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元勇者は禍根渦中  作者: 数ビット
28/46

「ぼいんぼいんぼいん」

 この世界のこの時代、パンは常食だったが出来は粗末なものが多かった。

 料理に関してホリィの腕は相当なもので、粗末なパンも適切にスライスして炭火で丁重にローストする事で味も香りも文句なしのものに生まれ変わらせた。炭火での料理は加減が出来ず難しいものだが、ホリィは手際よくスクランブルエッグを作り、合間に湯を沸かしてスープとコーヒーを用意した。料理の技量は技術だけでなく段取りも大切なのだなぁと、焼くか煮るしか料理法を知らない元勇者は感心した。


 テーブルに人数分の朝食が用意された頃に、ディアとライムがキッチンに来た。


「おはようございます。お具合はいかがですか?」と、ディア。


 大ダメージを受けて死にかけた元勇者の体調は決して良くはなかったが、ディアを心配させても仕方がないので「もう何ともないよ」と答えた。一応はエリクサーで傷は完治し、失血によるダメージも乗り越えたが、形容しがたい具合の悪さと体力の戻らない感じは加齢で回復力が衰えているようにしか思えなかった。


「勇者サマ、マダ寝テイタホウガ良イナラ、マタおっぱいデ暖メマスヨ?」

「ライムはもう少し恥じらいを覚えないとダメだな色々と。もう貧血も収まったようだし寒気もしないから、おっぱ……いや添い寝はしなくて大丈夫だ」


 カップにスープを注ぎながら、ホリィが言った。


「勇者様を暖めるのはみんなで交代でやっていたので、私も勇者様のお身体を温めていたんですよ」

「えっ、……なんというか、本当にありがとう」


 唐突にホリィがライムに対抗心を示したように思えて元勇者は狼狽した。3人娘も一応は全員が押しかけ女房で、普段は仲良くしているが、こんな独身中年のオッサンの嫁になる事を競い合っている間柄でもあるのだ。


(下手に刺激しないようにしないと、別の修羅場になって騒々しくなりそうだからなぁ)


 ただでさえ加齢で体力が戻らないのに、余計な心配事で一層疲れるような気がした。


「さて、暖かい朝食が冷めないうちに食べるとしよう」

「はい! いただきまーす!」と3人娘の声が揃った。


 食事は特に一人で食べるより多い人数で食べるほうが気分が良かった。一人で細々と生活していた時には食事などというものはカロリーと栄養を補給するだけの行為だった。適当に加熱し適当に味付けして胃袋に詰め込むだけの作業で、のんびり余計な時間をかける気も起きずすぐに食べ終わり、それほどの満足感も感じない。

 しかし多人数での食事では些細な事に時間を取られ、些細な会話も食事が止まる。それによって食事がただ食べ物を胃袋に詰め込むだけの作業ではなく、落ち着いて味わう余裕や相手の反応を眺めるゆとりとなって、本来の食事はこういうものだったのだと思い出させた。こんな些細な変化で食べる事への関心が大きく変わる事に元勇者は内心で驚いていた。当たり前の筈の生活が孤独な一人暮らしでは出来なかったのだ。


 その当たり前の食事が出来た日々もこれが最後かもしれないと思った。




-----


 朝食を済ませた後、のんびり食後のお茶を飲んでいるタイミングで、元勇者は言った。


「さて……ここで重要なお話があります。名残惜しいのですが、この砦は放棄するので皆さんはそれぞれの場所にお帰りいただく事になります」


 ホリィ・ディア・ライムの3人は、それぞれ驚いた顔もせず、元勇者を凝視していた。

 しばしの沈黙の時が流れた。


 その沈黙を破ったのはディアだった。


「それは決定ですか?」

「あぁ。それが一番いいかなと思う」

「私達は足手まといなのですか?」

「助けてもらったばかりだからそうとも言い切れないんだけど、この砦の場所も山賊セシル達にばれているだろうし、またベテラン冒険者のマルスのような連中が襲ってきたら勝てるかどうかは微妙だ。それに山賊退治の時もインモールでドラゴンを相手にした時も一緒にいたから、俺の仲間と思われて皆も山賊セシルのターゲットにされてしまうかもしれない。そもそも砦なのに玄関が壊れちゃって無防備だ」


 3人娘達はマルスとの戦いで人質にされそうになった事を思い浮かべた。

 マルスは勇者をおびき寄せる人質を取ろうとしたし、それ以外は容赦なく殺そうとしていた。もし3人娘のうち誰か一人でも人質になってしまえば元勇者であっても不利な戦いを強いられる事となっていただろう。


