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さよなら、メモリーズ。  作者: 葦原 聖
いつか見た満点の星空と
7/24

呼び出し

本日三話目です。次の投稿は20日の25時になると思います。

 ————おとといのカフェに13時に集合。


 ここ最近使う頻度の減っていたメッセージアプリの着信音が二度寝を貪ろうとする僕の耳朶をこれでもかと刺激する。のそりと起き上がり、スマホの画面に目を向けてみれば昨日追加したばかりのアカウントからそんな風な簡素なメッセージが届いていた。



「あー……」



 寝起きで働かない頭を総動員し、なんとかベッドにダイブしたくなる衝動を退ける。


 今の時刻は既に昼の気配が見え始めてくる頃。あまりにゆっくりとしていると指定された時刻に間に合わなくなる可能性もある。

 了解、とこちらも短く伝え、身支度を開始する。幸い、と言っていいのか悩むだけの衣服を持っていない僕だ、支度なんてすぐに終わる。見苦しくない程度のラフな服装で僕は家を出た。


 昨日と同じ道を辿り、件のカフェへと向かう。支度が早く終わったせいか、時間には少しばかり余裕があった。ゆっくりと行けばいいだろう、と僕は少しばかり眠気の残る頭を覚ますべく、わざと遠回りをする。

 カフェに着いたのは約束の時間の5分ちょっと前。良い頃合いだろうと店の中へと入ろうと足を向けたところで、後方から僕を呼ぶ声がした。聞き覚えのある声だった。僕は今まさに店へと踏み入ろうとしていた右足を方向転換し、振り返る。案の定、そこにいたのは一昨日ぶりの女性の姿だった。



「やあ、一昨日ぶりだ」


「その節はどうも。正直意外でした。連絡が遅くなってしまったので、少しくらいは遅れてくるかなと思っていたんですけど」


「ぎりぎりっていう自覚はあったんだな。まあ、女の人と違って男は準備に時間かからない人が多いしね」



 店の前で立ち話をするのもどうかと思い、華耶を促し店へと入る。と、対応しに来てくれた店員に対して華耶が前に出た。



「あ、すみません、二名で予約していた秋月ですが」


「はい、では席にご案内させていただきます」



 予約までしていたのか、と驚いたのもつかの間、再び一昨日と同じ席へと通される。店内の一番奥のボックス席。この席がお気に入りなのかもしれない。

 内緒話をするのに最適だ。ここを多く利用するというのは、それだけ秘密があるという事なのだろうか。それはそれでなんかいやだな、とは思う。



「さて、まずはいきなり呼び出してしまった事を謝ります、すみません」



 と、そんな風に考えていたところ、対面に座った華耶がおもむろに頭を下げ始めた。それも髪がテーブルについてしまう程に深々と。

 そんな事をされるとは思ってもみなかった僕は、慌てて彼女を頭を上げさせる。周囲の目がないとはいえ、女性相手にこんな事をさせるのはいささか居心地が悪い。



「いや、いいよ。丁度今は大学も冬休みだしね」


「そう言って貰えるとありがたい限りです。それで、用件の方は、ですね」



 そこで華耶は口ごもった。まるで言いにくい事でも口にしようとしているかのように。

 僕は気が付いてしまった。彼女の中で既に答えが出てしまったのだろう。それも僕にとっては最悪の方向で。


 もう少し違うやり方があったんじゃないか。そんな後悔が姿を見せる。確かに彼女の好きそうな言葉を使って、彼女の求めるような結論まで持っていったならば彼女からの信頼は得られていたかもしれない。だけどそれは薄氷のような関係性だ。そんないつ壊れるとも知れないものに縋りつくほど、滑稽な事はない。


