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元勇者は禍根渦中  作者: 数ビット
33/46

「激おこピュンピュン丸」


「一刻を争うが、ここで詳細に説明するのは(はばか)られる。まずアーティスの城に転移してから事情を説明する」


 アーティス王は険しい顔で元勇者に言った。


 なにか不測の事態が起きたであろう事は傍らにいるインガーの隊長にも理解できた。なにしろ一国の王が直々に元勇者を迎えに来たのだ。

 隊長が元勇者を雇った仕事は終えたばかりだが、まだ報酬を渡していない。


「我々のほうはもうユート殿の手助けは不要だが、報酬は外にいる兵士に用意させているから、この私娼窟から出た時に忘れず日当を受け取って……」

「いらぬ」


 元勇者は隊長の言葉を遮った。


「し、しかしそれではタダ働きをさせてしまった事になって」

「いらぬ。それどころではない」

「だが……」


 何か言いかけた隊長を元勇者は睨みつけた。

 隊長の言葉は途切れ、身体は硬直し、呼吸をする事も出来なかった。

 元勇者の発する濃密な”フィアー”のような何かによって隊長は動けなかった。


「では失礼する。アーティス王、すぐに城に転移しましょう」

「うむ。では行くぞ……ワープ、ワープ!」


 キュピーンキュピーンという謎の音と共に、元勇者とアーティス王の姿が消えた。


 元勇者の気配が消えると”フィアー”の感覚も消え去った。隊長は金縛りが解けたかのようにへなへなと地面に膝をついた。 


「……まるで蛇に睨まれた蛙の気分だ。あれほどの気を発するとは、ユート殿は一体どれほどの戦いを生き抜いてきたのであろうか?」


 常人離れした戦闘力と、強大なモンスターさえも逃げ出しそうな強力な”フィアー”能力は、ベテラン冒険者だからという理由だけでは説明が付かないように思えた。


「そういえば武器屋の獣人族の娘もユート殿の事を”勇者様”と読んでいたが……」


 ……まさか、魔王を倒したという本物の勇者なのではないか?

 そうとしか思えなかったが、既に元勇者の姿は無く、その事実を確かめる(すべ)はなかった。




-----


 後ろ手に縛られ気を失っているホリィ・ディア・ライムの3人は、木箱に詰められ何処か薄暗い部屋に運び込まれていた。


 運びこんだ手下達に部屋から出るよう命じたハガーは木箱を開け、驚きの表情となり、そしてニンマリと笑みを浮かべた。


「これはこれは……上玉の娘を(さら)って来いとは命じたが、まさかユート・ニィツが囲っていた娘達を捕らえてくるとは思いもよらなかった」


 ハガーは品定めするように3人娘をじろじろ眺め、木箱から担ぎ出して床に並べた。


「ユートの女達が商人達を支配する為の餌になるというのは最高に愉快だが、たかが商人にこんな上玉を与えてやるのも勿体無い話だ。まだ青臭いが数年も経てば飛びきりの美女になるだろうに」


 ハガーは意識の無い3人娘を眺めた。

 そして短剣を抜き、先ずはホリィの服を首元からビリビリと切り裂いた。

 胸元から腹、そして腰の下まで服を切り裂き、ホリィの柔肌が顕わとなった。


「こんな上玉、滅多にいないってのに、商人達にくれてやるのは勿体無い話だ」


 ついでホリィとライムの服も短剣で切り裂いた。

 手を縛られ気を失っている3人娘はあられもない姿で床に寝転ばされた格好となった。


「ユートの奴と穴兄弟になるのは気分が悪いが、商人達の餌にする前に少しぐらい俺が味見したって構わないだろう。こういった役得も無しに商人のご機嫌を取るなんてゴメンだぜ」


 ハガーはベルトを緩めてズボンを下げた。

 手下達に部屋から出るように命じたのも”商品”に手を付ける為で、それはハガーがしばしばやっている事だった。なにかの都合で”商品の出荷”が遅れた時には手下達も交えて味見を楽しむ事さえしていた。

