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元勇者は禍根渦中  作者: 数ビット
34/46

「元勇者の失墜」


 元勇者は半裸姿のディア・ホリィ・ライムの身体を適当な布で覆い隠してから”転移のオーブ”でアーティス城に移動した。


 北の宿場町近くの炭鉱跡での戦いの後始末はせずに放置してきたが、元勇者がアーティス城に戻って3人娘の無事が確認された後、カールが後始末に向かった。


 皆が一連の騒動が終わった事を実感したのはカールが後始末から戻って数刻の後の事だった。


 元勇者はアーティス王に呼ばれ、カールと共に一室で状況報告と現状把握する事となった。

 インガーの遠征部隊との山賊退治から”希望の暁”の企てまでを皆で情報共有する為だ。


「まずはオレから、北の炭鉱跡がどうなっていたかの報告を」


 カールが後始末の報告を始めた。


「人身売買オークションがオシャカになって殆どの商人は逃げ出していたよ。山賊セシルとローザの姿は無かった。インモールに繋がっているというポータルは機能していなかった……多分セシル達がポータルを使って逃げてから壊したんだろう」

「ルナーグとハガーは俺が戦闘不能にしたし、もし生き残ったとしても悪い事は出来ないだろう。残す悪党はセシルとローザの2人だけだな」

「……ユート、随分呑気だな?」

「なにか変な事を言ったか?」

「オレは”殆どの商人は逃げた”と言ったんだが、聞いていたか?」

「闇での取引をするような悪い商人達だ。いずれ天罰か仏罰が下るだろうさ」

「そうなるなら良いんだが……そうなると思うか?」


 元勇者は「なるだろうさ」と言おうとしたが、口が拒んだ。自然の摂理で天罰が自動的に発動するなら元勇者たちの長い長い冒険の旅も楽に済んでいたであろうが、そうはならなかったからだ。


 アーティス王が元勇者に問うた。


「ところで約束は忘れずに果たされたであろうな?」


 元勇者は少し困った表情となった。


「度を越さないように、という約束の事であれば……ちょっと自信がありません。一応は大虐殺とかはしていないのですが、少し頭に血が上ってしまっていたようで」

「ふむ……」


 信頼を寄せる元勇者が愛娘ディアの救出の為に怒りを露呈したという事はアーティス王にとって有難く感じる事ではあったが、王という立場では別の問題が生じる事を懸念せざるを得ず、易々と喜びの感情を顔に出す事が出来なかった。


「しかし、どうしてこのような約束を? 悪党は全員コロコロしちゃったほうが良いのでは?」

「冒険者が魔物を相手にしている時であればそれが正しかろう。しかし今回そなたが相手した者達は”悪党”ではなく”商人”が殆どであろう?」

「ゲスな商人は衝撃波でふっ飛ばしましたけどコロコロしちゃいませんよ。悪徳商人に対しての制裁としては生ぬるいほうだと思いますが」

「相手もそのように思っておれば良いのじゃがのう」

「……どういう事です? ちょっとよくわかりかねますが」

「ユート殿はプロの冒険者であったが、商人は戦闘のプロでは無い。プロのスポーツ選手やプロゲーマーが一般人を相手に本気を見せた時、必ずしも好意的な反応を示すとは限らぬ」

「例えが俗っぽすぎますが、なんとなくわかったような……?」

「この事に関しては後々に結果となって現れるであろう。それはユート殿の望まぬ結果となるかも知れぬが……ともあれ、我が娘ディアを無事に助け出してくれた事には深く感謝しておる」


 アーティス王は元勇者に小さく頭を下げた。国王が冒険者に頭を下げる事は異例な事だが、愛娘ディアを無事に助け出した事に心底感謝しているのだろう。普段の素っ頓狂な発言も無く、いささか安堵による放心をしているようでもあった。


 会話の切れ目にカールが言った。


「このあたりで皆の得た情報を整理しておこうぜ」




-----


 元勇者とカールの情報は「狼煙獅子団と希望の暁は同じ組織でファイナルアンサー」という事で一致していた。


 元勇者はインガー遠征部隊との山賊退治でルナーグを締め上げてその事を白状させた。疑惑としては最初からわかっていた事ではあるが決定的な確証というものが無かった。しかし”狼煙獅子団”である筈のルナーグが”希望の暁”の闇取引を護衛していた事と、その目的が闇取引での人身売買の売上金である事、その計画がセシルとローザの2人によって発案された事、人身売買オークションで売る商品を元”狼煙獅子団”を率いて人さらいをしつつ、”希望の暁”謹製の護符を売りつける為に商人を襲ったり護衛したりしていた事をルナーグから聞き出した。


