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運命の人

作者: 梅干 茶子

頭に降ってわいたら書かなきゃならんと思うのが、私なのです。

どうぞ最後まで、お付き合いください。


 人の結婚式に出るのは、今年何度目だろうか。


 広く浅く、友人の多い俺は、何かとこういう行事に呼ばれやすい。

 六月だけでもう三件目だ。

 正直財布が痛い。ついでに胃も痛い。

 今月の給料日まではこれで終わりだけど、それまで後五日間を二千円だ。

 ・・・無理だろ、と思う。

 冷蔵庫にもろくな食材は無かったから、手作りして乗り切るのも難しい。


 はぁ。カップラーメン箱買いして凌ぐか・・・


 ザワザワと人の多い披露宴会場で、俺はそんな事を思っていた。


 「それでぇ凌空(りく)さんは、恋人とか居ないんですか〜?」


 化粧の濃い、完全に今日はキメてきました!って感じの女性が先程からしつこく声をかけてくる。

 ほぼ話を聞いていなかったので、何がそれでなのかサッパリわからない。

 俺の背後には、控えた女性が後二人居る。三人組なのかと思ったら、どうやら違うらしい。

 それぞれ別なのかな。お互いに声を掛け合っている様子はないから。


 今日は多いな・・・俺なんか、金もないのによく寄ってくるよ。

 ホテル代も出ないのに、お持ち帰りなんかするわけないだろ。

 ・・・正直、ウザイ。


 「あー。居ないけど、俺好みが厳しくてね〜」


 君は好みじゃないと、言外に示して笑顔で返す。

 大抵の女性はコレで引く。

 顔は良いけど口が悪い。

 コレが俺の評価だから。


 「えぇ~?じゃあ、この後私が好み似合うかどうか、試して下さいよぉ。一緒に飲みに行ってぇ」

 「あぁ。新郎空いたみたいだ。ちょっと声かけてくるわ」


 ニコニコ微笑んだまま、ビール瓶片手に俺はさっさと席を立つ。

 ただ単に、タイプじゃない。

 化粧が濃すぎるのも問題だが、俺のタイプはこういう馴れ馴れしい女性じゃない。

 オドオドするのも得意じゃない。イライラするから。

 どちらかというと、気の強い女が良い。そういう女性は中身が案外もろい。

 そこを助けつつ主導権を握るのが俺の好みだ。俺は完全に攻め手だから。


 披露宴中の、食事と歓談の時間だ。新婦はお色直しに立っているから居ない。

 新郎の周りには、さっきまで奴の会社の上司が壁を作っていた。

 その人たちがゾロゾロ席へ戻っていく。

 合間を縫うように、配膳のスタッフが次々食事や飲み物を運んで居た。

 俺はその間を縫うように新郎に向かう。


 赤い顔してるが、緊張で酔えない新郎は俺に気づいて明らかにほっと息を抜いた。


 「おー、春斗(はると)。おめでとなー」

 「なんだよその気の抜けた言い方は」


 一応、祝いのビールをコップに継ぎ足してやる。

 全然減っていないコップに、嫌がらせのように表面すれすれまで入れてやった。


 「いや、俺の今月、残り日数が怖くてな」

 「なんだ?金か?」

 「そー。金欠。お前で三件目だぞ結婚式」

 「祝いの席でそんな話かよ。最悪食いに来るか?俺んとこ」

 「やだよ。なんで新婚夫婦の家に結婚式翌日から転がり込まなきゃいけないんだよ」

 「俺の嫁さん料理美味いぞ?」

 「知ってるよ。飯食ってるときに目の前でイチャイチャされる身にもなれよ」

 「あはは。じゃあ今日は旨い料理沢山食ってけ。試食してここに決めたんだ。料理はなかなかいいぞ」

 「知ってる。すげえ食ってる。ただ、女がウザイ」

 「ああ。仕方ないさ。お前の顔は女ホイホイだからな」

 「ひでえな。俺は好きでこの顔してんじゃねえぞ」

 「いいじゃないか。イケメンで。選びたい放題」

 「好みがいねえ」

 「そりゃ残念」


 春斗は笑いながらビールに口を付けた。一口飲んで、コップを置く。

 顔が真っ赤なのにこぼさないとは流石だ。


 「そうだ。そんなお前に朗報。今日二次会にお前のドンピシャの子を呼んである」

 「何?マジで?」

 「おう。嫁さんの先輩だ。行き遅れてて焦ってるから、お前が良ければすぐ持って帰れるんじゃないか?」

 「お前、俺がそういうの苦手だって知ってるだろ・・・」

 「あはは」


 春斗との付き合いは高校時代からだ。

 広く浅く人付き合いをする俺が、唯一親友と言えるのがこいつだ。

 そりゃ、金銭的に厳しくても、結婚式に出席する。

 出ないなんてことは考えられないくらいだ。こいつには世話になってるしな。

 大体今月の結婚式は、会社の先輩、従弟、コイツ、だ。どれもこれも断れなかった。


 俺は高校時代、女教師とデキた。ひどい遊ばれ方をして終わったので、正直黒歴史だ。

 大学でも卒業間近の先輩とデキた。だが、先輩は就職した途端、他の男に乗り換えた。

 付き合ってみたら、案外つまらなかった。

 そう言われた。

 かなりショックだった。結婚まで考えていたから。


 それ以来、俺は女っ気が無い。

 怖くて手が出せない。


 そう、俺は自分で思う程攻めてない。呆れるくらい奥手だ。

 理想と現実は違うもの、それを嫌というほど思い知らされた。


 春斗はそれを全部知ってる。

 俺が年上にめっきり弱いことも知っている。

 それと、気に入った女子に滅多に声をかけられないほど奥手になってしまったことも。

 お陰で会った初日にお持ち帰りしたことは、今まで一度もない。

 大体は、他の女に声をかけられてるのを見られて、遊び人かと誤解されて、終わる。

 俺の好みの女は、近寄ってすら来ないのだ。


 仕事は一級建築士。

 四年生の建築系大学を卒業、と同時に二級建築士を取得。

 大手に就職して四年の実技を経て、二年前ようやく一級に合格した。


 高学歴、高身長、高スペック、高収入。

 はっきり言って「優良物件」だ。自分でもそう思う。


 そして、自分と同じくらいの優良物件だった春斗が今日、結婚した。

 ますます女どもは俺に寄って来るだろう。

 溜息が出る。

 俺は女遊びが苦手なのだ。


 「ま、俺達ももう二十八だ。結婚までいかなくても、相手がいてもいい年だろ?」

 「そうなんだがな・・・」

 「親とか親戚とか、うるさいだろ」

 「・・・見合い話ばっかり持ってくるよ。正月とかマジできつい」

 「だろ?今日は、二次会楽しみにしとけよ?」

 「・・・ああ。そうだな。それよか春斗、本当におめでとうな。夢香(ゆうか)さん大事にしろよ?」

