「チュートリアルは前哨戦」
風呂から上がって服を着替え、元勇者は2階の窓から外を眺めた。
「正面からは20……いや30人以上かな?」
鎧に身を固めた冒険者らしき人影が砦を目指してやってくるのが見えた。
この砦は街から離れた小山の中腹の目立たない場所にある。麓から小山を上ってくるのは山菜取りの老人か、この砦を襲撃しようとする不埒な輩くらいだ。
身支度を整えたディアが元勇者の隣に来た。
「勇者様、お客様というのはそろそろ来るんでしょうか?」
「いま来てるっぽいねー。徒歩で来ているようだから、あと10分後くらいかな」
「でも、どうしてお風呂から上がって着替えて待ち構える余裕があるとわかっていたのですか?」
「だって、俺やマルスのレベルの冒険者なら”転移のオーブ”で不意打ちしてくる筈だろ? それをしない相手なら高級アイテムを買えない程度のレベルだから、この小山の坂道を重い鎧と武器に身を包んで駆け足で登ってくるような元気一杯な輩でない限り、それなりの時間がかかるからね」
「あはは! 戦う前に疲れちゃいますよね。そのほうが私達は有難いですけれど」
「山賊セシルが冒険者を雇うのに時間がかかったから襲撃に数日かかったんだろう。俺も少しリハビリしたほうが良さそうな感じだし、丁度良いタイミングのお客さんだ」
「でも、結構大勢いますよ? 病み上がりなのに本当に大丈夫なんですか?」
「シュナが手伝ってくれればこの程度は余裕だし、ターン数はかかるけど俺一人でも全然余裕だよ」
「敵が来る前に、シュナさんに確認しておきましょう」
ディアに呼びかけられ、シュナが来た。
「……全員ザコじゃないの」
「そうだけど、せめて中堅冒険者と言ってやれよ」
「魔法で焼き尽くして、死ななかった相手をユートがトドメを刺せばおしまいね。せいぜい2ターンで終了よ」
「焼き尽くすのは、駄目だ」
「あら? ザコ敵に情けをかける気なの?」
「そうじゃなくて、そろそろ寒くなる季節だから。そこらへんの雑木林も乾燥気味だから山火事になったら困る」
「だけど魔法で一掃しないと、30人はいるザコ敵をユート一人で倒すのは時間がかかりすぎるんじゃない?」
「折角だから、ディア達に戦ってもらうというのはどうかなと思うんだけど」
「えっ!」という大きく短い声が上がった。ディアは少し動揺した様子で、傍らにいたホリィとライムも不安そうな表情を浮かべた。
「シュナさんはザコと仰いますけど、私達よりレベルの高い相手ですよね」と、ディア。
「まぁね。でもお互い一撃で勝敗が決まるほど大きなレベル差でも無いよ」と元勇者は事も無げに言った。
「1対1ならそれほど怖くは思わないのですが、大勢が相手だと、どう相手をすればいいのかも……」
「それはシュナの魔法に任せよう。弱いライトニングボルトとかで動きを封じて1対1で戦えるようにしよう」
シュナは神妙な表情で言った。
「それはそれで面倒だけど、私は別に構わないわよ。若い女の子も少し色々な男と経験したほうが良いだろうしね」
「シュナが言うと非常にいかがわしく聞こえるが、マルスのようなハイレベルじゃない相手なら、ディアやホリィやライムが経験値を稼ぐには丁度良いと思う」
「私もライムには魔法の扱い方を少ししか教えていないから、ちょっと気になっていたのよね」
ホリィの表情が不安で曇っていた。
「あの……サポート系の術しか扱えない私はどうすれば」
その問いにシュナが答えた。
「あなたは好きなだけ防御魔法や回復魔法を使っていればいいわ。武器を振り回すのとは違って呪文の詠唱と発動は時間が要るから、戦闘で魔法を使う時のタイムラグを覚えてコツを掴む事でクレリックの経験は得られるわ」
「魔法はどんなものでも構わないんでしょうか? 怪我をしていない人に回復魔法とか」
