表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
元勇者は禍根渦中  作者: 数ビット
25/46

「奇襲」

 訓練教官は3人娘に問うた。


「さて、キャンペーンシナリオはこれで終了ですが、いかがでしたか?」


「エンディングマジですごかった!」とディア。

「エンディングマジですごかった!」とホリィ。

「えんでぃんぐ、まじデスゴカッタ……?」とライム。


「冒険者は、例えばトイレに行った瞬間に異世界に転移するような事も起こり得るかも知れません。なのでテーブルトークではメジャーなシナリオばかりではなくインディー系のシナリオもプレイして知識の糧とする事が冒険者として有益な経験となります」


「ローカライズさえしっかりしていれば、どんなシナリオでも大丈夫よ!」と、ディア。

「……ちょっと一体何の話なのかわからなくなってきたのですが」と、ホリィ。

「何ノねたカさっぱりデスガ、ソレニシテモて-ぶるとーくッテ結構時間ガカカリマスネ」と、ライム。


 訓練教官は毅然とした態度で話を纏めた。


「ともあれ皆さんは冒険者として十分に活躍できるだけの実力と素養をお持ちですが、自分のレベルに合わない戦いは命を落とす事になりますから、戦わない選択や逃げる選択を決断する事も必要な場合がある事を忘れないようにしてください」


「冒険者としての大体の知識は得られたと思うけど、私達って冒険者としてどの程度通用するのかしら?」


 ディアの率直な質問に、訓練教官は答えた。


「どういったワケか皆様は既にアーティス軍の新兵より高いレベルをお持ちです。ですのでこの後はファイターやマジシャンの各専門の教官を紹介します。それぞれのクラスが持つ固有スキルを身につける事が出来るでしょう。ホリィさんならミドルクラスの回復魔法を、ライムさんなら各種の攻撃魔法を、ディア様も”ソニック・ブレード”など幾つかの特殊攻撃が習得できると思われます」


「ソニックブレード! 勇者様が台所の火事の時に使った技!」とディアは歓喜の声を上げた。

「これでいつボヤ騒ぎを起こしても大丈夫ですね!」とホリィ。


 元勇者が台所で三徳包丁を用いてこの技を使った時には「大体の勇者は出来るかくし芸」と言っていたが、元勇者と一緒に行動していた事でいつの間にか経験値を得ていた3人娘はいつのまにか”大体の勇者”に一歩近付いていた事に喜んだ。

 その場にいなかったライムは(ナンダカ凄ソウナ技デスネー)といった感じでニコニコしていた。ライムもハイレベルソーサラーのシュナによって造られた魔法少女であり、その素質はプラス方向に未知数だ。


「重ねて言いますが、強い技を身につけたとしても戦わない事や逃げる事は忘れないでください。数多くの屈強な冒険者もこの判断を誤って命を落としています。冒険者として戦い続けるためには、または職業として生き残り続けるためには、ダメージを最小限に抑えて次の戦いに繋げ、長く戦い続けられるようにする事です」


 その言葉を真面目に聞き入る3人娘だったが、ホリィが疑問を呈した。


「あの……例えば魔王を倒した勇者様のようにダメージを受けながらも目的を果たす事は冒険者として正しいですよね?」


 訓練教官はしばらく考え込んだ後に答えた。


「勇者としては正しいでしょうが、冒険者としては失格でしょうね」

「どうしてですか?」

「冒険者はフリーランス業ですから一時の名声の為に仕事を失うような選択をしては生活できなくなります。受けたダメージを保証するものもありませんし、無理をするほど損益……つまり赤字になります。生活に困らないのであれば魔王のようなリスキーな敵とは戦わないほうが良いという事になります」

「えぇっ……」


 困惑する3人娘の様子を見て、訓練教官は説明を付け足した。


「普通の冒険者なら相手にしない魔王という最大の敵を、世界を救う為に身を挺して打ち倒した稀有な存在こそが、勇者と呼ばれるに相応しい真の英雄なのです」


 ライムがうっかり聞いてはならない事を尋ねた。


「デモ、赤字ナンデスヨネ?」

「はい。赤字になります。大赤字です」


 3人娘は元勇者を思い浮かべながら(うわぁ……)と困った笑みを浮かべた。


 魔王を倒したという形無き栄光を手に入れた元勇者は、その代償に「でもそれじゃ全然トクしない」という莫大な損益を被ったのだ。なるほどヒネた性格になる筈である。




-----


 ”真の英雄”と評される元勇者は、無様に地面に突っ伏して倒れていた。


「全く、魔王を倒したという割には不甲斐ないのう。世が平和になったからと鍛錬を怠ったから、たかが”瞬間攻撃力倍化”と”多重分身攻撃”と”超精密攻撃”を同時に繰り出せぬのだ」