「私達が勇者様のお役に立つ事は出来ないのでしょうか?」とホリィ。

「これまでも十分に役に立ってきたし助けられてもいるが、相手は魔物とは違う山賊セシル達だ。普通に戦うだけならどうにかできるかもしれないが、怪しい組織まで作っちゃった山賊セシルが普通の戦いを仕掛けてくるとも思えない」

「それでもサポートくらいは出来ると思います。まだ経験は少ないですけれど、わたし頑張ります」


 元勇者はこっそり(お、ちょっとエロい響きだなぁ)と思ったが、もちろん口には出さなかった。やはり元勇者といえど歳を取ればオッサンである。


「マルス達のチームにサポート系の仲間がいなかったように、ベテラン冒険者も後継者不足問題があるようだから、ホリィ達がサポートしてくれるなら有難いと思うけど……やっぱり冒険者業が不景気な時代に戦う事を前提にチームを組んでもリスクのほうが大きいと思う」

「どうしてですか?」

「他のベテラン冒険者達もマルスのように金で山賊セシルに雇われているかもしれないからさ。フリーランスは仕事が無ければ失業状態だから、切羽詰れば危ないクライアントの以来も引き受けてしまう事も多い。魔物退治とかの仕事が乏しいご時勢だからもしかしたらベテラン冒険者崩れの傭兵集団チームが出来ているかもしれない。そんな手強い相手と戦う事になったら新旧混合チームでは勝てないかもしれない」


 冒険者同士の戦いで勝てないという事は、すなわち「死」だ。

 インモールでのドラゴンや、マルス達との戦いで、3人娘も戦う事は死と直面する事だと理解していた。


「命がけの事をフリーランスで仕事にするのって割に合わないとしか思えないのですが、勇者様はどうして冒険者になったんですか?」とディアが実も蓋もない事を尋ねた。


 元勇者は苦笑いしながら答えた。


「そりゃぁもう馬鹿だったからだよ。正義が負ける筈が無いと思っていたし、努力すれば奇跡も起きると思っていた。魔物を倒せばお宝が手に入るかもしれないし、そのお宝の分け前を中抜きされる事も無いから儲かるかも知れないと思っていた。……そうじゃない事は途中で気付いたんだけど、気付いた頃には冒険者を辞めるのが難しい年齢になっていた。若かった頃は可能性ばかり信じていて、うまくいかなかった時の事を考えていなかったんだ」

「勇者様の望んだとおりではないかもしれないけれど、勇者様は世界を救いましたし、おかげで私達は魔王に怯える日々から開放されました。これも勇者様が割に合わない仕事を続けてくれたおかげですね」

「魔王を倒したのは俺だけど、他にも魔王を倒そうとした大勢の馬鹿なフリーランス冒険者がいたから出来た事だよ。俺だけで全部のモンスターを倒せたわけもないし、俺一人しか冒険者がいなかったら途中でくじけていただろうし」

「きょうの勇者様は、随分と謙虚ですね? お怪我の後遺症ですか?」

「俺の性格のヒネクレ具合で健康状態を計ろうとするんじゃない。それに謙虚なんかじゃなくって……俺は世界どころか誰もを救えなかったんじゃないかなぁって気になってね。ルト・マルスも山賊セシルの手先にならずに済んだシナリオ分岐があったかもしれないと思うと、魔王を倒しても世の中ぜんぜん救われていないんじゃないかと」


 元勇者の脳裏に、先程見た夢の中の感覚が浮かび、そして薄れた。夢の記憶は目覚めるとすぐに薄れて消えてしまうのは何故だろう。


「とにかく、世の中は魔王がいなくなっても全然平和じゃないから、命を賭けて戦わないでいいように皆それぞれの場所に帰るほうが良いと思うんだ」

「そうかもしれないけど、まるで山賊カールさんの陰謀に太刀打ちできなくて敗走しなきゃならないようで、やっぱり納得出来ないわ」

「ディアがそう思うのも無理はないけど、みんなでこの砦に留まっていても毎日毎日いつ来るかわからない奇襲とか罠とかに警戒し続ける事になる。毎日襲撃されるかもしれないし、来なくてもイライラするだろうし」

「マルスさんがこの砦に勇者様が住んでいる事を誰にも言っていない可能性もありますよね?」

「勿論その可能性もある。俺が寝込んでいる間に襲撃を受けていないから、山賊セシルにはこの砦に俺がいる事は知られていないのかもしれないし、油断するのを見計らっているだけかもしれない」

「つまりわかっているのは、私達が山賊セシルさんが何を目論んでいるのかを知らない、という事ですね」

「そのとおり。”何を知らないか?”を知る事は大切な事だよ」


 ……話をしていて元勇者は何か違和感を感じていた。


(小娘共、きょうは随分と従順だな?)


