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元勇者は禍根渦中  作者: 数ビット
31/46

「るろうに元勇者」

 カールは商人達から情報を得て、インモールから北に向かった先の辺境にある宿場町にいた。


(これでも一応は四天王と戦った4勇者の一人なんだ、汚名返上しなければ……)


 カールは勇者マルス達との戦いで若き少女達を守りきれなかった事を深く悔やんでいた。元勇者ユートが運良く(または運悪く)転移して来なければカール達は全滅していただろう。生き残れたのは奇跡か偶然でしかない。


 マルス達を倒した事を確認したカールはシュナの元に赴き状況を説明した。ほぼ相打ちとなった元勇者に合わせる顔が無かったので砦に戻る事が憚られた。かつて魔王との戦いの前に元勇者を見捨てて逃げ出したカールだが、役立てなかった情けなさで元勇者から離れている現在のほうが強い悔しさと歯痒さを感じていた。


(このまま山賊セシルを放置しておけば、もっと狡猾な罠を仕掛けてくるだろう。そうなる前に連中の企てを潰してやる!)


 シュナに状況説明した後、カールはすぐに山賊セシルの調査に赴いた。カールは後衛のアーチャーとしての役割だけでなく、長い冒険者としての旅の中で情報収集や索敵などで活躍していた。そのスキルを生かして山賊セシルの企てを暴けば、少しは元勇者に顔向けも出来るだろう。少々グダグダな関係になっているが、これ以上は元勇者を裏切る事も迷惑をかける事も出来ないという思いがあった。


 カールは商人達と会話を重ねて”希望の暁”に近付く為の情報をさりげなく聞き出し、そうして辿り着いたのが北の辺境にある宿場町だった。


(こんな北端の宿場町なんて商人が集まるような場所じゃないのに、妙に賑わっているな)


 この大陸では北の辺境に行くほど気候が厳しく、土地は痩せて農作物も育たず、栄えた街も無かった。商人よりも逃亡者が好みそうな宿場町だ。なのに行商の荷馬車も持たぬ商人らしき者達の姿が多かった。

 かつてはイケメンだったカールも介護ストレスによる過食ですっかり丸々とした体型で、傍目には景気のよい商人のように見える。山賊カール達やその直属の手下”狼煙獅子団”の山賊共には顔を知られているが、冒険者には見えない風貌なので宿場町をウロウロしていても気付かれる事は少ないだろう。


 カールが旅人の集まる酒場に赴くと、旅の商人らしき声を掛けられた。


「アンタも商人だな。見てすぐにわかったよ」


 カールはハハハと引きつった笑みを浮かべた。アーチャーとわからなかった事が悲しかった。


「こんな辺鄙(へんぴ)な土地まで何の商売に来たんだい? ……わかった! 世界一の武器商人を目指しているんだな!」

「ちげーよ! 正義のソロバンとか持ってないし! しかも武器商人とは物凄く人聞きの悪い商売みたいだし!」

「はっはっは、こりゃ済まなかった。そういった大冒険をしていそうに見えたから」


 愛想よく話しかけてきた旅の商人だが、カールはすぐに(これは余所者のオレが何者なのか探っているんだな)と考えた。


「……で、アンタは一体どうしてこんな辺鄙な宿場町まで来たんだい? 荷馬車も無いようだし行商じゃないのかい?」


 やはり余所者に探りを入れているのだと確信したカールは、それに気付いていない素振りを装った。


「オレはあまりこの辺りの土地に詳しくないから、ちょっと下見に来たのさ。良い客がいれば商売もするつもりだがね」

「荷物も無いのに商売かい? アンタ本当に商人かい?」


 旅の商人は冗談めかしつつも執拗に尋ねてきた。しかしカールもこういった事態は想定していた。

 カールはポケットから、パールやルビーといった宝石を取り出した。冒険者時代に雑魚モンスターを倒した時に入手した換金用アイテムだ。シュナも元勇者ユートも宝石に興味が無かった様子なのでカールは多く持っていたのだ。女性を口説く時に使った事も多かった。


