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元勇者は禍根渦中  作者: 数ビット
15/46

「騒乱を欲する者共」

「これははじめまして、お名前は? モグモグ……」

「私一応魔物なので固有の人名は無いのですが、ここではサッちゃんと呼ばれています。モグモグ」


 元勇者はツッコまざるを得なかった。


「呼んでもいないのに現れたカールに、一番の部外者のサッちゃんが、どうして何の遠慮もなく朝食をもりもり食べているのかと」

「ユートの嫁さん候補が4人に増えているとは思わなかったし、野暮なお邪魔をするのも悪いと思ったんだが、一応はインモールの事を報告しておいたほうが良いかと思ってね」

「報告と言うからには、何かわかったのか? まぁ何であれ朝食時には不相応な話なんだろうけど」

「確かに不相応だな。じゃぁ食後に話したほうがいいかな」

「やっぱ不相応なのか……。カールは悪い話題しか俺の所に持ってこないよな。帰ってくれないか」

「オレもユートのハーレム生活のお邪魔をするのは気が引けていたんだ。食べたら帰る事にするよ」


 元勇者は大きな溜め息をついた。


「良からぬ話題があるとだけ告げて朝飯だけ食って帰るってのは、新型の嫌がらせかな?」

「そもそもオレは山賊セシルとは仲間だった事は無いからな。元祖7勇者メンバーの問題だと思って報告に来たわけだが、聞きたくないなら別に構わないよ」

「問題とかトラブルというのは”起きてるという事にも気付かないまま関わらない”のが一番って事はカールも重々承知しているだろ。厄介事があると知ってしまったら関わらざるを得ない展開になる事も多いというのは冒険者時代に散々経験しただろ」

「まぁそうだけど。正に知らぬが花って事だけど、オレはインモールの様子を伺いに出かけたわけだし」

「調べて何もわかりませんでしたって結果が一番ハッピーだったんだけどなぁ」


 安穏と朝食を食べながら2人の話を聞いているディアに対し、ホリィのほうは少々不満そうな表情になっていた。


「あの……勇者様? 勇者って困っている人を助ける事がお仕事だったんですよね?」

「別にそういった定義は無いけど、そういった事も多かったかなぁ」

「勇者様が魔王を倒したという事は疑っていませんし、アーティスでも山賊を追い払いましたが、常日頃の様子を見ていると勇者らしさがまるで感じられません」

「えっ。ま、まぁ……俺は勇者という職業じゃないし、冒険者をやっていただけだし」

「それでも魔王を打ち倒した勇者なら、もっと勇者らしく振舞う必要があるのではないでしょうか?」

「勇者らしい振る舞いと言われてもなぁ……気をつけてみるよ」


 元勇者は曖昧に微笑んで茶を濁そうとした。

 ホリィは「魔王を倒した事は疑っていない」と言ったが、それは疑いを持っているからこそ出た言葉だろう。

 確かに元勇者はホリィが押しかけてきてから現在まで一度も戦っていない。せいぜい包丁を振り回したり檜の棒を構えたりしただけだ。相応の経験値を持つ冒険者である事は間違いないだろうが、本当に魔王を倒すほど強い冒険者なのかというところは傍目にはわかりにくいようだ。山賊退治の時のフィアー効果も傍目にはハッタリに見えるのかもしれない。


 そのやり取りもカールには痴話喧嘩のように見えたようで無関心といった様子だった。女性が男に小言を言うのはそれだけ親密になったからだろう、という解釈だ。元は色男だったカールにとっては日常的なやり取りにしか感じられなかった。


「とにかく山賊セシルの秘密組織だが……話してもいいか?」

「話さないで帰ったら朝飯のただ食いだろ」

「まだ正確なところはわからないが、思った以上にヤバイ秘密組織のようだぞ」

「まぁ秘密の組織ってだけで十分ヤバイけどな」

「冗談では済まないかもしれないぞ。なにしろ山賊セシルはユートの冒険の2クール目に相応する期間を悪事に費やしてきたんだからな」

「せめて第2シーズンと言ってくれ。何年もかかった長い旅を矮小化するのは勘弁してくれよと」

「ともあれユートが魔王を倒すほどの経験値を稼いだ期間を、山賊セシルは悪事の経験値稼ぎに費やしていたわけだ。一方では山賊で荒稼ぎ、時には魔王を倒した勇者と偽って人を騙し、口八丁で信者を集めて秘密組織を巨大にしたんだろう」