「なんでも構わないわ。魔法を使うほど慣れて精度が上がっていくから。もちろん魔法がイヤなら鈍器を振り回して攻撃してもいいわよ。体力が付けば余裕が出来るから、敵を撲殺しても魔法のパワーは強くなるのよ」
「ど、鈍器で撲殺は、あのう、また別の機会にしようと思います」
「あらそう。上半身も鍛えたほうがエクササイズになるのに」
元勇者は(シュナがエクササイズ指南……?)と何かツッコミを入れようとしたが、先ほどまでの風呂場でのシュナの姿を思い出して胃酸が込み上げた。
「あらユート、顔色が悪いわよ? まだ怪我が治りきっていないんじゃないの?」
「大丈夫だ、問題無い……」
元勇者は敵が迫り来る状況だというのに、戦う前から疲れ果てていた。
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「……勇者様、そんな装備で大丈夫なんですか?」と、ホリィは尋ねた。
「大丈夫だ。問題無い」
壊れた玄関から外に出た元勇者の手には、フライパンが握られていた。
「でもそれ、フライパンですよ?」
「オジサンそこまで痴呆は進んでいません」
「いえ老人ボケの心配ではなく、大怪我をしたばかりですし、目の前に迫ってきている大勢の方々を相手に武器ではなく武器っぽいものでもなく、調理用具を持ってらっしゃるので」
「22cmのフライパンだから1~2人前の料理を作るには丁度良いサイズだ」
「お料理を作るのですか? それとも……あの方々を料理するのですか?」
「ホリィはあの迫り来る傭兵軍団が下ごしらえされて肉料理になる様子を見たいかい?」
「絶っっっ対に見たくありません」
「俺も同感だ。なにしろ面倒だからな下ごしらえが」
「……実際にした事は無いですよね?」
「さぁ、どうだろう?」
ライムが口を挟んだ。
「……オイシイ?」
「すいません、実際にやったりした事は無いです。もちろん食べてもいません」
ヒネクレた中高年はしばしば”毒舌”を楽しみたくなる悪癖がある。元勇者が若かった頃には辛辣な事を言ったり悪辣な冗談を言う事が日常的だった時代があった。世相が変わって過度な毒舌はハラスメントと言われるようになり、元勇者もくだらない悪態を言いたくなっては反省する事が多かった。
「一番簡単なのは、シュナの魔法で全員丸焼きにしてから生き残った者を俺がトドメを刺す戦法だが、それをやると遺体の処分が大変だから、殺さないよう半殺しにする為にフライパンを装備しているんだ」
「あの勇者様、毒舌じゃないのにその物言いは非常に物騒なのですが」
「武器を持っての戦闘は、やっぱり殺し合いでしかないからね。鋭い剣を振るえばどうしても怪我をさせてしまうが、鎧兜を装備したミドルクラスの傭兵集団を相手にフライパンの面積で攻撃しても切り傷は付けられない。という事で……」
元勇者は3人娘の仲で一番リーダーとしての存在感を持つディアに言った。
「あの30人ほどの傭兵集団はディア・ホリィ・ライムの3人に退治してもらおうかと」
『えぇ~っ!』
ディアを筆頭に3人の声が、ハモった。
「まぁ冒険者としての実戦訓練として丁度良いんじゃないかな?」
「しかし私達、まだ座学ばかりで実戦経験は殆どないんです」
「俺とシュナがサポートするから大丈夫。一人10人だから練習台はそれほど多くないぞ」
「ひ、一人ずつ戦うんですか?」と、ディア。
「そのほうが練習しやすいだろう。きちんとターン制バトルになるようコントロールするから」
元勇者は後衛に付くシュナを見た。
シュナは少々呆れ顔といった様子だった。事前に元勇者と簡単な打ち合わせは済ませていたが、どうやら元勇者の作戦には少々の不満を抱いている様子だった。