「実はこういったものを売っているんだ。まぁ宝石商みたいなものだね」

「ほう……なるほどねぇ」


 旅の商人の態度が軟化した。それなりに説得力があったようだが、まだカールの正体を探ろうとしているようだった。


「宝石商とは考えたものだ。しかしそんな石ころが売れるのかい?」

「男に取っちゃ石ころだが、女にとっては違うのさ。しかも値段は女が決める。上客相手なら石ころに天井知らずの値が付く事だってありえるのさ」

「なるほど、上手い商売だな」

「あんたもひとつ、奥さんや彼女がいるなら宝石の一つでもプレゼントしてみたらどうだい?」

「いやいや、どうせその石ころに高い値段を吹っかけてくるんだろう?」

「それを決めるのはやっぱり相手の女さ。安く買いたきゃサービスするが、女はその値段を必ず尋ねてくる。女に嘘をついてもすぐバレる。いわば宝石は相手の女性の価値が値段さ。遊び相手なら安い石ころでも十分だろうが、そうでない相手に高い宝石を贈れば値段以上に喜ばれるし、男の株も上がると言うものさ」


 カールは冒険者時代のナンパで培った口八丁手八丁で宝石商を演じた。探りを入れようとしていた商人も次第にタジタジとなっていった。


「ま、まぁ……何かの記念日が近いわけでもないし、また今度にしておくよ」

「じゃあ上客のアテは知らないかい? あんたもこんな辺鄙な宿場町に意味も無く来たわけじゃないんだろう? 最近は”山賊除けの護符”が無ければ商人が遠征するには危険だという噂だしな」


 探りを入れる立場が逆転していた。カールは商人を演じつつ”希望の暁”が”狼煙獅子団”と組んで売りさばいている”山賊よけの護符”の話題を織り交ぜ、逆に情報を聞き出そうとしたのだ。


「アンタに紹介できる上客のアテは無いんだが……アンタの商売のコネになりそうな”集まり”は紹介できるかもしれない」


 楽しく話し続けて相手の思考力を奪い、意図する返事を引き出す……カールが冒険者時代に培ったナンパの初等テクだ。


 カールは(やはりこんな北端の辺鄙な宿場町にいる商人は”希望の暁”に関わっている連中だろうという予想は当たったようだ)と思った。

 この調子で”希望の暁”に近付きその実態を探って山賊カールの目論見を暴く事が出来れば、あまり活躍できていなかったカールの面目躍如となるかもしれない。悪事の核心までわからずとも有益な情報は得られる筈だろう。




-----


 一方その頃、元勇者はホームレスだった。


 街で引っ越し資金を工面しようとしたが思うような結果に到らず、結局ソロキャン生活となっていた。

 ソロキャンで困るのは、場所の確保とトイレの確保だ。

 いくら歳を重ねてふてぶてしくなった元勇者でも街中の公園でキャンプは出来ない。貧相なキャンプなら施しの小銭を地面にまかれたり、夜中に若者が狩りと称して襲ってくるかもしれない。適度に街から離れ、水の確保の出来る場所を見つけ出さなければならない。

 そして野外での生活ではトイレに困る。用を足している最中は元勇者といえど無防備だ。排泄物で水源を汚すわけにはいかないし、臭いで野生動物やモンスターが寄ってきても困る。川から離れた物陰のある場所で、場合によっては穴を掘って埋める必要もある。


「うう……、朝晩の冷え込みが厳しくなってきたな」


 暖かい季節も過ぎてもうじき寒季が近付いてくる季節だ。夜が長くなり日の出前の時間が冷え込むようになってきた事で冬の到来が迫っている事を感じた。具体的にはトイレが近くなって目が覚めるといった具合だ。若い頃にはなかった事だ。


 幸いにも所持金はそれなりに持ち合わせていたが、それは「ホームレスとしては」であり、新居を探している身としては心もとない額でしかなかった。


 元勇者がホームレス生活となって数日が過ぎていた。

 初日と翌日には”転移のオーブ”を使って、かつて革命軍と称する”元勇者パーティの応援団”が作った砦の幾つかをチェックして回った。これまで元勇者が住んでいた温泉付き砦も革命軍が作って放棄していたものなので、他に使えそうな砦がないか調べようと考えたのだ。

