよ」

「冗談で言ったんだから真面目に返事されても困っちゃうわ」

「俺はもう人生をやり直せるほど若くなくなってから性格が歪んだが、一応は魔王を倒したし、歳を取って諦める事にも慣れているし、自分の歪んだ性格も結構気に入っている。しかし人生を無駄にするほど頑張り続けた事が本当に無駄だった現実に納得しているワケじゃないし、それは人生をやり直して山賊になってしまったセシルも同じだろう」


 元勇者の性格が決定的に歪んだ原因の一人であるシュナは、ただ黙り続けた。元勇者はシュナに恨み節を言っている口ぶりではなかったし、シュナには元勇者や山賊セシルが感じたであろう”人生を無駄にした”という感覚が完全には理解しきれなかったからだ。


「俺が若くて馬鹿だったなら魔王を倒した後の孤独な数年の間に、セシルが山賊に堕ちたように俺もダークサイドに堕ちていたかもしれない」

「馬鹿なだけで良かったわね」

「若くないのはシュナも同じじゃないか」

「ムキー!! 年齢など関係ないし!! 私ピチピチの処女ですし!!」

「シュナも十分に性格が歪んでいるワケだが、その衝動でライムというホムンクルスを作り出したんだろう? それと似たような事を山賊セシルはやろうとしているんだから、俺よりシュナのほうが共感できているんじゃないか?」


 シュナは返事をしなかった。

 元勇者もシュナも山賊セシルが作り出そうとしている魔法術式に漠然とした不安を感じ、それを払拭する事が出来ないからだ。




-----


 話が一通り済んでシュナがエントランスに戻ると、サッちゃんとアレクの戦いも一通り済んだ様子だった。


「人間ごときがサッキュバスの私をここまで追い込むとは流石ね」

「魔物の相手は幾度となくしてきたけれど、ここまで手強かったのは初めてよ」


 一体どういった闘いをしていたのかはサッパリわからなかったが、わかりたくもなかった。2人と元勇者の間には何故か観葉植物が置かれていて、その葉っぱによって2人の身体が部分的に見えない事からおおよその察しはつく。


 元勇者は手近にあった毛布を2人に投げつけ、言った。


「そろそろ客が来そうだというのに、その格好ははしたないんじゃないかな」


 そう言い終わった時、エントランスのポータルの魔力が高まっていく稼動音が微かに響いた。

 そしていつもの謎の効果音”きゅぴーん、きゅぴーん”が響いた。


「あら、よく気付いたわねユート」

「シュナが鈍感なだけじゃないか? それとも戦闘時に感じる”臭い”が加齢で衰えたのかもな」

「ワタシ加齢とか関係ないですし! 衰えてませんし! 臭くも無いですし!……って戦闘の臭い?」

「強敵出現みたいな戦闘の時って鼻の奥になにか緊張感の臭いを感じたりしなかったか? 上手く言葉に出来ないが、空気が変わった時の臭いというか」

「気のせいじゃない? いくら世間が物騒になって魔物が少々増えていたとしても、魔王がいた頃の強敵クラスとは比較にならないわ」

「気のせいなら良いんだけど、実はシュナが現れる時にも何か張り詰めた空気の臭いを微かに感じたんだ。その感じがもっと濃くなったような気がするんだよなぁ」


 ポータルが眩しく発光し、その光が消え去るとホリィ・ディア・ライムの3人が姿を現した。


「お久しぶりです、勇者様」と、ホリィがお人形さんのような笑顔で挨拶した。


 3人娘とは北の宿場町での騒動以来の再会だ。

 その時には3人娘は貞操の危機で半裸の格好であり、元勇者は怒りに任せた戦い方をしていて、双方とも少々気まずいところがあった。3ヶ月近いインターバルで気まずさが薄れていればという思いも双方同じだった。シュナは「戦闘の臭いとは無関係だったようね」と小声で言ったが、元勇者は聞き流した。