 いまは”希望の暁”などと名乗っているが、元々セシル達と正義の冒険者などやめてしまおうと”狼煙獅子団”を立ち上げた山賊稼業だ。金の為に人を殺す事も、欲の為に女を犯す事も、山賊にとっては日常だ。


「催眠の魔法が効いたままの女を犯すのはつまらないが仕方がない。泣き叫ぶ女を無理矢理犯すほうが興奮するんだがな」


 固く反り返った一物を揺らしながら3人娘を品定めし、いよいよハガーが破れた服をはぎ取ろうとした時、その背後から声が響いた。


「その商品には手を出すなよ」


 驚いて振り返ると、ハガーの背後にはセシルが立っていた。

 セシルはこの山賊稼業のリーダーだ。冒険者時代からの長い付き合いだが、最近のセシルは生気が薄く陰鬱としているように見えた。


 ハガーは下げたズボンを上げようともせずセシルに言った。


「3人もいるんだ。一緒に楽しまないか? どうせすぐに商人共の慰み物になるんだから俺たちも少しは楽しんでおくべきだ」

「その娘共は、あのユートの女だ。犯しても殺しても構わないが、いまじゃない。こんな誰もいない場所で腰を振ってどうなる」

「この娘達も商人共にくれてやるんだろう? 少しばかり汚したって商人達は大金を払うに決まってる。人質にすればユートだって手は出せない。だったらいま犯して遊んでも構わないじゃないか」


 セシルは低い声で言った。


「その娘達は、ユートが来た時には人質の役にも立たないだろう。もしユートが来たら奴の目の前で殺してしまえ」

「な、何を言ってるんだ? 商人に売り飛ばせば大金になるし、ユートも人質がいれば手が出せない筈だ。それにこんな上玉の娘を……」

「これは命令だ。わかったな」


 ハガーは言葉に詰まると、セシルは部屋を出ていった。


 セシルの言う命令は極端に思え、またセシルの様子も最近ずっと奇妙に思えた。

 背後に来るまで気配を感じないほど生気の無いセシルは常に陰鬱とした気を発していた。妙な魔法術式の研究に執着し続けている事が原因かもしれないが、冒険者時代からリーダーとしてセシルに従い続けているハガーでも尋ね難い事だった。