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間もなくミドルクラスの冒険者達が徒党を組んだ傭兵集団が間近に迫ってきた。
その先頭に立つ男が威勢の良い声を上げた。
「貴様がユート・ニィツだな! 貴様の首には賞金がかかっている。邪魔をするならお前の仲間も皆殺しにする。運が悪かったと諦めるんだな!」
安穏と、元勇者は答えた。
「おー、やっぱ人間相手のバトルだと戦闘前に会話イベントがあっていいなぁ。俺の首に賞金をかけたのは、セシル達”希望の暁”かい?」
「答えるギリは無ぇ! 野郎共こいつらを殺っちま 」
ヴァリヴァリヴァリ! と、轟音が響き、男の言葉は遮られた。
無数の落雷が傭兵集団の周囲に落ちたのだ。
シュナによる雷撃系魔法”ライトニングボルト”が砦に続く一本道の脇を焼き尽くすように大量に打ち放たれたのだ。一本道からはみ出して歩いていた傭兵の何人かがその魔法の直撃を受けていた。攻撃力の低い魔法攻撃ではあるが、1発ではなく数え切れないほど大量のライトニングボルトが道の脇の草原を焦がして火花を散らしていた。
「道からはみ出したら容赦なく魔法を当てるから覚悟してね」とシュナは呟いた。
その声が聞こえたかどうか、傭兵集団は即座に道からはみ出ないよう整然と列を成した。
傭兵集団の後方にいた者の何人が、忍び足で後ろに下がろうとした。
その矢先、ドガン! と爆音と共に後方の道に巨大なクレーターが出来た。もちろんシュナの攻撃魔法”メテオストライク”によるものだ。
「逃げようとする人にも容赦なく魔法を当てるから、覚悟してね」と、シュナ。
「……」
傭兵集団の全員が、ゴクリと生唾を飲んで硬直していた。
言葉を失っている傭兵集団達に、元勇者は安穏と尋ねた。
「クライアントには俺達の事をどう聞いてきたんだ?」
「そ、そのう……」
「どうした? まだ戦闘前なんだから遠慮なく言ってみろよ」
「それは……魔王を倒したと嘘をついて人民を騙して”希望の暁”に害を為す悪党だ、と……」
「それで?」
「そ、それで、その、かの英雄マルスも悪党ユート・ニィツを倒しに行ったという話でしたので……」
「ふぅん」
煮え切らない態度の傭兵達に、元勇者もいささか不満そうな表情となった。
「あのメッチャ強いマルスが俺を倒しに来た事を知っているなら、キミ達はマルスよりも強いんだな? それともマルスに倒された俺がここにいるとでも思っているのかな? 俺を倒したマルスは何処にいるのかな?」
「い……いや! 英雄マルスは連絡用の水晶玉を持っていて、その水晶玉の映像では確かにユート・ニィツは相打ちで倒された筈で……」
元勇者は内心で(カールの奴、マルスの所持品をチェックしなかったんだな)と思った。
「確かにマルスは強かったし、相打ちになったよ」
「だっ、だから俺達は、手負いのユートが回復する前に倒しに来たわけさ!」
「いやエリクサーで治したけどね。怪我したままでいる筈がないだろう?」
「……エリクサー?」
「なんか俺、変な事言ったかな?」
「エリクサーなんて魔王がいなくなってすぐに製造中止されているから、未だに使っている奴がいるなんて思わなかった」
「えっ? そうなの?」
元勇者は驚きの声を上げた。
動揺を隠せない元勇者、それを見て余裕を取り戻す傭兵達。
「もしかしてエリクサーには消費期限があったのか?」
「フフッ、ベテラン冒険者も回復アイテムに頼りっきりなら、たいした事は無いかも知れねぇな!」
さほど元気そうに見えない元勇者に対して、傭兵達は戦闘意欲を取り戻しつつあった。突然のライトニングボルトの威嚇には驚かされたが、目の前の中高年を倒せば高額報酬が貰えるのだ。その周囲にいるのは3人の女の子、後方にいるソーサラーはやる気が無さそうに見える。