「突然押しかけてしまって申し訳ありませんが。しばらくの間この砦でご一緒に住まわせて頂けないかと」


 普段は元気っ娘のディアの口調は丁寧なものだった。3ヶ月の間にアーティス王族としての礼儀作法を習得したのでなければ普段のディアとは少し様子がおかしいようにも思える。やはり北の宿場町での一件の影響であろうか、またはそれでアーティス国王にこっぴどく叱られたのか。これまで目にしてきた格好より品格のあるアーティス王族に相応しい服装である事も少々の違和感を感じさせた。


「勇者サマ、元気デシタカー!」


 ……ライムは通常営業のようだ。容姿も知識も年頃の少女ではあるが、ホムンクルスとして生まれたライムの実年齢は1歳にも満たない筈だ。人生経験というものが欠落しているライムは色々な常識が不足していることが幸いして、件の事も気にしていないのかもしれない。


 元勇者は苦笑しつつも返事をした。


「やぁみんな、久しぶりだね」


 冒険者家業で人生を浪費した元勇者には友人が少ない。同業者も魔王を倒した事で冒険者家業そのものが下火となって縁が切れているし、基本的にはライバルでもあったのでわざわざ再会するほど仲が良かった同業者もいない。辺境の砦に左遷されていることを知っている人間も殆どおらず、ポータルでやってくるのはアーティス王国関係の人間か3人娘ぐらいしかいなかった。


「しかし急に辺鄙な砦にやってきて”ご一緒に住まわせて”というのは、唐突というか突飛というか、全然予想してなかったな」


 元勇者の呟きに、ディアは言った。


「実はポータルの調子が悪くて、いま転移するのに使ってから保守点検のために数日使えないのです」

「保守点検、ねぇ……」


 元勇者は納得していないかのような曖昧な口調だった。


「ところでポータルが保守点検なら、シュナはどうやって帰る事になるんだ? ディア達がここに来る小1時間ほど前にポータルを使った時には何も問題がなかったんだろう?」


 ディアとホリィは黙り込んだ。

 シュナも元勇者が何を言いたいのか判らなかった。


「ユートは何が気になっているの? ポータルは便利な道具だけど、魔法や転移のオーブほど融通の利くものじゃないんだから点検ぐらいする事もあるでしょう?」

「そうかもしれないけれど、やっぱり”臭い”が気になってね」

「戦闘時に感じるという臭いの事? 気のせいじゃないの?」

「だといいんだけれどねぇ……」


 元勇者は茶を濁すように言い、周囲の様子を観察した。


 3人娘の様子に少々の違和感を感じる事、ハイレベル冒険者特有の感である”戦闘の臭い”をポータルから感じた事、そのポータルが保守点検を理由に使えなくなった事……。


「ところでライムはどう思う?」


 元勇者は唐突にライムに質問した。


「エ、エェット……私ハヨクワカリマセン!」


 元勇者はライムは嘘をつけないと考えての質問だった。ライムが現状をよくわからないという事は本当であろうが、そう言う前に言葉に詰まって少しだけ目が泳いだ事を見逃さなかった。


「うむ、大体の察しはついた。真実はいつもひとつ!」

「どうしたのユート? まるで事件の謎でも解けたようなテンションになって」

「たったひとつの真実見抜く、見た目は中年、中身は元勇者、その名は名探……いやいや、謎が解けたとは思うんだが、別にテンションは高まってないぞ」

「そもそも謎って、なにが謎なのよ?」


 元勇者は3人娘に向き合って、ディアに質問した。


「現状のアーティス城で、何が起こっているんだ?」


 ディアは表情ひとつ変えずに答えた。


「何も起きていません」

「何もないのに突然やってきたのは何故なのかな? ……いや来てくれて久しぶりに会えた事は結構嬉しいんだけど」

「あら勇者様が喜んでくれるだなんてリップサービスでも嬉しいです! いつもより素っ気無い塩対応のように感じたので、てっきり嫌われたのかもと」


 元勇者の何気ない一言で、それまでよそ行きの表情だったディアが笑顔を見せた。王族であり美少女でもあるディアの笑顔は朴念仁の元勇者さえ心揺らぐほど魅力的だった。


「あー、まぁ、なにはともあれディア達が無事なようで安心だよ」


 曖昧な事ばかり言う元勇者の様子に、シュナが苛立ち始めた。


「ユートは一体なにを言ってるの?! 謎とか無事とか、自分一人でなにか判ったような口ぶりで喋って!」


 元勇者は深呼吸をひとつ、思考を整理しつつ語り始めた。


「じゃあまず結論から言うと、アーティス城が襲撃されているんだろう。ポータルを止めたのは襲撃者がポータルを……つまり俺の居所を探ろうとしているから。そしてその事実を俺には言うなと王様から言われてディア達がここにやってきた。アーティス王がディアたちの身を守る為にわざわざこんな辺鄙な砦に逃がしたのだろう」