 カールの情報も元勇者の話と符合するものだった。”希望の暁”は商人の安全と発展を建前に、多額のお布施を商人達に求めていた。そのうちで最も安いものが山賊よけの護符であり、最も高いものが人身売買オークションだった。商人が”希望の暁”にお布施をするほど優遇を受け秘密の特典が与えられた。その特典は密かに行われている(さら)ってきた少女達との姦淫であり、更には”希望の暁”ナンバー2のローザと一夜を共に出来る権利だ。段階的に非常識で反社会的で過激な快楽を経験した金持ちの商人が更なる快楽を求めて人身売買オークションに大金を注ぎ込むようになっていく。


「なるほど……やっぱ炭鉱跡のオークション会場では商人共を皆コロコロしちゃって炭鉱破壊して生き埋めにしたほうが良かったんじゃないか? 間違ってオークションに来ちゃったワケじゃなく確信的に人身売買に参加していたんだろうし」と元勇者。

「世の悪党を見つけるたびに成敗していたら大量虐殺一直線だぞ。それにオレ達冒険者だって時代やモラルが変われば悪人扱いされかねないんだし」とカールは正論で相槌を打った。

「それにしても、そんなに大金を集めて一体どうしようって言うんだ?」

「そこは正直わかりかねるんだが、どうもセシル達”希望の暁”の守銭奴っぷりは相当らしい。何かに使うわけでもなく溜め込んでいるらしいんだが」


 黙って話を効いていたアーティス王が口を開いた。


「もしかすれば、世界の騒乱が目的かも知れぬな」

「世界の騒乱……一体どのような?」

「どのような事が起きるかはその時にならねば判らぬ。わしの思い違いかも知れぬ。”希望の暁”程度の組織にそれが出来るとも思えぬ。しかし世を乱す方法は幾多もあり、一国の王でも未然に食い止める事は困難でもある」

「うぅむ、気になるなぁ」

「少なからず荒稼ぎして溜め込んだ金が関係している事は判った事であるし、近いうちに予兆が見えてくる事じゃろう。それと……ユート殿」

「なんですか、急にあらたまって?」

「そなたは数日このアーティス城に留まる事を命じる。フリーランスのそなたを拘束する権限はないが、この一連の状況が落ち着いた事が判るまで波風を立てぬよう世間と関わらぬが良いであろう」

「ふむ……わかりました。3食昼寝つきでお願いしますね」


 その返事にカールが横槍を入れた。


「またゴネるかと思ったが随分と素直じゃないか、ユート」

「俺はいつだって素直な良い子じゃないか」

「その様子だと、どうやら次の住処は見つかっていないようだな?」

「ギクッ」


 実のところ問題が解決したとしても元勇者は住処を失っており、帰る場所が見つかっていないままだった。

 目的が無ければ行くアテもない元勇者にとっては、アーティス城に留まる事を国王自ら命じてくれて有難いとさえ思っていた。




-----


 数日の後、アーティス城に留まる事を有難がっていた元勇者は「城から出たくない」気分となっていた。


「それは本当の事なのか?」


 憮然とした元勇者の問いかけに、カールはしぶしぶ答えた。


「俺に当たるなよ? 残念ながら本当の事だよ」

「つまり……悪徳商人を成敗した俺が”商人の敵”って事か?」

「あの人身売買オークションの場にいた悪徳商人は全員逃げ延びているし、その悪徳商人が本当の事を言える筈もないから、ただ”商人を襲った凶暴なアラフィフ冒険者がいる”という噂になって広まったらしい」

「はぁぁ……やっぱ全員皆コロコロしておけば良かったんだ。どうせ他にも影で悪い事をしているんだろうし」

「それでも変わらないだろうさ。悪どい商人であっても大儲けしていた連中ばかりだ。大きな取引をしていた商人が一斉に姿を消したら、成り立たなくなる商売も出てくるだろうし、事情を知らない他の商人達が似たような噂を広めていただろうからな」