 「わかってるよ。俺にはもったいないくらいの嫁だからな。俺も頑張らなきゃな」

 「とりあえず、酔って吐くなよ。酒は下のバケツに入れるんだって聞いたぞ」

 「あるぞ、机の下に」

 「一杯になるまで使ってやれ。もしくは、俺が注いだ分飲まないで、一杯ですって言って乗り切れ」

 「ああ。ありがとな」


 ひらひらと手を振って席に戻ろうとして・・・女が待っているのでゲンナリした。


 はあ、後どれくらいで式が終わるんだ。

 春斗のおじさんやおばさんへの挨拶も、春斗の会社関係の人への顔つなぎも終わってしまった。

 そうなると、会場内で席を立って移動する理由が無い。これは辛い。

 とりあえず、歓談の時間が早く過ぎて欲しい。


 そのまま自分の席を素通りして、会場を出る。

 とりあえず、トイレってことで。




 ※ ※ ※




 雷が落ちる、っていうのが実際にあるとは思っていなかった。


 どうにかこうにか一次会を終えて、俺は二次会会場付近に移動するためにタクシーに乗り込んだ。

 女達を躱すには、会場から会場へタクシーを使っちまえばいい。

 幸いタクシー代は新郎新婦が出してくれたし。

 同乗したのは春斗のご両親。気を使わなくていい相手だ。

 なんだか墓参りをしてから帰るとかで、タクシーはおじさんたちを駅に降ろした。

 すぐ出発するのかと思ったら、なぜかその場で止まったままだ。


 「あの・・・?」

 「ああ、新郎新婦さんからお客様を乗せるように頼まれていまして。お待ちしています」

 「そ、そうですか・・・」


 そんなことあるのだろうか。

 まあ、あるんだろう。

 春斗と夢香さんがやることだから、仕方ないか。


 そう思っていると、タクシーの横に一人の女性が立った。

 運転手が助手席の窓を開ける。


 「あの、すみません。井口家と立浪家の二次会のタクシーって、こちらですか?」


 顔を覗かせたのは、胸辺りまでの黒髪ストレートをハーフアップにした女性だ。

 顔立ちは整っている。ややきつい目元と薄めの唇。すっと通った小さめの鼻。

 化粧は控えめだが、アイラインはしっかり引かれている。釣り目に見えるのはこれのせいかもしれない。

 シャドーはシルバーラメの入ったピンク。色白の彼女に合っている。

 服は、首がある長めの丈のストンとしたドレス。チャイナ服にも似ているが、首から脇の下にかけてのラインから先の袖が無いタイプだ。色は黒。青い花がスカート部分に刺繍されている。品のいいものだ。

 シルバーのボレロを羽織っている。これがまた、ドレスとよく合っている。

 アクセサリーは、パールのピアスとパールの髪留めのみ。


 なんでこんなに詳しいかというと、俺はこの瞬間に雷が落ちてしまったからだ。


 運転手と会話する彼女が気が付いていないのを良いことに、しっかり観察してしまった。

 あまりにも好み過ぎて、俺は視線が外せなくなる。

 ごくんと、つばを飲み込んでしまうほどに。


 「はい。松下様でいらっしゃいますか?」

 「ええ」

 「承っております。どうぞお乗りください」


 後部座席のドアが開いて、彼女が乗り込んで来ようとした。

 そこで初めて目が合う。

 黒目勝ちの目が、大きく見開かれた。


 「あ・・・」

 「す、すいません。俺も同乗者がいるって知らなくて・・・」


 何故、謝ったのか。

 これは俺の采配じゃないのに。


 「いえ。きっと、あの子の悪ふざけですね・・・あの、私が乗っても大丈夫ですか?」


 彼女は軽く首を振ると、溜息を吐いて、それから俺を心配した。


 「あ、ど、どうぞ。そちらがお嫌でなければ・・・なんでしたら俺こっから歩きますから」

 「あ、いえ、大丈夫です。あの、一緒に行きませんか?」


 そして、彼女の笑顔は強烈だ。微笑みながら言う彼女に、俺は目が合わせられなくなった。


 「あ、は、はい」


 俺は中学生か。

 顔を逸らしてしどろもどろになる自分に、舌打ちしたくなる。


 彼女が乗り込んでくる。

 俺のすぐ隣に。

 ヒールをはいているから正確な高さはわからないが、座高は俺より頭半分小さい。

 百六十五センチって言うところだろうか。身長は。

 それにしても、良い香りが隣から流れてくる。

 あまり甘くない、さわやかな香り。俺の好きな香り。

 俺の心臓は、バクバクとうるさいくらいに音を立てた。


 タクシーが出発して、しばらく俺は窓の外を眺めるふりをして、窓に映る彼女を見ていた。

 その横顔も綺麗で、こんなドンピシャな人っているんだなと思うくらいにはゆとりができた時、彼女がこちらを向いた。


 「あの、もしかして・・・結城凌空(ゆうきりく)さんですか?」

 「え?ああ、はい」


 何故、彼女が俺の名前を知っているのか。俺は名乗ってすらいない。

 名刺も渡してないし、名札だって付いてない。

 驚いて彼女の方を見ると、彼女の方は額に手を当てて「やっぱり・・・」とつぶやいた。


 「え、っと?」

 「ごめんなさい。夢香だわ」

 「は?」

 「夢香が今日、あなたを紹介してくれるって私に言ってて・・・」

 「ああ、そ、そう言う事ですか・・・」

 「本当にごめんなさい。あなた、初対面の女性が得意ではないって聞いていたのに・・・あの子ったら」


 はあ、とため息を漏らす彼女も綺麗だ。

 そういえば名前を聞いていなかった。


 「はは・・・俺も春斗に言われたんですけど、名前まで聞いてなくって・・・あの、よければお名前を」

 「ああ、ごめんなさい。私ったら気が付かないで。松下琉亜(るあ)と申します」

 「そうですか。あの、俺知り合いに松下が多くて・・・下の名前でお呼びしてもいいですか?」


 どうしてこの時、こんなに積極的になれたのか、俺にもよくわからない。

 ただ、彼女は笑って許してくれた。


 「ええ。どうぞ結城さん」

 「ありがとうございます・・・琉亜さん。あの、俺も良かったら下の名前で・・・」

 「いいんですか?」

 「あ、ええと、変、ですか?」

 「いえ、じゃあ凌空さん、とお呼びしますね」


 そう言って微笑んだ彼女の顔が、少し赤くなっているような気がした。

 気のせいかも知れない。都合の良い幻かも知れない。


 「ええ。ありがとうございます」


 俺は嬉しくなって彼女に微笑みを返した。

 だが、彼女はふいっと横を向いてしまった。


 あれ?駄目だった?