「それのどこが思った以上にヤバイのかわからないな。山賊セシルが危ない奴ならアーティスでの時に息の根を止めておくべきだったが、早いほうがいいのか?」

「殺して済むなら簡単だが、そう簡単にはいかないようなんだ。なにしろ山賊セシルはインモールの統治にも絡んでいるらしいんだ」

「山賊が街の統治? そんな馬鹿な話は聞いた事がないぞ」

「もちろんインモール全体を支配しているわけじゃないが、それなりの影響力は持っているという感じかな」


 カールの説明は城砦都市インモールについてからの話となった。


 かつては王政だったインモールは現在は商人たちの商工会が統治している。いわば商人ギルドが街の管理統制を担っている状態であり、一応は民主的な統治が成されている街と言える。

 しかしその”民主的な統治”には重大な欠点があった。商工会での発言力はその商人の稼ぎの多さが影響し、民主的な統治は世論を誘導すればいかようにもコントロールできるのだ。

 山賊セシルはその欠点を利用し、金持ちを騙して秘密組織の活動資金を蓄え、その金で商工会への影響力を強めていった。そして商工会に携わる輩の何割かを秘密組織に取り込んでより影響力を強めていった。


「いまや戦争をしないで侵略する時代になっているのか……」


 元勇者はにわかには信じられない様子だったが、カールは話を続けた。


「乱世の時代に民主主義が根付かなかった理由さ。世が平和だと有権者も平和ボケして統治のまとまりが無くなるという民主主義のセキュリティホールさ。それを利用して成り上がった山賊セシルはインモールでは裏の支配者と目されるほどの影響力があるそうなんだ」

「セシルを打ち倒したら問題があるほどに?」

「多分な。きっと山賊行為も世直しとかなんとか言って正当化しているだろうし、それを信じている輩がいたらセシルを打ち倒した奴が悪者にされちまうだろう」

「あ~、あぁ~。冒険者時代のイヤ~なイベントの時と同じ感じか。立場によって善悪の価値観が違っていて、正しい事をした筈なのに”この戦いは本当に正しかったのだろうか?”みたいに問いかける感じで終わってモヤッとするイベントの感じの」

「そうそう。山賊セシルはそのモヤッとするイベントを押し付けてくる側になった感じさ」

「俺、そういったイベントを何度も経験して、かなーり人間不信になったんだよなぁ。サクッと悪い奴を倒して、正義は勝つ!ってシンプルな展開のほうがいいのに」


 カールは意地悪な笑みを浮かべていった。


「更に、ユートにとって悪い話もあるぞ」

「なんで楽しそうな表情でそんな事を言うんだよ?」

「冒険者ギルドでは、スカーフェイスにオッドアイの白髪銀髪の中高年冒険者が”魔王を倒した”と嘘をついて人々を騙しているので見つけたら捕らえよ、というお達しが出ているんだ。高いか安いか500Gの賞金付きでね」

「Oh……。俺が魔王を倒したという事は誰にとっても疑わしい事なのか……」

「いやオレ達は一応信用しているけど」

「一応かよ」

「まぁ魔王を倒せそうなレベルの冒険者パーティは幾つかあったが、そのどれもが魔王の牙城の所在どころか四天王にさえ辿り着けていないんだから、ユートの他に魔王を倒せた者は世界中どこにもいないという事は上位冒険者の間では周知の事実さ。しかしその決定的瞬間を誰も見ていないから」

「カールもシュナも逃げたまま戻ってこなかったせいだろ」


 元勇者は敢えてグレッグの名を出さなかったが、ホリィの表情は僅かに曇った。


「まぁオレは本当に反省しているよ。モグモグ。本当に悪かった」

「朝飯食いながら謝られるとビックリするほど誠意が感じられないものなんだな。体型だけじゃなく神経まで図太くなったな」

「でユートはニセ勇者の汚名を着せられてどうする?」


 元勇者は少し悩むジェスチャーをしたが、あっさりと返事をした。


「別に何もしないかな」

「えっ?! てっきり山賊セシルをこらしめに行くものとばかり思っていたんだが」

「ニセ勇者疑惑は、なんかもー慣れちゃったし」

「慣れで済む問題なのか?」

「マジレスすると俺の中ではもう魔王討伐の旅はアーティスでのおめでとうパーティで完全に区切りがついた気分なんだ。思っていたのと違うけど、10余年にわたる冒険の旅はあのパーティでエピローグを済ませたつもりなんだ」

