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元勇者は禍根渦中  作者: 数ビット
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「魔王討伐おめでとうパーティ」


「ご苦労であった。そなた達の活躍はアーティス城の監視塔から見せてもらった」

「はぁ、そりゃどーも」


 安穏と元勇者達を王座の間に招きいれたアーティス王は、その功績をねぎらう言葉をかけた。

 元勇者はホリィの回復魔法で直った性格も元に戻り、鬱屈した覇気の無い表情で生返事をした。


 アーティス城には外敵からの襲撃に備えての監視塔があり、高度なガラス加工によって作られた望遠鏡が備えられている。僅かな冒険者と王の愛娘ディア含む素人数人が多数の山賊を相手にする様子を終始見ていたのだろう。


「すいませんねぇ地下牢から勝手に出ちゃって」

「何の話かね? 勇者ユート・ニィツ殿。確かに地下牢に閉じ込めた偽者は何処かに逃げ出したようだが、本物の勇者であるそなたがアーティスに戻った事で何の問題もあるまい」

「あ、勘違いで俺を地下牢に突っ込んだ事をすっとぼけるつもりなのね……」

「山賊も逃げ出すフィアー能力の高さは確かに魔王を打ち倒したとの噂を信じさせるだけのものであった」

「噂じゃなくホントに倒したんだがなぁ。やっぱ誰もいないところで魔王とか倒すもんじゃないなぁ」


 アーティス王は真面目な表情で言った。


「噂のほうが良い、という事もあるじゃろう?」


 元勇者も真面目な表情になった。


「いつもの天然ボケではなくお心遣いでしたか。これは失礼致しました」


 そのやりとりを間近で見ていたディアは父であるアーティス王に問うた。


「あの、勇者様が魔王を打ち倒した事が噂のままのほうが良いとはどういう事なんですか? 勇者様の武勇を世に広く伝える事こそ勇者様の為ではないのですか?」

「確かに魔王が率いる魔族軍と戦い、人々を守るために命をかけ、平和を取り戻した者には名誉や報酬を与えるのが当然というものじゃ。しかし有名人になれば有名人の苦労が多いとも聞く。有名税とか」

「あ、急に俗っぽくなりましたね」

「ディアも既に感じておろうが、魔王より強い者がいるという事は、戦わぬ者にとっては不安と恐怖でしかない。また名誉を妬み迷惑をかけてくる者、不意打ちで命を狙って”魔王を倒した男より強い”と名を売ろうとする者さえ出てくるかもしれぬ」

「しかし勇者様の活躍を噂のままにしておく事が、元7勇者によるきょうのような問題を引き起こす原因にもなりますよね」

「確かに。だからこそ勇者ユート殿の手を煩わせずとも世が平和になるよう日々務めなければならぬのじゃ」


 理解は出来るが釈然としないといった表情のディアを、カールがたしなめた。


「兎にも角にも、アーティスに攻め込もうという輩はいなくなったんだ。とりあえず不安の種も無くなったんだから、まずは喜んでもいいんじゃないかな」

「でもこれではアーティスの為に行動してくれた……いえ魔王や魔族から世を救ってくれた勇者様が報われなさすぎです! 人の為に苦労しても、その人達から恐れられたり妬まれたりするのでは、あまりにも可哀相です。性格が歪んでネクラになるのも当然です!」

「ネクラって言葉、久々に聞いたなぁ」と元勇者はボヤいた。


 アーティス王は玉座から立ち上がり、ディアに言った。


「魔王討伐の功績を大々的に称える事は難しいが、今回の武勇についてはアーティス国内だけの事であるからして、この城内で独自に勇者殿をねぎらう事は全く問題は無い。その宴の呼び名をディアの希望でもある”魔王討伐おめでとうパーティ”としても何の問題も無いわけじゃ」