 すっかり気分の萎えたハガーはズボンを履き直し、3人の少女を残して部屋を出た。




-----


 元勇者は王と共にアーティス城の玉座の間に転移した。


「さて王様、3人娘が何処にいるかを教えてください」


 元勇者は性急に結論のみを求めたが、アーティス王は嗜めるように言った。


「急を要する状況だが、そう急くでない。せめて王たる我が玉座に着くまで待たぬか」


 元勇者は大きな溜め息をついた。

 落ち着くための溜め息ではなく、苛立ちをアピールするかのような溜め息だった。

 それに構わずアーティス王はゆっくりと玉座に向かって歩いた。


「ユート、傷のほうは大丈夫なのか」


 声をかけてきたのはカールだった。

 カールとはマルスとの戦いで相打ちとなって意識を無くした後からの久しぶりの対面だった。

 しかし元勇者はカールの問いかけは無視し、憮然とした表情のまま質問した。


「カールは3人娘が何処にいるのか知っているのか?」

「あぁ……オレは”希望の暁”の目論見を探る為に商人に成りすまして潜入調査していたんだが、そこで……」

「余計な説明はいい。質問にだけ答えろ」

「もちろん答えるさ。だけどちょっと落ち着けって」

「落ち着いたら解決する問題なのか? さっさと答えろ」


 元勇者から押さえきれない”フィアー”の気が滲み出していた。


「勇者ユート殿、まずは冷静になられよ」


 玉座に腰掛けたアーティス王が元勇者を制すように言った。


「このような事に勇者ユート殿の手を煩わせる事になるのは気が重い事じゃが、先ずは事の経緯を説明させてはくれぬか」


 元勇者は憮然としたまま言った。


「誘拐犯を皆殺しにしてディア達を助け出せば良いのでしょう? すぐに行きますよ」

「わしは”事の経緯を説明させてくれ”と頼んだぞ。ユート殿は王の頼みを無碍にするおつもりかな?」

「……手短に頼みますよ」


 元勇者は大きく息を吸って吐き出した。今度は落ち着く為だ。

 娘であるディアが誘拐されてアーティス王が心中穏やかである筈がない。一番心配しているであろうアーティス王が気丈に振舞っているのに元勇者が取り乱して良い筈が無い。


「我が娘ディアと一行は、城に戻る前に立ち寄った市中の酒場あたりで姿を消したらしい。どうやら何か情報収集をしている時に消息が途絶えたようじゃ。アーティスの市中には我が衛兵達が見回っておるが、その目をかいくぐるように姿を消した事から何事かの問題が起きたのではと即座に精鋭の魔道師を集めて探知魔法で消息を探ったが、インモールの街のあたりでディアの反応が消えたのじゃ」


 元勇者がインガーの部隊と山賊退治をしていた場所をアーティス王が突き止めたのも、ディア達を探す為に魔道師を集めていたからだろう。


「その続きはオレが説明します」とカールが言った。


 元勇者は不機嫌そうに言った。


「そもそもなんでお前がこの場にいるんだ」

「落ち着けってユート……オレは役に立っていないからせめて”希望の暁”の内偵をしようと潜入調査していたんだ」


 元勇者は内心「確かにお前はルト・マルスの襲撃の時も3人娘を守りきれていなかったからな」と悪態をつきそうになったが、口は開かなかった。余計な問答で話が長くなる事を避けたかったからだ。


「で……北の辺境にある宿場町に”希望の暁”の隠れ家があったんだ。宿場町の近くにある炭鉱跡の洞窟を”希望の暁”の本拠地にしていて、インモールから炭鉱跡に転移できる”ポータル”が設けられていたんだ。オレは宿場町の商人から”アーティスで娘を3人仕入れてきた”という話を聞きだして、それで急いでアーティスに伝えに来たんだ」

「カールがその場で3人娘を救出していれば良かったじゃないか」

「オレの弓矢の腕は誰よりも知っているだろう? 威嚇攻撃は出来ても退治には向かないから、オレ一人じゃ状況を悪化させるだけだろう?」

「てっきり魔王の時のように逃げ出したのかと思ったよ」

「……」


 元勇者の口の悪さは明らかに度を越えていたが、カールは耐えた。この状況を一刻も早く解決したい気持ちはカールも同じだからだ。


「アーティス王、つまりは北の宿場町に赴き”希望の暁”の連中を皆殺しにして3人娘を救い出せば宜しいのですね?」


 そういいながら元勇者は荷物袋から”転移のオーブ”を取り出していた。


「そう急くでないユート殿。いや後手となっておる状況では急いでも仕方なき事もあるのじゃ」

「何を仰います。いま急がねばいつ急ぐと言うのですか。私は丁度先程”希望の暁”が娘達を攫って何を目論んでいるのかを目の当たりにしてきたところです。アーティス王家の者がそのような目に遭わぬよう急ぐ事が先決ではないですか」


 誘拐された娘達は”希望の暁”に盲目に従う商人達の慰み物として、または闇取引の商品として扱われる。裸にされて縛られオークションの商品として晒されて売買されるのだ。


「確かにユート殿の言う通りである。しかし我が娘ディアが悪党の手中にあるならば、事は単純には行かぬやも知れぬ。万が一の場合には……つまりディアが敵の人質として利用されている状況では、構わずディアもろとも敵の首を取って欲しい」