「いやしかし……オレ達は魔王を倒す為に長い旅を続けて何度も死にかけて散々苦労して、ユートはたった一人で魔王と戦ったんだろう? なのにそれを山賊ユートは嘘という事にしようとしているんだぜ?」

「うーん、聞かなかった事にするよ」

「するなよ!」

「聞かなかった事にすれば知らないままだし、知らない事なら腹も立たない。わざわざ不愉快になる事を知る必要なんて無いんだ」

「しかし……オレならとても我慢できないが、ユートがいいと言うなら仕方が無いか……」

「カールも案外若いな。歳を取ると大体の事がどーでもよくなるから気楽なもんだよ」


 黙って話を聞いていたディアが口を開いた。


「インモールはアーティスとも近いですし、アーティスが海洋ルートで貿易したものはインモールにも多く取引されています。それに先日の山賊騒動の事もありますから、山賊セシルさんの秘密組織というのは放置できないように思います」


 元勇者は少し考えたがうまく理解できなかった。


「つまり……どういう?」

「インモールの秘密組織に関わる山賊がアーティスを襲おうとしたという事は、先の山賊騒動は前哨戦で、後にインモールがアーティスに武力侵攻する可能性が考えられるという事です。アーティスの兵士は勇猛ですからインモールからの武力侵攻にも打ち勝てますが、有事となれば少なからず兵や民に被害が出ます」

(ディアってカタログスペックだけでなく、ちゃんとした王家の者だったんだ……)

「なので問題の火種があるなら燃え広がる前に対処したいと思うのですが」

「しかし俺が関わるのも、ちょっと出しゃばりすぎというか」

「ですがアーティスが先んじて行動すればインモールへの内政干渉となり侵略行為と捉えられかねません」


 そこで会話は途切れたが、ディアの表情は真面目なままだった。

 しばし元勇者も真剣に考えたが、結論は揺るがなかったようだ。


「やはり俺はその件には関われないな。戦乱の世は終わってるのに周囲の理解も得られないまま山賊セシルを殺したらただの殺人鬼になってしまう。俺が直接の被害を受けているわけでもないから無関係の第三者でしかない」

「私が父上様に頼めばアーティスからの正式な依頼となります!」

「アーティス国王はアレでも一応”一流の国王”だ。何の証拠も無く他所の自治権を侵攻するような命令はしないよ」

「でも……こんな話を聞いて何もしないわけにはいきません」


 ホリィも会話に口を挟んだ。


「私もこんな事をそのままにしておいて良いとは思えません。勇者様に偽者の汚名を着せ、インモールを金で支配し、アーティスへの侵略を目論んでいるのだとすれば、その悪事を挫く事こそ勇者様の勤めではないかと」

「うーん、そーかもしれないけど、まだ憶測に過ぎないし、俺はもう勇者じゃないから。せいぜい”元”勇者で、いまはフリーランス冒険者でさえない無職のオッサンだから」

「どうして勇者様は勇者らしく振舞おうとしないのですか!」


 ホリィに一喝された元勇者は、困り果てた。

 元勇者が思うには山賊セシルなど放置しておく事こそ元勇者にとって一番平和な結論だった。しかしホリィは幼少の頃から勇者という絵物語のヒーローに恋焦がれていた少女であり、生真面目なところは父グレッグの血を色濃く継いでいるように感じられた。


「はぁぁぁ……。カールよ、こういった時にグレッグだったらなんと言っていただろうな?」

「ははは! 正義感の強いグレッグはこういった事には決まって首を突っ込んだからなぁ。”弱者を騙し利用する悪党は断じて許せん!”とか言っていただろうさ」

「やっぱりなー。それで何度煮え湯を飲まされた事か……」

「ようやく乗り気になったか?」

「気は乗らないが暇潰しにはなるんじゃないかな。無関係な第三者の俺もインモールに行けば500Gの賞金首という当事者になれるからな」


 ホリィとディアの表情に明るさが戻った。

 その様子に元勇者は照れ隠しに頭を掻き毟りながら言った。


「いやいや、まぁ山賊セシルの悪事の証拠をつかむだけだから。証拠があればアーティス国王が何か手を打ってくれるかもしれないし、セシルも悪事をやりにくくなるかもしれないし、とりあえず証拠を探りに行くだけだよ」