 いつもなら「帰れ」と言えば猛反発していた3人娘だが、きょうは抵抗も無く普通に話すだけだ。

 後でゴネるつもりなのかもしれないが、マルス達に襲撃された事で状況を理解したのかもしれないし、元勇者が死にかけた事で無理を言う気が失せているのかもしれない。


「確カニ玄関ノ壊レタ砦デハ、オ客サマノオ相手ハ難シイカモシレマセンネ」と、ライム。

「襲い掛かってくる敵はお客様じゃないんだけど、いつ襲ってくるかわからない敵の相手は難しいという事は確かだ」


「少し残念なのは、この砦はいつでも入れる天然温泉があるのに、もう利用できなくなる事です」と、ホリィは残念そうに言った。


 この時代この世界では、風呂に入る事はハードルが高い。日常的に大量の湯を沸かして湯浴みするという事は貴族でもなかなか出来ない事で、水浴びで身体を洗うか湯で蒸したタオルで身体を拭くといった程度が一般的だった。


 この砦は近くに源泉があった事から湯を引き込んでいつでも風呂に入れるように作られている。元々は元勇者をサポートする”革命軍”という支援団体の為に造られた砦で、革命軍はさほど有用に活動する前に自然消滅してしまったので、その跡地を元勇者が勝手に使っているのだ。


(革命軍は自然消滅したのに、その革命軍を悪巧みに利用した山賊カールの組織は消滅せずに残っているのだから、現実は辛く厳しいものだな……)


「どうしたのですか勇者様、眉間にシワを寄せて……」

「いや何でもないよホリィ。ちょっと昔の事を思いだしていただけさ」

「まだ病み上がりですし、お具合が悪いのかと思いました。引っ越されるにしてももう少し養生してから、とりあえず折角のお風呂でゆっくりしたほうが良いのではないでしょうか?」

「まだ朝なんだけど……たまには朝風呂というのも気分がいいかな? 寝込んでいて汗臭いかもしれないし、この砦を放棄すればゆっくりお風呂という事も難しくなるだろうし……」


 元勇者は普段それほど風呂に入っていなかった。孤独な一人暮らしで誰に会うわけでもないのに身奇麗でいる事が虚しく思えたし、風呂掃除も面倒だ。いつでも風呂に入れると思うと逆に風呂に入るタイミングがわからくなったりもした。


「そうだな、ちょっと風呂に入っておこうかな。細かい話はその後にしよう」


 元勇者は食後のコーヒーを飲み干し、キッチンを後にした。

 残された3人娘はニヤリと笑みを浮かべた。


「なるほどホリィちゃん、なかなかやりますなぁ」

「何の事かはわかりませんが、大怪我をされた勇者様がお一人でお風呂というのも危ないですよね」

「ミンナデオ風呂ニ入ルト楽シイヨネ!」



-----


 元勇者は広い風呂場で一人、頭から湯を被り、そして全身にかけ湯をした。

 寝込んでいた為か抜け毛が多かったが、まだ脱毛の心配はしなくてよさそうな事に安堵した。一方で白髪は随分と増えた気がする。”髪は長~い友達”だ。どうか去らないで欲しいと願った。


 元勇者の身体には多数の刀傷が残っていた。見た目は痛々しいが、実際に痛むのはヒザや内臓などの内側ばかりだった。


(マルスに刺された傷、やっぱり完全には治らないようだな)


 身体をねじると内蔵に違和感を感じる。痛くはないが、怪我をする前とは違うという事をアピールするかのように違和感を発していた。


(この違和感も次第に慣れて日常になるんだろうけど……若かった頃と比べると随分と健康を損なっているんだろうなぁ)


 気分が沈みそうになったが、後悔しても仕方がない事でもあった。失ってからわかる健康のありがたさ。見た目は年齢ほど老け込んでいないと言われる元勇者だが、身体のガタつきは年齢相応だ。むしろ冒険者稼業を続け魔王と戦った事で年齢以上にガタがきている気さえする。


