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元勇者は禍根渦中  作者: 数ビット
13/46

「新たなる珍客」

 元勇者は数日のアーティス滞在を堪能した。


 酒場の冒険者ギルドでは侘しい雇用事情を知る事となったが、それでも数度は酒場に通った。やはり同業のフリーランスが集まっている場所は居心地が良く、カールと一緒に若い冒険者達の世間話に耳を傾けた。


 しかしそんな居心地の良い場所も、次第に元勇者にとっては居心地の悪い場所となっていった。

 元勇者と同世代の冒険者がいないのだ。

 元勇者は概ね20年近くも冒険者稼業をやっている事になるアラフィフだ。同世代の冒険者も多い筈だと思っていたが、手強いモンスターとの戦いに敗れて命を失った者や歳を取って古傷や持病で命を落とした者が案外と多かった。生き残ったアラフィフ冒険者も現実的な生活設計にシフトしているか、何かの手柄で一生働かずとも暮らせる身分になっているか、もしくはアラフィフになっても誇れる実績が無いが為に人目に触れぬよう隠れて生活しているかで、冒険者ギルドで情報を得る必要の無い者のほうが当たり前になっていたのだ。

 それに気付くと元勇者も居心地が悪く、若い冒険者を相手にマウントを取る気も湧かず、酒場に行く事は控えるようになった。太った事で年齢がわかりにくくなったカールはその後も一人で何度も酒場に通っており、元勇者は夕食時に酒場での話を尋ねる程度となった。


「結局、盗賊セシルと秘密結社との関係はわかったのか?」

「秘密で組織やってる連中の秘密は、そう簡単にわかったりしないと思うぞ」

「セシルも元々は真面目な聖騎士だった。その正義感溢れるセシルが魔王討伐に挫折して正義を信じられなくなったとしたら、迷い無く悪の道を突き進みそうな気はするんだ。俺達でさえ世間のアヤフヤな正義の定義には散々苦労させられたんだし」

「その聖騎士様が山賊集団を作る為に革命軍にしれっと紛れ込んでいたんだとしたら、かなりの極悪人だろうな。一応は世界を救う手助けをしていた革命軍を自分達の利益の為に乗っ取ろうとしたようなものだからな」

「セシル達が逃げていった先には城砦都市インモールがある。その街に秘密組織の拠点があるという噂が本当なら、聖騎士様が秘密組織と無関係という可能性は高くないだろうと思うぞ。山賊が山賊としてインモールに居を構えられるわけはないからな」

「なるほど……ひとつの街に数十人規模の怪しい組織が複数あるとは考え難いしなぁ」

「元々オレはこのあたりを旅行して歩くつもりだったから、アーティスを出たらインモールに行ってみようと思う。オレ達に関係のある事じゃないけれど、何かトラブルが起きてから火元を調べるのも馬鹿馬鹿しいからな」

「そうか、俺はまっすぐ帰宅する事にするよ。アーティスでのホテル暮らしも名残惜しいが、あまり贅沢に慣れると普通の日々が侘しくなっちゃうから」


 酒場に行かなくなった元勇者はアーティスでの客間での待遇には十分満足していた。特に外出して戻った時にベッドシーツが交換されている事には感動と言えるほどだった。独身中高年の一人暮らしではベッドシーツなど年に数回しか洗濯しないのに、毎日きれいなシーツでベッドメイクされているのだ。