「勇者様ハ、平和ノ為ニ悪党をぶっ殺シニイクノデスネ! サスガデス!」

「ライムは実も蓋も無い事を言わないでくれ。まぁ、その通りになるかもしれないけど」

「勇者様、やれやれ系主人公ミタイデ素敵デス!」

「うわ~! 死ぬほど恥ずかしいっ! それだけはやめて!」


 サッちゃんが小さく手を挙げた。


「あのー、私はどうすれば?」

「帰れ」

「えぇー! せっかく魔王様を倒した勇者のところに住み着いているのに」

「だからどうして住み着いているんだよと」

「せっかくなので私もインモールまでついていこうと思ったのですが……その問題って人間同士の醜い争い事ですよね?」

「人間同士が常に醜い争いをしているように言うなよ」

「私はもう少しエロティックなイベントでないと活躍出来そうに無いのですけど」

「これ以上レーティング上がるような事は勘弁願いたいんだけどねぇ」


 元勇者は内心(いや別にエロが嫌いってワケじゃないんだよ? 中高年でも男だし、時々ならラッキースケベ展開も結構嬉しいものだけど……)と葛藤が渦巻いていた。しかしそれを顔に出せば面倒な事にしかならないのは明白だ。なにしろ揃いも揃って手の出しにくい女性陣しかいないのだ。


「とりあえず、エロしか売りの無いサッちゃんは自宅待機で」

「えー」

「家政婦的な仕事とかして、あとはのんびりしてていいから」

「それもう私のサッキュバスとしての特徴は全否定ですよね」

「俺たちが戻った時に何か粗相があったら雑魚モンスターとして瞬殺するから」

「家事がんばります! おまかせください!」




-----


 キュピーンキュピーン。


 城砦都市インモールは、かつての王政統治時代の名残りで都市の周囲は10フィート前後の石壁で囲まれ守られている。王政時代は独裁政権の悪政で、周辺国からの侵略に怯えた国王が街を壁で囲んだのだ。城も小高い丘があった地形を生かした守りの堅いものだったが、悪政による兵士の反乱によって内部から滅ぼされた。城はいまでは商工会の本部となっている。


「かつてと言ってもせいぜい四半世紀前の事で、悪政のツケで未だに建物の多くは質素な木造が多いんだ。治安は良くも悪くも無いといった感じだが、不自由するほどの田舎では無いから特に問題も無いだろう」とカールは説明した。