 大賢人ワン・セボンはボロボロになって地面に倒れる元勇者に容赦ないダメ出しをした。


 元勇者と大賢人は強力な最終奥義”デーモン・コア・ブレイク”の練習の為に人のいない僻地に転移していた。かつて魔王が城を構えていた地域に近い地の果てとも言えるこの土地では野生動物の姿も無く、地平線に到るまでの見渡す限りに人の姿も無かった。


 そんな最果ての地で最終奥義の練習をしている元勇者だったが、結果は散々だった。


「うぐぐ……たかが、と仰いますが、その技のひとつひとつが相当の必殺技レベルなんですけど……」

「最低限必要な8重分身攻撃は出来るようじゃが、切っ先がブレて精密攻撃には程遠い酷い攻撃じゃ。この技を成功させるには同時に繰り出す8回の攻撃のうち2つ3つはクリティカルでなければ発動せぬぞ」

「そんな宝くじのような確立でしか成功しない最終奥義が簡単に出せるなら、魔王だって一撃で仕留めてますよ。クリティカルだって普通の攻撃の時でもそうそう出るものじゃないんだし」

「まずは地面に這い(つくば)るような格好にならずに済むところから訓練せねばならぬのかもな。いい歳の大人が地面に倒れ込んでおっても誰かがAEDで助けてくれるとは限らぬぞ」

「なんすかAEDって。せめて回復魔法とか言ってくださいよ。そもそも複数の必殺技を同時に繰り出すなんてことが無茶なんですよ……」


 大賢人はホッホッホと笑いながら、言った。


「その無茶が出来ておるではないか。あとは技の精度を高めるだけで最終奥義を会得できるのだから、簡単な事であろう」

「そう簡単に言わんでください。普通はひとつの技を全力で集中して出すのが精一杯なんですから」

「しかしそなたは3つの必殺技を同時に出すところまでは出来ておる。出来ないうちは無理に思えても、出来るようになれば当たり前の事のように思えるかもしれぬぞ」

「いまのところ、そう思える可能性が全く感じられませんが」

「そなたはたしか半世紀ほどは生きてきたのであろう?」

「まぁ、一応は」

「そなたが幼かった頃に50年後も無事に生きていられると思えたかね? 思えたとしても自分の事とは別の理想や空想の自分としてしか思い描く事は出来なかったのではないかね? しかしそなたは無事に50年の年月を生き続け、更には魔王討伐という偉業も成し遂げておる。それは理想や空想ではなく現実のそなたなのだから、いま出来ないと思える事もいつしか出来るようになるかもしれぬという事じゃ」

「わかるような、曖昧にしかわからないなような……」


 大賢人は微笑みながらも真剣な眼差しで元勇者を見た。


「出来ぬと思っているうちは出来ないであろう。出来ると思っても出来ない事はあろう。”真剣に思う”事こそが思いを達成する為には不可欠な事なのじゃ。自分自身が出来ぬと思っているうちは奇跡も偶然も起こらんぞ」


 元勇者は内心(そんな事を言われても中高年のオッサンの心はなかなか奮い立たないんですがね……)と思ったが、エルフ族の血を引く大賢人にとってはアラフィフ中高年も若僧に過ぎないのだろう。不平不満を言ったところで何かが良い方向に行く筈も無く、元勇者もいつまでも地面に突っ伏しているわけにもいかない。


「イマドキは特訓とか訓練とか努力とかって若者にはウケないとかいう話を聞いた事あるけど、俺は若くはないからなぁ……」


 しぶしぶといった感じで立ち上がった元勇者は、再び究極奥義の練習の構えを取った。


(”真剣に思う”ねぇ……)