「男の一人暮らしなんて、ベッドのシーツなんて滅多に洗濯しないものだろ」


 そう言うとカールの表情がみるみる曇っていった。


「親の介護をしていれば汚れたベッドシーツを嫌というほど洗濯できるぞ。シーツやタオルは洗濯も大変だし乾くのも遅いのに毎日大量に洗濯しなきゃ足りなくなるからな」

「そんなところにも介護トラウマがあるのか。カールの介護話を聞いていると、俺にはギルドの仕事依頼はとても無理としか思えなくなるよ」

「まぁ介護の仕事も担当する相手がよければトラブルは少ないだろうしベテランになれば給料も上がるだろうよ。担当する相手は自分で選べないガチャ要素ってだけで」

「まぁオレも数年後には介護してもらう側になりそうだけどな」


 少しの間の後、ふとカールが呟くように言った。


「……そういえばオレ達の世代あたりから”老後の第二の人生”とか言わなくなったよな」

「えっ? まぁ……俺達の世代から魔物の攻撃が激しくなって世界中不景気になっていったからなぁ」

「でもオレ達より大人だった世代は”やりたい事は老後の趣味に取っておく”なんて事を言う輩が殆どだったじゃないか。オレ達の世代では老後になにか趣味をやろうなんて話を聞いた事が無いし、鬱で性格の歪んでるユートのように”どうせ後は死ぬだけ”なんてネガティブな事を言う輩ばかりだ」

「俺の性格を悪例で使うな。俺は素直で良い子じゃないか」

「まぁユートが魔王を倒した事でオレ達より若い世代は趣味とか将来とかを取り戻すのかもしれないが、魔王は世界を恐怖に陥れただけでなく、オレ達の世代の希望とか未来とかも滅ぼしていたのかもしれないな、と思ってな」

「そうなのかもしれないが、俺は正直そこまで考えた事が無かったよ。確かに魔王討伐の長旅で嫌なものをたくさん見た事で希望なんてものを忘れてしまっていたのかもしれないな。まだよく理解しきれていないけど」

「若い頃は歳を取ればもっと色々わかるものと思っていたが、歳を取ってもわからない事ばかりだよな」

「まったくだ」




-----


 翌日、カールは城砦都市インモールに向かう旅に出た。


 アーティスに再び山賊が攻め込んでくる危険は無い様子なので、元勇者も自宅の砦に戻る事にした。

 数日の滞在で世話になったアーティス王に礼を言い、城を出てから転移のオーブを使って自宅の砦に戻った。


 キュピーンキュピーン。


 謎の効果音のような耳鳴りが響き、幻視でナウローディング的な文字が見えた錯覚を感じつつ、視界が明るくなると元の砦のエントランスが見えた。


「転移成功。もし間違って玄関の外に転移していたら、戸締りして出かけたから自分の砦に入れなくなっていたからなぁ」

「とりあえず、お茶でもご用意しましょうか?」

「そうだな、特にやる事もないし」

「お疲れでしたらお風呂はいかがですか? お背中お流しします!」

「いや~、風呂に入っちゃうと眠くなるから、夜のほうがいいかな……ってオイ!」


 元勇者はホリィとディアが一緒に転移していた事に気付かなかった。


「どうして2人がここにいるのかな?」


 ホリィもディアも悪びれる様子はなかった。せいぜいテヘペロ程度の様子だ。


「勇者様の近くにいれば転移のオーブの効果範囲に入れるかなって」とホリィ。

「それに私達、勇者様のお嫁さんになるためにここに来たんですよ」とディア。

「我が娘を馬の骨にやるつもりはないが、そなたは特別じゃ」とアーティス王。


 元勇者は5秒ほどフリーズした後、とりあえずツッコミやすい相手にツッコんだ。


「どーして王様がココにいるのですか!」

「ディアの様子を伺おうと思ったらユート殿がいたので、見送ろうと思ったら一緒に転移してしまったようじゃ」

「うっかり転移してアーティスを国王不在にしちゃってどーすんすか!」

「人生はスリル・ショック・サスペンスじゃのう」

「なんですかそのペラペラな……というかパラパラな人生は。何かあったら俺のせいになっちゃうんですから、出来るだけ早くアーティスにお帰りくだしあ。転移のオーブ1コあげますので」

「まぁまぁ、せっかくホリィ殿がお茶を入れてくれるというのだから無碍にしては失礼じゃろう」

「お茶を飲んだら俺がココから転移したほうが話が早い気がしてきたぞ」

「それにもう一人、来客のようじゃぞ」

「もう一人来客?」


 元勇者は周囲を見渡し、窓の外を見た。

 元勇者は戦闘スキルこそ突出していたが、特別な探知スキルは習得していなかった。アーティス王は戦闘スキルは持ち合わせていない筈だが王様レベルMAXに相応する力量はあるので、探知スキルに似た”虫の知らせ”の能力があるのかもしれない。