「それで実際のところどうなっちゃったんだ?」

「ユートみたいな風貌のアラフィフ冒険者は殆どの店で出入り禁止になっている。別に似顔絵つきの手配書が配られているわけじゃないから厳密にチェックされているワケじゃないが、似たような冒険者には高値を吹っかけられるような事は多いようだ」

「なんてこった」

「あの時のユートは相当頭に血が上っていたからな。いつも通りもうちょっと飄々と戦っていれば少しはマシだったろうに。……やっぱり3人娘の危機で冷静さを失ったか?」

「まぁそれも幾分あるだろうから否定はしないが……」


 そこで元勇者は言葉を区切り、溜息を吐きつつ頭を掻きながら続けた。


「どうにも我慢が出来なかったんだよ、魔王を倒したのに世の中が全然幸せな感じになっていかない事が」

「オレにも当たり散らす程に?」

「それは……悪かったよ。何もかも腹が立って、どうにも苛立ちを抑えきれなかった。しかし俺達の10数年の冒険の旅は、悪徳商人とかセシルのような悪党をのさばらせる為のものじゃ無かった筈だ。戦った俺達がハッピーエンドに至らなかったとしても自己責任だが、救った筈の人々がハッピーになっていないのなら俺たちの冒険の旅は本当に無駄だった事になってしまうじゃないか」

「そこまで責任を背負い込む必要も無いと思うがなぁ。”救われた側の自己責任”ってものも問われるべきだと思うよ。何もせず救われておいて文句だけ一丁前なんて道理が通らないよ」

「頑張るほど損をする世の中なんてイヤなんだけどなー」

「必要以上に頑張った結果ユートは買い物しにくくなったわけだから……まぁ、同情するよ」

「カールがなんだか悪徳商人に見えてきた。どれだけ悪い事をすればそんなに太れるんだ?」

「腹の肉の量で”私腹を肥やしている”かどうかを見ようとするな。とにかくベテラン冒険者は大体どの店でも嫌な顔されるしボッタクラレるぞ」

「ボッタクリ商店ばかりとは、困った世の中だ」


 しかし更に数日後には事態は一層悪化していた。


 アーティス王は元勇者に状況を語った。


「そなたも気付いておろうが、事情を知らぬ市民が連日苦情を言いに来ておる。商人を襲った冒険者をアーティス城内にかくまっているという噂と、その真偽を明らかにせよという市民の声じゃ」

「うむむ……事実とは全く違うんだけれど、嘘でもない噂になってしまうとは」

「多分じゃが”希望の暁”が噂を広めておるのであろう。既に商人だけでなく一般市民にも広く広まっているから噂話の出元を突き止める事は無理であろうが」

「山賊セシルもセコい嫌がらせをしてくるなぁ」

「悪の道に墜ちたセシルにとって、そなたは最も邪魔な存在であろうからな。既に”7勇者”時代の仲間であった4人のうち2人を倒してもいる。正面から戦えば勝てぬ相手であるそなたに対し、無関係の者を利用して力を削ぐという作戦を取るのは常套手段と言えるであろう」

「悪意を持って噂を広めているのは一部の悪徳商人だけだろうし、嫌な噂を広めている一般人を全員コロコロするわけにもいかないからなぁ。ブロック機能とかあればいいのに」

「わしは頻繁にミュート機能を使っておる」

「なんすかそれ、王にだけ許された特殊スキルですか? それとも都合の悪い事は目をそらす現実逃避ですか?」

「民主的に統治しようとしても民の全員の声を聴いていてはまとまらぬ。また”まとまらない事を望む声”というものも存外と多い。故に敢えて意見を聞かぬ事も必要な場合があるのじゃ。……しかしユート殿の今回の件においては無視できる状況ではなくなっておる」

「そんなに噂が広まっているんですか?」

「一般市民である商人を多数襲った凶悪な冒険者をアーティスがかくまっている……という噂は、尾ひれがついて”アーティスが商人を支配して市場を独占しようとしているのでは”という話になりつつある」

「実際に支配しようとしているのは”希望の暁”なのに」

「いずれは”希望の暁”に制裁を与える事となろうが、それまでは市民の無責任な噂話が自然に収まるのを待つ事しか出来ぬ。強制的に抑え込もうとすれば国家による言論封殺として市民の反感を買う事となる」