 元勇者の苛立ちはアーティス王の覚悟の篭った言葉に幾分抑え込まれた。

 確かに”希望の暁”がディアの命と引き換えに元勇者やアーティスに不利益をもたらす要求をしてくる可能性は高い。その場合には構わずディアの命を見捨てろと命じるアーティス王の心中は元勇者の苛立ちとは比較にならないものであろう。しかし愛娘の命よりもアーティスの国益を守らなければならない国王としての任は忘れていないのだ。


「……わかりました。しかし私はただの冒険者なので、ただ最善を尽くす所存です。バッドエンドやノーマルエンドを目指す冒険者はいません。選択肢があるならば常に最善の結果を求めるのが冒険者の常であります」


 石のように無表情で固まっていたアーティス王の表情が少しだけ緩んだ。


「全てはユート殿に託そう。ただもう一つだけ、そなたに言っておきたい事がある」

「なんでしょうか?」

「くれぐれも、度を越さぬ事を約束してはくれぬか。そなたに命じるのは我が娘ディアと娘達の救出じゃ。他の事はいまでなくともよい」

「もちろん、ディア達は救い出してみせます」


 元勇者は”転移のオーブ”を握り締めた。




-----


 北の宿場町に隣接する炭鉱跡地の洞窟は入り口こそ狭いが、中は拡張され軍事侵攻拠点の砦のように整備されていた。


「さて、オークションの用意は整ったか?」


 山賊集団”狼煙獅子団”そして秘蜜結社”希望の暁”を束ねるリーダーのセシルは、感情の無い声で従者に問うた。


「今回は上玉の娘が3人、商人達の間でも闇取引の評判が密かに広まり若い娘を金の力で好き勝手に玩具にしたいという強欲な者が多数集まっております」

「そうか。ではそろそろ始めるとするか。早く始めないとハガーの奴が商品に手を出しかねないからな」

「このオークションでも相当な金が稼げそうですね」


 従者の言葉にセシルは不思議そうな顔をした。


「……金? 金がどうしたと言うのだ?」

「今回の商品は相当高く売れるでしょうから”希望の暁”の利益は相当なものになるのではと……」

「あぁ、金か。強欲な商人の溜め込んだ金を俺達が巻き上げることにそれほどの意味など無い」

「えっ? で、では……一体何が目的で”希望の暁”は人身売買なんて危ない商売を始めたんですか?」

「目先の金が目的じゃない。こんな馬鹿げた事をやっているのも……」


 セシルが話しかけている途中で、ローザが金切り声を上げてセシルの元に駆け寄ってきた。


「あいつよ! またユート・ニィツよ! インガーの取引のほうはユートに邪魔をされて失敗したわ!」


 鬼のような形相のローザの顔色は悪く、身体のあちこちには血で汚れていた。


「その様子だと、ユートの攻撃を受けたようだな。よく生きていられたな」

「……あなた、普通は”よく無事でいてくれた”と言うべきじゃないかしら?」

「そうか? どっちでも構わないじゃないか」

「”転移のオーブ”で逃げる一瞬にユートに腹を切り裂かれたわ。私は元々クレリックだから回復魔法で傷は治したけど、インガーの遠征部隊を襲っていたルナーグのほうもユートにやられたわ」

「だろうな。ユートが襲って来たのならそうなるだろうな。でなければ俺もユートから隠れて行動していない」

「あなた、ルナーグややられたのよ? どうしてそんなに落ち着いているの!」


 そう言うローザも、実はルナーグを見捨てている。

 元勇者は一応の峰打ちで命までは取っていない。回復魔法を使っても簡単には完治しないだろうが死ぬような事も無い状態だ。しかしローザはルナーグが完治に長い時間がかかる重症である事から戦力外となったと考え、役に立てなくなったルナーグを見捨てて後始末を”狼煙獅子団”に任せて放置しているのだ。