「やったー! 勇者様が長きに亘って切望し渇望し続けてきた念願の魔王討伐記念パーティですよ!」

「い、いや、そこまで望んでなかったんだけど……なんだか恥ずかしすぎる」


 困惑する元勇者を無視してシュナとカールは喜びの声を上げた。


「ふらっとアーティスに来ただけでタダ飯にありつけるなんて有難いわ~!」

「オレ達は魔王倒してないけどタダ飯にありつける~!」


 元勇者はボヤいた。


「俺はあれか。メッシーくん的な何かか」


 元勇者にとって魔王討伐を祝われる事は嬉しい事だったが、3年前の事をいまさら祝われても居心地が悪い。3年間ずっと報われなかった苦労を唐突にねぎらわれても他人事のようにしか思えなかった。


「……まぁ砦で一人で酒を宅飲みしても悪酔いするだけだし、たまにはこういった場も悪くはないか」




-----


「……どういった場なんだ?」


 元勇者は、再びボヤいた。


 一行が通された広間には豪勢な料理が並んでいた。

 山賊退治の様子は城の監視塔で確認しており、山賊に勝ち目が無い事がわかった段階で晩餐の用意が始められた。アーティス王の愛娘ディアの頼みという事もあって、急ごしらえではないきちんとした宮廷料理の数々がテーブルを彩っていた。


「えーっと、刺身に、生け造りに、寿司に天ぷらとかが並んでる場よね」

「芋焼酎に麦焼酎、濁り酒に梅酒も並んでる場だよな」


 シュナとカールもいささか呆然としている。

 元勇者は王に問うた。


「アーティス国王陛下、これはどこかの居酒屋ですか?」


 アーティス王は胸を張っていった。


「南国アーティスは海産物が特産品じゃ。鮮度の良い高級なものを取り揃えておるぞ!」

「えっと……」


 どうツッコんでよいものか元勇者は悩んだ。

 この世界は一応だが中世風西洋ファンタジーの世界である。


「お城での晩餐というと、七面鳥的なお肉がドーン!とテーブルの中央に置かれていたり、赤ワインをジョッキでぐびぐび飲んだりというイメージなのですが……」

「なにせアーティスは貿易都市でもあるからな。新鮮な魚介類と貴重な穀物酒でもてなすのが礼儀というものじゃ」


 そう言いながらアーティス王が手を叩くと、火のついた松明を持った腰蓑の男達と鼓笛隊が広間の中央に並んだ。

 鼓笛隊が小気味良いリズムを奏でると、松明を持った男達は掛け声と共に踊り出し、火のついた松明を華麗に回転させた。


「どうじゃ、良い余興であろう!」

「……ここは一体どういった世界観なのだろう?」


 この物語は一応だが中世ファンタジー風の世界である。


 余興の演舞が終わると、アーティス王は立ち上がって広間に響く大声で話し始めた。


「さて皆の者共、きょうはアーティスにたてつく山賊共を追い払った5人の冒険者を称える宴である! かつてアーティスを魔物の襲撃から守ったシュナ殿とユート殿、そして共に冒険したという者の娘ホリィ殿にカール殿が、再びアーティスの民を守る為に山賊に立ち向かった気高さと勇気を称えようではないか!」


 参加者として広間に集められたアーティスの衛兵達が「おおー!」と歓声を上げた。

 元勇者は作り笑いの顔を維持しつつ、幾許かの虚しさを隠した。


(3年前の魔王を倒したって事は関係ない宴なのね……)


 魔王を倒した事とアーティス王国には直接の関係は無い。魔王はアーティスに限らず世界中を支配しようとしていたし、アーティスでの戦いはそのひとつに過ぎない。極論を言えば魔王がいてもアーティスに被害が無ければアーティス国王にとってはさほど問題ではないのだろう。


(世の中そーゆーもんだとわかっているつもりだったけど、やっぱ寂しいなぁ)


 元勇者は普段からスネてイジケているヒネた性格だったので、特別な場で魔王討伐の功労を認めてもらえない事に愚痴や文句は言いにくかった。宴の前にアーティス国王が言っていた”噂のままのほうが良い事”というのも事実なので一層「魔王はワシが倒した」などと自慢できなかった。