 だから僕は自分の言葉をぶつけた。それで華耶が僕を拒絶するならそれはそれ。

 言いにくいなら僕の方から話を振ろう。



「一昨日の話、僕は自分が間違っているとは思ってないよ。だから、君が僕の話を聞いて忌避感を感じたなら、そのまま僕を遠ざけてくれればいい。僕は君————」


「いやいやいや、ちょっと待ってくださいってば!」



 慌てたように手を振りながら僕の言葉を遮る華耶。身を乗り出した事で厚目のカーディアンの開いた部分が微かにテーブルを擦った。

 そんな反応が来るとは思っていなかった僕だ、内心の驚きを隠す様にメニュー表に手を掛けた。



「まあ、積もる話は注文をしてからにしようか。僕はまたブラックコーヒーにするけど、君は?」


「そんな風にしてもはぐらかされませんからね。……わたしはコーヒーフラペチーノとパンケーキで」


「またデザートを選ばなくてもよかったの?」


「あれは一週間に一度のチートデイなんです! お構いなく!」



 善意からの申し出は取り着く暇もなく跳ねのけられた。ぷんすこと怒りを顕わにする華耶はそのまま右手を緩くウェーブの掛かったショートボブへと持っていき、その毛先をいじいじと弄ぶ。

 そんな光景がおかしくて、僕は知らず笑みを浮かべてしまう。それに気が付いて慌てて窓の外へと顔を向けるも時既に遅し。向かい側からの視線が痛い。



「……何か言いたい事でもあるんですか」


「いや、別に。ただ、君のその仕草が、姪っ子の拗ねた時の仕草にそっくりで、ちょっとね」


「んなっ!? 心外! 心外ですよ、それは! わたしは拗ねたりなんてしていません!」


「大丈夫、冗談だから。本気にしなくていい」


「……わたしをからかって楽しいですか、榎田くん」


「包み隠さず言えば、そうだね、楽しくてたまらない」


「なんてひどい……っ! 彼女さんに嫌われても知りませんからね!」



 そのくらいで嫌われるならば、僕はもうとっくに嫌われていた事だろう。こればっかりは性分だ。『彼女』も僕もお互いにどうしようもない性分を持ったものだな。


 そうして僕の彼女の話に話題が移った事で、ふと思い至ったかのように華耶は疑問を口にする。



「そういえば、今日のこれについてはちゃんと彼女さんに了承は取ってあるんですか? わたし、そういう修羅場とか勘弁ですからね。巻き込まないでくださいよ」


「そんな事で怒るような狭量な人じゃない。後から謝ればちゃんと静めてくれるさ」


「怒ってるじゃないですか!? ちゃんと言っておいてくださいよ!」


「別にやましい事があるわけじゃないだろ。人助けの一環だよ。これで見ない振りした方が怒られる」



 特に『彼女』は見ない振りというものを嫌っていた。それを知っている僕が『彼女』の嫌いな事をしたなんて知られればなんて言われるか。

 いらぬ気遣いを見せる華耶は、それでもなおどこか居心地が悪そうにしていたが、悠々とくつろぐ僕の態度を見て何を言っても無駄だと分かったのだろう。諦めたようにがっくりと肩を落とした後、口を開いた。



「その時になったらわたしは真っ先に榎田くんを見捨てて逃げさせてもらうからね」


「何のために君の連絡先を貰ったと思ってるんだ。何としてでも道連れにするに決まっている」


「いらない努力はやめてください!」



 心の底からの叫びだった。まあ、実際問題、『彼女』が怒鳴り込んでくるという展開になる事はないだろう。楽観的かもしれないが、そう考えると気が楽になる事も確かだ。

 頃合いを見計らったように店員がやってきた。前とは違い、僕と同じ大学生くらいの男性だった。同じなのは年齢くらいか。恐らくどちらもアルバイトか何かなのだろう。


 僕の前には一昨日と同じようにホットのブラックコーヒー。華耶の前には小さ目の生地に、滴るほどまでの黄金色が印象的なパンケーキと、呪文のような名前をした飲み物。これだったり、これよりもまだ長かったりする名前のものをすらすらと言える人を僕は尊敬する。自分には出来ない事だ。何が何だか分からなくなる。