 窓の外を見ると、ほうきに乗った人影が見えた。

 頭上から「♪マハリークマハーリタ、ドンガラガッシャンシャン♪」とシュナの声が聞こえた。


「……若さの欠片も感じられない妙な歌を歌っていやがる。投石器があったら狙い撃ちたい」

「なにやら大きな荷物を運んでいるように見えるが」

「あ、王様はそろそろお引取りいただいたほうが宜しいかと。たぶん下品な展開になりますので王家の品格に泥がつく事になりかねません」

「ふむ、あまり登場人物が多いと雑然としていかんしのう」

「いやそういった心配をされるのも色々困るんですけどね」


 ホリィはアーティス王に「お口に合いますかわかりませんが」とお茶を差し出した。アーティス王は「城の外での飲食はわしにとっては贅沢な事なのじゃよ」と微笑んだ。


「もうすぐ18禁魔女が玄関先に着地するので、そろそろお引取りを……」

「急くでない。魔王を倒した勇者であるそなたが何を狼狽しておる」

「品格という点ではシュナより魔王のほうがマトモでしたよ」

「わしから見ればシュナ殿もユート殿もまだ若者じゃ。わしも年長の賢者から見れば若輩者でしかなかろう。若い者は何某かの欠けた所があるものじゃ。その欠けた所ばかり見て判断するのは愚かしい事とは思わんかね?」

「それは良い事を仰ったのでしょうか? それとも王様のうっかり気質のイイワケでしょうか?」

「あまり長く城を空けると側近の者が心配するじゃろう。そろそろおいとまする事にしよう」

「イイワケのほうだったのかな?」

「では失礼する。……ワープ! ワープ!」

「あ、2回言った」


 キュピーンキュピーン。


 アーティス王は転移のオーブを頭上に掲げ、瞬間移動して姿を消した。


 入れ替わるように砦の玄関を叩く音が響いた。


「ユート、いるわよね」


 元勇者は大きな溜め息をついた。


「いません」

「魔法で玄関に大穴開けてもいいかしら?」

「その前にストレスで俺の胃に穴があきそうだよ」


 元勇者はしぶしぶと玄関の扉を開けた。




-----


「私、魔女のシュナ! こっちは黒魔術で作った嫁!」

「帰れ。帰ってその腐った脳味噌をゴミ箱に捨てろ」

「なによ、気分が老け込まないよう若々しく振舞っているだけなのに」

「その無駄な努力の全てがマイナス要因だと気付け。それにそのニシンのパイどころじゃない大きな木箱は何だ?」

「言ったでしょ、魔法で錬成したホムンクルス1号よ」

「番号をつけるな。2号とかV3とか作られるんじゃないかと怖くて眠れなくなる」

「さすがに易々と作れるものじゃないから安心して。でも私の卵子と魔法で作った人造人間だから生命体として不安定なのよ。だから独身のあなたが嫁にして特濃ザー◎ンを注ぎ込んでくれればそれを構成物質として取り込んで完全な人間になれるのよ。中出しでも精飲でもアナルでも吸収できる筈よ」

「平然と品の無いワードを言うのやめてくれないかな。それにその理屈だと……俺とシュナの子供を体外受精で作るみたいな感じじゃないか? さすがにそれは色々とキツイぞ」

「それは半分正解なんだけど、魔法による遺伝子補完が完全に無くなるわけではないから差し詰め遠縁の親戚程度の生命体になる筈よ。私自身のクローンを作ったわけでもないし、私とは別の人生を歩んで欲しくて生み出したんだから」

「生み出したという割には木箱に積めて運んできたんだな。まるで棺桶みたいでゾッとするぞ。名前はフランケンとかじゃないだろうな?」


 シュナが床に置いた木箱がゴトッ!と動き、元勇者はビクっとした。普通に怖い。


「名前は一応”ライム”と名付けたわ」

「お、シュナが名付け親の割には案外良い感じの名前じゃないか」

「錬成したての時は姿が不安定でスライムみたいだったのよ」

「おいその”錬成したらスライムだった件”みたいな事は言うな。様々な方面から本気で怒られるぞ」

「ライムは一応きちんとした人間の姿に仕上がっているんだけど、いまのままだと魔法生命体としての力が強くて寿命が未知数なのよね。エルフより長生きしちゃったら、それはそれで不幸でしょ? だからきちんとした人間にしてあげたいのよ」