「なにシケた顔してるのよ。せっかくのタダ飯なんだから遠慮せず食べなきゃ」

「そうそう。冒険していた頃のひもじい食生活に比べたら、肉じゃなく魚ばかりでもありがたいもんだ」


 シュナとカールが元勇者に話しかけた。2人とも小皿に料理を乗せ、酒の入ったグラスを持っていた。


「俺はもう歳だから食が細いんだよ」

「私たち大体同じ世代なんだから年寄り臭い事言わないでよ」

「そうそう、美味いものに年齢は関係ないって」

「カールはそれ以上太ると身体壊すぞ……ある意味もう壊れてる気もするけど」


 ホリィとディアも豪勢な晩餐会を堪能している様子だった。


「勇者様、あちらにエビグラタンがありますよ!」

「こちらにはカニクリームコロッケもあります!」

「一応この宴の料理って宮廷料理の筈なんだけど、なんだか家庭のホームパーティみたいな感じが……」


 グラタンもコロッケも極めて手間のかかる料理であり、自前で作ろうとすれば多くの下ごしらえの工程が必要であり、大量の洗い物を片付ける手間もかかる。街の料理屋で出来合いのものを買うほうが安くつくほどであり、そういった意味でもこのような場でなければなかなか食べられない料理である。


「ま、まぁ……みんなは好きなものを食べて好きなように楽しめばいいと思うよ」


 はははと力なく笑う勇者。

 賑やかな宴の場なので各々それぞれが気ままに食事を楽しんでいた。


 魔王を倒してから3年の月日、元勇者はひとり流浪し、ひとり砦に篭って孤独な生活を続けてきた。しかしそれは、元勇者が孤独を望んだからではない。魔王を倒した事で目的を失い、若さを失い、仲間を失って、自然と孤独になっていただけなのだ。孤独は遅延性の毒のようなもので、まだ大丈夫と思っているうちに取り返しがつかなくなる。孤独で愚痴の捌け口も無い日々を3年も続けた事も元勇者の性格が捻じれこじれた大きな原因のひとつでもある。もともと孤独を望んでいたわけではない元勇者が急に華やかな宴の場に招かれても、どう振舞えばいいのか皆目わからなかった。


 結局、元勇者は宴の広間の片隅でスルメをかじりつつ濁り酒の熱燗をちびちび舐めて華やかな宴を眺め続けた。

 皆が楽しそうに食べて飲んでいる様子は元勇者にとっても楽しく思える光景だったが、その輪の中に入る事が出来なかった。孤独に慣れすぎて楽しく振舞う事が出来なくなっている気さえした。ただ機嫌良さそうに黙って酒のつまみを堪能した。


 事実、元勇者にとって楽しそうな宴の光景というものは、かつては夢のような事だったと記憶している。

 魔物の襲撃に怯えて暮らしていた頃は、世界中が戦時下にあったようなものだった。軍隊や自警団が守っていないような小さな街や村でも毎日が非常事態宣言のような緊張感が漂い、賑やかに暮らせば魔物や山賊に狙われかねない日々だった。その不安な毎日が何年も続き、魔物の数の増減や山賊の噂で日々の緊張感も変化し、不安定な毎日が世界中の人々の気力と希望を削り続けた。


 なので目の前の光景は魔王によって世界中が鬱屈していた時代が過ぎ去った事を感じさせてくれる宴だった。かつて夢だった平和を取り戻したからこそ賑やかに宴が出来るのだ。


(そういえば宴の席ってのは、一般ピーポーにも全く無いワケじゃなかったよな……)


 一般人でも欠かせない宴の席とは、結婚式だ。

 魔物が人々の生活を脅かすようになってから世の中は不景気となって、ホームパーティーだとか新歓コンパだとか忘新年会だとかの宴の席は自粛ムードになった。贅沢は敵という風潮は日々の生活のあちこちに根付いていった。しかし結婚式という晴れの場まで自粛する事は稀だったように思う。もちろん身内だけでとかの規模縮小はあっただろうが、贅沢な食事と酒の”宴”で結婚を祝うのは当たり前だった。