 また見た目ではわからない内蔵の違和感というのは不安も大きかった。刀傷などは皮膚に残った模様のようなものでしかないが、内臓の違和感は「もし深刻な内臓疾患だったらどうしよう?」と思っても自分ではどうしようもない。医者に見てもらいたくとも固定収入も保険も無いフリーランス業にとっては縁遠い存在だった。


「そういえば仲間だったグレッグだけでなく同世代のフリーランス冒険者も病気で鬼籍に入っちゃったのが多いんだよな……。気をつけたいけど、どう気をつければいいのやら」


 健康的な生活をしている自信はないし、気をつけているつもりだが食生活が偏っている気もする。

 あれやこれや心配になってしまうのも、まだ怪我が治りきっていないからかもしれないと、元勇者は湯船に浸かった。


「は~ビバノンノ。生き返るなぁ」


 元勇者が肩まで湯に浸かったタイミングで、ライムが風呂場に入ってきた。


「生キ返リマシタカ勇者サマ! ヨカッタ!」


 もちろんマッパである。

 ライムのスライムおっぱいがたゆんと揺れた。


「私もお邪魔します。まだ病み上がりですからご気分が優れない時は私が診ます」


 次いでホリィが風呂場に入ってきた。もちろんマッパである。

 白く柔らかそうな肌に、柔らかそうな乳房。


「もちろん私も一緒にお風呂に入ります! また一緒に温まりましょう!」


 ディアも平然と風呂場に入ってきた。もちろんマッパである。

 健康的な肌に適度な筋肉の付いたプロポーションは美術品のように美しかった。


「うぉっ! 謎の光が眩しっ!!」


 朝の日差しが差し込んで適度に適切な場所を光で隠し、元勇者は目を閉じた。


「朝も早よからラッキースケベ的な展開になるとは思っていなかった。油断した……」

「勇者サマガ望ムナラ、イツデモすけべシテイインデスヨ?」

「ライムはもうちょっと恥じらいというものを覚えたほうがいいぞ」

「お怪我のほうは本当に大丈夫ですか?」

「たぶん大丈夫だけど、あまりホリィがくっついてくると色々大丈夫じゃなくなる気がする」

「でも私達、勇者様を暖めるために一晩中ずーっとくっついていたんですから構わないですよね!」

「ディアも一応はアーティスのお姫様なんだから、こんなところで品位を落とさないようにしなきゃ」


 確かに最高に嬉しいシチュエーションである。

 全員美少女。全員マッパ。

 しかし、しかしである。長く孤独に苛まれ色々こじらせた独身中年のオッサンに何が出来よう。

 結局は手の出せない相手である事は微塵も変わっていない。なのに美少女に囲まれて風呂に浸かっているのだ。この状況では誰か一人に手を出す事も出来ないし、全員に手を出せるほど若くも無い。絵に描いた餅がモチモチしていて美味しそうでも食べる事は出来ないのだ。


「うーむ、平常心、平常心……」


 さしたる抵抗も出来ないまま借りてきた猫のようにおとなしい元勇者。

 どうやってこの困った状況を脱するか考えていた時だった。


「私もご一緒していいかしら?」

「さ、サッちゃんまで?!」


 まるで真打登場と言わんばかりのサッキュバスらしい妖艶(ようえん)な裸体のサッちゃんがが風呂場に入ってきた。

 豊満な身体は女性美を濃縮したかのような曲線を描き、歩けば乳房だけでなく尻や太股がゼリーのように揺れた。全身から発する美しさと卑猥さは人間離れしていた。


 あまりの妖艶さに元勇者は目を背けようとしたが、視線の先の3人娘の裸体までが我慢できないほど妖艶な色香があるように見えてしまう。


「サッちゃんは混浴ダメ! マジで!」

「あら、私も一応はそこの女の子達が殺されないよう少しだけ活躍したのに、冷たい事を言うのね」

「それはそれ、これはこれ、って事でどうかひとつ」

「私の目的は強い相手の精力を分けてもらう事だから、怪我が治って元気になるのを待っていたのよ。若い娘のフェロモンで癒されて、そろそろ溜まってきたんじゃない?」

「何が溜まると言うのか。貯金と精神力は減る一方で、1ミリも余裕は無いぞ」

「ストレスが溜まっているなら私の身体で発散しちゃってもいいとは思いませんか?」

(これはヤバイぞ……さすがサッキュバス、目のやり場が無いし、見れば目が離せなくなる)