 しかし結果は散々だった。作りが粗雑な為に半壊・倒壊している砦が多く、きちんとした作りの砦も数年の放置で人の住めない状態になっているものばかりだった。DIYで修理するにはコストも時間もかかる。


「まるで実家を追い出された中年ヒキニートのようだ。俺には実家とか無いけど、なんと世知辛い事か」


 この世界には24時間営業している店も無いので、住処がなければ必然的にアウトドア生活だ。

 宿場町も無い土地を旅しているのならば野宿も必然だが、人里に近い場所での野宿だと人の目や世間体が気になる。


 きっと3人娘もシュナも次の住処など簡単に決まると思っていたのだろうが、この調子ではアーティスに出向くのは数ヶ月先になってしまいそうだ。まるで「引っ越し先が決まるまで戻れま10(テン)」といった感じだ。


 次の住処も「数人集まって打ち合わせできる広さ」「山賊セシルに見つかり難い場所」「もし戦闘になってもご近所に迷惑をかけない土地」という条件もある。宿屋でも借家でも戦闘となれば即座に事故物件になってしまう。世間では事故物件の噂をまとめ「オーシ・マーテル」という謎の隠語で呼んでいるそうだ。元勇者が借家を借りるたびにオーシ・マーテル物件となれば大家も世間も黙ってはいないだろう。


「うむ。これは結構ヤバイ状況だぞ」


 元勇者は確かに「元・勇者」だが、現在は完全に「無職のホームレス」だ。

 こんな状況では元勇者が「俺が魔王を倒した」と言っても「昔の自慢話、乙」程度にしか思われないだろう。


「……物件を探す前に、仕事を探すほうが先かもしれないな?」


 元勇者として活動拠点を探す事も、”アラフィフ無職が物件探し”と考えれば以下にハードルが高いかは明らかだ。固定収入も貯蓄も無い中高年が易々と「フリーランス、家を買う」というわけにはいかないようだ。


 どうにもならなかった場合には幾つか見た革命軍の廃棄砦の中から状態の良いものを選んで修繕するしかない。完全に打つ手が無い訳ではない事は救いだったが、魔王を倒した元勇者の顛末としては不甲斐ないものであり、3人娘がやってきたとしても落胆の表情しか想像出来ない。いくら塩対応し続けてきた相手であっても見栄は張りたい。しかしそれはモンスターの中ボスを倒す事より難易度が高い。


 打つ手も決まらねば行き先も定まらない。

 各地をフラフラして引っ越し先を探していた元勇者は、街道の片隅に座り込んで途方に暮れた。


 しばらく呆けた後、周囲に落ちている枯木を拾い集めて小さな焚き火にした。日差しはあるが空気は冷たかった。身体を温め、煙管を取り出して煙草葉を詰めて火をつけた。


(こんな生活が続いたらすぐに貯金も尽きてしまうから、魔王を倒した事なんて忘れて再就職しなきゃダメかもしれないなぁ)


 アラウンド・フィフティの中高年と言えど老人という年齢でもなく、生きている間は生活費がかかる。

 冒険者時代の悪い癖で「いつ死んでも構わないし」「長生きなんて望んでいないし」等と考えてきたが、歳を取るほど人の末路はあっさり死ぬとは限らない事を感じてもいた。モンスターに襲われて即死であれば悩む事も少ないが、病気で身体を悪くしたまま衰えて死を待つ場合はその時までの病院代があるかどうかが大きな差となる。薬も買えずに病気に苦しんで迎える臨終の時が幸福の筈がない。病気にならない為の生活費、病気になっても苦しまないようにする薬代を稼ぐ為に、ゆとりある預貯金が必要だった。魔王を倒したからといって何かがお得になるクーポンなど無いのだから。


(どうせ酒場の求人票を見てもロクな仕事は無いだろうから、どこか専門の人材派遣ギルドを探してみようかなぁ)