 失敗すれば自分ばかり大ダメージを食らうリスキーな技だそうだが、臆して技を放てば無駄な動きとなって失敗の確率が高まるだけだ。失敗する覚悟を決めた上で成功するイメージだけに集中しなければ、複数の必殺技を同時に放つ究極奥義を放つ事は不可能だ。


(……なるほど、自分自身の心持ちが成功確率を上げたり下げたりしていたのかもしれないな。しかしまだ技を習得できていない現状では”無心で”技を放つ事も出来ないし、ただ成功をイメージして練習を繰り返しコツを掴むしかなさそうだ)


 まだ元勇者は”真剣に思う”という意味を理解しきれてはいなかったが、自分自身の気分ひとつで失敗したり成功したりするのなら、究極奥義の会得の為には失敗するかもというネガティブな心を捨てる事も練習しなければならない。


「こりゃぁ、さすがに俺にはムリかも」


 元勇者は苦笑しつつ、再び究極奥義の練習を始めた。




-----


 数日後。


 アーティスで剣技や魔術の練習に勤しむ3人娘の所に、カールが来訪した。


「ちょっと王様に取り次いでもらいたいんだけど、ディアちゃんを通したほうが早いかなと思って」


 挨拶もそこそこに用件を切り出したカールに、3人娘の表情も真剣になった。


「カールさんは山賊セシルさん達の動向を探っていたんですよね? なにかわかりました?」

「詳しくは王様に報告するけど、まぁあまり良い感じじゃないね」

「シュナにデスノートの解読を頼んだ後、あちこちの宿場町や貿易都市を巡ってみたんだが、”希望の暁”が商人の間で大流行しているんだ。山賊よけの護符で商人の人気を独占していて、国や地域に関係ない商人ギルドのような派閥が出来そうな勢いさ」

「”希望の暁”って、”狼煙獅子団”の別アカウントですよね?」

「別アカ言うなよ。まぁ山賊が山賊よけの護符を売っているんだから、そりゃあ護符の効果も自由自在だろうさ。あとは王様に説明する時に話すよ」


 ディアの口利きによりすぐにアーティス王との接見が認められ、カールは経緯と現状そして予測を報告した。


 山賊に身を落としたセシルは”狼煙獅子団”を立ち上げて荒稼ぎした後に、その稼ぎで”希望の暁”という新興組織を立ち上げてインモールの商工会の支配を企てた。山賊セシルは商工会への影響力を強固なものとする為に自らをさも魔王を倒した英雄の一人であるかのように振る舞い、商工会の有力者を妻のローザが色仕掛けで支配し、またはインモールの商工会に属さない商人を”狼煙獅子団”が襲う事で、その影響力を揺ぎ無いものにしていた。


 商工会が山賊セシルの手に堕ちた事でインモールの治安は悪化の一途を辿ったが、街にドラゴンが出現する騒動で一気に衰退、かわりに周辺の宿場町や商業都市での商売が活性化しているが、その商売の盛り上がりに便乗するように”希望の暁”による山賊よけの護符が話題となり人気となって、近隣諸国の商人達の間で急速に”希望の暁”の人気と評判が高まっていた。


 その”希望の暁”の人気をより強固なものにするように、商人達の勧誘が秘密裏に行われている様子だった。商人達を”希望の暁”の会員にする事で、魔王を倒した英雄の加護が得られるといった感じだ。山賊セシルが魔王を倒したとは思っていない商人が殆どだったが”希望の暁”の護符が山賊を追い払う効果があるのは確かな事実だったので「魔王を倒していないにせよ、何か未知のパワーを持っているのかも」というカリスマ性を感じている商人は多かった。


 商人が”希望の暁”の会員になってもデメリットは僅かな会費のみで、元インモール商工会の持つ相場等のデータが得られたりとメリットは大きかった。まるで山賊が善行に目覚めたかのようでさえあったが、新しい魔術の開発の知識がある者は特段の優遇を得られるという噂があり、シュナによれば山賊セシルは独自に”呪いの魔術”を編み出そうとしているという推測を現実のものとしようとしているのではという懸念が強まってくる。


 この急速な商人業界の変化によって護衛などの冒険者の仕事は激減し、「商売人が勝ち組、フリーランス冒険者は負け組」といった格差が広がりつつあった。この状況が長く続けば商人一人勝ちの格差社会になっていく事だろうし、商人を束ねた”希望の暁”が何も悪巧みを考えていないとも思えず、この状況が一過性の流行で終わらなかった時は”希望の暁”は相当大規模な組織になってしまう事が予想される……。