「セシルの奴め、これほど狡猾とは思っていなかった」


 元勇者は困り果てた表情となった。

 たしかに人身売買オークションから3人娘を助け出す時には冷静さを欠いていたし、ハイレベル冒険者の持つ”フィアー”能力が全開だったかもしれない。魔物も逃げ出す恐怖のオーラを放ちつつ悪徳商人の前で大立ち回りをすれば、傍目には狂戦士が暴走していたように見えたのかもしれない。


「故にアーティスの王としては噂の火消をせねばならず、ユート殿をこのまま城に囲い続ける事は難しい状況になっておる」

「まぁ……出て行けと言われれば、出ていくしかないですけど。俺は一介の冒険者でしかないですし」

「ユート殿には感謝しておる。かつてはアーティスの危機を救われ、今回は娘のディアを救われた。その功績に十分報いる事が出来ぬ事を歯痒く思っておる。しかし王として騒乱の火種となりうる噂は放置も出来ぬ」

「まぁ……俺はもともと隠居の身だから、邪魔なら出ていきますけどね」


 元勇者はシニカルな笑みを浮かべた。

 山賊と化し”希望の暁”となったセシルの悪巧みが無ければ元勇者は結局一人孤独な毎日を過ごしていただろう。3人娘の来襲も元勇者が応じられる事ではなく断る他なかった。元勇者は遅れてやってきた最後のモテ期をドブに捨てて一人孤独に晩年を過ごす事しか出来なかった。

 それが悪役の登場で幾分にぎやかな日々が続いた。元勇者にとっては「やれやれ」といった状況ばかりだったが、冒険者としてのスキルが役に立つ事が楽しくもあった。退屈とは無縁の日々であり、なにより寂しくなかった。

 セシルとの因縁と禍根は決着がついていないが、幾分騒々しい日々も終わりが近いのだろうと思った。セシルとは因縁はあれど”希望の暁”の起こす騒動は元勇者とは無縁の事だ。


「良からぬ噂は時が経てば収まるであろう。その時までユート殿が目立つ事が無ければだが」

「アラフィフ中年のオッサンが目立つつもりは無かったんですけどねぇ」

「聞けばユート殿はアラフィフのくせに住むところを失いホームレス中高年との事」

「おい王様、言葉遣いどうにかしろ」

「故に提案じゃが、しばしの間アーティス辺境の拠点に住まわぬか。統括地の果てにあるので人里離れておるし、アーティスの一部の兵士の他には”転移のオーブ”で誰かが来る事も無い」

「ふむ……」


 ”転移のオーブ”は何処にでも行ける便利アイテムではなく、一度は行った事のある場所にしか行けない。ランドマークも無い辺境の地であれば高価なマジックアイテムを使ってやってくる者もいない。


「これから寒期となるが、冬が明けるころには民衆も噂に飽きてユート殿への風当たりも弱まっておろう。いささか退屈な日々となろうが、ユート殿の冒険者としての技量を使わずに過ごすには良かろう」

「ふむ……正直これからお部屋探しするのも億劫だったので、アーティス王がそうしろと言うなら特に文句は無いかな」

「一応ユート殿はアーティスの監視下という事になるので、日々の暮らしに不自由の無いよう手配しておる。”希望の暁”に関しては我が軍が調査を続け、何事かあれば情報を伝えるので、ユート殿は悠然と拠点で安息の日々を過ごされよ」

「ほほう……案外と不満は無いかな。ご配慮感謝します」


 元勇者とはいえ冒険者はフリーランスで歳を取れば頼れる当てもないが、春までとはいえ生活保護が受けられるのはリアルガチで有難い事だった。


「異存が無ければ本日の深夜にでも警備兵の荷馬車に乗って出発なされるが良い」




-----


 王との謁見を済ませ、まとめる荷物も無いので出発の時までを無為に過ごした。


 気になるのはディア・ホリィ・ライムの3人娘達だ。

 人身売買オークションから救い出した後、騒動が一段落ついて以降は顔を合わせていない。


 生粋の生娘が人さらいに誘拐され性欲の捌け口の(にえ)として売り飛ばされそうになり、見知らぬ悪徳商人達の眼前で半裸姿を晒す事となってしまったのだから、これまでのように無邪気に振る舞える気分ではないのだろう。また怪我が無かった事を確認する為に医師の検査を受けたそうでもあり、誘拐されて以降の殆どの時間は魔法で眠らされていて記憶は殆ど無いとはいえ、精神的なショックも相当大きかったのだろうと思われる。