「……うーむ、俺達が魔物と戦っている間に結婚した同世代が憎く思えてきた」


 元勇者のボヤキに、シュナが即座に反応した。


「結婚! 私より先に結婚したビッチ女は全員○ねばいいのよ! うがー!!」

「処女ビッチ需要を狙ってるシュナがなに寝言言ってやがるんだという気しかしないが、既婚者への嫉妬や妬みは俺もあるな……」

「そうでしょ? だって魔物が襲ってきて世間も不景気になって世の中が大変だって時代に、私達は世の中を良くしようと魔物と戦い続けていたのに、魔物の事には我関せずの態度で不純異性交遊に勤しんでいた奴らほど結婚してズッコンバッコンしてたのよ? 自分の性欲を愛だの恋だのと言い換えて出来ちゃった婚してるんだから、私の子宮にもその性欲を注ぎ込んで欲しいものだわ!」

「おっ急にメシがマズくなったぞ。まぁ真面目な既婚者も多くいるけど、チャラい輩ほど早く結婚して子供作ったり離婚したりしているイメージはあるなぁ。そして幾らチャラい輩でも親になれば世間は俺達冒険者より”立派な大人”として扱うんだよな……」

「先のわからないフリーランスの冒険者だから結婚を控えようという人もギルドでは結構見かけたわ。事実婚とか内縁とかの冒険者もいたけれど、世間はそういった関係だと”立派な大人”扱いはしないのよ。差別だと思わない?」

「まぁフリーランスやってる大人は自然と自分は立派な大人ではないという意識になっちゃうよな。収入不安定だし、いつ死ぬかわからないし」

「ようやくユートも私の考えに近付いてきたようね」

「おっ急に吐き気がしてきたぞ」


 給仕の娘に愛想を振りまいていたカールが会話に加わった。


「なんだ結婚とかの話か? オレは結婚とかイヤだね」

「確かにシュナを見ていると結婚がイヤになるのは激しく同意だが、結婚しないと老後がツライぞ?」

「なんだよ老後って。オレは老いた両親の介護で散々な目に遭っているから、そーゆーの嫌なんだよ。オレが歳を取って介護が必要になったら自分で首をくくるね」

「たしかカールって一番若かったわよね? まだアラフォーと言える歳だったかしら?」

「中年になったら数年の歳の差なんて誤差だろ」

「いや~、カール君は若いねぇ」と元勇者。「俺も30代の頃は独身でいいやと思っていたし孤独な一人暮らしのほうが気楽と思っていたが、アラフィフになるほど耐えられなくなるぞ」

「そんなもんかねぇ。オレは自由恋愛のほうが断然良いけどなぁ」

「あまり年齢の話ばかりしないで欲しいわ」とシュナ。「カールのような太ったオッサンに若い子が相手してくれるのは、単にお金を持っていそうだからよ。遺産目当てって事もあるでしょうから少し気をつけたほうがいいくらいよ」

「失礼な! オレの相手をしてくれる女性はみんな楽しそうにしているぞ」

「そりゃぁこの場は俺達をもてなす宴なんだから、給仕の娘が愛想良いのは当然だろ。街の飯屋や買い物の時に俺達中高年に愛想よくしてくれるのは店員さんの営業スマイルだから勘違いするなよ。でないと”老害”って言われるぞ」

「ろ……老害? そんな言葉があるのか」

「俺達と若者とでは常識もルールも違うからな。違う世代に自分の世代の感覚で接しているとすぐにハラスメントとか言われるぞ。俺はそういったのが嫌でひとり砦に引き篭もっていたほどだし」