「……というのが現状です。推測も多く含みますが、見当違いという事は無いものと思います」


 カールの説明を聞き終えたアーティス王は「ふむ」と短く頷き、眉間にしわを寄せた。


「カール殿は、軍勢を持たずに国を墜とすにはどうすべきと考えるかね?」

「兵力なしで戦争するって事ですか? ええと……オレが思いつくのは……夜中に奇襲して火計とか、井戸に毒を放り込むとかといったゲリラ戦法かなぁ」

「なかなか物騒で非人道的な策じゃが、それで墜ちる国は無かろう」

「しかし兵隊なしで戦争しても勝ち目なんてないでしょう」


 アーティス王は少し憂鬱そうに言った。


「軍勢を持たずに国を落とすのは、ただ”税金が高い”、”国の補償が少ない”と文句を広めればいい。税金を減らして保証を増やせばすぐに国力は下がり、維持する事も難しくなる。しかし市民は国の都合や財政など知らぬから、税金が割に合っているかどうかわからずとも高いと思い込み、税金以上の保証を求めてくる。その声が増えれば民意となって政権の信用は失墜し、やがて国家は破綻や維新で滅ぶ事となる」

「……それが兵力を使わずに国を落とす方法ですか」

「古来からそういった些細なデマゴーグやアジテーションで小さな村で諍いが起きたり滅んだりしておる。またそれを意図してわざと敵国に嘘を広める方法も珍しい事では無い」

「でもさすがにアーティスほどの国ならデマ程度で滅んだりはしないでしょう」

「そうとも言い切れぬ。山賊となったセシル殿が拠点としたインモールもかつては独裁国家で言論の自由を制限しておった。結局は独裁者の悪行を隠しきれずにクーデターが起きて独裁国家は滅んでおる。事実であってもデマであっても大勢の人の意思が国さえ滅ぼす事となるのじゃ」

「デマとかネガキャンとかって案外恐ろしい事だったんだな……」

「逆にデマであっても利益が得られるなら独裁者と一蓮托生を選ぶ民もおる。たとえば疫病が流行した時に疫病にかかったものを助けずに殺すほうが残りの者が安全だとすればそれを選ぶ民も案外と多い。国が損をする局面では国民も損をする事になるので、国家の悪事を黙認する国民性の国さえある。……国というものは国民によって出来ておるのだからな」


 カールの表情も憂鬱そうになり、眉間にしわを寄せた。


「うーむ、独裁国家とか支配者側が悪いと国が傾くというイメージがあったけど、実際にはその国の国民も共犯と言える感じなのか。このアーティス国は王様より国民がしっかりしているから大丈夫そうだけど」

「本人の前でそういった事を言うでない。確かに我がアーティスの国民はしっかりしておる事が自慢じゃが、アーティスも貿易で成り立っておる国であるから”希望の暁”の影響は少なからず受ける事となるであろう。さすれば国民の中には惑わされる者も出てくるであろう……」

「何か、打つ手は無いんですか? ”希望の暁”の会員となった商人はアーティスに入れないとか」

「それは無理であろう。海に面するアーティスの貿易の半分は他の大陸からの輸入物であるが、それを流通させるには多くの商人の仲介が要る。その商人の属する組織が明らかに反社会的であれば軍を率いて制裁する事も出来るが、話を聞く限りでは”希望の暁”は何も悪い事をしておらぬ。山賊の”狼煙獅子団”を駆逐しようにも逃げてしまうのでは仕留めるのも困難であろう」


 カールは苦々しく顔をしかめた。アーティス国王を以ってしても山賊カールの狡猾な策略に対して対抗する手段が無いのだ。


「アーティス国王でもこの状況に対してどうする事も出来ないんですか?」

「国王の仕事は国を守る事であり、世の悪党を成敗する事では無い。そういった事は……勇者のする仕事だとは思わぬか?」

「なんとまぁ! この場にユートがいたなら大きな溜め息が聞けたと思いますよ」


 アーティス国王は「はっはっは」と声を上げて笑った。そしてすぐに真剣な表情となった。


「ユート殿が魔王を討伐した勇者である事をわしは信じておる。その勇者が悪党を成敗するのであればアーティスは国を揚げてユート殿を支援する。しかし……」

「しかし、なんです?」

「ユート殿を倒さんとインモールの街を犠牲にドラゴンを差し向けた”希望の暁”とやらが、ユート殿に対して無策とは思い難い。どのような狡猾な罠を設けているかは皆目わからぬ状況じゃ。もしかすればアーティスがユート殿を支援できないような状況も有り得るかも知れぬ」