 会話が途切れた。俺もテンパってしまって、次の言葉が出ない。

 なんだ、次の会話。あるはずなのに、聞きたいことは沢山あるのに、出てこなかった。

 それに、二人共お互いの顔が見れず、なぜか横を向いたまま。

 このままでは、また上手く行かなくなってしまう。

 そんな焦りを俺が感じ始めた頃―――


 タクシーが止まった。


 「着きましたよ」


 運転手さんの言葉で、二人同時に前を向いた。




 ※ ※ ※




 海の見えるレストラン。

 海に面した大きな建物の、海側のテラスを大きく占拠した店。

 それが二次会の会場、フレンチレストラン『ゼロ』だ。

 ここは俺と春斗の高校の同級生がやっているレストランで、俺たちもちょくちょく来ることがある。

 価格帯が高めなので、顧客との会食とか、何かの祝い時に利用することが多い。

 コース価格は確か一万五千円だ。フレンチの中では安いらしいが、正直俺には良く分からない。

 他のフレンチなんて行った事無いからな。


 今日は普段と違って、店貸し切りの立食パーティーにしてもらっている。

 一人頭の予算も少ないし、なにせ人数が多くて店の椅子じゃ足りなかった。

 壁際にズラリと座れる椅子を用意してもらって、疲れたらそこで休んでもらおう、という気楽なスタイルだ。

 それでも人数が入りきらなくて、結局テラスも全部開放してもらった。

 ビンゴなんかのイベント事は、全部テラスで行う予定になっている。


 そう。新郎側は俺が幹事だ。

 ちなみに新婦側の幹事とは一度顔合わせをしたきりで、あとはメールだけでやり取りをしたので碌に覚えていない。

 二次会開始は夕方の六時から。ディナータイムに合わせてある。

 今は午後三時。開場が一時間前からだから、残り二時間。

 この間に飾りつけやら音声チェックやらをこなさなければならない。新郎新婦入場の音楽とかね。

 まあ、店のオーナは気心の知れた同級生だから、そんなに焦る事も無いけどな。

 必要なものは全部前日に持ち込んである。特に問題は無い。

 ただ・・・


 「あれ?あっちの幹事の子は来てないの?」

 「そうなんだよ。お前にもメール入れたって言ってたぞ」


 オーナーの木下木乃美(このみ)(女性)が言う。

 彼女は準備で、朝から厨房に詰めていた。立食なので冷めても食べられるお手軽料理を中心にしてもらっている。おかげで直前に仕上げる品が無く、ちょっと手が空いたそうだ。

 だからオーナー自ら俺に伝言を伝えてくれた。


 男勝りで負けず嫌い。こだわりが強くて男を寄せ付けない女。それが木乃美だ。

 本来なら俺のストライクゾーンの性格をしているにもかかわらず、俺に対して無反応。

 まあ、俺もストイックすぎる性格に引いて、無反応だったからお互い様だけど。


 高卒と同時に料理の専門学校へ行って、その後何年か本場で修業してきて、有名レストランを経由して、去年、この店をオープンさせた。

 海外に行っても日本の景色が見たいからという木乃美に、何度か絵葉書を送った。富士山とか、浅草の雷門とか。あと北海道のラベンダー畑も送ってやった。たまたま仕事であっちの支店に行くことがあったから、その時の物だ。同じことを春斗もしてやってたらしい。

 あっちからも絵葉書が届いて、やり取りをしているうちに俺と春斗はこの店のオープンを知った。

 以来常連になっている。

 おかげで奇妙な男女の友情が出来上がってしまった。

 三角関係とかにはなったことが無いので、もうこいつは男として扱ってもいいのかもしれない。


 「メール?あ!俺携帯切りっぱなしだった・・・」


 結婚式場で携帯を切ってからそのままにしていたのを思い出した。

 慌てて電源を入れる。


 ちなみに琉亜さんは携帯に電話がかかって来たとかで、入り口で別れた。


 携帯が起動すると、新婦側の幹事、江藤博美(えとうひろみ)さんから着信が二件、メールが二件、入っていた。留守番電話は入っていない。

 メールを見ると、どうやら彼女は高熱で動けないらしい。猩紅熱と書いてある。

 今病院で点滴を打ってます、とか書いてあって、ああこりゃ駄目だ、と思った。

 だが、二通目はついさっき入っていた。


 『別の方に代理を頼みますので、宜しくお願いします<(_ _)>』


 「・・・別の人って」


 カランカラン、と入り口が開く音がして、琉亜さんが入ってくる。

 表情が硬い。もしかして・・・


 「あの、今、幹事の子から連絡があって・・・」


 やっぱり代理は琉亜さんだった。




 ※ ※ ※




 受付の、手配を忘れていた。

 これは俺の完全なミスだ。


 機械操作や司会進行は春斗の会社の同僚達に依頼した。彼らは早めに到着してくれて、今は音響チェックを行っている。

 飾りつけは大方終った。こちらは江藤さんが手配していてくれた夢香さんの友人達だ。

 店内の壁の下半分や椅子等は特にひねりの無い濃い目の茶色。マボガニーってやつだ。

 壁の上部は白。照明は落ち着いた橙。暗くなると雰囲気のある店になる。

 その白い壁の部分に、白と鮮やかな青を中心とした花をいくつも飾っていた。

 受付用のテーブルを用意して、そこに店にあった薄緑のテーブルクロスを掛け、今日新郎新婦がもらったお祝いの花を置く。

 あと、新郎新婦の衣装を着た猫の人形。これは夢香さんから「絶対置いて!」と頼まれたものだ。

 そこに、来賓帳(ゲストブック)を二冊と、お金を入れる箱、筆記用具を揃えた。


 開場まであと数分の時だった。

 そこで、気づいてしまったのだ。受付の不在に。

 俺の顔は若干青くなった。

 男連中は俺がやればいいとして、女性はどうする?