 淡々とセシルが呟くように言った。


「術式は、もう出来ている。あとは準備を整え発動させるだけだ。他に何か重要な事があるのか?」

「あの術式が出来たの!? ”世界を支配する術式”が?」

「あぁ」

「……その術式って、発動するとどうなるの? 本当に私達が世界を支配できる術式なの?」

「”私達”? ふふっ、ハハハっ! あぁ、そうだな。そうなるだろうな」


 ローザは困惑の表情となった。妻であるローザが負傷したと聞いても眉一つ動かさず、長年の仲間だったルナーグが倒されても感情を乱さないセシルは、何かが狂っているようにしか思えなかった。しかし穏やかな態度で冷静に話す様子はリーダーらしくもある。


 従者が会話の切れ目を見計らってセシルに報告した。


「オークションの用意が整いました」

「そうか。警備のほうは万全だろうな?」

「はい。雇った傭兵を適所に配置し、招き入れた商人達も素性をチェックしたものだけで秘密厳守の念書も書かせています」

「そうか、仕切りはハガーに任せると伝えろ」

「わかりました」


 従者が姿を消すのを待ってからセシルは言った。


「どうせここにもユートが来る。俺達はギリギリまで様子を見て、危なくなったらすぐに逃げるぞ」


 ローザは頷いたが、夫であるセシルをどこまで信用していいのかわからない気分になっていた。




-----


 オークションを任されたハガーは、会場となる場に集まった商人達を一瞥して言った。


「金持ちの悪徳商人がこれほど大勢いたとはな」


 炭鉱だった洞窟を掘り広げて作られた集会スペースには30人ほどの商人が集まって鮨詰め状態となっていた。

 集会スペースの奥は一段高い舞台となっており、その奥にはセシル達が控える部屋があり、更に奥にはインモールに転移できるポータルが備えられていた。舞台より奥は”希望の暁”関係者専用スペースだ。


 ハガーは舞台の袖から警備の状況も確認した。金に物を言わせて雇い入れたハイレベル冒険者が10人、鮨詰めの会場の左右で目を光らせている。もちろん通路のあちこちに”狼煙獅子団”の荒くれ者が警備しており、闇取引とはいえ少々大袈裟に思えるほどの警備体制だった。


 ハガーにオークションの仕切りを任せるという事を伝えた従者が言った。


「今回のオークションも大儲け間違い無しですね」

「大儲け? まさか」

「どうしてですか? 商品は上玉の娘達で、これほど金持ちの商人が集まっているというのに」

「せしめた金の殆どは護衛の冒険者を雇うのに使っているからな。闇取引の護衛なんて汚れ仕事をさせるんだから口止め料に相当の金が必要なのさ」

「ではどうして金にならないオークションなんてやっているんですか?」

「我々”希望の暁”は大きな目的の為に活動している。……まぁ正直俺もその計画の全てを知っているわけではないが、セシルはその計画に全てを賭けている」

「大きな目的、ですか……」

「俺達が世界を手中に収める計画さ。その実現も近いようだが……まずはこのオークションだ。商品の娘達を連れて来い」


 ハガーは大きな咳払いを一つ、舞台の中央に立ち、集まった商人達に向かって叫んだ。


「これよりオークションを始める! きょうの評品はとびきりの上玉だ!」


 従者に縄を引かれて3人の娘が舞台に立たされた。

 ディア・ホリィ・ライムだ。

 3人の服は無残に切り裂かれ胸元から(へそ)の下までが顕わになっていた。肝心な部分は辛うじて隠れていたが、年頃の少女の白い肌が大勢の悪徳商人の前に晒され、ディアは怒りに震え、ホリィは羞恥で身を強張らせ、ライムは理解できない状況に怯えていた。しかし口かせをされていて言葉を発する事が出来ない。


 悪徳商人達が3人の少女の半裸姿を見て「おお……」と感嘆の声を漏らした。これまでのオークションで取り扱われた少女達も整った顔立ちの娘ばかりであったがこの3人は格が違った。可愛らしくも美しく、そこらの村娘とは違った品格や雰囲気を醸していた。