 煙管をふかしつつ再就職を考えていた元勇者の元に、誰かが駆け寄ってきた。


「勇者様! 勇者様! おひさしぶりですー!!」


 再会の喜びにピョコピョコとケモミミが動く獣人族の少女は、インモールの街で武具を売っていた少女ミーケだった。


「勇者様、こんな辺境の街道沿いで何をしているのでしょうか?」

「まぁ色々あって……」


 色々あって住む家が無くなった、とは言いにくい。こういう時はさっさと話題を逸らすが吉だ。


「そういえばインモールでは武器の代金として”転移のオーブ”をあげたけど、アレを売っても代金の足しにならなかったんじゃないか?」


 元勇者がリサイクルショップで売ろうとした時はたった50Gという買い取り価格だった。ミーケから買った片刃の両手剣は刀鍛冶の職人が集うコフガ村の謹製の高級品だ。その時のミーケは処分価格なので50Gでもいいと言ってはいたが、通常の希望小売価格は数千Gはする。定価2000G程の”転移のオーブ”2~3個分はする筈だ。


「頂いたオーブはとても高く売れました! 1コは帰る時に使っちゃったのですが、2コ売って5000Gも頂いちゃいました!」

「 」


 元勇者は口をパクパクさせた。酸欠の魚のようにしばらくパクパクした後、ようやく一言「なんで?」と言葉を発した。


「インモールはドラゴンが暴れて大変でしたからお金を持ってる資産家が街から逃げようと騒ぎになっていたんです。なのでそういった方に声をかけたら高く買って頂けたんです。同じような方々が競り始めて値段がどんどん上がっていって」

「な、なるほど……。こういったものは個人売買のほうが高く売れるのか」

「もしリサイクルショップなどで売っていたら安く買い叩かれると思ったので、最初から欲しい人に買って頂こうと思っていました。商売は売り買いの間に業者が入るほど割に合わなくなっていきますから」

「そ、そうだったのか……」


 世の中を知らない事で損しそうになった元勇者は半ば魂が抜け出そうな様子だったが、ミーケは一層キラキラと喜びの感情を顕わにしていた。


「オーブの売り上げのおかげで、廃村寸前だったコフガ村も持ち直す事が出来たんです! 本当にありがとうございます!」


 コフガ村は優れた武器を作る職人の村だったが、魔王が倒されてからは強い武器の需要が無くなって営業終了の瀬戸際だった。そのコフガ村が持ち直したというのなら喜ばしい事だが、詳細がよくわからない。


「優れた鍛冶職人が廃業せずに済んだのは喜ばしいけど、オーブの売り上げだけで足りたのかな?」

「コフガ村はフラッグシップの武器が自慢ですが、ミドルスペックの量産品も手掛けていますから、オーブの売り上げで新商品を作る事が出来たのです! お求め安い価格でコストパフォーマンスの高さを追及した使い勝手の良い三徳ブレードです!」

「なんだか包丁みたいな武器だなぁ」

「小三徳ブレードも人気ですが、初心者の方にも扱いやすく、ベテラン冒険者の方でもサブウェポンとして用いる事が出来る実用性重視の武器シリーズで、堅調な売れ行きなんです。勇者様のおかげでその開発費が得られたのです!」


 元勇者が同じ元手で何かを成功できる気は全く無い。

 貯蓄して見積もりを誤って老後の余裕が無い事に気付いた現状が物語っているが、元勇者は魔物を倒す事以外は平均以下の能力しかないようだ。そんな元勇者がミーケのように上手な資金運用が出来るわけがなかった。