 誰か頼める人を探さないと・・・

 そう、店内をうろついている時だった。


 「あの、凌空さん。どうしたの?」


 一緒に作業するうちに多少打ち解けてくれた琉亜さんが、俺に声を掛けてくれる。

 ああ、もう。こうなったら、頼むしかない。


 「琉亜さん、すみません。俺と一緒に受付やってもらえませんか?」

 「受付?いいけど・・・どうしたの?」

 「頼むの忘れてたんです・・・」


 俺は思わず額を抑えて溜息を吐いた。

 詰めが甘かった。自分の使えなさに呆れてしまった。


 「大丈夫よ。分かったわ」


 そんな俺を見て、琉亜さんは背中をポンと叩いてくれた。


 「私が受付に立ったら、凌空さんは御客様の誘導をお願いね?終わったらすぐ戻ってね」


 それだけ言って、よく見たら腿までスリットの入ったスカートを翻し、颯爽と受付に向かう。

 その後ろ姿が格好良くて、俺はしばし見とれてしまった。


 「凌空さん?どうしたの?」


 受付に入った彼女が、動かない俺に声を投げかける。


 「あ、はい!すみません!」


 俺は急いで店のドアを開けた。

 外にはもう歓談している参加者が数組待っていた。


 「お待たせしました!井口家と立浪家の結婚披露宴パーティー二次会!開場します!受付お願いします!」


 大きめの声で言って、来客を促す。

 俺は直ぐに取って返して、受付に着いた。


 「いい声してるわね」

 「そ、そんなことないですよ・・・」


 琉亜さんに言われて、俺は顔が赤くなるのを自覚した。


 正直、嬉しかった。




 ※ ※ ※




 無事、二次会が終了して、撤収作業もあらかた終わった。

 客の大半も送り出して、後はオーナーの木乃美と、新郎新婦、俺と、琉亜さん、というメンバーしか残っていなかった。

 俺は幹事として、完全に裏方に回ったので、料理もロクに食べられていない。

 それよりも気になる事があって、俺の目はせわしなく琉亜さんを追った。


 彼女は出口で、最後の客の送り出しをしていたが、その客の集団が帰らなくて困っていた。

 周りには、独身男性の人だかりが出来ている。

 そりゃそうだ。彼女は綺麗だしスタイルも良い。

 あれで独身ですと来れば、男達が声を掛けないわけがない。

 正直、声を掛けている男たちに嫉妬してしまう部分もある。


 だが、俺が気になってるのはそこじゃない。

 彼女の周囲に対する素っ気ない態度。あれは俺と同じものじゃないだろうか。

 当たり障りのない返答、頷くだけで特に会話らしい会話も無い。

 何より、死んだ魚のような眼。

 ウンザリだと、琉亜さんが言う声が聞こえる気がする。


 「今日こそは飲みに行きましょうよ、松下先輩!」

 「ええと、私君に興味が無いって、前にも言わなかった?」


 口調に遠慮が無くなっている気がする。

 あれはそろそろ限界かも知れない。少なくとも、俺の言動に余裕がなくなった時はそうだ。


 「そんなこと言わずに!一回!一回だけでいいですから!」


 完全にナンパな目的の、後輩らしき茶髪の男。

 琉亜さんの大きなため息が聞こえた気がした。


 奴の笑顔は可愛い部類に入る。犬っぽくて、人懐っこそうだ。


 そんでもって、スペックは―――よし。俺の方が上だな。


 俺は、勇気を振り絞った。

 今彼女を助けられるのは、たぶん自分だけだと自惚れて。

 男たちに近づく。俺の身長は、そいつらより頭一つ高い。

 後ろからでも、琉亜さんが良く見えた。額に手を当てて、今にも切れそうな琉亜さんが。

 その人混みの後ろから、声をかけた。


 「―――琉亜さん」


 決して大声を上げたわけじゃない。

 ただ、俺の声はよく通るんだ。


 後ろに居た何人かが振り返って俺を確認すると、人混みが割れる。男達は俺と自分を見比べて、負けを痛感していることだろう。

 結構だ。その為に人前に出たのだから。本当は女が来るから嫌なんだ。


 俺は琉亜さんに近づく。


 最後まで残ったのは、犬顔の男だ。


 「ちょっとちょっと!俺今先輩と大切な話してるの!邪魔すんなよ」


 キャンと吠えられた気がした。

 俺はそいつを一瞥し、笑顔を向けてやった。

 奴はビクッとなって一歩後ずさる。


 別に普通に見ただけのつもりだったんだが、射殺しそうな視線でも投げてしまっただろうか。

 まあ、だとしても奴の自業自得だが。


 「お話中にすみません。お店側の閉店時間ですので」


 そう言って、琉亜さんの手を下からすくい上げるように取る。お姫様にするみたいに、俺の手の上に彼女の手が乗った。


 「控室へ戻りましょう?」


 言ったのはそれだけだ。

 とびっきりの笑顔付きで。


 それだけで彼女の顔に、ボンと赤い花が咲いた。両頬に。


 「そ、そうね・・・丁度、引き揚げようと、思ってた所なの」


 赤い顔を隠すように、彼女は俺から目を逸らした。


 俺はそれを見て、満足げに頷いた。

 彼女の手を引ひて、人垣の中を移動する。

 ゆっくりと、堂々と、見せつけるように。


 人垣を抜けて、くるりと振り返った。


 「今日はご来場、ありがとうございました」


 笑顔で軽く頭を下げる。


 「お帰りはあちらです」


 空いた手で、入り口を指し示すと、ため息と共に男たちは出て行った。

 ついでに、入り口で俺を待ち伏せしてただろう女性達も去っていく。


 あの二組で合コンでもすればいいのに。

 フン、と鼻を鳴らしてしまった。


 「あ、ちょっと!?」


 俺は再び琉亜さんの手を引いて、控室という名の厨房に逃げ込んだ。




 ※ ※ ※




 「おー!凌空!やるー!」


 そんな冷やかしで出迎えたのは、衣装を着替えた春斗だった。


 「・・・ぶはああ!」


 おれは押えていた息を吐きだした。


 「・・・え?」


 琉亜さんは後ろで困惑している。


 「ほら、お前達碌に食べて無いだろ。そっちに料理置いてあるから食べていけよ」


 木乃美が調理台の所に料理を並べておいてくれた。

 まかない料理だ。メインはピラフかな?


 「まずは、座りましょうか、琉亜さん」

 「え、ええ」


 俺たちは厨房に持ち込まれた折りたたみ椅子に並んで座った。

 俺は、そのまま、ずうんと沈み込む。


 「ど、どうしたの?」

 「あはは。琉亜姉、そいつ今すっげえ緊張してたの」


 春斗が笑って琉亜さんに説明している。


 ん?琉亜姉?


 「・・・なんだその呼び方?」

 「あれ?言ってなかったの?琉亜姉は夢香の母違いの姉さんだよ」

 「は!?」


 親族!?ていうか姉妹!?全然気が付かなかったぞ!?

 だって、似てないじゃないか!

 夢香さんは黒目が大きなふんわりとした小型犬みたいな可愛らしい人だ。

 対して琉亜さんは、スラリとした美人系・・・


 そう思って、思わず琉亜さんを見る。

 見て、気が付いてしまった。


 「あ、目」

 「そう。目が一緒」


 そうなのだ。

 黒目がちの大きな目。

 琉亜さんはアイラインを釣り目の形に入れているから印象が違うだけ。


 「・・・親族の手前、あまり似せないようにしているの」


 琉亜さんは困ったように微笑んだ。


 「お前、夢香に最初に会った時に、目が良いねって言っただろ」

 「言った。綺麗だなと思った」

 「夢香はお前の好みとはだいぶ違うが、琉亜さんはドンピシャだ」

 「・・・仰る通りだ」

 「え?」


 俺は項垂れた。

 春斗の言う通りだ。


 「だけど、お前があんな行動できるなんて思わなかったぜ」

 「・・・言うなよ。すっげえ頑張ったんだから・・・」


 なけなしの勇気を振り絞ったんだ。精神的な疲労で、俺はまだ回復できていない。


 「琉亜姉、こいつこう見えて人見知りなの。あと争いごととかてんでダメな臆病者」

 「そこまで言うか」

 「事実だろ?」

 「・・・おお」


 春斗が笑ってる。

 お前の言いたいことは分かる。俺は確かに臆病者だ。


 「こいつの笑ってる顔は、もう癖みたいなもんで、人と争わないためにずっと笑ってるんだよ」


 だから女が寄って来るんだ。

 わかってる。

 それを遠ざけるために、口調がきつくなる。

 顔は良いけど口の悪い人の出来上がり。

 印象最悪だな。俺。

 俺は額に手を当てた。


 「さっきみたいな行動はしたことが無い。女をエスコートしたことも無い。これで分かんねえかな?」

 「え?・・・あ」


 琉亜さんの戸惑う声が聞こえる。

 これ、振られるの確定じゃね?