 それほどの端麗な少女達が囚われて縛られ、柔らかそうな胸元や腹を晒して人身売買オークションの舞台に立っている光景は、悪徳商人達の劣情をそそるに十分だった。


「”希望の暁”に多額の出資をした者だけの特別優遇のオークションだ。犯すのも孕ませるのも自由、娼館に売り飛ばすのも自由、この綺麗な身体を切り刻んで嬲り殺して楽しむのも自由だ。一番高い金を払える奴だけがこの娘達を家畜に出来る! このオークションは金こそ全てだという事をこの上玉の娘達の身体や命を弄ぶ事で実感出来るチャンスだ!」


 ハガーの言葉に悪徳商人達から歓声が上がった。


「ではオークションを始める!」


 一斉に商人の手が上がり、値付けの声が上がった。興奮している悪徳商人達は少女達を落札しようと次第にヒートアップしていった。

 どんどん値が上がっていくにつれ、手持ちの金が足りなくなった商人が他の商人と手を組もうとし始めた。これほどの上玉の娘がまたオークションに出るとは思い難いからだ。闇取引の商品は売れてしまえば永久に手に入らない。ならば他の商人と手を組んで一緒に楽しもうという目論見だ。


 集まった30人ほどの悪徳商人達は金額がどんどん上がってもオークションを降りようとしなかった。それほど魅力的な少女達であったし、悪どく稼いだ大金も使い道が無ければ価値も失われる。美少女を無碍に扱う酔狂な遊びも闇取引で買った相手なら裁かれる事も無い。独占できないなら他の商人と手を組んで共同出資で一緒に楽しむという選択肢を選ぶ事も必然となりつつあった。


(こりゃぁ思っていた以上に金になりそうだな)


 商人達の賑わいは留まる事を知らず、これまでの闇取引の相場の3倍の値を越えたあたりでハガーも思わず唸った。しまいには30人の悪徳商人が全員で3人の娘を買い取るのではないかというほどの熱気だった。


 しかしその熱気は一瞬で止まった。


 誰もが何処かで「ぐぇっ!」という短い悲鳴が聞こえたような気がした。勿論この喧騒のオークションの最中にそんな声が聞こえる筈は無い。しかし何か不吉な予感を感じ、オークションに熱狂していた悪徳商人達は一斉に声を抑え様子を伺った。まるで地震の前触れでも感じ取ったかのような不穏な空気だった。


 再び「ぐああっ!」という声が何処かから響いた。短い悲鳴が次第に近くから聞こえてくる事に、オークションの会場の空気は緊張感に満ちていった。


 そして一人の中年男の姿が現れた。

 オークション会場にいた悪徳商人と警備の傭兵達、そしてハガーは、不吉な予感と感じたものの正体が”元勇者が発するフィアーの能力”である事を悟った。

 怒りを隠さず圧倒的な恐怖のオーラを放ち続ける元勇者の姿は、鬼か悪魔のようにさえ見えた。




-----


「これはこれは皆さん御揃いで」


 元勇者は感情の無い淡々とした声で言った。

 状況は一目見ればわかる、半裸にされた3人娘を前に商人達が集まり、その傍らにはハガーが、周囲には傭兵がいる。


「覚悟は出来ているだろうな」


 元勇者は既に抜刀していた。ギラリと片刃の両手剣の刃先が光った。


「なッ……何者だ貴様ァ!?」


 狼狽した商人の一人が悲鳴のような怒声を上げた。

 元勇者は刀を左右に素早く振った。その瞬間に場を埋め尽くしていた商人達が左右の壁に叩きつけられていた。必殺技の定番である”ソニック・ブレード”の風圧で吹き飛ばしたのだ。冒険者ではなく戦闘経験も無いであろう商人達は瞬時に壁に叩きつけられた事で相当な怪我をした筈だが、元勇者は表情ひとつ変えなかった。吹き飛ばされた商人の大半は失神し、残りは悲鳴を上げる事も出来ずにいた。