「私が来る時にはアーティスの様子は何も変なところは無かったわよ」

「つまりシュナが何者かに後をつけられていたんだよ。まぁ何者かって山賊セシルの連中しかいないだろうけど」

「セシル達って、ルナーグとハガーはあなたが倒しているから、残っているのはセシルとローザの2人だけじゃなかった? セシル達がいたなら私でも気付かない筈は無いわ」

「一番謎だったのは、そこだよ」

「どこよ?」

「セシルにローザ、ルナーグにハガーで4人。しかし元々”7勇者”と呼ばれていたメンバーから俺とセシルが抜けたら残りは5人だろう?」

「あら、1人すっかり忘れている事になるわね……誰だっけ?」

「アーチャーだったクロビスさ。昔は仲間だった連中の存在を忘れる筈はないのにすっかり忘れていたのだから、多分ニンジャかアサシンにクラスチェンジして存在そのものを隠していたんだろう」


 祖先にドラゴンバスターの称号を持つ者がいたという冒険者一族のクロビスは元々影が薄い存在だった。7勇者時代には壁を反射する矢を打てる事で活躍したが、偉大な先祖の存在に重圧感と劣等感も感じていた。アーチャーという地味なクラスではドラゴンに太刀打ちできそうになく、7勇者解散の原因となったドラゴンとの実戦でそれが証明されてしまった。


「まぁ俺もすっかり存在を忘れていたんだけど」

「地味だったからねぇ」

「ともあれ、多分クロビスがアーティスに攻め込んできたから、アーティス王の指示でディア達はここに来たんだろう?」


 ディアは返事をしなかった。その沈黙が答だった。


「たぶん概ね正解だと思うんだがなぁ。ライム、大体当たっているだろう?」

「私はヨクワカリマセーン!」

「まぁ、当たっているかどうかは”転移のオーブ”でアーティス城に行ってみれば一目瞭然だ。王様との約束は破る事になるが、アーティスの管理下から逃げ出すわけじゃないんだからさほど問題も無いだろう。ディア達はここに残ってもらうとして、シュナはどうする?」

「私はこんな辺鄙な砦に泊まる気はないわ。私はどのみち”転移のオーブ”を使うしかないから、ユートが行くなら一緒に転移しておくわ」

「アイテム入れの小袋はどこにしまったかなぁ。まだオーブは数十個残っている筈なんだが……」


 話が勝手に進んでいくのを聞いていたディアは大きなため息をついた。


「転移して確認せずとも、勇者様の推測は当たっています。襲撃者が何者なのかは未だ判っていませんが、勇者様の居所に通じるポータルの事を探っている可能性がある事と、事態が悪化した時に備えて私達は避難するよう指示を受けてここに来ました」

「しかしそれを俺に隠したり、襲撃されているというアーティスに俺が加勢するのを拒むような事をしている理由がわからない。名探偵ナントカならこのあたりで犯人が犯行動機を語り始めるパターンなんだけど」

「なにを仰っているのか判りませんが、襲撃者が勇者様を狙っているとするならばそれを阻止するのは当然の事です」

「いやいや俺がその襲撃者を倒せば一件落着じゃないか。自惚れているワケじゃないけれど、俺は戦闘しか取り得がないんだから襲撃者とかに負ける可能性はとっても低い。アーティス城を守る近衛兵達が戦闘で被害が出たりすれば大損じゃないか」

「しかし父上・アーティス国王の判断ですので。それに事態が収まればポータルは再び稼動される予定になっています」

「うぅむ、なんだかモヤッとするなぁ」


 ホリィが話に加わった。


「勇者様は言われ無き悪評が消えるまでは世間から姿を隠し続けるのが一番なのですが、アーティス城を襲う襲撃者が勇者様を狙っている事が世間に知れれば再び無責任な悪評が広まってしまうかもしれません。そんな状況ですので勇者様は姿を現さないほうが良いのでしょう」