 そういう事を言ってしまった春斗に、ムカついた。


 「なんで、お前が言うんだよ」


 恨みがましい目で春斗を睨む。


 「お前、自分から言えんのかよ?」

 「・・・」


 俺は黙りこくってしまった。

 この野郎。俺を知り尽くしてやがる。


 「・・・あの、凌空さん」

 「え、はい」


 琉亜さんを振り返ると、彼女は顔を赤くしていた。

 あれ?さっき戸惑っていると思ったんだけどな・・・


 「手・・・」

 「・・・あ」


 俺は、左手で琉亜さんの手を握ったままだった。

 全然気が付いていなかった。


 「す、すいません!」


 慌てて離す。ところが、今度は彼女から手を握ってきた。


 「あの!・・・ちょっと外行きません?いいわよね春斗君」

 「勿論。夢香の着替えにまだかかるみたいだから、どうぞどうぞ」


 春斗はニヤニヤ笑ってる。

 一発ぶんなぐってやりたい。そう思う顔をしていた。


 「木乃美さん、テラス借りるわね」

 「おう。食事が冷めるから早めにな」

 「ええ」


 琉亜さんが俺を促して立ち上がる。

 俺は琉亜さんに促されて立ち上がる。

 立場が逆転した。恥ずかしい。


 「おい、凌空」


 俺の背中に春斗が声を掛ける。


 「女に言わせるんじゃねえぞ」

 「・・・分かってる」


 それだけ返すと、俺は琉亜さんに手を引かれて厨房を出た。




 ※ ※ ※




 テラスに出ると、梅雨時のむわっとした熱気が体を包んだ。

 もう、夏が来るんだな。

 そんなどうでもいいことを思う。


 俺の左手は、琉亜さんの右手に繋がれたまま。

 その手の柔らかさが、俺の頭を混乱させる。

 顔が熱い。これは気温が高いせいじゃない。


 「ああ、いい風」


 テラスを海の方へ進んで、端の手すりに並んで立った。

 琉亜さんは繋いでいない方の手で手すりを掴んで、海を見てる。

 海からは、塩の匂いがきつい風が流れてくる。


 俺も、この匂いは好きだった。


 「・・・あの、琉亜さん」

 「私ね、男の人が苦手なの」

 「・・・」


 これ、言う前に振られたんだろうか。

 俺は二の句が継げなくなった。


 「きっと凌空君と同じね。見た目の所為でやたらと声を掛けられるの。六での無いのばっかり。一回やらせてくれとか、ホントそういうのばっか。ウンザリよ」


 彼女は俺の手を放して、手摺りに両手を載せてその上に寄り掛かった。


 「本当は六での無い人以外も居たのかもしれないけど、もう分からなくなっちゃったわ。女の人からは嫉妬の対象。同じような立場だった夢香は上手くやってたのに、私は全然ダメ。おかげで友達も少ないし、人付き合いも苦手。だから、余計に男の人が苦手になっちゃって」