「シュナでも一応そのあたりは考えているのか。でもその相手は俺じゃなくても構わないんだろう?」

「正直誰でもいいんだけど、私から逃げない男が少ないから」

「逃げ場があるなら俺もいますぐ逃げたいんだけど」


 ゴトッ! と音を立てて木箱が大きく動いた。


「ハヤク、ニンゲンニ、ナリタイィィ……」


 木箱の中から無機質な声が響いた。


「逃げたいんですけど! マジで! 怖いっ!」

「魔王を倒した勇者のくせに、なぜ泣きそうになっているのか理解できないわ」


 中身のわからない木箱がガタッ! ガタッ! と不規則に動いて音を立てた。

 少し離れた場所で様子を伺っていたホリィとディアも青ざめて抱き合って震えていた。


「みんなどうして怖がっているの? ライムちゃん、もう出てきていいわよ」

「……リョウカイ、シマシタ」


 バギィ! と木箱が内側から破壊される大きな音が響いた。


 バキバギッ! ミシミシッ! ドガッ! ドガッ! バギィッ!


「ヒィィィィ~ッ!!」


 元勇者とホリィ・ディアは声にならない悲鳴を上げた。

 木箱が内側から破壊され、しかし中身は見えない。ホラーでしかない状況で、中から出てくるのはシュナが作った人工生命体なのだ。いっそ普通のモンスターや魔王のほうがマシに思えた。


 ガゴッ! ミシミシッ! メキメキメキ……! ドゴッ! ドゴッ!


「あ、あのさシュナ」

「何?」

「どうして木箱を外側から開けてやらないんだ?」

「蓋を閉じる時にうっかり釘を打ち付けちゃったのよ。ほうきで空輸しても蓋が開かないように」

「打つなよ釘を! マジで棺桶扱いじゃねーか!」

「大丈夫よ、そろそろ出てくるわ」

「ヒィィィィ!」


 ミシミシ……バキィ!!