「は、ハラスメントかぁ……。たしかに少しでも嫌われたらすぐハラスメントと言われる時代らしいよな……世知辛いなぁ」

「私はそういった面倒事とは縁がないわよ。基本的には周りの殿方はみんな親切にしてくれるし、時には若い子に口説かれる事もあるんだから。でも何故か1分も話すと逃げられちゃうんだけど」

「なぜか、って何の疑問も無いだろセクハラビッチが」


 3人が駄法螺話をしていると、衛兵が声をかけてきた。


「ユート・ニィツ様、アーティス王がお呼びです。宴の最中ではありますが、どうぞ別室のほうにお越しください」


 元勇者は何の用事なのかわからず首をかしげた。


「呼ばれたのはユートだけのようだけど、私達もついていっていいのかしら?」

「なんでついて来るんだよと言いたいところだが、俺ひとりだけというのも職員室に呼び出されたみたいで居心地が悪いし、別に構わないんじゃないか? アーティス王なら難い事も言わないだろうし」

「じゃぁオレも一緒にいこうかな」

「なんでカールまで来るんだよ。刺身とか食っていればいいじゃないか」

「夜のお供にと給仕の子を口説こうとしたんだが、やっぱこの体型じゃぁ昔のようにいかないようだからなぁ」

「カール、お前もかよ。シュナの悪い癖がカールにまで伝染したのかよと」

「なに言ってるのよユート。私たち大人なのにそういった相手がいないほうが普通じゃないのよ」

「それにユートは2人も美少女をはべらせているじゃないか。文句を言えた義理じゃないぞ」


 カールの言葉に、近くにいたディアとホリィが反応し、会話に加わった。


「私たちの事を呼びました?」


 元勇者は(カールが言ったのは”美少女”という単語なんだが、ディアはそれを自分達の事と認識したのか……)と心の中でツッコんだ。確かに2人とも美少女ではあるが、少女にして自分の美貌を自覚しているあたりに女の恐ろしさを感じてしまうのだった。元勇者は中年だが純情だった。


 結局5人揃って別室に赴く事となった。




-----


 宴の最中なのでアーティス王も酔いどれているだろうと思っていた5人だったが、その想像は外れた。

 別室の上座にはアーティス王専用の席が設けられ、テーブルの片隅には書記官と宮廷魔道師が待ち構えていた。王は毅然とした様子で元勇者を待っていた。酔っている様子はなく、普段の気さくな雰囲気でもなかった。


 宴の最中に呼び出された元勇者だったが、空気を読んで片ひざをついて頭を下げた。


「ユート・ニイツ、只今参りました」


 ディアを除く残りの3人も慌てて頭を下げた。


「うむ、宴の主賓であるそなたを呼びたてたのには理由がある……が、他の者達も来たのじゃな。まぁ構わぬ。そなた達も興味があるであろう事じゃからな」


 普段のアーティス王に欠けている威厳というものが漂っていた。しばしば勘違いでトラブルを巻き起こすうっかり者だが、この地方で最大の貿易都市を守り繁栄させているアーティス王は、冒険者の流儀で例えるならば”王様レベルMAX”と言える。元勇者にとっては「MAXでもこれか」と頭痛の種でもあったが、ハイレベルの者同士だから理解出来る事もあった。どうやら真面目な話のようなので元勇者は空気を読んで頭を下げたのだ。


「あのう父上様、いまは魔王討伐おめでとうパーティの最中なのですが、その祝いの席の主役である勇者様に何の御用なのでしょうか?」

「うむ。ユート殿は魔王を打ち倒したとの事であるが、その様子は誰一人として目にしたものはおらぬ。その事に付いてじゃ」


 元勇者はガックシとうなだれた。


「確かに、魔王がいなくなったのは事実で魔物も殆ど姿を消してザコしか残っていないけど、ユートが魔王を倒したところはオレ達も見ていないから、詳しい事は知らないんだよな」とカール。

「魔王の姿を見たのもユートだけだし、嘘をついていても誰も確かめられないのよねぇ。四天王さえ死にかけたほど強かったのに、それ以上の相手にユートひとりで勝ったって言われてもねぇ」とシュナ。