抜刀し、いまにも襲い掛かってきそうな傭兵達に向かって、元勇者は言った。
「あー、キミ達の相手はこの女の子達がするから。俺はサポートのみで」
「ハハハ! このオッサン、ガキに俺達の相手をさせようって言うのか!」
傭兵達の嘲笑でざわめく中、まずディアが前列に立った。
「勇者様、本当に攻撃しちゃって大丈夫でしょうか?」
「相手はきちんと防御装備で身を固めているし、ディアの一撃で殺すような事にはならない相手だ。それに俺がサポートするからディアが怪我する事は無いよ」
「ただ普通に攻撃すれば良いのですか?」
「攻撃して防御、もしくは防御してから攻撃だ。その1ターンが済んだらホリィかライムと交代だ」
先陣の傭兵が剣を振りかぶった。
「いつまでゴチャゴチャ喋ってやがる! その小娘のハラワタが飛び散るところをよぉく見ていろ!」
傭兵は大きく剣を振りかぶった。元勇者の目には隙だらけにしか見えなかったが、少し戸惑ったディアの回避が遅れた。
ドン! という音と共に、傭兵の剣が地面を切り裂いた。
「……何故、俺の攻撃が外れた?」
傭兵はその攻撃が元勇者の手によって逸らされた事を理解出来ていなかった。切っ先はディアに掠る事もなく空振りしていた。
元勇者にとっては傭兵達の攻撃など他愛も無いものでしかなく、戦闘モードの元勇者はこの程度の攻撃ならば直撃を受けたとしてもかすり傷程度にしかならない。貴重な青春時代を魔王討伐の戦闘ばかりに費やしてしまった事で得た数少ない取り柄だ。
「ほい回避失敗。次はディアの攻撃」
「はっ、ハイ!」
元勇者の声で、ディアは傭兵に剣を振るった。剣が鎧にあたる音がカァン!と響いた。
「ディア、剣での攻撃の時に手加減をしちゃダメだ。攻撃力の反動で手首を傷めるぞ」
「ハイ、わかりました!」
すると、ゴイィィィ……ン!という音と共にディアと対峙していた傭兵の姿が消えた。
突然の事に周囲の傭兵達は狼狽したが、響く残響音から察するに、目に見えない速さで元勇者がその手に持つフライパンで傭兵をたたき飛ばしたようだ。空を見上げると綺麗な放物線を描いて飛ぶ人影が見えた。180ヤードは飛んだように見えた。少しスライス気味だ。
「じゃぁ次はホリィとライムのどちらにする? 敵の数には限りがあるから1回1回マジメにやるんだぞ」
ざわ……ざわ……、と傭兵達が動揺し始めた。
フライパンで人を叩き飛ばす冗談のような事を本当にやれる人間が存在する事が信じられなかった。そのフライパンでの攻撃は目視で認識する事も出来ない速さで、傭兵集団達とは明らかにレベルが違う相手だった。具体的にはレベル50以上違う事は確実だった。
砦への一本道に並んだままの傭兵集団の後方にいる者達がコッソリと後ずさりすると、即座にヴァリバリヴァリ! と電撃が落ちた。
普段は色情イカレポンチのシュナも戦闘時には自分の役割を粛々とこなす。ハイレベル冒険者は経験値稼ぎのルーティンワークにも慣れているので、こういった作業は表情一つ変えない。30人の傭兵も一人ひとりが相手なら然程の脅威でも無い。元勇者のサポートがあれば3人娘でも無難に戦う事が出来る。
「次はわたしが……」
「ホリィの場合は、防御魔法の練習かな。それとも鈍器の練習をしておくかい?」
「せめて鈍器じゃなくメイスと言ってください。そういった武器は持っていないので魔法の練習にします」
「ワタシハ攻撃魔法ヲいろいろ試シタイデス!」
「ディアは次のターンまで少し待ってて」
あぜ道に整列して身動きの取れなくなった傭兵集団の表情はみるみる青ざめていった。
ベテラン冒険者が相手でも手負いであれば多勢で勝てるという目論みは既に消え去り、元勇者との力量差がありすぎる事も明白だった。
ゴイィィィ……ン!