 その気持ちは良く分かる。俺も全く同じだ。

 俺は、琉亜さんと同じように手摺りにもたれかかって海を見た。

 真っ黒で何も見えない海。それが、俺の心の中の様だと思った。


 「俺も、同じです。春斗が同じような立場だったのに、やっぱりあいつは上手くやってて。俺は全然で」


 笑えた。

 春斗が同じ?いいや違う。あいつは俺より何倍も凄い。

 あいつは俺と並ぶ高スペックだ。でも、あいつは社交的で、俺みたいにうじうじしてない。

 自分の外見すら武器にして、あいつは大手広告会社で営業をしている。

 ガンガン仕事を取って来るし、気立ての良い性格は先方に気に入られてるとか。

 人付き合いもおろそかにはしない。先輩や同僚、同姓にも好かれる。

 今日の結婚式だって、相当な人数だった。

 これでも削ったんだって言ってた。それが二次会に来たんだから、こっちも大盛況だった。


 きっと、夢香さんも同じなんだろうな。

 女性客も相当多かった。


 その二人の凄さに、今更気が付いたような気がした。


 俺は何だ。自分自身をただ、持て余しているだけだ。

 でも、今の琉亜さんの話を聞いて、俺でも出来る事があるんじゃないかって思った。


 「あの、琉亜さん」

 「うん?」

 「俺と、付き合ってくれませんか」

 「え?」


 琉亜さんは驚いてこっちを見た。

 話聞いてた?って感じだ。

 聞いてたし、分かってる。

 だからこそだ。

 そう思ったら、言葉がするっと出た。

 今まで誰にも自分から言ったことが無いのに。


 「俺、琉亜さんの壁になります。こんなこと言うと己惚れてるのかと思うでしょうが・・・俺なら、成れます」


 断言した。

 本当に、不思議だな。

 心臓はバクバクしてるし、きっと俺の顔は今凄く赤い。

 でも、言葉はするっと出て来る。


 「琉亜さん。俺の壁になってくれませんか」

 「壁?」

 「そうです。俺も女性が苦手なので・・・というより、俺はもう貴女以外要らないので」

 「え?」


 琉亜さんの顔が、見る間に赤くなっていった。

 俺の顔はもうずっと赤いままだ。

 頭に血が上ってしまっているんだろう。

 何かとんでもないことを言っている気がする。

 目を見ているのが辛くなった。俺は海を見る。


 「俺、一目惚れなんです。琉亜さんがタクシーの運転手さんを話してるの見てから、目が離せなかったんです」

 「でも、貴方窓の外見てなかった?てっきり私じゃダメなのかと・・・」

 「違います。貴女が見れなかったんです。恥ずかしくて。俺、窓越しにずっと見てました」

 「・・・同じ、だったの」

 「え?」


 琉亜さんの方を見ると、琉亜さんも海を見ていた。


 「貴方の笑顔、凄いのよ。私も直接見れなくて、窓に反射する貴方を見てた。でも・・・」


 琉亜さんが、自嘲気味に笑う。


 「駄目ね、これじゃ他の女の子と変わらない」


 そう言ってため息を吐いた。

 俺は思わず、琉亜さんの手を握っていた。


 「俺だって、他の男と同じです。外見がいくら良くたって、中身はそう変わりません」

 「凌空君・・・」

 「俺じゃ、駄目ですか?」

 「・・・いいの?貴方より四つも上よ?三十も過ぎてるし、結構おばさんよ?」

 「俺は、貴女が良いです。貴女じゃないと駄目です」


 目は逸らさない。真っ直ぐ彼女を見る。

 彼女の眼は大きく開いて、見る間に涙を溜めていく。


 「泣くほど、嫌ですか?」


 俺は不安になった。

 彼女はぶんぶんと首を振った。


 「・・・違うの。私、もう結構前から諦めてて・・・」

 「じゃあ、俺で、良いですか?」


 そう聞くと、彼女はこくんと頷いた。

 長いまつげを伏せた目から、涙が落ちた。


 俺は手を引っ張って、彼女を抱き締める。

 強く抱きしめ過ぎてしまったのか、腕の中から彼女が「きゃ」っと言った。

 慌てて腕を緩める。


 「・・・すみません。こんな事言うと引くかもしれませんが、俺こういうの十年位ご無沙汰で・・・」

 「ふふっ。私もよ。もっと長いくらい」


 腕の中の彼女を見る。彼女も俺を見上げている。

 その頬に、触れたい。

 そう思った時には手が伸びていた。

 触れた頬は柔らかい。ほんのり赤くて、食べてしまいたくなる。

 肌の感触はさらさらしてて、思わず指で撫でてしまった。

 彼女がくすぐったそうに笑う。


 「琉亜さん、好きです」


 生まれて初めて、告白と言うやつをしたんじゃないだろうか。

 俺は真っすぐ琉亜さんの目を見て言った。

 琉亜さんの目が潤んでいる。


 「俺と、結婚を前提に、付き合ってくれませんか?」


 半端な気持ちじゃない、と言うつもりだった。

 会って一日で結婚前提とか言われても嘘くさいかもしれないが、本心だ。

 これからお互い知っていくのに、色々齟齬も出るかもしれないが、俺はこの人となら乗り越えられると確信している。

 なんでだろうな。本当に不思議な感じだ。


 頬に触れた手の上から、琉亜さんが自分の手を重ねた。

 俺の手に頬擦りして、幸せそうに俺を見る。


 「はい。不束者ですが、宜しくお願いします」


 今日一の笑顔を俺に向けてくれた。

 彼女の目尻から流れた涙が、俺の指を伝う。


 どくん、と俺の心臓が大きく鳴る。


 「琉亜さん、可愛過ぎますよ」


 そう言って、俺は彼女の顔を引き寄せて、自分の顔で覆い隠す。

 彼女の目が閉じられる。長いまつげが頬に影を落とす。

 俺も目を閉じて・・・


 彼女に、優しくキスをした。




 ※ ※ ※




 テラスの様子は、実は店内から見えてる。

 あいつらは海ばっかり見て気が付いてないみたいだけどな。

 厨房と店内を繋ぐカウンター越しに、私―――木下木乃美は、春斗と夢香と一緒に見てた。


 「ひゅー!やった!」


 二人がキスをした瞬間、横の夫婦二人から拍手が出た。


 「―――ふん。あてられたな」

 「取られちゃったな木乃美」

 「何言ってるんだ。あいつは私のもんじゃない」


 ひらひらと手を振って、私は厨房の奥に引っ込んだ。

 もうすぐ二人が戻ってくるだろう。外は暑いだろうから、冷たい飲み物でも用意してやろう。


 「木乃美さん、凌空さん好きだったんですか?」

 「ん?いや・・・そうだな。昔好きだったことはある」


 それはまだ、高校の時だ。

 でも私はその気持ちを微塵も言わなかったし、相手に感じさせたこともない。

 女子の中ではあいつが警戒しないことを良い事に近くにいたが、結局友人止まりだった。

 あわよくば、って思わなかったわけじゃない。

 フランスに行くときに絵葉書をねだったのも、繋がりが切れるのが怖かったからだ。


 ま、春斗は気が付いていたみたいだけど。

 凌空の方は全然、気が付かなかったみたいだ。


 「なんか、すみません・・・私、割り込んじゃったみたいで・・・」


 夢香が口元に手を当てて、本当に申し訳なさそうにしている。

 別にもう、気にすることじゃないんだけどな。


 「いや、あいつが幸せになるのは、私も嬉しい。あいつ、見た目と違ってすっごい不器用だったからな」


 冷凍庫から五人分のグラスを出す。

 保冷庫からは白ワインだ。


 「それは友人として?」


 春斗が意地悪く聞く。こいつは本当に、性格悪いな。


 「友人として。当たり前だろ。いつの話をしてるんだ」

 「だって、木乃美も浮いた話ないじゃん」

 「あれ?言ってなかったか?あるぞ、浮いた話」

 「え!?」


 意地悪春斗を驚かすのは楽しい。

 私はケラケラと笑う。


 「半年後に結婚する予定だ」

 「ええ!?相手は!?」

 「ここをオープンするときにお世話になった銀行員」

 「マジか!」

 「マジだ」


 額に手を当てて、あちゃーって言ってる春斗は楽しい。

 横で両手で口を覆って驚いている夢香は可愛い。

 背が高くて不器用な凌空は弟みたいな感じ。

 お相手の琉亜さんはすごい美人だった。モデルか女優なんじゃないの?ていう人だ。


 ああいいな。この仲間は最高だな。


 私はなんだか嬉しくなって笑ってしまう。


 「お、おめでとうございます!」


 なぜか私からワインをひったくる夢香。


 「俺あいつら呼んでくる!」


 走り出す春斗。


 「・・・別にいいのに」


 お祝いはみんなでってか?嬉しいよ。凄く嬉しい。

 けど、それを出すのは照れ臭い。

 私は苦笑して見送る。


 「・・・もう一本、出そうか」

 「そうですね。仕事後なのに済みません」

 「いや、私も飲みたい気分だし。どうせあいつらの話も全部聞くんだろうし」


 そう言って、はっとした。


 「ごめん、今日は春斗と夢香の結婚式なのに・・・」


 夢香を見ると、嬉しそうに笑ってる。


 「いいえ、私、この日にお姉ちゃんをくっ付けたかったんですよ。一緒にお祝いしたくて。それに木乃美さんが増えて、すごいですね!みんなお祝いできる!」


 言ってるうちに興奮したのか、言葉の後半はワインを持ったまんま飛び跳ねた。三回くらい。

 夢香は本当に可愛い。妹に欲しいくらいだ。


 あ、でも、もし凌空と琉亜さんが結婚したら・・・春斗と凌空は兄弟?