 元勇者は両ひざを付いた。両手も床についた。”orz”の姿勢で思いっきりうなだれた。


「そ……そうか……、やっぱみんな俺の事を疑っていたのか……。みんな1次ソースが無いからと俺の言う事を信じないのか……」


 うなだれた背中から半透明で羽根の生えた元勇者が抜け出てきそうに見えた。または真っ白に燃え尽きてしまいそうにも見えた。意気消沈を見事なほど体言していた。


 落ち込む元勇者のリアクションを無視してアーティス王は話を続けた。


「魔王によって世界中が災厄に見舞われた事、そしてその災厄が終わった事を、伝え聞き記録に残し後世に残すことも王族の勤めなのだ。それを語れるものはユート殿の他におらず、そしてその真偽は然程重要ではない」

「失礼ながら国王陛下、真偽は重要ではないとか、さすがに失礼すぎませんか?」

「急な頼みにユート殿が戸惑うのも無理はないが、魔王を打ち倒した者としての立場で考えれば至極当然の事であろう。またユート殿にとってもそのほうが語りやすいとも思うぞ」


 元勇者は不満顔のまましばし考え込み、しぶしぶといった感じで「まぁ、確かにそうですけど」と呟いた。


「あのう、魔王を打ち倒していない若者にもわかりやすく説明していただけるとありがたいのですが」とディア。


 ディアは王族であり、元勇者とも親しく、この場において少々カジュアルな発言が出来る立場だった。


「うむ。まず勇者が魔王を打ち倒した事を記録に残しても後世の世に正しく伝わる事はまず無いじゃろう。普通の営みに生きる民にとっては目先の事のみが唯一であり、過去の事も先の事も考えずに魔王討伐の伝承を読み解こうとするであろう。しかし伝承となる記録には事実を刻まねば後世に残す意味が無い」

「でもそれではあまりにも……。この宴も勇者様の功績をハッキリと称えるものではないですし、魔王討伐の記録さえ真偽を軽んじられるのでは、世界を救った功績に対してあまりにも失礼すぎるのでは」

「もうひとつの理由が、ユート殿が本当に魔王を打ち倒したのであれば、ユート殿が魔王以上の脅威となる事じゃ。この事はお前達も先の山賊退治で片鱗は感じておるであろう」

「そ、それは……」

「もしユート殿が暗黒面に落ちれば魔王を越える恐怖の存在となる。ユート殿を脅威の存在として打ち倒そうと目論む者も出てくる事になろう。ユート殿を守る為にも事実は曖昧なほうが良い事もあるのじゃ」

「り……理解は出来ます。でも納得は出来ません」


 ディアは悔しそうな表情でアーティス王を見つめた。しかし情に流されないのも国王の勤めであり、愛娘の苦言にも表情ひとつ変えなかった。

 傍らで話を聞いていたホリイも不服と憐憫の面持ちで固く拳を握り締めていた。生涯をかけて魔王を打ち倒し世界を救った勇者に対し、まるでその苦労をどうでもいい事のように扱う事に納得するのは難しかった。特に若者にとっては不条理とさえ思えるほど理解しがたい事だった。


 元勇者は大袈裟に「はぁぁ」と溜め息をつき、言った。


「まー正直、魔王を倒してすぐにチヤホヤされたかったなーと思うし、そうならなかった事は俺も納得がいかない。まぁ3年も経ってようやくフンワリしたタテマエのパーティにお呼ばれされてるのは有難いけど、魔王を倒したのも3年前の昔の事だからなぁ」


 ディアとホリィが同時に「私がチヤホヤします!」と声を上げた。

 元勇者はツンでもデレでもなくただ苦笑した。ディアの父親であるアーティス王の前で余計なイベントが発生しては都合が悪いし、元勇者のかわりにディアやホリィが不服を口にしてくれるのはいささか嬉しい事ではあった。なにより元勇者にとっては既に過ぎ去った過去の話だった。