フライパンが音を響かせるたびに誰かが放物線を描いて遠くに飛んでいった。
逃げようとしてもライトニングボルトの攻撃、小娘相手に剣を振るっても元勇者の手によって逸らされ、傭兵集団達はまるで拳法の練習用の木人形になった気分を感じていた。
「クソッ こうなったら、やぶれかぶれだ!」
何人かの傭兵が少女ではなく元勇者めがけて一斉に襲いかかった。
バキッ! バキッ!と音は響いたが、元勇者は微動だにしなかった。全ての攻撃が直撃していたが、ハイレベル故の覇気によって跳ね返されたのだ。
「俺がお前達と戦っても1ポイントの経験値にもならんからなぁ。しかし冒険者を志す若者にとっては貴重な練習代なんだから、順番が来るまでおとなしく待っていてくれないかな」
そう言って元勇者は直径22cmのフライパンを構えた。
傭兵達は手に持つ武器を落としそうになった。いくら冗談のようであっても、フライパンで叩かれて人が宙を舞うような打撃を受ければ確実に重症だ。地面に落下する時に打ち所が悪ければお陀仏だろう。
目の前にいる覇気も生気も無い中高年のオッサンは、ただのハイレベルの冒険者ではなく、それ以上の……例えば魔王を倒せるだけの攻撃力を持つ”本物の勇者”であるように思えた。
ゴイィィン!という音が30回、何回か傭兵達の無駄な抵抗で中断したが、結局は音と同じ回数だけ傭兵が放物線を描いて200ヤード前後の空中散歩と相成った。
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「きっかり30ターンでチュートリアル終了だな。みんな、攻撃や防御の感覚は掴めたかな?」
淡々と言う元勇者。しかし3人娘は少々呆れ顔だった。
「最後のほうの人、ちょっと可哀相でしたね。震えてたし、青ざめてたし」と、ホリィ。
「成す術も無く1ターン毎に1人ずつ仲間が宙に消えていくのを見た後の人ほど嫌々戦ったり諦め顔だったりしてたよね」と、ディア。
「ワタシノ魔法攻撃ヨリ、ソノ後ニ勇者サマニ叩キ飛バサレル事ニ怯エテイタヨウニ見エマシタ」と。ライム。
引き気味の少女達の反応を無視して、安穏と元勇者は言った。
「みんな怪我はしてないな? じゃあ戦闘訓練はおしまい。玄関壊れているけど砦に戻って少し休憩としよう」
粛々と傭兵集団の足止めを担っていたシュナが不服そうに元勇者に尋ねた。
「これで終わりにするの?」
「あぁ。そのつもりだが」
「冒険者として最大の仕事は教えないの?」
元勇者は困ったような顔をした。
「それは自分達で自然と覚えるだろう。雑魚モンスター相手なら倒せば塵となって消えるし」
「あなた、若い女の子の前でイヤなところは隠しておきたいってつもりね?」
「いやそういうワケでもないけれど……。倒した相手は遠くに飛ばしちゃったし」
声は抑え気味だが、シュナの声は明らかに苛立っていた。
「折角これだけの敵を倒しておきながらノーギャラって、フリーランス失格じゃない! 人間でも魔物でも、倒した敵の金品は奪い取る! それがフリーランス冒険者のシノギってもんでしょう!」
「うーん、まー、そうだけど……」
「一番大事なところで格好つけてどうするのよ! お金がなきゃ冒険は出来ないし生活も出来ないのよ!」
「でもほら、一応は魔王のいなくなった平和な世界になったんだし……」
「馬鹿ね! 平和な世の中だったら傭兵集団が攻め込んできたりしないわよ! それに山賊セシルが商人達を囲い込んでいるなら、冒険者のクライアントは山賊セシルに雇われる輩が増えるのよ? つまり、私達はフリーランス冒険者としては稼ぎにくくなるのよ! そこのあたり、ちゃんと考えてるの?」