「うむむ……」

「なので、ユート殿にはくれぐれも注意されたしと、このアーティス国王が申していたと伝えるのじゃ」




-----


 アーティス国王との接見の後、3人娘とカールは城内の来賓用ラウンジで話を続けた。


「つまり、山賊カールさんは商人連合のようなものを作って天下を取ろうとしている、という感じでしょうか? それだと確かにアーティスの軍が相手をするわけにもいかないですが、悪党のするお仕事でも無いように思えます」


 ディアは自分なりに状況を整理して考えたようだが、腑に落ちない様子だった。


「いまの世の中は王政の国でも民主政治の国でも”資本主義”だ。ものを買うにも兵を雇うにも金が要る。しかしものを売る側がもっと金を出さないと売らないと言えば物価はどんどん上がっていく。商人が買い付けの値段を値切れば産業は衰えていく。そうなると商人だけが儲かって売り手も買い手も貧しくなっていく事になりかねない。山賊セシルはそれを目論んで商人を束ねようとしているんじゃないかな」


 ホリィもあまり納得しきれていない様子だった。


「山賊から商人にジョブチェンジというのは、もしかして悪の道から足を洗って真っ当なお仕事に戻ろうとしているのでしょうか?」

「それはないだろうね。ユートを殺す為にインモールの街を壊してでもドラゴンを転移させるような奴だし、商人に取り入る手段も自分達の山賊で一芝居打って売り込む詐欺みたいなやり口だ。商人をかどわかしているのも何か次の企ての準備だろう」


 ライムはカールに問うた。


「コレッテ”世界ノ危機”デスヨネ?」

「えっ? それは……どうなんだろう? そこまで大袈裟な事かはわからないけど」

「ダッテ勇者サマシカ山賊せしるサンノ野望ヲ食イ止メル事ガ出来ル人ガイナクテ、勇者サマガ負ケレバあーてぃすヲ始メ世界中ノ国ガ山賊せしるサンノ商人連合ニ支配サレル事ニナッテシマイマス」

「確かにそうだけど、ううむ、確かに世界の危機かもしれないな……?」


 ライムは無垢だが愚かではない。その無垢ゆえの考えは核心を捕らえていた。

 魔王や冒険者ではなく、商人が国を滅ぼすとか世界を支配するとかという事は荒唐無稽でありえない事のような先入観があったが、山賊セシルは既にインモールを支配し滅ぼしている。


「ソレニ山賊せしるサンノ目的ハ、世界征服デハナク”呪いの魔術”デスヨネ?」

「えっ? それは……どうだろう?」

「ダッテ、ですのーとに”人類補完計画”とか”新世界の神になる”トカ書イテイタさいこぱすデスカラ、ソンナ人ガ編ミ出ソウトシテイル”呪いの魔術”ガ世界征服ノ為ノ魔法トハ思エマセン」

「実も蓋も無い言い方だが、確かに山賊セシルはサイコパスっちゃサイコパスだな……」


 カールは少し考え込んだ。

 冒険者時代には数々の悪党とも戦ってきたが、その行動理念はどれも身勝手で傲慢なものばかりだった。目的の為なら他人の不幸も厭わない悪党の行動力というものは「いくら悪党でもまさかそんな非人道的な事はするわけが無い」という一般常識を易々と無視する。そして悪党は非人道的な事さえ正しい事だと思いこんでいる事さえ多い。正しい事と思い込んでいるから改心しないし、その目的が失敗してもすぐに次の悪事を始める。

 冒険者ではなく悪党との接点もない一般人は「いくら悪党でもそんな酷い事はしないだろう」と考えがちなので悪党に騙され利用される。悪党も悪事を正しい事と考えているから、悪事を成功させる為に驚くほど法の抜け道や人の騙し方のノウハウを熱心に勉強している。


 山賊セシルが山賊家業から商人の支配に軸足を移しているのも、悪事のノウハウ故であろう。何らかの野望……それは謎の”呪いの魔法”の実現であろうが、その実現に必要だから商人連合のようなカルト組織”希望の暁”で暗躍しているのだろう。


 ……では”呪いの魔法”とは何か?