 あいつ気が付いてるかな。

 夢香が妹なのは問題無いだろうけど、春斗が弟ってキツイな。


 考えたら笑えた。逆だろ。

 春斗はいつも凌空の面倒を見てたからな。


 「よし、とっておきを出そう」


 私はワインセラーから、お気に入りの一本を出す。

 結構高い赤ワイン。

 仕入れの時に気に入って、自分用にと取り置いていたとっておき。

 今日こいつらの為に空けるなら、惜しくない。


 「私から、春斗と夢香へのお祝いだ」

 「え!」

 「ちゃんと言ってなかったよな?おめでとう」


 そう言って、栓を開ける。


 「おい春斗!早く戻ってこないとうまいワイン開けちまうぞ!」

 「ええ!?」


 怒鳴りながら夢香のグラスにワインを入れる。

 横の春斗のグラスにも入れてやる。

 あと三つ、全部入れるとワインボトルは空になる。

 大瓶じゃないから、こんなもんだ。


 「白いのは後にしよう。こっちの方が春斗と夢香が好きな味だから」


 笑顔で夢香から白ワインを受け取って、机の隅に置いた。

 春斗も夢香も、結婚が決まってから毎週ここに夕食を食べに来てた。

 気に入ってくれたようで嬉しかった。うちの初めての常連夫婦だ。

 だから、このワインは感謝の気持ち。


 「う、うえええん!木乃美お姉様~!!」

 「お、おい・・・お姉様はヤメロ・・・」


 夢香が本当に泣きながら抱きついてきた。

 仕方がないので、頭をポンポンとやってやる。


 「ま、なんかあったらここに逃げてくるといい。春斗にガツンと言ってやるから」

 「頼りにしてます~!」

 「あ!何嫁泣かしてるんだよ!」

 「お前が凌空ばっかりにかまうからだろ」

 「ええ!?そうなの!?心当たりがあり過ぎるんだけど!?」

 「・・・冗談だよ」


 またその反応に笑う。

 夢香も涙を拭いながら笑ってる。


 テラスから、凌空が琉亜さんをエスコートして戻ってくる。

 ああ、あいつ。ちゃんとエスコート出来たんだな。


 なんだか誇らしくなった。


 私の愛した男が立派になりました、ってか。

 あ、駄目だ。凌空顔真っ赤じゃん。


 私はまた、笑った。




 ※ ※ ※




 あれから一年。

 俺達は、今日結婚する。


 絶対同じ日に!一緒に結婚祝いがしたい!って言う夢香に逆らえず、二人揃って「まっいいか」ってなって。


 夢香の御実家と、流亜は、仲が良かった。

 流亜の実母は、高校に上がって直ぐに心筋梗塞で亡くなったそうだ。

 それを聞きつけたお父さんが、家族を説得して流亜を引き取った。

 皆、凄く良くしてくれたけれど、ここに長く居ちゃいけないと思って、大学入学と同時に一人暮らしを始め、そのままらしい。

 だけど寂しがった夢香が、姉の就職先を受けて合格。見事姉の後輩に収まった。

 苗字が違うから、最初は姉妹だと思われなかったそうだ。それがバレたのは夢香が言って回ったからだとか。


 夢香は、お姉ちゃんが大好きだった。

 今でもそうか。

 昔はもっとベッタリしてて、姉が男に絡まれてるのを何度も助けたとかなんとか。


 それから春斗に出会って、俺を知って、この人なら!とだいぶ最初の頃から目をつけられていたらしい。


 そんな夢香の経っての願いだ。やっぱり姉と兄としては聞いてあげたいじゃないか。

 感謝もあるし。


 ちなみに御実家へ挨拶に伺ったら、家族総出でお出迎えされて、凄く喜ばれた。

 うちも同じだった。というより、うちの場合は「息子が女優を連れてきた!」ってちょっとした騒ぎになったくらい。女優じゃないけど。


 とにかく俺達は、双方の家も大歓迎の上で結婚を迎えることが出来た。

 ホント、反対されなくてよかった。

 帰宅後二人で安堵の息を吐いたのは、言うまでもないか。


 俺たちは本当に、内面が良く似てた。

 俺も、琉亜もお互いを分かりあうまでそんなに時間を必要としなかった。

 二人で居れば、煩わしさとも解放された。

 まさに理想。最高のパートナーだ。


 ちなみに、もう半年前から同棲を開始している。

 俺が設計した高層マンションの一室だ。

 色々諦めてたので、老後の親の面倒を見るつもりでかなり部屋数の多い物件を買っておいて良かった。


 ま、気に入ったのは景色なんだけどな。

 琉亜に初めて見せた時、感動してくれた。

 都会の夜景と海の景色。

 ここで一緒に暮らさないかと言ったら、泣いて喜んでくれた。


 俺、この家買ってよかった。かなり無理したけど。

 おかげで食費も交際費もギリギリだったけど。

 琉亜の為に買ったんだと思ったら、おつりが出るくらいの出費だ。

 よくやった。グッジョブ俺。


 さて、今日の会場は『ゼロ』だ。

 実は近くに教会が立ったとかで、『ゼロ』でも結婚式をやるようになった。

 海の見えるテラスに簡易教会を作って、近くの教会から出張神父を呼ぶんだ。

 今日は親族だけの小さな式。

 最も親しい友人と言える代表の春斗が、身内になっちゃったからな。

 俺も、琉亜も、それだけで十分だと言う事になった。


 会社なんかに向けての二次会は、後日都内で行う予定だ。

 今日は気の置ける仲間とだけ祝うことになってる。

 煩わしいのはゴメンだからな。


 木乃美にはコース料理を頼んだ。おいしいやつ。絶対に皆が満足すること請け合いだ。

 そうそう。木乃美のご主人な、なんと銀行辞めてソムリエの資格を取って、今一緒に働いてるんだ。

 木乃美にべた惚れで、凄いんだこれが。嫁自慢が。

 店じまいの時間に来ると、永遠と聞かされるんだよ。

 俺達ともあっという間に意気投合して、今じゃ家族ぐるみの付き合いだ。


 最初物凄い敵意を向けられたんだけど、何だったんだろうなあれは。


 「おい、凌空兄ちゃん。嫁さん準備出来たぞ」

 「やめろよ気持ち悪い」


 春斗が控室の入り口から顔を覗かせる。

 今日の俺たちは、あの日と逆。春斗はスーツで俺は白のタキシード。

 背の高さの所為で、特注になるのが痛いところだ。

 今日しか着ないのにな・・・


 でも、琉亜が喜んでくれるなら、俺はそれでもいいと思うことにしたんだ。


 「おお。凌空、男前」

 「勘弁してくれ」

 「まあまあ。これなら釣り合い取れてっかな」

 「どういう事だよ」

 「琉亜姉すっげえから、腰ぬかすなよ?」

 「いやあ、どうかな。襲いたくなるかも」

 「それは後でやれ後で」


 笑いながら新郎控室を後にして、俺たちは琉亜の居る新婦控室へ向かった。




 ※ ※ ※




 ドアを開けて、俺は固まった。


 すごいなんてもんじゃない。どこの雑誌の撮影だろうかってくらい、琉亜が綺麗だ。

 普段はあまり化粧をしない琉亜も、今日ばかりはモデル顔負けのメイクで、いつもの倍は美しさが凄い。


 普段ストレートで降ろしている髪も、今日ばかりはカーラーで巻かれて、ふんわりアップヘアだ。

 髪には生花で作った髪飾りが左右から大きく彼女の側頭部を包んでいる。

 それがけばけばしいわけじゃなくて、凄く控えめに見える。白と青の花飾り。黒い髪に良く映えている。

 耳にも大きめの、垂れ下がる長いピアス。

 真珠をメインにしたそのピアスは、幾重にも重なるように涙型を描く。

 首周りはもうドレスの一部だ。総レースの襟には真珠とかいろいろな石がキラキラしてて、ネックレスの代わりに彩っている。


 ウエディングドレスは、アメリカンネックのAラインタイプ、と言うらしい。

 胸から上の部分は総レースで、所々に光る石が付いてる。スワロフスキーだったかな?