「うむむ。なにはともあれ元気そうで良かった。オーブも少しは役に立ったのなら尚更だ。それにしてもミーケはどうしてこんな辺境の地にいるんだい?」

「三徳ブレードの一括購入をご希望されたお客様がいらしたので、商品のお届けに来たのです」

「一括購入だって? いまどき……いやコフガ村の商売が順調なのは良い事だけど、魔物の少ないこの時代に武器の大量購入だなんて」


 ミーケは遠方を指差して、言った。


「山賊狩りの為にインガー帝国の部隊が遠征していて、その部隊がお客様だったんです。あの丘の向こうで陣を張っていますよ」

「インガー帝国というとアーティスの隣を統治する国だな。隣といっても随分遠くだが、こんな所まで山賊狩りとは」


 インガー帝国はアーティスより東にある国で、古い歴史があるが魔王侵攻時代にゆるやかに衰退し、アーティスより広い領土を持ちながらそれほど栄えていない。地図に定規で引いた国境線があるわけではないがアーティスより離れた場所の小さな村の多くはインガーが統治している。


 ミーケはインガーの遠征部隊について話した。


「どうやら地方の村々で人さらいが多発しているそうで、さらわれた人の救出と犯人の退治に来ているそうです。しかし長い遠征の合間に幾度も山賊の襲撃を受けて損害が大きかったようで、より強く扱いやすい武器が必要だという事で私達の村に受注が来たようです」

「人さらいを追っていたら山賊に襲われた、って事か……そういった妙な事をしそうな連中に心当たりがあるなぁ」

「よろしければご案内します!」


 元勇者はミーケに連れられて、陸の向こうにいるインガー帝国の遠征部隊の様子を伺いに行った。




-----


 インガー帝国の遠征部隊は随分と疲弊しているように見受けられた。

 兵の数は30数名といった大部隊だが大部隊の割には人数が半端だ。分隊として行動する時に均等に当分出来ない人数である事から、何らかの理由で脱落した兵がいるのだろう。

 また遠征の割には馬などがいない。遠征部隊であれば騎兵がいなくとも荷物を運ぶ為の馬は必要だろう。しかし荷馬車も無い徒歩での行軍だった。


 インガーの兵士は言わば蛮族と言われる事も多い軽装の兵士が多かったが、それは古来からの伝統を重んじているからであって決して蛮族のような粗暴な振る舞いはしない。むしろ厳格で紳士的な兵士が揃っている。伝統を守りつつ近代化している国の兵士で、その実力も高い。

 しかしインガーの遠征部隊は相当の損害を受けているようで、負傷兵の数も多いように見受けられた。もしかすれば山賊に襲われた時に馬や荷物を失ったのかもしれない。インガーの兵士はプライドも高いので、本来の任務を終えるまでは損失があっても引き返せないのかもしれない。


 ミーケは遠征部隊の隊長に挨拶をした。


「先程は武具のお買い上げありがとうございました! ところでご紹介したいお方がいるのですが」


 隊長は表情一つ変えずミーケと元勇者を見た。


「聞こう」


 短く一言だけ返事をした隊長は、2人を警戒しているようではなかった。単に余計な事を喋らない生真面目な性格なのだろう。


「俺は元冒険者のユートと言います。実は最近、山賊などのトラブルに巻き込まれる事が多く、その問題の解決策について思案していたところなのですが、先程知人であるミーケから貴軍が人さらいや山賊の討伐に奮闘していると聞き、宜しければ話を伺いたいと思い参じた次第です」

「ふむ、成る程」


 隊長は表情を変えずに頷いた。


「我が部隊は人さらいの討伐が目的であったが、絶え間なく山賊の襲撃を受けて死者や負傷者も出ている。ユート殿に話せる事があるかどうかもわからぬが、こちらもお尋ねしたい事もある」

「俺のほうもどれだけそちらに役立つ情報があるかはわからないが、隠し立てするような事は無いからなんでも聞いてくれて構わないよ」


 隊長は元勇者を陣の中心に招き、そこで話をする事となった。


 無表情だった隊長だが、インガー帝国の領土である各地の村から(さら)われたのが若い少女ばかりでる事、攫ったのは人身売買を生業とする奴隷商人であろう事、人さらいから少女達を救出する為に遠征部隊を出兵した直後から山賊に襲われ続けている事、その被害で多くの犠牲が出ている事を話すうち怒りに満ちた表情となっていった。