「……考えてなかった」
シュナは深い溜め息をついた。
元勇者は言い訳をするように言葉を続けた。
「魔王を倒して3年が過ぎて、確かに俺も蓄えは乏しい。小娘達が来て食費も増えたから尚更だ。しかし俺はもうフリーランス冒険者を続ける気は無いし、山賊退治やインモールでの事もただの露払いだ。歳も歳だし、余生はモブキャラとして静かに暮らしたいんだ」
「魔王を倒したヒューマノイド・タイフーンのあなたがモブキャラなんて無理があるわよ。でも言っても無駄みたいね。あまり意固地だと本当の老害になるわよ」
シュナは呆れ顔で会話を打ち切った。
「……俺が老害に? 若者に嫌われるのはイヤだなぁ」
元勇者はシュナの小言を右から左に聞き流しつつ砦に戻った。
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玄関が壊れたままで風通しの良くなった砦のキッチンに集まり、今後についての話し合いが始まった。
「ともあれこの砦はもう砦や住居としての役に立たないし、山賊セシルにも俺がここに住んでいる事が知られてしまった。なので皆はそれぞれ元の場所に帰って欲しい。ディアはアーティスに、ホリィは故郷に、ライムは……シュナのところか」
やはり呆れ顔のままのシュナが横槍を入れた。
「知られたのはあなたがここに住んでいることだけじゃないわ。ここにいる女の子達があなたの仲間だと認識した傭兵集団を殺さずに済ませたのだから、これからはディアちゃんやホリィちゃんも山賊セシルに狙われる事になるでしょうね」
「そ、そうは言っても若い子に無益な殺生をさせるわけにもいかないじゃないか」
「私達は本当に無益でしたけど、いまごろ逃がした傭兵達で街の教会や宿屋はさぞかし儲かっている事でしょうねぇ」
「タダ働きさせたのは悪かったが、どうせはした金じゃないか」
「山賊セシルがあなたにかける賞金もはした金ならいいけれど、そうでなければ金に釣られた冒険者がまた襲ってくるわよ。それもディアちゃんやホリィちゃんを狙ってね」
「うむむ……」
元勇者は思慮不足に気付いて、唸った。
「しかしいつまでも壊れた砦にいて傭兵の襲撃を待ち続けるわけにもいかないだろう。当面はアーティス王のとこで皆の面倒を見てもらって……」
ディアが真顔で話に割り込んだ。普段の明るい少女の表情ではなく王族としての顔だ。
「当面は問題ないと思いますが、山賊セシルさんの”希望の暁”が勢力を拡大すれば貿易で成り立っているアーティスとは敵対する事になります。相手は元々は山賊ですし、アーティスも商人を国に入れぬわけにはいきません。国内でゲリラ的な工作をされる可能性を考えるとアーティスはむしろ危険な場所となるかもしれません」
「うむむむむ……」
「勇者様がもう少し”希望の暁”の悪事を暴いてくださらないとアーティスの軍隊も手出しできないのです。いまのところ勇者様は商人ではなく冒険者しか相手していないので、フリーランスの方は個人事業主ですからアーティスが国策として軍を動かすわけにはいかないのです」
「う~むむむむむ! たしかに個人事業主に対して国が強攻策を取れば大問題になるだろうけど! うむむむむ……ッ!」
元勇者は唸った。
それなりに対処してきたつもりだったが、事態は何も良くなっていない。
むしろ、悪化している。大怪我までしたのにだ。
「なので当面はみんなバラバラになるのもアーティスで様子を見るのも大丈夫だと思いますが”希望の暁”が次の活動を起こす前に勇者様には引っ越し先を見つけていただかないと」