 狼狽する元勇者に、ホリィは冷たく言った。


「まさか勇者様は魔物の女に誘惑されたりしませんよね?」

「えっあっハイ」


 種族は違えど同性だからか、どうやらサッちゃんの色香は女性相手には伝わっていないようだ。


「おおお、落ち着け……そうだ、素数を数えて落ち着くんだ……心を平静にしてこの状況をやり過ごす方法を考えるんだ……」

「落ち着かなくても、興奮して良いんですよ。私は人間ではなくサッキュバスだから無責任に(もてあそ)んで構わないんですよ」

「2……、3、5……、7……、11……13……17……19」

「人間ジャナケレバ弄ンデ構ワナイノナラ、ほむんくるすノ私ノホウガ順番ガ先デス!」

「うわー! ライムまでそんな事を言って惑わさないでくれ~!!」


 元勇者、最大のピンチ。

 独身とはいえ中高年になればエレクチオンを意思の力で押さえ込む事が出来るが、限度もある。前はタオルで隠しているが、収まりが悪いままでは湯船から出る事も出来ない。


「大丈夫ですか勇者様? お顔が真っ赤になってますが、あの大怪我の直後なので心配です」と、ディア。

「脈や血圧に異常は感じませんか? のぼせて立てないのでしたら私達がかついで湯船からお出しします」と、ホリィ。


(善意100%の表情で無防備な裸体を俺の視界に見せ付けないでくれ……!)


 ディアやホリィの言うとおり、大怪我での大量失血の後で体力が回復しきっていない状態で異様に興奮させられている状況なので、脈や血圧はとっくに異常値を叩き出しているように感じていた。

 しかも心配そうに見つめているディアやホリィも極めて魅力的な裸体なのだ。元勇者の鼻息がディアやホリィの乳房に吹きかかっているかもしれないほど間近にいるのだ。


(も、もう我慢の限界かも……興奮しすぎて気分が悪くなってきた。ディアやホリィに抱きついても怒られはしないだろう。ライムの柔らかい身体に触れても拒みはしないだろう……)


 我慢と理性の限界が近づいてきた時、もう一人の来訪者が風呂場に乱入してきた。


「私もお邪魔していいかしら?」


 現れたのは、シュナだった。

 マッパだった。


「帰れ」


 元勇者の血圧とテンションは、瞬時に最低値になった。




-----


「カールから話は聞いたわよ。また死にかけたんですって?」

「帰れ」

「せっかく様子を見に来たのに酷いんじゃない? それにこんな大きなお風呂があるんだから使わなきゃ勿体無いじゃない」

「シュナも自宅に大きな風呂を作ればいいだろ。メテオストライクで地面に穴を空けて、そこに溜まった雨水に浸かっていればいいじゃないか」


 元勇者より数歳若い程度のシュナは、それでもスタイルは良かった。むしろ年齢以上に整ったプロポーションだ。いささか垂れてはいるが豊満な乳房、いささか下腹部が弛んでいるが細いウエスト、いささか吹き出物が気になるが女性らしいラインのヒップ。しかも黙っていれば美人である。贔屓目なしに美人であり、名実共に美魔女である。


 しかしどれほど美人であっても親や姉には欲情せず嫌悪感さえ感じるように、美魔女シュナも欲情をそそる対象とは真逆の存在だった。近くにいるサッちゃんの妖艶なフェロモンが、シュナの色香の無さによって対消滅しているのが目に見えるようだった。


「怪我をして性格が悪くなったのかしら? 安心して、私はあなたの貧相なチンポコには興味は無いから。生理も始まったばかりだけど経血が出そうになったら湯船から出るし」

「そういうところだ! マジでそういったところをどうにかしろよ! マジで!」


 冒険者仲間として元勇者とシュナは一番付き合いの長い仲間だ。それ故に元勇者は嫌という程シュナの見たくは無かった面を見続けている。むしろ何度イヤと言い続けたか数え切れないほどだ。


「どうせこの砦は放棄して姿をくらますつもりなんでしょう? だったらその前にお風呂ぐらい堪能しておきたいじゃない」

「その通りだけど、サッちゃんとシュナは……いやみんな一緒に入る事は無いじゃないかと。お風呂の入り口に混浴とか書いてないだろう?」

「あのマルスと相打ちならもう死んじゃってるかもと思ったけど、どうやら大丈夫みたいね」

「独身の俺が死んでいたとしても香典を渡す相手もいないんだから別に何の心配もいらんだろ」

「香典に幾ら包むかの心配をしていたワケじゃないわよ。それに! 私も独身ですけれど! 葬式前に必ず結婚しますから!」

「あーはいはい」


 シュナの登場のおかげで、またはシュナの登場のせいで、風呂場に漂っていたハーレム感は消滅し、まるで家族風呂のような色気のない空間となっていた。おっぱいが合計10個も並んでいるのに、だ。