 木箱が粉々に吹き飛び、中のホムンクルスが姿を現した。


「ハジメマシテ、勇者ユート様」

「は……はじめまして……」


 元勇者は中から出てきた何者かが一応人間の姿であった事に安堵した。


「どう? 私の作ったライムちゃんは。可愛いでしょ?」

「……ま、まぁ、可愛いといえば可愛いが……」


 ライムと名付けられたホムンクルスの外見は、小柄な少女のように見えた。

 金髪のロングヘアーと透き通った肌は人間離れした輝きと透明感だ。

 そして小柄ゆえに豊満な乳房が際立ち、ウェストに巻かれたリボンは背中側で結ばれて蝶の羽根のようで、美術品のようにバランスの取れたプロポーションだった。


「……可愛いんだけど、どうして全裸にリボンだけの格好なのかな?」

「ユートにお嫁さんをプレゼントするわけだから、リボンつけたほうが良いかなと思って。それに男はこーゆーのがお好きなんでしょ?」

「シュナの狂った常識を押し付けるな。つーかこの状況、一体どーすんだよと」


 登場こそホラーだったが中身は美少女だったライムの登場に、ディアとホリィは焦燥を感じた。

 2人の少女にとっては新たなライバルの登場でしかなかった。


「王家の私が勇者様と結婚できなかったらアーティスの名を貶める事になるかも……」

「せっかく勇気を出して勇者様のお嫁さんになる為にここに来たのに……」

「……そうだ! いまこそ勇者様にアピールしなきゃ!」

「でも、どうやって?」


 ごにょごにょごにょ……と2人の少女は密談した。

 ホリィもディアも元勇者に関してはお互いライバル同士の立場だったが、しばらく行動を共にしていたので友人としての関係も築かれていた。


『勇者様! 少しお待ちいただけますか!』と2人は声を揃えた。

「なにかな?」

『ちょっと着替えてきます!』


 パタパタパタ……と2人の少女は客間に駆けていった。


「シュナのせいで女子が怖がって逃げていったぞ」

「そうかしら? 何か思いついての行動のように見えたけど」


 ライムは元勇者に向き合って、言った。


「ハヤクニンゲンニナリタイ」

「お、おう。まぁ十分人間に見えるよ、というか人間にしか見えないよ」

「ニンゲンニナルニハ、勇者ユート様トノセクロスが必要。計算デハ、ザー○ン1発3ccト仮定シタ場合、467回ノ中出シセクロスヲスル必要ガアリマス」

「ちょっ、ちょ……、何を言っているんだライムは!」

「ライムは身長140cmほどだから概ね1.4リットル程度の精子が必要な計算なのよ」

「そういう事を言っているのでは無く! あぁあああッ! シュナの破廉恥ビッチ要素が倍増しただけじゃねーか!」


 ライムはしゃがみこみ、詳しくは記さないが”くぱぁ”といった感じの格好となった。


「潤滑油ハ自分デ分泌シマスノデ、ドウゾオ使イクダサイ」

「親! ライムの親ちょっと出てこい!! どういう躾けしたんだ!!」

「ライムが完成してから、きちんと日常会話できるだけの性教育をしたわよ」

「性教育の前に、普通の常識とか羞恥心とかモラルとかも教育して! プリーズ!」

「短時間で教え込める情報量にも限度があるし、ユートが自分色に染めたいとかの性癖があるのかと思って」

「そもそも金髪ロリ巨乳少女がマッパのままってのも大問題だ。とりあえず何か服を着せないと……」


 元勇者は(このアブノーマルな状況に慣れてはいけない!)と自分に言い聞かせつつ、ライムの身体を包み隠せる布を捜した。ホリィとディアが不在だった事は幸いだった。


「そんなに隠したいなら紙袋があるけど」

「紙袋でどうやって隠すんだ?」

「ここに穴を空けて、こうやって被せれば……」


 シュナはライムの頭に紙袋をかぶせた。

 空けた穴が丁度ライムの目の位置に重なり、袋をかぶっても視界が確保される親切設計だ。


「Oh……まさに頭かくして尻隠さずッ!」

「これなら素性を明かさず露出プレイが出来るわ」

「ハヤクニンゲンニナリタイ……」

「何ッ?! 怖いしエロいし! おまいら何が目的なのッ?!」


 元勇者は手近な窓のレースカーテンをはぎ取り、ライムの身体を隠すようにぐるぐる巻きにした。


「ユートったら、どんなシチュエーションでも手を出さないのね? ライムだけでなく、ディアちゃんやホリィちゃんもいるのに、ハーレム展開が手招きしてるのに何もしないだなんてアブノーマルを疑われるわよ?」

「俺はLGBTKでもない完全普通のノーマルだし、そもそも俺はムード派なんだよ」


 ちなみにLGBTKの”K”はケモナーを示すそうだ。広い世界には獣人族もいるので流行の言葉にもそういった配慮が求められるのであろう。


 パタパタと少女の駆け足の音が響いた。


『勇者様、お待たせしました!』


 ディアとホリィが”着替え”を済ませて戻ってきた。


「わん! いかがでしょうか勇者さまっ!(はぁと)」

「に、にゃ~ん! 勇者様に気に入られたいにゃぁ(は、はぁと)」


 ディアは犬耳の付いたカチューシャにフサフサの尻尾、ホリィは猫耳に猫っぽい尻尾を身に付けていた。

 一言で言えば、コスプレである。


 元勇者は2人の姿を見て、言った。


「おぅふ」


 非常に情けない声を漏らしてしまったが仕方が無い。2人とも肉球の柄があしらわれたモフモフの手袋をしていて、簡素なコスプレの割には完成度が高かった。年頃の少女によく似合う可愛らしさだ。