 腰はきゅっと締まっていて、その下のドレス部分は広がり過ぎない程度にふんわりとしている。

 スカート部分のフロントには、下から蔦が伸びるような刺繍が中央に集まるように施されていて、それがラインとなって足が更に長く見えた。

 後ろは腰に小さなリボンが付けられていて、ドレス後部を覆うようにチュールが広がっている。それにも刺繍が施されてて、花の柄にスワロフスキークリスタルが縫い付けてある。

 所々パールをあしらったそのドレスは、本当にきれいに琉亜を飾っていた。


 「・・・すっげぇ・・・」

 「え、と。おかしくない?」

 「これをおかしいって言ったら、俺の目が疑われるよ」

 「・・・ほんと?なんか自信なくて」


 きょろきょろと、ドレスを見回す彼女に、俺は近づいてその手を取った。


 「世界一、綺麗だよ」


 彼女の顔が赤くなる。

 あ、濃い化粧かと思ったらそうでもないのな。

 元々色が白いから、ファンデ薄いんだな。赤くなったのがしっかりわかったよ。


 「もう、やめてよ」

 「なんでだよ。本当に綺麗なのに」


 俺は彼女の耳元に顔を寄せて、耳にキスをした。


 「ひゃっ」

 「化粧落ちたらいけないから、ここな」


 そういって、いたずらっぽく笑う。

 そうしたら、彼女は俺の腕を叩いてきた。


 「いて」

 「もう!」


 ちょっと怒ったかな?いかんいかん。

 ほどほどにしなきゃな。これからが本番なんだから。


 「凌空も、世界一、かっこいいわ」

 「え?本当に?いつもの俺だよ?」

 「いつも!世界一かっこいいの!もう!」


 そんな事言わせないでよ!っていう幻聴が聞こえた気がした。

 ぷーっと膨れた彼女を見て、自然と笑顔になる。

 俺は彼女の手を掴んで引き寄せた。

 彼女は俺の腕にすっぽりと収まる。

 その耳元にささやきかける。


 「本当に、最高だよ。俺のお姫様」

 「凌空・・・」


 甘い空気が広がった。そのまま口づけをしてしまいそうになる。


 「あー、ゴホン!」


 春斗を忘れてた。わざとらしい咳払いしやがって。

 俺が春斗に目を向けると、ニヤニヤしてるし。だよな。俺でもニヤニヤするわ。


 「そういうのは終わってからな!」

 「・・・ちょっとだけ」

 「駄目!凌空兄!そのドレス作るのに何か月かかってると思ってるの!?」


 春斗の後ろから出てきたのは、この度俺の妹になる夢香だ。

 夢香は本気で怒っている。

 それもそのはずで。なんとこのドレス、三か月かけて夢香が同僚の助けを借りて縫い上げた物だった。


 この姉妹の職場は、とある服飾ブランドメーカーで、姉はデザイン部署、妹はパタンナーだった。

 姉はわりと職場が長い。もう平社員でもない。

 なので、彼女の部下達は腕に寄りを掛けて、威信にかけてこのドレスを仕上げてきた。

 本当に、凄いよな。

 彼女にぴったりの、すっげえ似合う一着だ。

 俺のは次いでだ。ついででも作ってくれたのがすごいけど。


 それよりも凄いのは、これ、タダなんだよ。全部。

 部署総出の結婚祝いだって、全部くれたんだ。

 お金、出し合って作ってくれたんだって。仕事外の時間で。


 うちの琉亜は愛されてるよな。ホントに。

 本人はまだ、人付き合い苦手だと思っているみたいだけど、こんだけ誠意で示されてるんだ。疑っちゃダメだろ。


 ちなみに、制作にかかった皆さんは、全員二次会にご招待してる。会費?取れないよそんなの。

 二次会でもこのドレスを着る予定だから、本当に、今壊したら夢香に泣かれるな。


 でもな、実は後二着あるんだぜ。ドレス。手作り。

 お色直ししちゃうんだぜ、レストランウエディングで。

 今日一番の楽しみは、それかも知れないと俺は思う。

 だって、普段着飾らない琉亜だもん。

 今日の琉亜には目いっぱい楽しんで欲しいし、俺はその綺麗な姿が見たいんだよ。

 写真も頼んだ。一生残すんだ。今日この日を。


 「わかったって。ちょっと待ってろお前ら。俺まだ大事な事言って無いから」

 「何?」


 入り口の二人に手を振って、俺はもう一度琉亜を見る。


 「俺と結婚してくれて、ありがとう」


 その右手の甲にキスを送った。


 琉亜の顔が、ボンッって思がするんじゃないかってくらい一瞬で真っ赤になった。


 「ちょ!凌空!お前!」

 「くさい!くさすぎる!」

 「うっさい!黙ってろ!」


 アホ夫婦に言われて、俺の顔も赤くなる。


 「・・・ふふっ」


 その様子を見て、琉亜が笑う。

 緊張が解けたみたいだな。良かった。


 「お前マジか。ずっと言おうと思ってたのか」

 「そうだよ。悪いか」

 「うわっ、鳥肌立った。言ったことが悪いんじゃなくて、言い方だよ。手にチューだよ、手にチュー。どこのお貴族様よ。うっわ鳥肌止まんないんだけど」

 「そこまで気持ち悪くねえよ!」

 「あはっ!あははははっ!」

 「あ!琉亜姉!笑い過ぎて泣いちゃだめよ!それは後に取っといて!」

 「誰の所為だ誰の!」

 「お前だろ!」


 琉亜の笑いは止まらない。

 その笑い声は、すごく幸せそうで。

 バカップルと喧々諤々としながら、本当に結婚できて良かったと、俺は思うんだ。

 俺の心は、その笑い声で満たされてしまうのだから。




 ※ ※ ※




 その日、港の見えるレストランに、鐘の音が鳴った。

 その音はスピーカーから聞こえてきたけれど、二人には関係のない事だった。

 ただただ、幸せ。

 小さな結婚式の、大きな幸せ。

 それを参加者全員に分け与えて、参加者全員から、幸せを貰って。


 そうして彼らは、これから始まる。




これにて完結。

文字数二万字弱・・・

原稿用紙で48枚・・・


本当は一日で書こうとしたんです。

そうだよね、終わって無理だよって気が付きました・・・


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― 新着の感想 ―
[良い点]  人数が増えても、必要としてくれるのはほんの一握りだと思います。私も友達が非常に少ないタイプなので、そんなふうに感じます。  イメージだけで判断して、中身を見ない人は多いです。しっかりと精…
2019/11/29 22:35 退会済み
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