 ”転移のオーブ”でインモールを囲う壁の外側に来た一行は、いかにも地方都市といった様相のインモールを外側から眺めた。


「どうして街の中ではなく、街の外側に転移したのですか?」とディア。

「今回のイベントは山賊セシルの秘密組織とやらの調査だから、ここから別行動だ」


 元勇者の言葉にディアとホリィは不服そうな表情となった。ライムはいつもどおりのお人形さんのような笑顔のままだった。状況をあまり理解していないらしい。


「ディアとホリィとライムは宿屋を確保して、その周辺の店とかを散策して欲しい」

「お店の散策ですか? 私達、遊びに来たつもりでは無いのですけど……」とホリィ。

「ホリィ達に危ない事はさせられないし、カールが気付かなかった街の情報も女性視点でなにかわかるかもしれない。普通に街を見て廻る事も結構重要な情報収集なんだ」

「そうなんですか?」

「俺達も最近のインモールの事をよく知らないし、どの程度安全なのかを把握する事は結構重要だよ」


 カールが元勇者に問いかけた。


「さてオレ達はどうやって秘密組織を調べる? 一応怪しい場所の目星はつけているが」

「こんな下らない事に時間を駆けるつもりは無いよ。カールは正面から乗り込んでくれ」

「正面から? オレのスキルじゃ山賊ほど隠れられないぞ」

「隠れる事は無い。カールには弓矢があるじゃないか」

「オレの弓が当たらない事はユートが一番知っているだろ?」

「作戦がある。ゴニョゴニョゴニョ……」

「……えぇ~」


 カールは心底嫌そうに顔をしかめた。


「俺達のレベルならそこらの山賊程度に負ける事は無いんだし、まぁヨロシク頼むよ」

「ユートはどうするんだよ?」

「俺は普通に冒険者ギルドに行くよ」

「おいおい、忘れてないだろうな? ユートはニセ勇者として賞金がかけられているんだぞ」

「まー、俺も少しは魔王を倒した勇者らしい苦労を楽しみたい気分なんだ」

「なんて酔狂な……。ニセ勇者扱いされて鬱になるんじゃないのか?」

「俺は別に鬱じゃないよ。他の皆が無駄にテンション高いだけだろ」

「鬱屈した性格が板に付いているようだけど、まぁユートなら危ない事も無いか……?」

「俺が目立てばカールのスニーキングミッションも楽になるだろう? 囮役さ」

「確かに秘密組織に関与している輩がインモール全体のどの程度まで及んでいるのかは未だわからないからな」

「俺が秘密組織の注意を引き付けている間にカールは証拠となるものを見つけ出してくれ」

「証拠か……構成員の名簿とか、怪しい取引の帳簿とかかな。簡単に見つかるとは思えないが、それなりに努力してみるよ」

「ところで秘密組織の場所なんてわかるのか? なにしろ秘密なんだぞ?」


 カールは余裕の笑みを浮かべた。


「商工会の拠点はインモールの城の跡地にある。元は王族の拠点だったから隠された逃げ道が設けられている筈だ。その逃げ道、まぁ地下通路だろうが、その道に繋がっている場所が秘密組織の隠れ家って事さ」

「なるほど。カールはアーチャーよりシーフのほうが向いているんじゃないか?」

「オレは接近戦をしなかった分だけ、索敵やら警戒とかのスキルは鍛えられたからな。もちろんイケメン時代にはこの能力を生かして仲良くなった街の女を相手に夜這いを……」

「しっ! そういった話は年頃の娘さん達がいない時にしてくれ」

「あぁ、こりゃ失礼。もっともユートのほうが夜這いをされる立場のような気もするがな」

「イヤな事を言うなよ。この歳で恋愛のゴタゴタなんてカロリーの要る事に巻き込まれたくない」


 元勇者はディア・ホリィ・ライムのほうを見た。どうやら下世話な話は聞いていなかったようだ。


「とにかく、段取りどおりにさっさと済ませてしまおう。ここからは別行動だ」

「私達ハ宿デ部屋ヲ確保スルダケデイインデスカ?」

「ああ。俺達の用事が済んだら宿屋で落ち合うという算段だ」

「オ部屋ハ一部屋デ十分デスヨネ?」

「どうしてだライム?」

「かーるサンハ何処カ街ノ女性ニ夜這イシテモラッテ、私達ハ勇者サマノべっどデ寝マス。宿代モ節約デキマス」

「しっかり聞かれていたのか……カールも中高年なんだから若者の前で変な事を言わないようにしろよ」

「悪い悪い。そういった話が出来る相手が案外いないんで、うっかり口が滑っちまったようだ」

「こりゃ責任を取って、宿代はカールの一人持ちだな」

「えぇっ! そりゃないぜ……」

「俺は山賊カールの秘密組織の連中の目をひきつけるために目立たなきゃならないから、宿ではカールの名義で部屋を取ってくれ。きちんと2部屋、男女別々の部屋だからな」



-----


 城砦都市インモールはその周囲を壁で囲んでいたが、商人の使う商用通路から生活道路まで幾つもの道があった。

 元勇者・カール、少女達はそれぞれ別の道からインモールに入り、それぞれの役目を果たす事となった。


 元勇者はフードをかぶって顔を隠し、人の少ない生活道路を選んでインモールに入った。


(この程度の外壁だと巨人族の進撃は止められそうにないな)


 元勇者は安穏と壁を眺めた。10数年の長い旅では巨人系の魔物との戦いも数知れずあった。巨人族と言っても概ね3m前後で、巨体から繰り出される攻撃は破壊力が高かったが、大型の魔物は総じて動きが遅い。故に巨人族に対しては防御より攻撃重視で挑むべきで、壁で食い止めるのは愚策とさえ言える。より巨大な巨人であれば尚更で、いっそ縄を用いて高所に上り脊椎などの急所を狙ったほうが効果的であろう。


 ぼんやりと物思いに耽っていた元勇者に何者かが近付いてきた。


「これはこれは。ユート・ニィツ殿。5年ぶりだな」


 フードをかぶって顔を隠していたのに素性を言い当てた事に元勇者は一瞬だけ警戒した。しかしその相手がかつて最果ての街の冒険者ギルドで酒を飲み交わしたベテラン冒険者ルト・マルスとわかると警戒心も消えた。