「なるほど……まるで奴隷商人を山賊が守っているような感じだな」

「山賊が奴隷商人を守るなんて、そんな馬鹿な事があるだろうか」

「インモールの街では山賊集団が商人を騙して何か企んでいるらしいんだ。証拠が無いのが歯痒いんだが、山賊も商人も金目当ての仕事だから、無きにしも非ずと考えている」

「なるほど。魔王がいなくなっても世が平和にならぬのは、魔物の如き悪党が世に蔓延っているからなのかもしれぬな」

「奴隷商人や山賊が俺が調べている連中と同じかはわからないが、差し支えなければ俺も同行させてはくれないか?」

「我々インガーの兵士は傭兵など雇わぬ。我々の問題は我々の手で解決する」

「ふむ……インガー帝国人は古からのしきたりを守ると言われているが、その噂は本当のようだなぁ」


 隊長は無表情ではあったが、元勇者の申し出を受けたい迷いがあるように見えた。インガー帝国の兵士はプライドが高く、隊長であれば部下の兵の前で余所者に頼るような事も出来ない。


「じゃあ、俺が勝手についていくのは構わないかな。たまたま行く方角が同じという事はよくある事だよ」


 隊長の無表情が少し緩んだように見えた。


「余所者のユート殿が何処に向かおうと、我々は邪魔をしない。好きにすれば良い……しかし我々の近くにいれば山賊の襲撃などで危ない事になるかも知れぬ」

「自分の身は自分で守るからご心配なく」


 元勇者がインガーの遠征部隊に同行する許可が取れた。あとは山賊や人さらいが”狼煙獅子団”や”希望の暁”と関係があるかどうかを調べれば、山賊セシルの企てを知る事が出来るかもしれない。


 話が纏まったタイミングで、ヒュン! と風を切る音が響いた。

  

「敵襲ー! 山賊の襲撃だー!」


 インガーの兵の一人が叫んだ。

 丘の上には遠征部隊を上回る人数の人影が見え、高く掲げた弓から次々と矢が放たれた。

 空に向けて放たれた弓矢は大きな放物線を描いて遠征舞台の頭上に降り注いだ。長い距離を飛んで落ちる矢は威力こそ弱いが、雨のように降り注ぎ身動きが取れない。


 隊長は盾を頭上に構えて矢を防ぎつつ、苦々しく呟いた。


「くそっ! また山賊が我々を襲いに来たのか! これでは体制を整える暇も無い」


 元勇者はミーケをかばいつつ、「ほーん」と呑気な声を漏らした。降り注ぐ矢に対して防御していないように見えたが、矢に当たっても平然としている事から戦闘モードの闘気で弾き返している事は明白だった。


「なるほど体制を整える暇を与えないように山賊が襲撃しているのか。やはり人さらいの追跡を邪魔しているようにしか思えないな」

「ユート殿! この敵の猛攻に、どうして平然としているのか!」

「猛攻? これが? ……いやいや確かにこんな矢の雨が降り続いたら気が滅入るな。隊長殿、差し出がましいかもしれませんが、ちょっと露払いをしても構いませんか?」


 隊長は元勇者が何をいっているのかよくわからないまま頷いた。


 元勇者は道具袋から刀を取り出した。インモールの街でドラゴンを追い払う時にミーケから受け取った片刃の両手剣だ。


「では天に向けて露払いの……ソニック・ブレード!」


 元勇者が剣を振るった衝撃波で、遠征部隊の頭上に広く降り注いでいた数十本の弓矢の全てが弾き飛ばされた。衝撃波は山賊が並ぶ丘の上にも達し、弓を構えた山賊達がよろけるように倒れていった。