「うーむ、う~む……」
「唸ってばかりですね勇者様」
「そりゃぁ唸るよ。山賊セシルの悪事に対しては先手が打てないし、襲ってくる傭兵集団とかドラゴンとかを追い払っても少しも安全にならないんだから」
眉を顰める元勇者とは裏腹に、ホリィとライムはニコニコしていた。
「つまり山賊セシルさんの悪巧みを阻止するまでは私達一緒にいられるという事ですよね。私達の事を守ってくれますよね?」
「悪党ヲ退治シタラ、次ハ結婚デスヨネ!」
「うむむむむ! 結婚はともあれ守れるだけ守るけど、良くない状況だという事を忘れないでくれよ」
元勇者は唸りたいのを我慢しつつ強引にこの話題を終えた。
ここにいる面々はつい少し前に一度バラバラに行動する事としたばかりで、戻った途端にマルス達の襲撃に遭い、結果として再びバラバラにならざるを得なくなった。
シュナやカールだけであれば何も心配は要らないが、かつての仲間グレッグの娘ホリィ、アーティスの姫ディア、シュナが錬成した人造人間ライムの3人は冒険者としての経験が浅く、山賊と化したセシル達の組織”希望の暁”に狙われると危険だ。
元勇者が付きっ切りで守る事は出来るが、山賊セシルの狙いが元勇者の命であれば3人娘が元勇者と常に一緒にいるほうがリスクが高い。既にマルス達に人質として命を狙われてもいる。
いまとなってはバラバラに行動するのもリスクは伴うが、目立たぬよう身を潜めるには集団行動より散り散りになったほうが良かろうし、集団として身を守るための拠点は壊れてしまった。
「勇者様は、どこか他の砦などの拠点を探してください。山賊セシルさんに対抗する為にも、私達が一緒に住む為にも必要ですから」
ディアの有無を言わさぬ毅然とした口調に、元勇者は消え入りそうな声で小さく「ハイ」と答えた。
静観していたシュナが元勇者の耳元で囁いた。
「この子達の誰かと結婚したら食事に招待してね。魔王を倒して世界を救ったあなたが若い子の尻に敷かれている様子を見てみたいわ」
「シュナにはそういった記憶も残っていないだろうが、若い娘なんてすぐに心変わりするものだよ。ご祝儀の心配は不要だろうし、冷やかしでご祝儀持ってきても敷居はまたがせないから、というか結婚はありえないだろう」
「世間体を考えれば、遺産か保険金でも無ければ若い子が結婚するのは不自然でしょうね。でも私は必ず結婚しますから」
「シュナが結婚するのは否定しないよ、相手には同情するけど。やっぱ中高年にもささやかな希望は欲しいものだよ」
「中高年って言わないでよ! その言葉だけで気分が老け込むわ。それに夢は叶えてこそ意味があるのよ」
「……まぁ、そうかもね」
素っ気無く答えた元勇者だったが、内心(夢と思っていた事が幻だった時はどうすればいいんだ?)と考えていた。
貴重な30代と40代を全て費やして魔王を倒した元勇者だが、それまで思い描いてきた理想とは違った現実しか目にしていない。平和になった世界に溢れる笑顔、魔王を打ち倒した事を喜んでくれる仲間、憂いの無いおだやかで幸福な日々……そういったものは現実には無いと3年もの孤独な毎日で思い知らされ、いまでは賑やかなトラブルの日々だ。
「夢があるのは良い事だ」
元勇者の白々しい口調にシュナは眉を顰めた。
叶える叶えない以前に、歳を取ると夢を見る事そのものが難しくなるのだ。
「夢より先に、新居を見つけることが先じゃないかしら?」
「現実は世知辛いなぁ。夢想の夢じゃなく、寝て見る夢が見たい気分だ」