 山賊セシルも元々は冒険者で、かつては人々を救う事に命をかけた英雄だった。それに希望を見出せなくなり道を踏み外して山賊に身を落とした山賊セシルは一体何を望んでいるのだろうか?


「サイコパスが考える”人類補完計画”という事なら、確かにそれは世界征服なんて真っ当な悪事ではないのかもしれないな」


 ぼそりと呟いたカールの言葉に、ディアがツッコミを入れた。


「悪事に真っ当も何も無いと思いますけど」

「それはそうだが、悪党ってものは自分が悪人とは思っていない事が多いんだ。人殺しでさえ殺さなければならない理由があった、殺す必要のある相手だったと自己正当化する。罪が軽くなるのなら殺意は無かったと言い張る。オレ達冒険者も悪党退治はそれなりにやっているが、正義の線引きが少しズレればオレ達も悪人だ。勇者様のユートの性格がひん曲がっているのもそういった善悪の価値観や罪の意識に悩んでいる事が原因のひとつだろうし」

「わたし達若者にはよくわからない悩みって感じね」

「えっ……まぁ、そうかもしれないな」


 カールはディアの軽口にツッコもうとしたが止めた。ディア達3人娘が若いからという事ではなく、女性のほうが善悪や生死に悩む事は少ないように思えたからだ。いずれ子を宿し母となる女性は生きる事に一貫した揺るぎないモラルを持っているように思え、それは男には理解出来ない領域だった。かのシュナでさえそういった一面を(主に攻撃的な方向で)持ち合わせている。


 ホリィは心配そうな表情で言った。


「山賊セシルさんの目的が何であれ、勇者様が邪魔者として狙われているかもしれないとしたら、早く知らせないとなりませんね」

「インモールの街に被害が出る事をお構いなしに伝説のドラゴン・グラムドリンガーを招き寄せた程だからなぁ。これもユートがアーティスへ攻め込もうとしていた山賊をあっさり退治しちゃった事が発端だろうから、ユートも報われない奴だよなぁ」

「山賊退治はアーティスの軍勢だけで解決すべきでした……。よもや勇者様が悪党に命を狙われる立場になってしまうとは本当に申し訳ない事をしてしまいました」と、ディア。

「それはまぁ冒険者の常だから、それほど気にする事はないよ。ああいったイベントがないと冒険者の活躍の機会もないんだし」

「モウ何日モ勇者サマトオ会イシテイナイノデ、ソロソロ帰リタイデス」と、ライム。

「そうだな、一度戻ってユートに状況を話しておかないと」


 カールと3人娘は荷物をまとめ、アーティス国王やおせわになった軍の訓練教官達に挨拶を済ませ、”転移のオーブ”で元勇者の住む砦に瞬間移動した。


 きゅぴーんきゅぴーん。




-----


 砦のエントランスに転移したカールと3人娘は、異変を感じた。


「まだユートは戻っていないようだが……」


 何かが変だと思ったが、その何かがわからなかった。


「なんだかちょっと雰囲気が違うような気がしますよね」とホリィ。


 砦の中は異様に静かだった。

 それはユート不在であれば当然の事だったが、妙な緊張感のようなものが漂っているように感じた。

 カールはしばらく気配をうかがったが、漂う緊張感の源がよくわからない。


「……気のせいか?」と、カール。

「とりあえず、お茶でも入れて落ち着きましょうか」と、ホリィ。

「私達は念のために部屋を見回ってきますね」とディア。


 ホリィがキッチンに向かう背中を眺めながら、カールは気付いた。


「そうだ、留守番を任されていたサッちゃんは何処に行ったんだ?」


 見回りに行こうとしていたディアとライムが「あっ」と声を上げた。サッちゃんがいるなら”転移のオーブ”で誰かが戻ってきたならすぐに出迎えに顔を出している筈だ。留守番が不満そうだったサッちゃんが誰かが帰還した事に気付かぬ筈は無いし、安穏と寝ている時間帯でもない。