(こういった事になるから1秒でも早く助けに行きたかったんだが、それでこんな事になっているんだから難しいものだ)


 元勇者が悪い噂で汚名を着せられる事は不愉快ではあったが、年頃の少女たちの心の傷に比べれば些細な事だ。やはり悪徳商人など一人残らず退治して炭鉱後を崩して埋めてしまえばよかったと思った。


(それの何が間違っているというんだ?)


 考えれば考えるほど元勇者は「悪党など皆殺しにしてしまえばよかったのだ」という考えに至った。それ以外の考えが思い浮ばない程だった。どう考えても自分が正しかった筈だ、間違っているのは自分以外だという考えで頭の中が埋め尽くされそうだった。そうすればディアもホリィもライムも怖い思いをせずに済んだのだ……。


……「勇者様は……セシルさんのようにはなりませんよね?」


 ふと誰かの言葉を思い出した。


(俺がセシルと同じなワケないじゃないか……?)


 そうだ、確かホリィがこんな事を言っていたのだ。


 たしか他愛も無い世間話で「皇道と覇道」とかという話になった時だ。

 元勇者は魔王を倒し世界を救った筈なのに全く報われない日々を過ごして性格が歪んでいた。その歪みはセシルが山賊に墜ちた原因と似たようなものであり、元勇者とセシルは同類のようなものだ。


……「同類デハアリマセン。絶対ニ。私ハ信ジテイマス」


 そう言ったのはライムだった。

 それに対して元勇者は「セシルのような道には進まない」と約束した気がする。……歳を取ると安易な口約束をしがちで忘れてしまう事もしばしばだが、この約束は3人娘の為にも忘れないようにしなければならないな、と思った。


 そういえばライムはその時に「勇者様ハ絶対ニ正シカッタデス!!」とも言ってくれた。インモールでの戦いでも元勇者は街を破壊した騒乱者のような噂を立てられたが、今回の人身売買オークションからの救出劇でも同じ事を言ってくれるだろうか?


(……うむ、全く自信が無い)


 怒りに任せての戦いは、たとえ外道の悪党であっても良くなかったのかもしれない。

 思えば魔王との最終決戦の時でさえ、それは仲間に裏切られた事からの失意が理由であったが、世界を支配せんとする魔王への怒りや憎しみでは戦っていない。

 では悪徳商人達に対してはどうだったのか?と考えると、自分の戦いが正義故の事であったとは言い難い気がする。


 ハガーにとどめを刺そうとした時にディアが制止してくれなかったら元勇者はセシルと同じ覇道の道を進んでいた事になっていた気もする。


「歳を取って頭が固くなってしまったのか、意固地になって周囲に迷惑をかけるのは老害でしかないけれど、自分で抑制して上手く立ち振る舞うのは相当な精神力が要りそうだな……。せめてお年頃の3人娘さん達が怖がらない程度には気を付けないと」


 元勇者は独りボヤきつつ、煙管に葉を詰めて火をつけた。


 粛々と過ごし夕食を済ませた頃、アーティス軍の警備兵が元勇者を迎えにきた。

 アーティス辺境の拠点の兵士の交代という口実で、元勇者が人目を忍んで城を離れるのだ。


「準備は整っておられるでしょうか? 馬車で移動しますので遠方の拠点への到着は昼頃になると思われますので、移動中は眠れるようでしたらお休みになられるのが良いかと思います」


 元勇者を迎えにきた兵士は、女性だった。

 歳は30代であろうか。端正な顔立ち、愛想笑いなどせず媚びない様子は真面目そうに見え、適度な筋肉で防具や武器も似合う健康的なスポーツマンタイプの美人だった。


「女性の兵とは、アーティスはこういったところが近代的だなぁ」

「私はアレクサンドラと申します。勇者ユート様の身辺警護と身のお世話を担当させていただきますので、何卒宜しくお願いします」

「商人を襲ったと噂のオッサンの身辺警護とは損な役を命ぜられたなアレックス」

「私の事はアレクとお呼びください。この任務は私が志願しました」

「それはなんというか、恐縮だね。なにはともあれ宜しく頼むよ」

「こちらこそ宜しくお願い致します。当面はユート様が戦う事になれば騒動となる恐れがありますので武器はお持ちになられないようお願い致します。代わりに私がユート様の手足となってお仕えします」