「お、おのれユート! まさかこの場所をかぎつけてやってくるとは! 狼煙獅子団の警備はどうした!」

「あの雑兵共が警備とは。全員ドン・ドン・カッでフルコンボだドン」


 軽口を言いながらも表情は変わらず、感情の無い淡々とした口調からは殺気が漂っていた。


 元勇者も自分が何故これほど苛立っているのか、よく理解していなかった。

 3人娘への愛情というものとは少し違う。庇護(ひご)欲でもなく、勇者としての正義感や使命感でもない。もちろん3人娘を救いたいし、愛着もあり守りたいと持っている。半裸姿で人前に晒されている状況を可哀相に思うし、そんな状況にした”希望の暁”の蛮行は許せない。しかしそれだけが苛立ちの全てではないように思えた。


「畜生ッ! 傭兵ども何をしているッ!! 高い金を払っているんだから、その男を始末しろ!!」


 ハガーの怒声で、吹き飛ばされた商人達の下敷きになっていた傭兵が姿を現した。


 ハガーは横目で3人の商品の様子を伺った。先程まで怒りと羞恥と不安で震えていた3人娘達は一様に心配そうな目で元勇者を見つめていた。しかし元勇者は一向に3人娘と目を合わそうとはしなかった。口枷で喋れない3人娘は何かを必死に元勇者に訴えようとしていた。


(ユートの奴が助けに来たのに喜ばずに心配しているのか……?)


 ハガーはその状況が理解できなかったが、すぐに理解する余裕は無くなった。


「一斉に攻撃するぞ!」

「おう!」


 大金で雇われたハイレベル冒険者の傭兵10人が一斉に抜刀した。

 そして10人の傭兵達がそれぞれ必殺技を同時に繰り出した。10人のうち何人かの攻撃が当たれば元勇者でも致命傷となりかねないダメージを受ける筈だったが、傭兵達が攻撃を繰り出した瞬間に元勇者の頭上が落盤し、同時に元勇者の姿が消えた。

 落盤はすぐに収まり、崩落の土煙が収まった時には傭兵全員が地面に倒れていた。


 ハガーはあっという間に10人のハイレベル冒険者の傭兵が倒された事に唖然とした。雇ったのはハガーと同等がそれ以上の実力がある実力者ばかりだった筈だ。それが一瞬で負けたのだ。どうやら元勇者は天井に向けて攻撃を放ち小さな崩落を起こして姿を隠すと同時に、崩落で動線が限られるよう戦いの場をコントロールして同時攻撃を避けつつ瞬時に各個撃破したようだが、目で追える速さではなかった。


「ハガー、セシルは何処にいる? あいつと少し話がしたい。もちろん話した後には約束どおり殺すが」


 土煙に元勇者の姿が浮かび上がった。その目は獣のように鋭く光って見えた。


「ゆっ、ユート! この娘達が見えないのか! 小娘共の命が惜しければ武器を捨てて……」


 ハガーがディアの首元に短剣を突きつけようとした時、ハガーの耳元で元勇者が呟いた。


「何か言ったかハガー。すまんがもう一度言ってくれないか?」


 感情の無い声……いや限界まで怒りの感情を抑え込んだ声がハガーの耳元で響いた。目の前にいた筈の元勇者の姿はゆらりと消え去った。いつから分身攻撃だったのかは判らなかったが、腹に硬い金属が刺さっている事に気付いた。ハガーは既に元勇者の片刃の両手剣で腹を貫かれていた。


 元勇者は刃に付いた血を振り払うように剣を振った。その剣の動きで巨漢のハガーの身体が宙を舞い、振り払われて床に叩きつけられた。大きな傷口からの出血が止まらないが、どうやら致命傷では無いらしい。洗練され極められた攻撃は魔法と見分けがつかないようだ。いつどのように攻撃されて負けたのかもわからない、圧倒的で容赦の無い攻撃だった。