 お互いの注文した物が届いたところで人心地。空いた隙間を埋めるように、僕は運ばれてきたマグカップに口を付けた。



「————この二日間、ずっと考えていました」



 おもむろに華耶は口を開いた。僕はそれにカップを傾ける事で応える。言葉としての応答を今の彼女は求めていないように感じられた。



「ずっと、ずっと悩んでいた事だったんです。これでいいのか、こんな事をしていていいのかって。記憶を取り戻したいっていうのもわたしのわがままです。それに人を巻き込んでもいいのかって」



 それが分かっていたからこそ、僕はその悩みを両断した。そんなもの考える必要はないと。悪いのは華耶ではなく、華耶の話に安易に乗った彼らだと。

 彼女の言う通り、これは暴論だ。自分の事しか考えていない、他者の感情を無視した考え方だ。華耶の求めていた答えはこれとは程遠いものだっただろう。



「それを榎田くんは、馬鹿らしいと一蹴しました。わたしでは天地がひっくり返っても思いつかなかった結論です。正直な話、その場でわたしが抱いたのは、『ああ、この人はこういう人なんだな』という気持ちです。もちろんいい意味じゃありません」


「よく当人を目の前にしてそれが言えるな……」


「君の前で取り繕っても意味がないですからね。……榎田くんの言葉はわたしの価値観を正しく揺るがしました。それはもう、ぐらぐらと。そうして考えてる内にだんだんと腹が立ってきちゃいまして。なんでわたしはこんなに悩んでいるんだろうって」



 コーヒーフラペチーノに口を付け、パンケーキにフォークを向ける。横の部分ではなく、先端部分をまるで何かに狙いをすませているようにゆらゆらと。



「そうして気が付いたんです。誰かに抗議されるまでは続けてみればいい、と」


「それはまた、えらく極端な結論に辿り着いたな……。君、もしかして自棄にでもなってるんじゃないか……?」


「もしそうだとすれば、それは榎田くんのせいだと思うけど?」



 ざくり、とパンケーキにフォークを突き刺しながら、いい笑顔を浮かべての一言だった。

 言いがかりも甚だしい、と反論の言葉を上げる事すら許されず、僕は開いた口をそのまま閉じる。


 それでよろしいとばかりに、華耶はパンケーキを切り分け口に含んだ。

 顔を綻ばせ、頬へと手を添えながら悶えるその姿はどこか自然なもののように思えた。心を開いてくれつつあるという事だろうか。



「さて、つまり榎田くんにはその責任があるという事なのです」


「ああ、それは大変だ。それで僕は何をして責任を取ればいいんだ?」


「そうですね。だから改めてこちらからお願いさせていただこうと思います。……わたしの記憶集め、手伝ってくれませんか?」



 えらく当たり前の事を聞くものだ。僕の答えは初めから決まっているというのに。



「……僕の出来る事なんてほとんどないとは思うけどね」


「————っ! まったく、素直じゃない人ですね、君は」



 僕ほど自分の感情に素直な人はいないと思うけどな。わざわざ否定するほどの事でもないだろう。


 上機嫌に髪を揺らす彼女を見て、僕はこれからの事に想いを馳せる。つい数日前までは引き籠りだった僕が、まさかこんな出来事に巻き込まれるだなんて一体誰が予想出来ただろうか。


 美味しそうに次々と切り分けたパンケーキを口に運ぶ華耶を横目に見ながら、僕は再び窓の外へと視線を向けた。

 降雪は結局クリスマスの一日だけで、夜の凍て付く冬の風は相変わらずだが昨日今日と日中は秋を思わせる気温が続いていた。そのせいか、除雪機が稼働するほどだった路肩の積雪はもう既に見る影もない。どこまでも冬らしくない光景を、そのまま僕は華耶に声を掛けられるまでずっと見ていたのだった。

最後まで読んでくださり、ありがとうございます。

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