「勇者様がギルドにお出かけになられている時に、ホリィと街の衣服店で見つけたコスチュームなのです!」

「私こういった装飾品を身につけた事が無かったので自信が無いのですが……いかがでしょうか勇者様?」


 元勇者は目を閉じて腕を組み、真剣な口調で言った。


「元気っ娘のディアが犬耳、ホリィが猫耳というチョイスは見事としか言いようが無い。イイネ!ボタンがあったら間違いなく連打するね」

『わーい! ヒネた勇者様が珍しく褒めてくれたー!』

「ナチュラルにDisられているけど、まぁ可愛さに免じて不問としよう」


 シュナは呆れ顔で言った。


「ユートってそういったのが好きなの?」

「好きというか、中高年の独身にとって絶妙なセキュリティホールを突かれたという感じかなぁ」

「なによそれ」

「独身男もアラフィフになったらティーンエイジャーは年齢差がありすぎて手が出しにくいが、孤独を埋める為に犬や猫などのペットを飼う独身は多いそうだ。かつては風俗とかアイドルとかメイド喫茶で孤独を穴埋めする独身男も多かったが、ペットは家族のようなものだし手を出す対象でもないから、娘のような年頃の少女にペット的コスプレされると独身男の警戒心がぐっと下がってしまうというか」