「なっ! なんという攻撃力……ッ!」


 隊長は広範囲に降り注ぐ矢の雨を一閃で払いのけた元勇者の剣捌きの威力に驚愕した。


「隊長殿、ここは逃げ出したいところなんですが、周囲は丘に囲まれた平原で馬の無い部隊が逃げ切るのは困難かと思います。少し反撃して山賊を追い払うのが妥当かと」

「う、うむ。しかし兵の半数は少なからず手傷を負っているのだ。山賊を追い払おうにも数の差がある」

「とはいえ逃げても追われて被害はもっと増える事になる。人さらいを討伐するという目的の前に、この部隊が討伐されてしまうかもしれない」


 分の悪い状況に顔をしかめる隊長に、元勇者が尋ねた。


「ところで隊長は丘の上の山賊のリーダーの姿って見えますか?」

「……否。距離が遠く、誰が指揮官なのかも判別が付かぬ」

「あの山賊のリーダーが、山賊セシルの手下となったハガーやルナーグであれば、人さらい事件の真犯人も山賊セシルである可能性が高くなるんだけど……この場所では丘の上にいる山賊のリーダーの顔が見えないんだよなぁ。老眼ってイヤだなぁ」

「それはそなたが申していた山賊の問題の事だな」


 元勇者と隊長の会話は少々演技染みていた。部外者の元勇者とプライドの高い隊長が徒党を組むには一応の言い訳が必要だ。隊長は一閃で矢の雨を払いのけた元勇者の力を借りたいと考え、元勇者はこの状況を脱したいと思っていた。利害は一致しているが、インガー帝国の隊長が部外者の元勇者の助力を得る事を兵が納得するかば微妙なところだった。


「インガー側としても山賊の攻撃を受け続けるわけにはいかないだろうし、俺も山賊の正体を突き止めたい。ちょっと俺が山賊のところに行くから動ける兵を山賊側に攻め込むフリをして威嚇してくれないかな?」

「その程度なら何も問題ないが、そなた一人で山賊の群れに飛び込むなど危険だ」

「まぁ、みんな危なくないようにするつもりですからご心配なく」


 傍らで話を聞いていたメーケが耳をピョコピョコと動かした。


「いくら勇者様でも遠く離れた山賊を攻撃するのはムリですよね?」

「200ヤードってところかなぁ。4番アイアンで攻撃するわけにもいかないし」

「相手は弓で攻撃してくるのに、剣で戦える距離まで近付くのは大変じゃないですか?」

「そうでもないかな」


 元勇者は剣を構え、地面に向けて技を発した。


「雑魚を一層する時によく使った全体攻撃技だけど久しぶりに……真空波!」


 元勇者が身体を翻して振りぬいた衝撃波が空気と共に地面を切り裂き、ズン!と地震に似た振動と共に大きな土煙が舞い上がった。インガー遠征部隊と山賊達との間に土煙のカーテンが出来た。


「すごーい! これってドラゴンと戦った時よりもスゴイ技なのではないですか?」

「いやいや攻撃力は全然たいした事ないよ。地面を切って土煙を上げる為に無駄な体力は使いたくないし。でもこれで山賊は弓矢で狙いにくくなっただろう」


 インガー遠征部隊の隊長は「ど……ドラゴン?」と声にならない声を漏らした。

 ドラゴンは余程の冒険者でなければ遭遇する事もなく、遭遇すれば命を落とす事になりかねない非常に危険なモンスターだ。そのドラゴンと戦った男がこんなところにいる事が信じられなかった。ドラゴンと戦って生き残った者はドラゴンと同等に珍しい存在だ。


「ユート殿は何者であられられるか? ただの流浪人とは思えぬ」


 元勇者は(しまった)と思った。魔王を倒した本物の勇者と知られては面倒な事になる。


「およよ……、おろろ~。拙者はただの流浪人でござる。ござるよ。ニンニン」


 咄嗟に素性を誤魔化そうとして流浪人らしからぬ色々と間違えた口調になってしまい、隊長の表情が一瞬だけ(コイツ大丈夫かな?)という心配の目つきになった。


「ともあれこれで矢の心配は不要。俺が山賊の中に突っ込むので、動ける兵士は攻め込むフリをして威嚇して、山賊が逃げるように誘導してください」


 隊長は頷いた。この謎の流浪人は少なくとも相当のベテランである事は確かであり、この状況においても全く狼狽していない事からも、矢を払い土煙を上げた技の力量からも、この場の誰よりも強い事は明らかだった。


「動ける者は剣を取れ! 山賊に反撃する!」



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