「マルスとこんな所で再会するとは思ってもいなかったよ」

「俺はもっと早くユートと再開する機会があると思っていたぞ。この数年、一体何をしていたんだ?」

「いやまぁ……何もしていなかったよ。燃え尽き症候群みたいなものかな」

「するとやはり、お前が魔王を倒したのか。もちろんお前達が向かった先には他のハイレベル冒険者は行っていないから、魔王を倒せるものはお前達以外にいなかったのだが」

「俺はてっきり、マルス達のパーティが魔王を倒すだろうと思っていたよ。俺達のパーティは疲弊してギスギスした雰囲気のまま冒険を続けていたんだ。マルスたちのほうはもっとしっかりしたメンバーだった印象がある」

「いや、あの頃はどこのパーティメンバーもギスギスしていたさ。魔王の放つ混沌の波動で世界を陰惨な空気に包まれ、魔物はどんどん強力になってどれほど戦闘スキルを磨いても楽な戦いにならない日々が何年も続いて、終わりの見えない戦いの日々に挫けない為に態度だけでも毅然と振舞っていただけさ。他ではキャリアが長いのに仲間割れで解散したベテランパーティも多いという噂だった」

「そうか、どこも同じだったんだな……」

「四天王や魔王と戦えるベテラン冒険者パーティは幾つかあったが、魔王までたどり着いたのはお前のパーティだけだった。正直……魔王と戦わずに済んでホッとしたよ。古参のベテラン勢は我こそ魔王を打ち倒すと意気込んではいたが、本当に倒せる自信のある者など誰一人いなかった。敗北で終わる恐怖を感じながらも引き返せない長い旅を続けて、ギスギスしない者なんていやしないさ」

「少し安心した。あの長い長いフリーランス生活で少しばかり病んだ気分になったのは俺だけじゃなかったんだ」

「だから魔王の波動が消えて誰かが魔王を倒したとわかった時、俺達は英雄になり損ねた悔しさだけでなく、死なずに冒険者を辞められる事に安堵もしたんだ」

「マルスは冒険者を辞めたのか?」

「ああ、強い魔物のいない世界ではハイレベルの冒険者は無用の長物だからな。いくら魔物を倒すスキルがあっても生活費を稼げない」

「なんだか……魔王を倒して申し訳ない」

「いつか誰かが倒していたさ。魔王なんてものは結局倒される為の存在だ。むしろよくぞ魔王を倒せたものだ」

「格好の良い武勇伝になれば良かったんだが、結局は相打ち覚悟の玉砕戦さ。戦闘の後たまたま生きていたのが俺だったってだけの、ヤケッパチの戦いだった」

「よく逃げ出さなかったものだ。感心するよ」

「逃げ場が無かったんだ。引っ込みもつかなくて、魔王を倒すしかなくなっていた」

「あの頃は誰もが思っていたよ。誰かが魔王を倒してくれれば俺達はそいつを妬んで平和な日々を過ごせる、ってね。最前線で苦労するより後ろで文句を言うほうが無責任でいられる楽しく平和な生き方だろう、と」

「マルスがそんな事を言うとは思わなかった。ハイレベル冒険者の中でもルト・マルスのパーティは魔王を倒すであろうチームの筆頭と目されていた。どの酒場でもマルスが魔王を倒すだろうと言われていたよ。俺達は地味な評価だったが、俺達も普段から毅然としていたマルス達が魔王を倒してもおかしくないと思っていた」

「ユートのパーティは通好みというか、若手にはその強さがわかりにくいところがあったからな。物事は極めるほど世間の理解が得られなくなっていくものさ」

「で、マルスは冒険者を辞めて何をしているんだ?」


 ルト・マルスはしばらくの沈黙の後、言った。


「とある組織に雇われている」


 思い出話に気の緩んでいた元勇者の表情が強張った。


「その組織は、もしやセシルの作ったという秘密組織の事か?」

「さぁな。契約の都合上、守秘義務があるんだ。ノンクレジットの下働きだが給金が良くてな」

「……どの程度の金かは聞かないが、それが悪事だとすればマルスの命の値段になうかもしれないぞ」

「綺麗な仕事では無いだろうが、悪事そのものでも無さそうな感じさ。それにユートとセシルの関係も知らぬわけではない。俺はフリーランスとしてスポンサーから金をせしめて、危なくなる前に縁を切るつもりさ」

「それなら、まぁ別に構わないが」

「俺もあの長い冒険の旅で色々と考え方が変わったのさ」


 元勇者とマルスは簡素に言葉を交わして別れた。

 マルスはインモールに背を向けて何処かへと旅立ち、元勇者はインモールの街に入って酒場に向かった。


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