「ま、さっさと話を済ませて、宴で海の幸でも堪能しよう」


 飄々とした元勇者の態度にディアとホリィの不満も幾分和らぎ、魔王討伐の記録を残す為の話となった。




-----


 広い別室には元勇者達5人、アーティス王、そして記録を残す書記官と宮廷魔道師だけとなった。

 衛兵は別室の外に出て入り口を見張っていた。


 静まり返った部屋で長い沈黙が続いた後、アーティス王は何かを覚悟するような面持ちで言った。


「さて……ユート殿に確認しておく事がひとつだけある」

「はい」

「そなたは”魔王の名”を聞いておるか?」

「えぇ、まぁ」


 その返事にアーティス王の表情が強張り、シュナと宮廷魔道師の表情が凍りついた。


「それがわかれば十分じゃ。くれぐれもユート殿はその名を口にしてはならぬぞ」

「あー、まぁ、もちろんですけどねぇ」


 再び長い沈黙。

 意味のわからないディアとホリイ、そしてカールはきょとんとしていた。

 カールはシュナに尋ねた。


「魔王の名前が一体どうしたっていうんだ? なんで魔王の名前を言っちゃ駄目なんだ?」

「これはハイレベルの魔術や秘術を学んでいる者にとっては有名な伝説なんだけど、まぁ簡単に言うと魔王っていうのは魔界のプリンスって事よね」

「アシュラマンの事かな?」

「違うわ。悪魔島のプリンスでもないわよ。ともあれ魔王という存在は魔界という別世界からたった一人で幾多の魔物を支配し私達人間の世界を征服しようとしたほどの強大なパワーを持つ存在なのよ」

「オレ達が戦いに勝ったけど心を折られた四天王最強のゴンドラさえ支配するほどの力を持つ魔王、か」

「そんな魔王を倒したら、その強大な力はどうなるのか?という事が魔術を研究する者の間では様々語り継がれているのだけれど、ほぼ確実であろう定説になっているのが”その強大な力は失われない”という説なの」

「魔王を倒しても、魔王の力は失われない?」

「エネルギー保存の法則のようなものよ。もし魔力ではない物理的エネルギーだったなら魔王を倒した瞬間に火山の噴火以上の大爆発が起きたでしょうけど、大爆発は無かったようだから魔王の魔力のエネルギーが何処かに姿を消したという事になるの。魔王の持つ膨大なエネルギーが世界の何処かに拡散したとすれば、世界中の魔物がその影響を受けて凶暴化していたかもしれないけど、そういった話も無いわ」

「つまり……どういう事だってばよ?」


 その問いにアーティス王が答えた。


「魔王の伝説は太古の昔より様々語り継がれておるが、魔王の名は正しく伝えてはならぬという定めがある。その名だけでも禍々しく危険であるので、それを口に出せば呪われ災厄を招くと言われておるのだ」

「そして魔王の名前は魔王を倒した者しか知る事の出来ないものだから、特殊な意味を持つと伝える伝承が多いのよ。魔王に会った人間は、魔王に殺されるか、魔王を殺すかの2択しかないのだから」とシュナが付け加えた。


 それまでボーっと話を聞いていた元勇者が口を開いた。


「この話、長くなるのかな? ちゃちゃっと簡単に言っちゃうと、俺が魔王の名前を呼ぶと魔王が復活するらしいんだよね。なんかウソっぽいけど伝説とかじゃなく魔王本人がそう言ってたから」


 アーティス王は一貫して険しい表情のままだったが、他の者達は全員が凍りついた。

 

「まぁその名前も”人間共の言葉で言うならば”とか言ってたし、少し発音しにくい感じの名前だから」


 元勇者はおどけた口調で言ったが、場の雰囲気は変わらなかった。

 なにしろ世界を恐怖のどん底に陥れた魔王が、魔王を倒した勇者ユート・ニイツの一声で復活するというのだから。




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