「ぐぬぬ……無責任にネガキャンする側に配慮して行動制限を受けるのは結構なストレスだなぁ。でもネガキャンのつもりじゃなく善意で呟いて拡散しちゃう人のほうが多いんだろうなぁ。それでバズればさぞかし気分も良いのだろうけど」

「なにを想定して仰っているのかよくわからないのですが、勇者様が襲撃者と戦う事が正確な内容で世間に広まるとは限りませんから」

「しかし襲撃者が俺の居場所を探る為にアーティスに攻め込んでいるのなら、俺がアーティスにご迷惑をおかけしているようなものじゃないか。どうせ山賊セシルの仕業なのだろうし、返り討ちにするのが一番だと思うんだがなぁ」

「返り討ちとか悪人っぽい事を言わないでください。いまは我慢の時と思って、どうかアーティスには行かないようお願いします」


 元勇者はうむむと唸って黙り込んだ。

 3人娘達はそれほど逼迫した様子でもなく、アーティスの被害もそれほど大きなものではないのかもしれない。

 また元勇者が北の宿場町での戦いのように冷静さを失ってしまえば、アーティス国王の信用も失ってしまうだろう。あまり気分の良い状況では無いが、元勇者も我慢する他にないようだ。


「……モウ”ヨクワカラナイ”ト言ワナクテイイノカナ?」

「どうしたライム、何か言うのを我慢していたのか?」

「あーてぃすニ攻メ込ンデキタ襲撃者ハ1人ダケデ、弓矢ヤ短剣ヲ使ッテ衛兵ニ何人カ怪我人ハ出タヨウデスガ、他ニ大キナ被害ハアリマセン。タダ襲撃者ガ姿ヲ隠シテシマッタノデ、逃ゲタノカドウカ判明シ安全確認ガ済ムマデ私達ハここニ避難シタトイウ感ジナンデス」

「なるほど襲撃者が姿をくらましているのなら俺がアーティスに行ってもすぐに問題解決という事にはならないだろうな。被害もそれほど大きくないのなら、少しは安心できる」


 ライムが想像以上に状況を把握している事に元勇者は驚いていた。無垢で天真爛漫な美少女であり、しばしば間違った教育を受けた影響でハレンチな発言をするが、本来は相当賢いであろう事が垣間見えた。


「つまり俺が余計な心配をするだけ無駄という事になるのかな。ディアもホリィもライムも襲撃の騒動で大変だったろうけど、ここはアーティス所有の砦だし、襲撃の安全が確認されるまでの間ここにいるのがベターなんだろう」

「久シブリニ勇者様ト一緒ノべっどデ眠レマスー! ウレシイ!」

「誤解を生みそうな事を言うんじゃない、ライム」


 そうは言いつつも負傷した時には3人娘とベッドで密着する事になったし、あまり強く否定も出来なかった。


「まるでハーレムねぇ、ユート」

「シュナまでそんな事を言って冷やかすなよ」

「私もここに泊まるけど問題は無いわよね。私が後をつけられて襲撃者の騒動になったのなら、事態が落ち着くまでは帰りにくいですから」

「ま、まぁ……別に構わないけど……」


 元勇者の表情は渋~い感じになった。

 3人娘にシュナにサッちゃんとアレクと、元勇者以外は全員女性で、半分は問題児だ。そんな中で独身中高年の元勇者がひとりだけというのはいささか心細かった。


 そして現状、元勇者を付け狙う者がアーティスに出現しているという事も悩ましい事だった。

(なんだか面倒な事になりそうだなぁ……)

 元勇者は”悪い予感ほどよく当たる”事に気分が沈みそうだった。山賊に落ちたセシル達”希望の暁”の問題もそろそろ佳境であろうという気がしたし、その騒動に巻き込まれている状況は元勇者にとって非常に面倒くさい迷惑な事でもあった。


(近いうち、セシルとは決着を着ける事になりそうだな)

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