 ハガーはセシルに「人質の役には立たないから殺せ」と命じられていた事を思い出した。力量差がありすぎる相手に駆け引きなど無駄だったのだ。


「さて、俺が尋ねているのはセシルの居所だ。言えば半殺しで勘弁してやる」


 言いながら元勇者は苛立ちに似た感情が次第に楽しい気分に似てきたように感じた。どうやら苛立っていた理由は不条理にあると思われた。魔王を倒してからの鬱屈した3年間が3人の少女達の来訪によって幾分救われた気持ちになった。元勇者にとって救済に等しい日々は”狼煙獅子団”や”希望の暁”といった無関係な悪党によって乱された。悪党の陰謀に巻き込まれて嫌な目に遭う事は全く以って不条理としか思えず、その不条理を力任せに叩き潰す事は清々しいほど楽しく感じる事だった。


 その様子を見ていた3人娘は何か喋ろうと呻き、口枷を外そうともがいていた。


「何も言わないなら別にいい。この炭鉱跡地の奥まで調べた後、崩落させてこの場にいる全員を生き埋めにする。墓穴を掘らずに済むのだから楽なものだ。お前達悪党集団もそれを覚悟してこんな場所に集まったのだろう?」

「待ってくれユート! 話す、何でも話すから殺さないでくれ!」

「いやもういいよ。昔の馴染みとはいえハガーの頼みを聞く理由なんてないからな。お前達”希望の暁”も誰かの頼みや命乞いを聞いたりする事なんて無かったんだろう?」


 元勇者が剣を高く振り上げ、ハガーは死を覚悟して放心した。

 剣を振り下ろそうと柄を強く握り締めた時、自力で口枷を外したディアの声が響いた。


「そこまでです勇者様! その殺生は無益です!」


 ゆっくりとディアのほうを振り返った元勇者の目はじっとりとして生気が無かった。


 元勇者は周囲を見渡した。舞台に立たされた3人娘の他の数十名の悪徳商人や傭兵達は全員地面に倒れて山積みになっていた。足元には血を流して動けなくなったハガー。もはや周囲に危険な存在は無かった。


 そしてようやく、元勇者は苛立ちの理由を理解した。もはや”希望の暁”を皆殺しにしたところで、元の無邪気で平和な日々が戻ってこないように思えたからだ。これからどれだけ平和な日々を送っても、それはこの闇取引で3人娘が売り飛ばされそうになったイベントの延長線だ。これがどれほどの傷として後々に残るのかはわからないが、元勇者は僅かな傷痕も残したくはなかったのだ。3人娘の為にも、自分の為にも。


「なぜ悪党に情けをかけるかなー。全員コロコロしちゃったほうが面倒も少ないのに」


 務めてとぼけた口調で言いながら元勇者は3人娘を拘束していた縄を切った。


「ウワーン! 怖カッタデスゥ!!」とライムが抱きついてきた。半裸の格好なので普段なら拒むところだが怯える少女を無碍には出来ない。父親モードの気分で優しく抱きしめた。


「勇者様がこれほど怒っている姿を初めて見ました」とホリィ。

「そんなに怒っているように見えたかな? 出来るだけ冷静に行動したつもりなんだけど」

「とても冷静とは……。勇者様はご自身から発せられている”フィアー”がどれほど強烈なものだったのか自覚していないのですか?」

「うぅむ……そこまで気が回らなかったなぁ」


 ディアは破れた服も気にせず元勇者に向き合い、言った。


「おかげ様で私たちは無事です。助けに来て頂き心より感謝します。ところで父アーティス王は勇者様に何か言っていませんでしたか?」

「何か言われたような……」


 そういえばアーティス王は「目的は3人娘の救出」であり、「くれぐれも度を越さないように」と言っていた気がする。どうしてわざわざ「度を越さないように」と念押ししたのかは理解できなかったが、理解できなかったのでうっかり失念していた気もする。


「ま、まぁ……とりあえずアーティス城に転移しよう。破けた服を見て王様がビックリするかもしれないが、まずは安全の確保が先決だ」


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