「じゃぁ私もコスプレして男を捕食しようかしら」

「やめとけ、若さの無いコスプレはただの仮装大賞になるぞ」

「私ッ! まだ若さッ! ありますからッ!!」

「あーはいはい」


 抵当な相槌を打ちつつ、元勇者は頭を掻いた。


「それにしてもこの状況、一体どーしたものか……」


 コスプレしているディアとホリィ、レースカーテンをまとって照る照る坊主のような格好のライム、そして見た目は美人だが残念要素の塊であるシュナ。

 孤独で寂しい日々が好きなわけではないが、かしましいにも程がある状況に元勇者は頭痛が痛かった。


「ところで何か気配を感じない?」とシュナ。

「気配?」

「何かの魔物の気配を感じるんだけど」

「それシュナ自身の気配じゃないのか?」

「魔女と魔物を一緒にしないでよ。まぁユートがいれば魔物なんて目じゃないんでしょうけど、最近ほとんど見かけなくなったミドルクラスのモンスターのように感じるわ」

「そういえばカールが”魔族が復活する兆候がある”とか言ってたなぁ」


 一応の用心をしつつ、砦の玄関を警戒した。


 そしてコンコンとノックの音が響いた。

 元勇者は「開いてます。どうぞ」と言うと、扉が開いた。


 そこにいたのは、見るからに、サッキュバスだった。


-----


 キラキラキラ~ン☆と華やかなオーラを発しつつ、サッキュバスは言った。


「ハァ~イ! 魔王様を倒した勇者ユート・ニィツの精力を頂きに来たわ! たとえ勇者であろうともワタシの魅力に抗う事など出来ないわ! 快楽の虜にして、あ、げ、る☆」


 元勇者はサッキュバスを観察した。

 露出度の高いセクシーな衣装を身にまとい、たわわな乳房に細いウェスト、張りのあるヒップが見事な流線型の美を形作っていた。


「普通だな」と元勇者は呟いた。

 サッキュバスを目の前にして感情の何一つも刺激されていない様子だった。


「……普通? このサッキュバスの私が? ワタシの魅力の前で痩せ我慢しなくてイイのよ☆」


 サッキュバスは腰をくねらせ胸を強調したポーズを取った。


「とりあえず正座しようか」と元勇者はサッキュバスに言った。

「せ……正座? な、何故?」

「イヤなら秒で塵にするけど、超必殺技とかで」

「へっ? し、します正座……」


 サッキュバスは玄関先のエントランスに正座した。


 元勇者はガシッ!と唐突にサッキュバスの頭を鷲掴みにした。


「先ずはこの状況をよく見ろ」


 元勇者はサッキュバスの頭をホリィとディア、ライムとシュナの方向に向けた。

 コスプレ少女、全裸にレースカーテンを纏った少女、見た目だけなら美しいソーサラーがいた。


「貴様はこのグダグダなトンデモ展開にとって余計な要素でしかない」

「サッキュバスのワタシが、余計な要素?」

「余計な要素というより、存在自体が余計なキャラだ」

「よ……余計なキャラ?! な、何故!」


 元勇者は鷲掴みにした手に力を込めた。ギシギシギシ……


「登場シーンの台詞をもう一度言ってみろ。精力を頂きにだと? 快楽の虜だと? お呼びじゃ無いンだよッ!」

「い、痛い! 握力ッ! いたたたた」

「それにいまどきサッキュバスってだけで目立てると思っているのか? サッキュバスなら男が釣られるとでも思ってンのか?!」

「こ、このワタシの魅力に抗える男なんている筈が……」

「キャラが薄いんだよッ!」


 元勇者の一言に、サッキュバスの脳内にガーン、ガーン、ガーン(残響音含む)というショックの音が響いた。


「ホリィはかつての仲間の一人娘、ディアは王家の姫、シュナは最狂ソーサラー、ライムは世にも珍しいホムンクルスだ。過去のドラマも無く目立った特長も無いくせに、なにドヤ顔して登場してんだよ!」

「キ、キャラが薄……で、でもワタシ、サッキュバスだし!」

「ただのエロいねーちゃんじゃねーか! もう要らねーんだよエロ要素とか! 完全にエロ要素が交通渋滞してんのがわかんねーのかよ!」

「え、えろがこうつうじゅうたい……」


 サッキュバスは普通に登場し普通にアピールしただけなのに、その存在を完全に否定されて目がグルグル巻きになった。普通であれば男は色香に惑い、サッキュバスも自身の魅力を存分にアピールできる。しかし現状では男が抗えないセクシーで魅惑的な身体さえ完全にスルーされている。


「で、ではワタシの存在価値って……」

「ないな。せいぜいモブキャラ程度だ」


 ガーン、ガーン、ガーン(残響音含む)

 サッキュバスからエロ要素を取り払えば本当に存在価値がなくなってしまう。モブ要素100%では目立ちようが無い。せっかくの新キャラ登場、しかも魔物キャラ初登場だというのに、登場した事自体を完全否定されては立つ瀬が無かった。


「大体サッキュバスだという基本設定だけでいまどき何のアピールにもならん。冒険者さえ副業当たり前の時代にサッキュバス一本で活動するのにお色気オンリーってのがプロ意識の無さの表れだ」

「ぷっ、プロ意識……。でもワタシはサッキュバスなので、このボンキュッボーンのスタイルを否定されたら本当の本当に存在価値が……」

「そこの女の子を見てみろ。ただでさえ若くて可愛らしいのに、更に猫耳犬耳で可愛さマシマシだ。そういった努力もせずに何がサッキュバスだ。もう一度登場シーンの”ワタシの魅力に抗う事など”とか言えるか? どこに魅力があるのか言ってみろよ!」

「ひ、ヒドイ……! ワタシまだ何も悪い事してないのに、そこまで言われるなんて」

「KYの魔物が空気読まずに魔王倒した俺の所にのこのこやってきて、何も悪くないと思ってる時点で失格なんだよ! ラッキースケベ展開も交通渋滞していたらどーしよーも無いだろ! それでもまだ何も悪い事していないと言えるのか?」

「ご、ゴメンナサイ、ゴメンナサイ」

「貴様のような何の変哲も無い普通のサッキュバスなんぞ、ただのサッちゃんだ」

「あ、あの、ワタシ一応モンスターなので、サッちゃんというのは……」

「あァ? 雑魚モンスターの分際で魔王倒した俺に口答えするのか?」

「ゴメンナサイ! ゴメンナサイ! サッちゃんで十分です! ありがとうございますっ!」


 サッキュバスは床に頭をつけて土下座した。平身低頭。

 元勇者は不機嫌そうな表情だったが、目の前の魔物を超必殺技とかで秒で塵にしない程度の我慢はしているようだった。


「きょうの勇者様は元気一杯だワン」

「お客様ならお茶でもご用意したほうがいいのかニャア」

「ハヤクニンゲンニナリタイ」


 シュナは呆れ顔で呟いた。


「ユートったら相当溜まっていたようねぇ……性欲じゃなくストレスが」

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