「きゃっ!!」


 キッチンから、ホリィの悲鳴が響いた。


「誰だ! そこに隠れていたのは何者だ!」


 カールが声を上げると、ホリィを抱きかかえた男がキッチンから姿を現した。


「どうやらここがユート・ニィツの住処で間違いなかったようだな」

「お前は……たしか、ルト・マルスだな? 魔王討伐前に最果ての街の冒険者ギルドで会った事があるな」

「いかにも俺はルト・マルスだが、お前は……何者だ? ユートの従者か?」

「体型は少し変わったが、オレはユートのパーティメンバーだったアーチャーのカールだ」


 マルスは(……少し?)と思ったが、口には出さなかった。


「年月の流れは残酷なものだな。それとも冒険者を辞めて商人として成り上がったのか」

「いや商人やってねーよ。……特に最近は商人をかどわかす不埒な輩がいるという噂だしな」

「成る程やはり”希望の暁”の事は相応に調べているようだな。まぁ知っていようがいまいがユート・ニィツを始末する事には変わりないが」


 マルスは片腕でホリィを締め付け抱きかかえていた。ホリィの身体を盾のようにして身をかばいつつ、もう一方の手で剣を抜いた。


「さて、ユート・ニィツは何処にいる? 魔王を倒したという噂が本当なら人質は多いに超した事ないだろう。さて勇者は誰の命を優先するのかな?」


 マルスが言い終わると同時に、廊下にいたライムが「きゃっ!」と短い悲鳴を上げた。物陰から姿を現した巨漢の男にホリィ同様抱きかかえられてしまったのだ。


 次いで物陰から現れた男はディアに抱きつこうとしたが、ディアは咄嗟に飛び退けた。


「あなた達、ホリィちゃんとライムちゃんを離しなさい! 勝手に人の家に上がりこんで隠れているなんて卑怯よ!」

「あまり刺激するなよ、コイツ等はハイレベルの冒険者チームだったルト・マルスのメンバーで攻撃特化型のルランに万能タイプの剣士ソル……ユートの代わりに魔王を倒していたかもしれない連中だ。他の仲間はどうした?」

「持病で死んだよ。戦闘スキルを鍛えたって病気と歳には勝てんからな」

「寄る年波には勝てないってのに、その晩節を女の子を人質にするような真似で汚すのか? 魔王討伐の最有力候補だったルト・マルスのパーティメンバーも随分と落ちぶれたものだな」

「老後でも金は要るからな。”汚い金でも蔵は建つ”ってものさ」

「汚い蔵に金を溜め込んだところで、あの世には持っていけないぞ」

「しかし”地獄の沙汰も金次第”と言うからな。まぁ試してみるさ」


 マルスと話しながらカールはディアの様子を伺った。

 ハイレベルの冒険者が3人もいてホリィとライムが捉えられている状況ではカール一人では到底太刀打ちできない。隙を見て逃げ出して仕切りなおし、反撃のチャンスを探る他ない。


 しかしディアの瞳は怒りに燃え、元勇者にも訓練教官にも念押しされた「逃げる事」を完全に忘れている様子だった。


(まさか”希望の暁”が雇った刺客が冒険者の中でもトップクラスに強いルト・マルスのチームとは。戦闘経験の無い3人娘のお守りをしながらじゃオレの命も助かりそうにないぞ)


「さて、俺達が会いに来たのはユート・ニィツだ。偶然インモールの街で出くわした時に挨拶しているが、奴はいま何処にいる?」

「この砦にいないのなら、まだ出かけたまま帰ってきていないのだろうな。オレ達もいつ帰ってくるかは聞いていない」

「それは困るな。この小娘達を人質にしてユートをおびき寄せるにしても、全員捕らえるのは面倒だ。見せしめに何人か死体が転がっていたほうがユートも少しは心の準備が出来るだろう」


 さほど詳しく知っているわけではないが、ルト・マルスは冗談で恫喝はしない男だった筈だ。

 カールの額には脂汗が滲んでいた。何の武装もしていない時に不意打ちされ、ホリィとライムを人質に取られ、しかも相手はカールと同等かそれ以上のハイレベルの熟練冒険者が計3人だ。


 介護ストレスによる過食で丸々とした体型に成り果てたカール一人では勝ち目の無い相手だった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