「で……ここを放棄して一体何処に行くつもりなの?」

「秘密。シュナが山賊セシルに雇われていないとは限らないからな」

「まだ魔王のときの事を根に持ってるのかしら? 気分は悪いけど、それなりに正しく状況を把握できているみたいね」

「あの勇者ルト・マルスさえ老後の生活費の為に山賊セシルの片棒を担いだからな。俺はよっぽどセシルに嫌われているらしい」

「そりゃぁ次に会ったら殺すって宣言しているんだもの。セシルだって殺される前にあなたを殺そうとするわよ」

「かと言って俺が出向いてセシルと決着をつける事も出来ない状況だ。セシルは商人達を丸め込んで妙な組織を作っちゃってるから、下手にセシルを退治すると商人達を敵に回す事になってしまう」

「でもどうにかしないと大変な事になるかもしれないわよ」

「大剣で腹を貫かれるより大変な事ってあるのかなぁ」


 会話にディアが割って入った。


「あの、勇者様、単刀直入にお聞きしますが、勇者様ってシュナさんと深いご関係なんですか?」

「この刺々しいやり取りで、どうしてそーいった勘違いが出来るのかな?」

「まるで夫婦喧嘩のようでしたから」


 ディアの表情は実に(いぶか)しげだった。

 あらぬ誤解に元勇者も苦笑いするしかなかった。


「付き合いは長いが間違いが一度も無かったあたりで結論は出ていると思うんだがなぁ」

「私だってこんな不甲斐ないフニャチン野郎に処女膜を捧げる積もりは無いし、興味も関心も無いわよ」

「俺だって、生理になると経血で汚れた下着を投げつけてくるような相手には近付きたくも無い」

「そんな事を根に持ってるの? ほんの何回かしかしてないし、ホルモンバランスが崩れて少しヒステリックになっただけじゃない。生理痛で辛い時に労わってくれない男達が悪いのよ」

「それで俺もカールもグレッグも女性恐怖症になりかけたんだから、少しは反省しろよ」


 まるで悪びれない様子のシュナを見て、3人娘は(ああはならないようにしよう)と固く誓った。


「私はモンスターですから、そういった心配は不要ですよ~」

「うわっ! サッちゃんはこのグダグダな状況下で自己主張しないで!」

「サッちゃんサンヨリ、私ノホウガ先デスヨ!」

「ライムも自重して! くっつかないで!」

「勇者様はムード派だって仰ってましたよね。私もムードは大事だと思います」

「そうだけど! ホリィもやんわりと密着しないでくだしあ!」

「勇者様は奥手ですから、私達から迫らないと関係が進まないじゃないですか」

「進めちゃダメ! お姫様なんだからディアも自重して!」


 正に酒池肉林ではあったが、手は出せない相手ばかりなので生き地獄でしかなかった。


「そ、そうだ、やはりこういった時は……」


 元勇者の視線がシュナのほうに向いた。


「あっ! みるみる生気が失われてます!」とサッちゃん。サッキュバスの持つ精力スカウターの数値がどんどん下がっていく。


「……なによ。これでも体型維持には自身があるんだけど」

「シュナの体型とかに関係なく、親の裸を見ちゃったような気まずさしか感じないからな」

「私はユートのお母さんじゃないわよ。それはともかく……」


 シュナの様子が少し変わった。


「もしかして、もう客か?」と、元勇者。

「長風呂する余裕はなくなったみたいね。まずはお客様のお相手をして、その後に今後の身の振り方を話しましょう」


 急にふざけた口調が消え去った元勇者とシュナの様子に、ディアが尋ねた。


「どうしたんですか? 何かあったんですか?」

「どうやらもうすぐ、山賊セシルの雇った敵がここに来るらしい」


 風呂場に緊張が走った。

 元勇者は(もうちょっと早目に緊張感持ってくれないかなぁ、お風呂に入る前とかに)と思ったが、目の保養にはなったので余計な事は言わないよう控えた。


 シュナはタオルで髪を拭きながら言った。


「まだ気配は遠くだし、服を着て身だしなみを整える余裕はあるわ。風邪をひかないよう身体をしっかり拭いて、それからゆっくり相手の出方を伺いましょう」


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