「それはとても有難いけど、そんな面倒そうな任務をよくもまぁわざわざ志願したものだなぁ」

「ユート様は殿方であらせられますし、戦地などの遠征の場で性欲を持て余して現地民の女性に迷惑をかけるという問題が起きる事も珍しくはありませんから、ユート様の警護には女性が適任ではないかと私が提案しました」

「……は?」


 アレクは真面目な顔で淡々と語っていたが、元勇者はアレクが言った言葉がよく理解できなかった。

 ただ、イヤ~な予感だけはひしひしと感じていた。


「えぇっと、どういう事なのかなぁ?」

「性欲は自然現象ですし人間の三大欲求ですから、魔王を倒したというユート様が性欲を持て余した場合、その対処を一般市民に向けた場合には今回の”希望の暁”が吹聴していると思われる悪い噂の新たな燃料となってしまう危険性があります」

「俺が性欲を持て余すという前提がそもそも疑問なんだけど、なんでそこ決定事項のように語るかなぁ」

「予定では春まで人里離れた拠点で過ごす事になりますから、男性の衛兵とふたりきりでユート様が過ごされますと、また有らぬ噂が立ってしまう危険性があります」

「男同士で何の危険性があるというのか! いや聞きたくないけど!」

「ですのでユート様の身のお世話は女性兵が適任であろうと提言しました。何名かの候補や志願はあったのですが、20代の新兵や既婚者でしたので、この大役を任せるには荷が重いかと、提案した私自らが担当する事としたのです」

「その話し合いの場でマトモな人はいなかったのか、アレクのトンチキな提言を誰も止める事が出来なかったのか、アーティス軍の行く末が心配になるなぁ」


 元勇者は脳味噌が痺れてきたような疲労感を感じた。

 よくはわからないが少なくともアレクは随分と残念な女性である事だけは確かなようだ。


「私の事でしたらご心配には及びません。魔王進軍の頃の戦乱の時代に軍に入隊しており剣技には長けておりますし、精搾ダンジョンの攻略も幾度となくしております」

「……セイサクダンジョン? イヤな予感しかしないが、聞きなれないワードが出てきたぞ?」

「精搾ダンジョンとはいわゆる”○○しないと出られない部屋”などのトラップが仕掛けられたモンスターの巣窟です。キスしないと出られない部屋とか、オークに種付けされないと出られない部屋など様々なトラップがありまして……」

「それ思いっきりR-18クエストだよな。そこまで過激なイベントは俺もやった事が無いぞ」

「魔王自らが作ったトラップではないようですが、魔物が人間に7つの大罪を犯させて堕落させる事を目的として作られていたようです」

「そんなセイサクダンジョンを幾つも攻略してきた、と」

「はい。私はそういった事に抵抗が無く、また適性もあるようで平気でした」

「何を以て平気だったかは気になるけど聞かないほうが良さそうだ」

「また女性兵も30代になる頃には職場結婚で離職する者も多く、剣技に長けて夜のお勤めも出来る兵となると人員が限られまして……もし私がご不満でしたら候補の者から指名してチェンジする事も出来ますが」

「なんだそれどんなシステムだよ指名とかチェンジとか、俺そーいった方面は詳しくないぞ……。そもそも俺は万年発情期じゃない!」

「候補の者には若い新兵から未亡人、ガチムキマッチョの男性もおりますから、ご希望があるのでしたらご遠慮なさらず」

「そういった希望も無い! 全く無いから!」


 元勇者は脳味噌がうにうにしてくる感覚に頭を抱えた。

 どうして元勇者の元には手の出せないような高嶺の花か、手を出したら火傷をするような変人しか来ないのか。


 そうして元勇者はアレクの馬車に乗り、静まりかえる夜の街を抜けてアーティス僻地にある拠点に向かった。


 無職で住所不定の独身中高年となったフリーランス元勇者の、初めての”左遷”である。


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